トリガーとの通信を終えた美雲はワルキューレのメンバーを振り返る。通信の内容に歌いながらも聞き耳を立てていた面々は、揃って険しい表情をしていた。
フレイアとマキナが戦場に歌を響かせる傍ら、美雲たちは作戦会議を始める。
「なんとかするって、具体的にはどうするつもり?」
「次元断層のバリアは風の歌の力で展開されている。風の歌さえ止めることができれば、バリアは解除できるわ」
「でも風の歌い手は次元断層に護られた戦艦の中。妨害は不可能」
レイナの冷静な指摘通り、風の歌い手は次元断層の中にいる。だからこそトリガーやΔ小隊は手も足も出せず、じりじりと追い詰められているのだ。
「アル・シャハルで私とフレイアは遺跡を介して風の歌い手と接触した。その反動で私たちは意識を失った」
美雲の言葉に歌いながらフレイアが頷きを返す。
あの時、美雲とフレイアは風の歌い手と精神的な接触を起こしていた。二人は風の歌い手の記憶にある風景の一部──時空の歪んだ大地の大穴──を見ることになり、その反動で気を失ったのだ。
「私たちが気を失っている時、風の歌も途切れていた。そうよね、カナメ?」
「そうだけど……まさか!」
次元断層のバリアを破る手立てを理解して目を見開くカナメ。
「私とフレイアで風の歌い手に接触を図る。上手くいけば、歌を妨害できるはず」
「……成功確率は?」
「数字を並べるのは趣味じゃない。やるからやらないか、それだけ」
「…………」
現状で打てる手立てとしては美雲の案以外に思い浮かばない。しかし、アル・シャハルでのことを思うと即座に採用することはできなかった。
その後のメディカルチェックで心身ともに問題ないことは証明されたが、次も無事で済む保証はない。何より美雲とフレイアに掛かる負担が大きすぎる。
他にも問題はある。遺跡を介しての干渉ということは、可能な限り海底遺跡へと接近しなければならない。必然的に激戦区となっている敵艦隊付近へと近づく必要があった。
母艦アイテールはあくまで空母であり戦艦ではない。最低限の防衛能力は備えているが、戦場のど真ん中に突っ込むのは危険極まりないだろう。
「命懸けなのはみんな同じ、か……」
Δ小隊も、それ以外の部隊も命懸けでラグナを守ろうとしている。自分たちだけがリスクに身を晒すのを恐れて立ち止まるわけにはいかない。
「また気を失うかもしれない。それでも、お願いできる? フレイア」
カナメの問い掛けにフレイアは両手でワルキューレのマークを作り満面の笑顔を返した。
「決まりね。行きましょう」
覚悟が固まったと見るや美雲は早速準備に取り掛かる。他メンバーも遺跡への強行ライブに備え、各々に準備を始めた。
「みんな覚悟はいい? 突っ込むわよ!」
「「「「了解!」」」」
砲撃飛び交う戦場をアイテールが突き進む。文字通り命知らずな命懸けの突撃だ。
激戦区に忌々しいワルキューレを乗せた空母が突っ込んできたと知り、ウィンダミア軍の攻勢が激しくなる。
ワルキューレを堕とせば戦場は再びウィンダミア優勢に戻る。ウィンダミア軍の攻撃がアイテールに集中するのは当然の帰結だった。
ピンポイントバリアや対空砲火で対応しているが限界がある。このまま集中砲火を浴び続ければアイテールは撃沈してしまう。
拡大する被害に焦燥を募らせるワルキューレ。そんな彼女たちの視界の端を、金色の光を纏った機体が通り過ぎた。ハヤテが操る機体だ。
『ワルキューレを守るのが、Δ小隊の役目だ!!』
気炎を上げてハヤテはアイテールへ攻撃する敵機を次々に撃ち落としていく。編隊を組んでいたミラージュとチャックも護衛に入り、アイテールへの集中砲火は途切れた。
「ハヤテ……!」
「やるじゃない」
ハヤテたちの助太刀によって道は開けた。抉じ開けられた道をアイテールは全速で突き進む。
「「────、──!!」」
海底遺跡まで十分な距離を詰められたと見るや、美雲とフレイアは全力で歌い始めた。
歌よ響け、想いよ届けと全霊を賭して歌声を轟かせる美雲とフレイア。戦場のど真ん中で歌い上げる二人の歌声は過去に類を見ないレベルの生体フォールド波を秘めている。
