マクロスΔ 未知なるソラへ    作:矢野優斗

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トラウマ

 惑星アル・シャハル防衛戦から五日が経った。

 

 防衛戦はケイオス側の勝利に終わり、アル・シャハルと遺跡を守り抜くことには成功した。しかし支払った代償は小さくない。

 

 命令違反をしてまでΔ小隊の危機に馳せ参じたメッサーの撃墜。幸い一命は取り留めたものの、未だ意識は回復しないまま。時間がある時にカナメが様子を見ているものの目覚める気配はなく、今も集中治療室の一室にて眠り続けている。

 

 白騎士の一撃によって失った左腕の回復は不可能と判断された。ケイオスの優れた医療技術を持ってしても、機銃によって吹き飛んだ腕の修復は出来得ない。義手の製作は可能だろうが、それを取り付けたとしても今一度空を飛ぶことは不可能だ。

 

 メッサーが空を飛ぶ翼を失った。それはΔ小隊とワルキューレの面々に少なからず影響を与えた。

 

 アラドは小隊を率いる隊長として気丈に振る舞っているものの、時折沈痛な面持ちを垣間見せることがある。メッサーが居なくとも空中騎士団と戦えたのならば、メッサーが翼を失うこともなかったと考えているようだった。

 

 チャックは普段のムードメーカー振りが鳴りを潜め、ミラージュとハヤテは鬼気迫る様子で訓練に打ち込んでいる。三人ともメッサーが空を飛べなくなった事実にショックを隠せていない様子だ。

 

 ワルキューレは今まで以上に厳しいレッスントレーニングを自分たちに課していた。

 

 風の歌の影響も遺跡の干渉も振り払って歌い続けることができていたなら、Δ小隊はああも苦戦することなくメッサーが翼を失うこともなかった。彼女たちも己の実力不足を痛感し、二度と同じ悲劇を繰り返さないためにもと日夜励んでいる。

 

 そしてメッサー撃墜の一端を担ったトリガーは──

 

 

 Δ

 

 

 アイテールの甲板で離陸準備を整えた機体のコックピットにて、トリガーは小さく呼吸を整えていた。

 

 アル・シャハルで美雲との間に起きた謎の現象。空域を支配したかのような異常な動きを解明するため、トリガーはケイオス上層部の意向で実施される運びとなった()()()()検証実験に臨んでいた。

 

 一度目は一昨日。ラグナの海中にあるプロトカルチャーの遺跡前で行われた。しかしその時は謎の現象は確認されず失敗。

 

 二度目は昨日。アル・シャハルでの状況を再現するために、トリガーが飛行している状態で実施する流れとなった。しかしとある理由で失敗。

 

 そして三度目の正直。美雲は既に海中遺跡直上の海上に敷設された、実験施設兼特設舞台にてスタンバイしている。あとはトリガーが飛ぶだけだった。

 

『デルタ4、離陸を許可します。そのまま発進してください』

 

 メッサーが飛べなくなったことで繰り上げられたコールサインにトリガーは頷き、離陸するべく機体を操ろうと手を伸ばして──手が小刻みに痙攣を始めた。

 

 震える手はまともに動かすことができず、それでも歯を食い縛って機体のエンジンを入れようとするが、拒否反応を起こすように激しい動悸が止まらなくなる。

 

「はあ……はあ……!」

 

 荒い呼吸の間隔が短くなり、窒息しそうな息苦しさにトリガーは思わず胸を押さえ目を瞑る。真っ暗な瞼の裏では、腕を失った血塗れのメッサーの姿が鮮明に蘇っていた。

 

 悪夢は続く。故郷にて仲間と慕っていた部隊の面々が目の前で散って逝った情景がフラッシュバックする。己の無力さと愚かさに、トリガーは胸が潰れそうになった。

 

『大丈夫ですか、トリガー准尉?』

 

 オペレーターからの心配する声が聞こえるが、トリガーに応える余裕はない。次から次へと蘇る悪夢に精神が著しく不安定になり、過呼吸になりかけているのだ。

 

