マクロスΔ 未知なるソラへ    作:矢野優斗

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奇襲作戦

 惑星アル・シャハルがたったの十五分でウィンダミア軍の手に落ちるという衝撃的な一報からしばらく。

 

 出撃の準備中に中止の指示を受けたトリガーは、手持ち無沙汰になっていたところをレイナに呼び出された。

 

 呼び出された場所はマクロス・エリシオン内に用意されたレイナの私室。特に何も考えず呼び出しに応じたトリガーを出迎えたのはレイナ、そして何故か居た美雲だった。

 

「美雲? どうしてここに」

 

「あなたと同じ口よ」

 

 壁に背を預けて腕を組む美雲は、自分たちを呼び出した張本人たるレイナに視線を向ける。

 

 トリガーと美雲の視線を受けたレイナは早速とばかりに話を切り出した。

 

「ヴォルドールと前回のアル・シャハルでトリガーと美雲の間で起きた現象に推測が立てられた」

 

「凄いな。本社もまだ見解を出せてないんじゃなかったか?」

 

 ようやくトリガーが飛べるようになったことで行えた実験の回数は多くない。本格的に分析しようとした矢先にウィンダミア軍が動き出してしまったのもあり、成果もあまり芳しくないとケイオス科学班からは返答があったばかりであった。

 

 トリガーの感心混じりの言葉に、しかしレイナは何処か冷めた目で端末を操作する。

 

「本社も仮説や推測なら既に立ててるはず。その上で何も言ってきてない」

 

「……情報を制限されてるのか」

 

 言葉なく頷くレイナにトリガーは微かに眉を顰めた。

 

 雇用主であり衣食住も支援されている身であまり文句は言いたくないものの、戦場での働きに直結するようなことで隠し事をされるのは面白くない。

 

「この場に俺と美雲しか呼ばなかったのはそれが理由か?」

 

「戦争中に身内のごたごたで足を引っ張り合うのは馬鹿馬鹿しい」

 

「そうだなぁ……」

 

 元々ケイオスに対して少なからず思うところがあるらしいレイナは気にしないだろうが、他の面々にケイオスへ要らぬ不信を抱かせて不和を生むわけにはいかない。レイナの判断は間違っていないだろう。

 

 慣れた手つきで端末を操作してレイナは部屋の壁に幾つかのデータを映し出した。

 

「トリガーと美雲の間で起きた現象は共鳴に似ているけど、全くの別物。一言で表すなら感覚の同調」

 

「共鳴と何が違うんだ?」

 

「共鳴は互いが保有するフォールドレセプターが呼応することで高まり合い、一時的な感覚拡張が引き起こされる。同調は一方のレセプター数値にもう一方が引き摺り上げられるような感じ。厳密には違うけど」

 

 共鳴と同調の違いを説明されるも、トリガーは今一つ飲み込めていない様子だった。

 

 頭上に疑問符を浮かべるトリガーを置き去りにレイナは話を続ける。

 

「トリガーの証言とアル・シャハルでの戦闘データから、この同調現象はトリガーと美雲の間だけで収まるものではないことが証明されてる。あの時、トリガーは敵味方関係なく戦闘空域に居る人たちと一方的な同調を起こしていた」

 

「あの感覚が同調……」

 

 敵味方関係なく空を飛ぶ者たちの思考や感情が流れ込んできた謎の現象。あの時、トリガーは同調現象によって空域に居た者たちから一方的に情報を吸い上げていたのだ。

 

「上は“強制同調”と呼称しているみたい」

 

 トリガーからの一方的な同調であるがために、強制同調という呼称は的を射ていると言えるだろう。

 

「でも、なんでそんなことが起こるんだ?」

 

 トリガーにはそんな超常現象を引き起こす能力に心当たりがなかった。パイロットとしての能力には自負を持っているが、その手の超能力染みたオカルトとは無縁の世界で生きていたからだ。

 

 必然的に注目は美雲へと集中した。

 

「私の歌に何かある、そういうことね」

 

「ヴォルドールでもアル・シャハルでも、美雲はプロトカルチャーの遺跡と相互に干渉していた。トリガーとの強制同調も、美雲が核になってるのは間違いない」

 

「そう言われてもね。心当たりはない」

 

「本当に?」

 

 人によっては不快に感じてもおかしくない不躾な尋ね方である。しかし美雲は気を悪くした様子もなく、普段と変わらない澄ました表情で肩を竦めた。

 

「嘘じゃない。信用できないかもしれないけど」

 

「……分かった。嫌な訊き方してごめん」

 

「気にしてないわ」

 

 レイナの謝罪に美雲はひらひらと手を振った。

 

 微かに張り詰めた空気が霧散したことでトリガーはほっと安堵の息を吐く。険悪な空気になるようであれば割って入るつもりであったが、そうなる前に収まったので一安心したところである。

 

「強制同調が起こる理屈やメカニズムは依然として不明。関係しているのは美雲の歌声とプロトカルチャーの遺跡、あとは風の歌も少なからず噛んでると思う。それ以上はさっぱり」

 