「海底遺跡との共鳴率急上昇、すぐに臨界に到達する!」
「気を付けて、二人とも!」
歌の片手間にモニタリングしていたレイナの報告を聞き、歌う二人にカナメが警告する。
歌声を響かせる美雲とフレイアの意識は遺跡に、その先にいる風の歌い手に向けられている。向こうもワルキューレの意図を悟ったのか、今まで以上に歌声を響かせ始めた。
ワルキューレの歌と風の歌。異なる二つの歌声によって遺跡の共鳴率は臨界を突破、海中にて凄まじい光を放って胎動する。
三人の
風の歌い手の精神世界との接触により美雲とフレイアは記憶にない景色を幻視する。白銀に覆われた荘厳な城と重たい灰色の雲に覆われた空。そして以前も見た、次元の歪みが発生した大地に穿たれた大穴。
実際に見ているわけではないのに、心胆から凍えてしまいそうな怖気が伝わってくる。恐怖に身体が縛り上げられた。
そこで記憶の風景は途切れる。美雲とフレイアは何かに弾かれたようによろめき、それぞれカナメとマキナに抱き止められた。
「美雲!?」
「大丈夫、フレフレ!?」
カナメとマキナの声に二人は頷きを返す。気絶まではいかなかったが、美雲もフレイアも反動で意識を持っていかれかけた。即座に戦術ライブを再開とはいかないだろう。
だがそれは、
戦場を支配していた風の歌がピタリと止む。同時に風の歌で維持されていた次元断層のバリアが、幻だったかのように掻き消えた。
「バリアが消えた!」
「今なら、旗艦に攻撃が通るよ!」
カナメとマキナが歓喜の声を上げる傍ら、美雲は通信を繋げる。
『チャンスよ、トリガー。あとはお願い』
Δ
次元断層のバリアが消えた時点でトリガーは動き出していた。
風の歌と次元断層バリアの消失によって混乱するウィンダミア軍を尻目に、トップスピードで敵巨大戦艦に特攻を仕掛ける。敵も味方も置き去りにして三本線が研ぎ澄ました牙を剥いた。
トリガーの特攻に戦艦が擁する無数の砲塔が即応する。接近を許さないとばかりに大量の迎撃砲がトリガーへと集中した。
迫る砲火の嵐、もはや花火と変わらない弾幕にトリガーは怯まない。むしろ更なる加速をして弾幕を強引に潜り抜け、艦隊壁面に張り付き砲塔の射角が取れない位置へと潜り込んだ。
一直線に向かうは戦艦の頭脳たる艦橋。軍隊を指揮する人間がいるだろう艦橋を撃破することができれば、ウィンダミア軍は一気に崩れる。
場所の目星は付けてある。合同作戦会議にて周知された情報を元に、バリアが破れる直前まで艦橋の場所を探っていたのだ。あとは直接目視で確認すればいい。
混乱から復帰したウィンダミア軍機が、戦艦上方へと真っ直ぐ駆け上がるトリガーを止めるべく動き出す。しかし止めるには遅すぎる。既にトリガーは戦艦の艦橋を目視にて捉えていた。
「──ここだ」
バトロイド形態に変形して静止、艦橋を視界の中心に据えてビームガンポッドを構える。艦砲が一斉にトリガーへと向けられるが、それよりもトリガーの引き鉄の方が早い。
艦橋を撃ち抜く弾道でビーム砲が寸分の狂いもなく放たれる。光の矢弾は一直線に艦橋へと向かい──寸前で割り込んだ白騎士がその機体を盾にして受け止めた。
目を剥くトリガーの眼前で黒煙を吐いて白騎士が堕ちていく。バリアを張る余裕すらもなかったのか、ビームの直撃を受けた白騎士は少なくないダメージを受けただろう。
白騎士の決死の行動に内心で舌を巻きつつ、トリガーは即座に二撃目を放つために照準を再度艦橋に合わせる。今度は誰も間に合わない、確実に潰す。
冷徹な思考のまま艦橋を撃ち抜かんと引き鉄を引こうとして──
『──退避しろ、トリガー!!』
切羽詰まったアラドの通信がコックピットに響いた瞬間、タイムオーバーを告げる爆発が海底で巻き起こった。
Δ
トリガーが艦橋への砲撃を敢行しようとしたのと同時、古代戦艦シグル=バレンスは海底遺跡の直上に到達した。
新統合軍は遺跡を吹き飛ばしつつも敵艦隊へ最もダメージを与えられる瞬間を見逃さなかった。
炸裂する反応弾。核爆弾よりも高威力の大量破壊兵器は海底ごと遺跡を跡形もなく消し飛ばし、直上にまで迫っていた古代戦艦を呑み込む。