『デルタ4、発進中止。医療班はすぐに向かってください』

 

 オペレーターの指示で発進は中止され、予め待機していた医療班が動き出した。

 

 昨日の実験が失敗した理由はこれだ。実際に飛行している状況での実験を行おうと試みたところ、離陸しようとしたところでトリガーが痙攣と動悸を引き起こし、最終的には過呼吸に陥ってしまったために実験は中止されたのである。

 

 前日の時点でカウンセラーの診断を受けた結果、トリガーはPTSD一歩手前の状態にあると判断された。機体に搭乗し離陸しようとすると発作が起きてしまい、まともに飛行することができなくなっていたのだ。

 

 原因はメッサーの撃墜だ。厳密には、メッサーの撃墜を切っ掛けとした過去のトラウマのフラッシュバックである。

 

 アル・シャハルでメッサーを撃ったことに関しては、ヴァール化した味方機を無力化するためという言い分が通された。苦しい部分もあるが、空中騎士団の大半を一瞬で戦闘不能に追い詰めることができるトリガーに下手な処分を与えて、いざ実戦と相成った時に謹慎やら何やらで飛べなければ元も子もないからだ。

 

 しかし処分云々以前に、トリガーは精神的な問題で飛行不可能に陥っていることが判明。昨日の診断時点で精神科医から飛行禁止が言い渡されている。

 

 それでもなお実験を行おうとしたのは、ケイオス上層部とレディMの強い意向が絡んでいる。

 

 アル・シャハル防衛戦にて、遺跡を介して美雲とフレイアは風の歌い手と精神的なコンタクトが発生した。その上で更に遺跡と激しく干渉し合い、謎の現象を引き起こした美雲に上は随分と執心しているらしい。トリガーにドクターストップが掛かっているにも関わらず実験を敢行したのだ。

 

 案の定、トリガーは発作を起こして飛べず終い。実験は敢えなく中止に終わった。

 

 コックピットの中でトリガーは一人、震える己の両手に視線を落とす。今までは何の障害もなく動かせた両手が、まるで他人のもののように言うことを聞かなくなっていた。

 

「俺は、もう……」

 

 ぽつりと呟いてトリガーは幼子のように頭を抱えて背中を丸めた。

 

 海上の特設舞台にてスタンバイしていた美雲は、トリガーの不調により実験が中止となった旨を告げられ小さく溜め息を吐く。昨日の時点で無理だったものが今日になってできるはずもない。

 

 時間の無駄になったとばかりに美雲は足早に特設舞台を後にする。その横顔にトリガーを心配するような色は浮かんでいなかった。

 

 

 Δ

 

 

 マクロス・エリュシオンの作戦会議室の一室にて、アラドとアーネスト、そしてカナメが額を突き合わせて意見を交わしていた。議題は今後のウィンダミア軍の動きについてである。

 

「この前の防衛戦以降、ウィンダミア軍に目立った動きはない。理由は色々考えられるが」

 

「一番の理由は損耗した機体の補修に手間取っているんだろうな」

 

 トリガーの手によって主力機の過半数が戦闘不能に追いやられ、再度侵攻を仕掛けるまでに手間取っているのだろう。加えてもう一つ、考えられる理由がある。

 

「単純にトリガーを警戒している可能性もあるがな」

 

 アラドの見解にアーネストとカナメは同意するように頷いた。

 

 操縦技術と戦果には目を見張るものこそあれ、仲間のフォローばかりに躍起になって大した脅威と見做されていなかったトリガー。アル・シャハルではその精神的な脆弱性を突かれて動きを封じ込まれてさえいた。

 

 そのトリガーが美雲との間に発生した謎の現象を契機に、たった一人で主力である空中騎士団の過半数を堕とした。主力を単騎で相手取りかねない化け物の登場は少なからずウィンダミア軍に衝撃を与えたことだろう。