 現時点で判明しているのはここまで、とばかりにレイナは投影していた映像を消した。そして僅かに躊躇いながらトリガーに対して口を開く。

 

「正直に言えば、トリガーは飛ばない方がいい。強制同調に謎が多すぎるのもあるけど、それ以上にこれは諸刃の剣すぎる」

 

「……どういうことだ?」

 

 やっとのことで再起して飛べるようになったところへ水を差すようなレイナの言葉。トリガーは内心の動揺を押し殺し、努めて冷静に訳を尋ねた。

 

「強制同調は不特定多数の他人と一方的に同調する現象。アル・シャハルでは対象が限られていたから良かったけど、これが大規模な戦場だったらどうなるか分からない」

 

 強制同調はトリガーに凄まじいまでの恩恵を授ける。敵対するパイロットの思考や感情が手に取るように理解できてしまうのだ。人外染みたトリガーの操縦技術と合わされば鬼に金棒どころの話ではない。

 

 しかしレイナは恩恵よりも強制同調によって起き得るリスクを危惧している。

 

「流れ込む莫大な他人の思考や感情に自我を塗り潰されるかもしれない。最悪、情報を処理し切れずにパンクして廃人になる可能性もある」

 

 それは純粋にトリガーの身を案じるが故の心配であった。

 

 大規模な戦場では敵も味方も数が多くなる。同調対象をトリガー自身が選べないのはアル・シャハルで確認できている以上、強制同調が起きれば軍規模の人間の思考や感情が流れ込むことになるだろう。

 

 常人に処理できる情報量でないことは間違いない。レイナの危惧は的外れなものではなく、現実に十分起こり得る可能性の話だった。

 

「…………」

 

 トリガーは無言のまま僅かに思案するが、壁際に立つ美雲を見やると微笑を零した。

 

「悪いけど、俺は飛ぶよ。居場所()を手放すつもりはないんだ」

 

「でも、危険……」

 

「分かってる。でもまあ、そのあたりは何とかしてくれるんじゃないか?」

 

「そこで私に投げるのね……」

 

 宜しくとばかりに視線を向けられて美雲は呆れ混じりに溜め息を吐く。

 

「理屈も何も分かっていないのに、よく他人に命を預けられるわね」

 

「女神様なら無茶の一つくらい、叶えてくれるだろ?」

 

「……言ってくれるじゃない」

 

 安い挑発だと分かっていても美雲は不敵な笑みで乗る。美雲は人を乗せるのも上手いが、期待されると応えてしまう子供っぽいところもあったりする。

 

「そういう訳だ。悪いな、心配をむげにして」

 

 気安いやり取りを珍しげに眺めていたレイナに、トリガーは申し訳ないと謝罪した。

 

 言っても聞かないことは予想していたのか、レイナは特に気を悪くした様子もなく首を振る。

 

「でも、気を付けて。さっきのは脅しでも何でもなく、本当に起こり得ることだから」

 

「肝に銘じておくよ」

 

 レイナの忠告にトリガーは真剣な顔で頷きを返した。

 

 

 Δ

 

 

 惑星アル・シャハルが陥落してから数時間。球状星団内において唯一制圧されていない惑星ラグナを決戦の地と決め、各惑星から生き残りの新統合軍やPMCが集結した。

 

 球状星団中から集まった部隊を交えての作戦会議が行われ、そこでアル・シャハルに駐留するウィンダミア軍の旗艦──シグル=バレンスへの奇襲作戦が立案された。

 

 奇襲作戦の中核を担うのはΔ小隊とワルキューレを中心とするラグナ支部。常日頃からワルキューレの歌声を身近に聞いており、風の歌への耐性が他部隊よりも高いためだ。

 

 作戦決行までは時間がある。またも手持ち無沙汰になったトリガーであるが、アラドとアーネストから呼び出しを受けて作戦会議室へ向かうことになった。

 

 球状星団中から部隊が集まったことで賑やかなエリシオン。浮き足立つ艦内に若干落ち着かない気分になりながら、トリガーは作戦会議室への通路を歩く。

 

 ふとトリガーは正面から歩いてくる人影に気付く。見覚えのない顔ではあるが、服装から新統合軍軍の軍人であることが見て取れた。

 

 軽く目礼だけしてトリガーは男と擦れ違う。その時、擦れ違い様に合った瞳にトリガーは言い知れぬ不快感を覚えた。

 

 足を止め離れていく男の背をじっと睨み据える。男の瞳はかつてトリガーを陥れようとした者たちと似ていた。

 

 狡猾で虎視眈々と背後から背を狙う蛇のような目。忘れるはずもない。

 

 男の背が通路の影に消えるまで見届けたところで、トリガーはアラドとアーネストに呼び出されていたことを思い出した。足早に作戦会議室へと歩みを進める。

 

 作戦会議室ではアラドとアーネストがトリガーの来訪を待っていた。

 

「すみません、遅れました」

 

「いや、急に呼び出したのはこちらだ。すまないな」

 

「いえ、それで用件は?」

 