爆発は敵艦隊だけに飽き足らず空域にて交戦していた多数の機体も呑み込む。Δ小隊ではハヤテが、ラグナを守るべくギリギリまで戦っていたがために機体を喪失し、ベイルアウトしたところをミラージュに救助されていた。
「ハヤテ!」
ミラージュの手でアイテール甲板まで運ばれたハヤテの安否を心配し、フレイアが防護壁越しに声を上げる。
ハヤテは一時的に意識が飛んでいたようであったが、ミラージュの呼び掛けに意識を回復。すぐに自分の両足で立ち上がれるようになった。
ハヤテの無事にフレイアが安堵する一方、他の面々は痛ましげに表情を歪めていた。
敵艦隊を押し留めることができず反応弾を使われてしまった。大量破壊兵器の名に恥じぬ爆発はラグナに尋常ならざる被害を振り撒いた。
遺跡があった海底には目も当てられない規模の大穴が開けられ、巻き起こった高波がラグナの街を襲っている。この爆発でどれほどの被害が市民に及んだのか、考えるだけで胸が締め付けられた。
「トリトリが……」
よろよろと力なくマキナがへたり込む。
敵戦艦の艦橋へと命懸けの特攻を仕掛けたトリガーは、敵艦隊諸共反応弾の爆発に巻き込まれてしまった。生存は絶望的だろう。
ハヤテの無事を喜んでいたフレイアも、トリガーが爆発に巻き込まれたことを察して表情を暗くする。特設ステージを重苦しい空気が支配した。
「──まだ、終わってない」
誰もが顔を俯かせる中、自力で立ち上がった美雲が声を上げた。
「しゃんとなさい、トリガーはまだ生きてる」
「どうして分かるの?」
顔を上げたマキナが問えば、美雲は得意げに微笑んで答える。
「分かるのよ、私には」
「……強制同調!」
生存を確信する美雲の根拠をレイナは誰よりも早く理解した。
美雲は強制同調によってトリガーが生存していることを感じ取っていた。だからこそ俯くこともなく、己の両足で立ってこれからに向けて身構えているのだ。
「分かったら立ち上がりなさい、マキナ。来るわよ」
「来るって、何が……」
両膝に喝を入れて立ち上がったマキナは、警戒を促す美雲の発言に疑問符を浮かべる。他の面々も首を傾げていた。
メンバーから向けられる視線を尻目に、美雲は爆発跡地の上空を険しい顔付きで睨む。
反応弾の爆発によって巻き上げられた大量の塵煙が徐々に晴れていき、塵煙の隙間から古代戦艦の威容が姿を表す。尋常ならざる爆発を至近で受けながらも、古代戦艦は下部に展開したバリアによってほぼ無傷の状態だった。
「うそ、反応弾に即応したの?」
信じられないとばかりにカナメが口元を手で覆う。
「違う。爆発前から戦艦はバリアを張っていた」
敵艦に突撃をかますトリガーの機影を目で追っていた美雲は、戦艦が爆発前からバリアを艦隊の下方に集中させていたのを確認していた。恐らくはトリガーも気付いていた上で、無茶な特攻を仕掛けたのだろう。
「爆発前からって、ウィンダミアは反応弾が仕掛けられてるって知ってたってことに……」
苦々しげなマキナの呟きが意味するのは、作戦計画が全て筒抜けだったということ。
奇襲作戦も反応弾による不意打ちも全て知られていた。それはつまり──
「──スパイがいる」
「スパイ……」
不安げな表情で胸を抑えるフレイア。戦争が始まって初期の頃、フレイアはウィンダミアから送り込まれたスパイではないかとファンや統合政府から疑われていた。その頃の不安が蘇ってしまったのだろう。
「いまさらフレイアをスパイだなんて疑ったりしないから、安心しなさい」
「は、はいな!」
「それより、今は──」
ウィンダミアへの対処が優先、その言葉は遺跡の跡地で突如として起きた時空の歪みよって途切れた。
反応弾によって穿たれた大地の穴にマクロス級の建造物が出現した。歪で巨大な柱が円形に並んだ、見方によっては塔にも見える代物だ。
「なに、あれ……」
呆然と呟いたのは誰だったか。戦場に居る者の大半が理解を超える事象を前にして忘我する中、ウィンダミアの旗艦たる古代戦艦が動き出す。
巨大な建造物の直上に位置すると、その巨大な船体を変形させる。まるで巨大な翼を広げたかのような形態になると、ゆっくりと下降して巨大建造物とドッキングを始めた。