 

 皮肉なことに、そのトリガーは精神的問題によって飛べなくなっているのだが。

 

「美雲・ギンヌメールとの実験の進捗は?」

 

「芳しくはないです。美雲一人でラグナの遺跡前で歌っても反応はなし。科学班の見解では、風の歌との関係性やトリガー君の精神状態が問題ではないかとのことです」

 

 カナメが端末片手に科学班からの報告を読み上げた。

 

 三回目以降もどうにか同じ現象を引き起こせないかと実験が取り行われたが、いずれの実験も失敗に終わった。遺跡はうんともすんとも言わず、トリガーとの間に謎の現象も発生しない。

 

 現象の解明に繋がりそうなのはトリガーの証言のみ。その証言も当人が理屈を理解していないがために抽象的で、現象の解明にはあまり役立ちそうになかった。

 

「トリガー准尉の様子は?」

 

「暇さえあれば、ブリッジクルー業務を学んだり、整備士連中からあれこれ教わったりしているよ」

 

「レイナのところにも来て、ハッキング技術を教わろうと頭を下げていたみたいです」

 

「そいつは……」

 

 パイロットとして職務を全うできない分、他で貢献しようと躍起になっている。あるいは飛べない現実から目を逸らしているともいえる。どちらにせよその姿勢は余りにも痛々しく、直視を憚られるものだ。

 

 発作が起きて以降、トリガーは機体に搭乗していない。整備で機体に触れることはあれど、空を飛びたいという意思は微塵も感じられなかった。

 

 もう戻れないと諦めているのか、あるいは戻りたくないと逃げているのか。トリガーの様子からは読み取れない。

 

「カナメさん? 大丈夫ですか、カナメさん?」

 

「……え? あ、すみません」

 

 ぼうっとしたまま立ち尽くしていたカナメは、アラドの呼び掛けにハッと我に返った。

 

「ちゃんと休めていますか、カナメさん? 最近はレッスンも一段と厳しくしていると聞いてますが……」

 

「大丈夫です。ちゃんと休めていますので」

 

 気丈に振る舞うカナメだが、虚勢を張っているのは見え見えだった。

 

 メッサーの撃墜と負傷に最も心理的ショックを受けているのがカナメだ。

 

 現ワルキューレのエースである美雲ではなく、自分の歌に救われたと言ってくれたメッサー。命懸けで今日まで自分たちを守り続けてくれていたメッサーの撃墜は、カナメの心身に想像以上の影響を与えていた。

 

 何処かで折れてしまいかねないカナメの様子に、アーネストとアラドは言葉なく意思を共有する。

 

「カナメ君。今日のところは切り上げて、メッサーの様子でも見に行くといい」

 

「ですが……いえ、分かりました」

 

 カナメ自身、無理をしている自覚はあったのだろう。アーネストとアラドの厚意に甘え、作戦会議室を後にする。

 

 影を背負うカナメの背を見送り、アーネストとアラドは揃って溜め息を零す。

 

「実際のところどうなんだ。メッサーの具合は?」

 

「峠は越えた。あとは意識が戻るのを待つだけだが……回復しても、パイロットとしては絶望的だろうな」

 

 アイテールにて迅速な応急処置が実施できたこと、ケイオスの医療技術が秀でていたことで命こそ繋ぎ止めることができた。しかし失った腕ばかりはどうしようもない。どうにかするにはそれこそ、インプラントやサイボーグ化レベルの話になってしまう。

 

 肉体的に飛べないメッサーと精神的に飛べないトリガー。Δ小隊のエース級二人が抜けた穴は大きい。

 

「メッサーとトリガーに寄り掛ってたツケが回ってきたな……」

 

「だがやるしかあるまい。無理を言ってもメッサーとトリガーが飛べるようになるわけじゃない」

 

 現状を嘆いていても活路は開けない。百戦百敗の名将たるアーネストの言葉には重い実感が篭っていた。

 

 

 

 

 

 

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