 作戦決行までまだ時間はあるものの、アラドやアーネストは今作戦において指揮を取る重要な立ち位置にある。あまり悠長にしている時間はないだろう。

 

「要件は二つ。まず一つは、昇級の知らせだ」

 

「本日付でトリガー准尉は少尉となる。今後も任務に励んでくれたまえ」

 

「ちなみに他の連中も合わせて昇級だ。後で伝えておくがな」

 

 アラドとアーネストの言葉に驚きつつも、トリガーは甘んじて昇級を受け入れた。と言っても、昇級したことで何か大きく変わるようなこともないだろうが。

 

「それともう一つの要件だが……新統合軍によってラグナのプロトカルチャー遺跡が破壊されることになった」

 

「それも反応弾を使ってな」

 

 アーネストとアラドの言葉にトリガーは目を見開き硬直した。

 

 遺跡を破壊するというのは理解できなくない。ウィンダミア軍に確保され球状星団が完全に制圧されてしまうくらいならば、破壊してしまえばいい。短絡的だが効果的な手口だ。

 

 だがその手段が問題である。

 

 反応弾は核爆弾よりも強力な大規模破壊兵器である。そんな代物で遺跡を吹っ飛ばそうとすれば、ラグナにも尋常ならざる被害が齎される。民間人への被害は避けられないだろう。

 

 トリガーの脳裏に通路で擦れ違った男の瞳が蘇る。恐らくはあの男が遺跡爆破を主導しているのだろう。

 

「レディMが新統合軍と交渉したおかげで、奇襲作戦の効果が確認されるまでは爆破されないことにはなった。だが……」

 

「奇襲が上手くいかなかった場合、予定通り遺跡の爆破が行われる」

 

 つまりはΔ小隊とワルキューレの働き次第ということだ。

 

「話は分かりましたが、なぜ自分に?」

 

「他の面子には後で伝える。その前にトリガーに話した理由は、少し聞きたいことがあってな」

 

 勿体ぶるようなアラドの物言いに首を傾げるトリガーに、神妙な面持ちをしたアーネストが問い掛ける。

 

「此度の奇襲作戦、ラグナ支部の総力をもって臨むことになる。敵旗艦はマクロスと同等かそれ以上の古代戦艦だが、トリガー准尉ならば如何に攻略する?」

 

「マクロス以外での攻略手段の模索ですか?」

 

 マクロス・エリシオンですらトリガーにとっては常識外の巨大人型戦艦だというのに、それをも超越する古代戦艦の攻略法などぱっと浮かぶものではない。しかし意見を求められた以上、何かしらの返答は必要だろう。

 

 トリガーは先の作戦会議にて周知された情報を思い返しつつ、ない知恵を絞って答える。

 

「敵艦の艦橋か音響増幅システムへの特攻くらいでしょうか。それにしたって、障害が山積みですが」

 

「障害とは?」

 

「まず艦橋と音響増幅システムの場所があやふやなこと」

 

 既存の戦艦とは構造が違うため、艦橋や戦艦の中枢となる部分が何処に位置するかがはっきりしていない。艦橋の位置は推測こそ立てられているが、後者に関しては情報が少な過ぎるため狙うならば手探りすることになる。

 

「次に敵防空システムを掻い潜る必要があること」

 

 動く城塞といっても過言ではない規模の古代戦艦である。擁する対空砲や副砲、機銃の数は計り知れない。特攻を仕掛けるとなれば花火の中に突っ込む必要があるだろう。

 

「最後に次元断層のバリア。これがあるだけで、エースパイロットが何人いようと手も足も出ないです」

 

 敵艦シグル=バレンスは風の歌の力によって次元断層のバリアを張ることができる。エネルギーを転換したバリアと違い、次元断層のバリアは戦闘機での突破が不可能である。それどころかマクロスキャノンですら穴を開けられない代物だ。

 

 次元断層のバリアを展開された時点で手の打ちようがない。奇襲作戦時にはウィンダミア軍が体勢を整える前に勝負を仕掛ける必要がある。

 

「現実的ではないか」

 

「次元断層バリアがなくともVFで突っ込むのは無理があるな」

 

 アーネストとアラドも流石に実行不可能だと考えているらしい。トリガーもあえて否定はしなかった。

 

「うむ、すまんな。かつて一部隊を率いていた隊長としての見解を訊きたかったのだが、流石に難しそうだ」

 

「お役に立てず申し訳ありません」

 

「こっちもダメ元だったから気にするな。作戦時間までは休むなり肩慣らしするなり好きにしていてくれ」

 

「了解です」

 

 用件が済んだとみてトリガーは作戦会議室を後にした。

 

 通路を歩きながら思い浮かべるのはアーセナルバード(巨鳥)の姿。規模も規格も桁違いではあるが、難攻不落度合いは似たようなものである。

 

 しかし今回はバリアを破る手立てがない。次元断層バリアを展開されてしまえば文字通り手も足も出ずに終わる可能性がある。

 

「現実的ではない、か……」

 

 アーネストの言葉を思い返し、トリガーはぽつりと呟いた。

 

 

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