何かが起こる。誰もが漠然とした嫌な予感に襲われている最中、美雲は巨大な建造物から意識を逸らすことができないでいた。
「私は、知ってる……?」
巨大な建造物を目にした瞬間、美雲は身に覚えのない記憶のフラッシュバックに襲われていた。
見たことも立ったこともないはずの
まるで実際に体験したかのように鮮明な情景が、美雲の心を激しく掻き乱す。気付けばふらふらと引き寄せられように歩み出して──凄まじい圧力を伴った風の歌によって押し戻された。
「うぐっ……!」
今までとは桁違いの力を秘めた風の歌に、美雲は立っているのがやっとの状態になってしまう。他のメンバーも互いを支え合って辛うじて耐えているが、気を抜けば膝を突いてしまいかねない様子であった。
「この歌、命懸けで……!」
巨大建造物とドッキングした恩恵なのか、風の歌の効力が段違いに上がっている。加えて歌声からひしひしと伝わってくる激情。風の歌い手の逆鱗に触れるようなことでもあったのか、今までにないほど歌声には激烈な感情が込められていた。
歌うこともままならない圧力にワルキューレが手も足も出ないでいると、アラドから全体に通信が入った。
『全員よく聞け。これよりラグナを放棄し、避難完了した市民だけ連れて退却する。ワルキューレは歌声で市民のヴァール化を鎮圧、他部隊はアイランド船を守り抜け!』
受け入れ難いアラドの指示にΔ小隊とワルキューレは難色を示す。しかし現状は勝ち目がなく、このままでは市民も纏めて全滅する可能性が高い。苦渋の決断であった。
思うところはあれどΔ小隊はアイランド船の撤退支援と防衛に回る。機体を失ったハヤテは、当てがあると言って格納庫へと駆けていった。恐らくはメッサーの機体に搭乗するのだろう。
ワルキューレもアイランド船の市民たちのヴァール化を抑制しようとするが、戦場を完全に支配する風の歌の圧力によって歌声が響かせられない。美雲ですら抗うことができないでいた。
「くっ、このままじゃ……」
市民だけではなく空で戦う部隊の面々も再びヴァール化して操られてしまう。そうなれば撤退どころの話ではない。
状況を打開する術を模索する美雲。その眼前にウィンダミア軍の機体が現れた。強力な風の歌に翻弄されたことで防衛線が崩れ、敵機の接近を許してしまったのだ。
「危ないッ!」
「カナメ!?」
バトロイド形態で敵機がアサルトソードを振り被る。防護壁の目前に立っていた美雲を、カナメが後ろから引き寄せて庇った。
甲高い音を響かせて分厚い防護壁が破られる。衝撃によって飛び立った破片が特設ステージに降り注ぎ、生身のワルキューレを襲った。
「く……全員、無事?」
美雲を庇いつつもいち早くカナメはメンバーの状態を確認する。
マキナとレイナ、フレイアは多少の擦り傷程度で問題はない。美雲もカナメが咄嗟に庇ったことで傷一つなかった。代わりにカナメが肩口に防護壁の破片を受け、微かに血を滲ませている。
「カナメ、あなた……」
「これでもワルキューレのリーダーだから。メンバーを守るのは当然よ」
「…………」
微かに複雑な表情でカナメの傷口を見やる美雲。自分が負うはずだった怪我をカナメに肩代わりさせてしまった、その罪悪感が頭を擡げていた。
「それよりも、敵は──」
防護壁を破られたことでワルキューレは完全に無防備な状態だ。ビームどころか機銃の一発でも撃ち込まれようものなら全滅しかねない。
しかし防護壁を破った敵機が追撃をしてくることはなかった。頭部に内臓されたセンサーカメラでステージ上のワルキューレを一人ずつ確認し、そして美雲に視線を留める。
『菫の髪に真紅の瞳、この女だ!』
「……私?」
敵パイロットの羅列した身体的特徴から、狙われているのが自分であると美雲は悟る。
敵機のアームが美雲を捕らえようとステージに伸びる。美雲はワルキューレの仲間たちを一瞥した。
ステージに残り続ければワルキューレのメンバーも巻き込まれる恐れがあった。逡巡は一瞬、美雲は弾かれたように特設ステージの外へと飛び出した。
「ダメよ、美雲!」
カナメが声を上げるも美雲は取り合わない。アイテールの甲板に躍り出て、敵機の注意を自分に引き寄せる。
『待て、動くな!』
ステージから飛び出した美雲を追い詰めるべく敵パイロットが動く。やはり狙いは美雲個人であり、無防備なワルキューレは完全に無視されていた。
「こっちよ!」
わざと煽るように声を上げながら、腰に装着したガスジェットクラスターを吹かして逃げ回る。元々の常人離れした身体能力も相まって、敵パイロットはなかなか美雲を捕えられない。
『何を遊んでいる!』
いつまでも美雲を捕らえられない味方に焦れ、もう一機が甲板に降り立つ。二機掛かりで囲い込まれては然しもの美雲も追い詰められていく。
甲板の端に追い詰められ美雲は身動きが取れなくなった。カナメがΔ小隊に救援を要請しているが間に合わないだろう。向こうは向こうでアイランド船の防衛に掛かり切りだ。
『大人しくしろ、美雲・ギンヌメール』
じりじりと迫る二機のバトロイド。一度アームで掴まれてしまえば生身で抜け出すことは不可能だろう。
美雲は背後に広がる空を見やる。アイランド船の撤退支援をするケイオス部隊と、そうはさせまいと追撃するウィンダミア軍。二勢力が激しく鎬を削る空域は、生身を晒すには危険すぎる空であった。
しかし甲板上に逃げ場はもうない。唯一の活路は空の上にしかなかった。
美雲は誰かを想うように瞑目する。
「風に乗れば飛べる、だったわね……」
「私が欲しいなら、捕まえてごらんなさい」
挑発的な笑みを残して美雲は背中から空に身を投げた。
身一つでの投身に敵パイロットは度肝を抜かれ、慌てて甲板から飛び上がる。真っ逆さまに落下していく標的を捕らえるべく、二機のウィンダミア軍機が美雲に追い縋る。
「──、────♫」
落下の真っ只中にありながら美雲は迫る敵機を見据えつつ全力で歌う。これ以上にない命の危機にフォールドレセプターは限界まで活性化し、歌声に乗る生体フォールド波が天井知らずに上昇していた。
命懸けの歌はアイランド船の市民たちの元へと届き、ヴァール化していた人々を鎮静化させる。それだけに飽き足らず、戦場の兵士たちのヴァール化すらも抑え込む。
『この女、落ちながら歌って……ッ!?』
信じられない度胸に驚愕する敵パイロットは、突如として鳴り響くロックオンアラートに身を強張らせる。咄嗟に上方を警戒するが遅い。
天空遥か高くから流星の如き勢いで来襲する三本線の機体──トリガーだ。
トリガーは敵機の背後でバトロイドに変形すると勢いそのままにアサルトナイフを突き込む。一撃でコックピットを貫かれて物言わぬ鉄屑と化した機体をもう一機へと蹴り飛ばす。
美雲に被害が及ばないように背中に庇いつつ、続け様に動揺する敵機へ容赦ないビームの乱射を浴びせる。味方機の撃墜に意識を取られていた敵パイロットに回避する余裕はなく、二機揃って爆発の花を咲かせた。
あっという間に脅威を排除してトリガーは美雲に向き直る。
『無事か、美雲!?』
機体越しの安否確認に美雲は歌いながら片手でワルキューレのマークを作って見せた。
美雲の無事を確認したトリガーは慎重な操縦でアームを伸ばす。ガウォーク形態で落下速度を殺しつつ、壊れ物を扱うかのように二つのアームで美雲を受け止めた。
アームの掌に腰掛けた美雲がハンドサインを送る。意図を理解したトリガーは水平移動しながらキャノピーを開き、アームを操作して美雲を後部座席に招く。
持ち前の身体能力でアームを伝って美雲が座席に滑り込んだのを確認し、トリガーは即座にキャノピーを閉じる。ここに至ってほっと安堵の息を吐いたのだった。
「助かったわ、トリガー」
「心臓が止まるかと思ったよ。あんまり無茶をしないでくれ」
「考えておくわ」
戦場の空に紐なしダイブを決めた後とは思えないほどに普段通りな美雲に、トリガーは疲労混じりの溜め息を禁じ得なかった。
「それで、どうして美雲が狙われた?」
カナメからの通信で美雲がウィンダミア軍に狙われている旨は理解していた。しかしその理由までは把握していない。
「さあ。熱狂的なファンなら幾らでも歌って上げるところだけど、そうじゃないみたい」
誤魔化すような口振りではあるが、美雲自身も狙われる理由に心当たりがなかった。強いて挙げれば、ワルキューレ内でもトップクラスのフォールドレセプター所有者であること、または遺跡に干渉できることで目を付けられたのかもしれない。
それにしたって戦場のど真ん中でリスクを犯してまで捕縛するより、後顧の憂いを断つために始末してしまったほうが早いはずだ。
美雲にも理由が分からない以上、この場で議論をする意味はない。トリガーは美雲を比較的安全であるアイテールへと連れて行こうとする。
「待って、アイテールに戻るのはなしよ」
「いや、このまま俺と飛ぶのは無茶だろ」
耐Gスーツも着込んでいない美雲を乗せたままでは、トリガーは本来の実力を発揮することができない。防護壁が破られたとはいえ防空システムの残っているアイテールのほうが安全面においても安心できる。何より守りやすい。
しかしトリガーの提案を美雲は一蹴した。
「私が狙われている以上、戻ればあの子たちを巻き込みかねない」
ウィンダミア軍の狙いが美雲個人の身柄である以上、側に居れば巻き添えにしかねない。現にカナメが美雲を庇って負傷している。
ワルキューレの身を守るためにも、アイテールに戻る案は承服できなかった。
自分の心配よりも仲間の身を守ることを優先する美雲に、トリガーはかつての自身の姿を幻視する。仲間を守ることだけに拘泥し、自分の身を危険に晒し続けた大馬鹿野郎の姿が重なって見えた。
「……守るさ」
「え?」
「絶対に守る。美雲も、ワルキューレも、Δ小隊の仲間も。誰一人だって取り零しはしない。だから、何も心配しなくていい」
美雲に自分と同じ道を辿らせはしない。確固とした覚悟を決めて、トリガーは改めて宣言した。
唐突なトリガーの意思表明に面食らう美雲。ややあって気遣われていることを察すると、普段の笑みとは違う少しくすぐったそうな柔らかな微笑みを零した。
「期待しておくわ」
美雲の言葉にトリガーは背中越しにサムズアップをして見せた。
「それじゃあこのまま空の旅を続けようか……って!?」
意識を切り替えて操縦に集中しようとした矢先、トリガーはアイテールから飛び降りる人影を見て目を剥く。ワルキューレで一番の後輩であるフレイアが、
トリガーの視線を辿った美雲も、飛び降りたフレイアの姿に愕然とする。
「あの子、なんて無茶を……!」
「鏡を見てから言ってもらってもいいかな?」
自分のことを盛大に棚上げする美雲に、トリガーはツッコミを禁じ得なかった。
飛び降りたフレイアの向かう先は風の歌に翻弄されるハヤテのもと。美雲が命懸けで歌声を限界まで引き出したのを見習い、直接歌を届けに行ったのだろう。
文字通り命懸けの行動によってフレイアの歌声が戦場に響き渡る。美雲に負けず劣らずの生体フォールド波が戦場を伝播し、精神を掻き乱されていたハヤテが再び翼を広げた。
命懸けで歌を届けにきたフレイアを回収し、ハヤテはフレイアの歌声を望む場所へと届けるために飛ぶ。戦場にありながらハヤテとフレイアは何処までも自由に飛んでいた。
「やるじゃない。私も負けていられないわ」
「二度目のダイブはなしだぞ」
「お望みなら応えてあげるけど?」
「フリじゃないから、やめてくれ」
もう心臓が止まるような思いは懲り懲りだと、トリガーは心から止めるよう懇願した。
「仕方ないわね。じゃあ、戦場の空をエスコートしてもらおうかしら。それくらいは、してくれるでしょ?」
「……分かったよ。舌を噛まないようにしっかり掴まってろ」
渋々了承してトリガーは未だ激戦区となっているアイランド船付近の空域に突入した。
ケイオス部隊の支援を受けて多数の市民を乗せたアイランド船が撤退する。ウィンダミア軍は少しでも戦力を削ろうとしつこく攻撃を仕掛けてくるが、遅れながらも参戦したエリシオンの介入によって追撃を中断。ラグナの占領へと移った。
避難民を乗せたアイランド船とマクロス・エリシオンは球状星団の外へとフォールドする。風の歌の影響外に逃れるための苦肉の策だ。
ラグナ防衛戦は敗北に終わり、ブリージンガル球状星団はウィンダミアの手に堕ちた。
「…………」
青い海洋惑星ラグナを横目にトリガーと美雲を乗せた機体もフォールドする。二人とも無言のまま、しかし瞳には必ず取り返すという覚悟の光を宿していた。