フレイアの誕生日当日──
サプライズパーティーの会場となる裸喰娘娘は上を下への大騒ぎであった。
フレイアが店に訪れるまでに料理の準備、店内の飾り付け、その他諸々とやることは山ほどある。パーティー準備指揮官となったミラージュのやたらと気合いの入った指揮の元、サプライズパーティーの準備は着々と進められていた。
「トリガー少尉は柱の飾り付けを」
「了解です」
「チャック中尉は引き続きケーキ作りをお願いします」
「ウーラサー!」
「それとそこでスルメを齧ってる隊長も、サボってないで手伝ってください!」
「おっと、了解了解」
「ハヤテは……まだ来てないんですか!?」
未だ姿を表さないハヤテにミラージュが苛立ちを募らせているのを横目に、トリガーは黙々と柱にリボンを巻き付ける作業に従事する。
カランとドアベルの鳴る音が響き、トリガーは作業の手はそのまま肩越しに扉を見やる。準備の真っ只中に現れたのは美雲だった。
「来てくれたんだ、くもくも!」
真っ先に美雲に声を掛けたのはマキナだった。一目散に美雲の元へ駆け寄りその手を掴む。
「何処かの誰かさんに誘われたからね」
揶揄い混じりの視線を向けられ、トリガーはすっと柱の飾り付け作業に戻る。事実であるのだが明らかに語弊を招く言い回しだ。
マキナとレイナの差金だと知っているΔ小隊の面々は特に反応しないが、それ以外のケイオススタッフは目を丸くしている。我が道を往く美雲が参加すること自体もだが、トリガーの誘いに乗ってという経緯に驚いているようだった。
下手に反応すると余計に炎上すると察してトリガーは沈黙である。黙々と柱にリボンを巻く人に徹した。
「美雲さん。来て頂いて早々に申し訳ないのですが、お願いしたいことがありまして」
「なにかしら?」
「実は──」
パーティー指揮官のミラージュが美雲に提案を持ち掛ける。フレイアのサプライズに纏わる話なのだろう。内容を聞いて美雲は頷き、細かな内容を詰めていく。
「美雲、前と変わった。トリガーのおかげ」
ミラージュとサプライズの内容について意見を交わす美雲を横目に見つつ、飾り付けに従事するトリガーの元へレイナが足を運んだ。
「俺は何もしてないよ。むしろ助けられてばかりさ」
ヴォルドールでは自分の身を顧みない無茶を諌められ、アル・シャハルでは強制同調によって背中を押された。翼を捨てようとした時には厳しいながらも立ち上がる力を貰った。
思い返せばトリガーは美雲に助けられてばかりだ。逆に助けたことなど、ラグナ防衛戦の一回くらいしか思い出せない。
美雲が困っている時は助けようとトリガーが胸中で決心している一方、レイナはレイナで話を続ける。
「昔の美雲なら、参加していなかったと思う。参加しても、顔だけ見せてすぐに居なくなってた。神出鬼没のミステリアスクイーン」
でも、とレイナはトリガーの顔を見つめて続ける。
「トリガーに関わるようになってから、美雲は変わった。他人に興味を持つようになった気がする」
トリガーに会う前の美雲は歌うことにしか興味関心がなかった。それがトリガーを切っ掛けに、他の事柄へも少ないながら関心を向けるようになったのだ。サプライズパーティーに参加しようと思い立ったのもその一巻だろう。
「前までは美雲が何を考えているのか、よく分からなかった。ワルキューレのこと、私たちのことをどう思ってるのかも……」
今まで美雲は誰にも自分の心情や感情を悟らせてこなかった。戦場で共に歌うワルキューレのメンバーに対してもだ。
「モヤモヤ、じくじく。もどかしかった。でも、今は少しだけ分かる」
顔を上げたレイナは少し嬉しそうな表情で美雲を見つめる。
「フレイアみたいに色は見えないけど。美雲が私たちのこと、ちょっとは仲間だって思ってくれてること。チクチク、伝わってきた」
「…………」
ちょっと、どころではないとトリガーは内心で付け加える。ワルキューレを巻き込まないために生身で囮を買って出るくらいには、美雲はワルキューレの仲間を大切に思っているはずだ。本人が認めるかは知れないが。
本心は美雲に問わなければ分からない以上、トリガーはあえて指摘することはなかった。
「そう思えるようになったのは、きっとトリガーのおかげ。悔しいけど、ありがと」
早口にお礼の言葉を告げてレイナはそそくさとマキナの元へと駆けて行く。その背中を微笑混じりに見送り、トリガーは改めて美雲を見やる。
どんなサプライズをすることになったのか、美雲はケイオススタッフを相手にバースデーソングの指導をしている。その姿から他人に一切関心がないような素振りは感じられない。
トリガーは以前の美雲を知らない。ただ、レイナの言葉が真実ならば美雲は変わったのだろう。あるいは変わり始めているのか。かつてのトリガーが仲間の大切さを知って変わったのと同じように。
トリガーが一人感傷に浸っていると、カランとドアベルが鳴り響く。一向に姿を現さないハヤテが到着したのかと目を向けて、トリガーは驚愕のあまり手にしていたリボンを取り落とした。
店の出入口に立つ二人の人影。一人はワルキューレリーダーのカナメで別に驚くことなどない。驚かされたのはもう一人、杖を突きながらも己の両足で立つメッサーの存在だ。
予想だにしないメッサーの登場にパーティー参加者は大半が驚愕してあんぐりと口を開いて硬直していた。驚いていないのはこのサプライズを仕組んだであろうアラドだけだ。
「ごめんなさい、ちょっと遅れちゃったかしら?」
「すみません、準備に手間取りました」
メッサーは律儀に頭を下げようとしてバランスを崩しかけ、カナメに支えられた。
「め、メサメサ!? もう動けるようになったの!?」
メッサー登場の衝撃からいち早く復帰したマキナが、その場の全員の思いを代弁した。
「何とか一人で歩ける程度には回復しました。心配を掛けてすみません」
左肘から先を喪失したメッサーは意識を取り戻してから今日までケイオスの医療施設にてリハビリに勤しんでいた。それはラグナ陥落後、アイランド船に避難してからもである。
暇な時はカナメもリハビリを手伝ったこともあり、メッサーは杖さえあれば一人である程度は動けるくらいには回復した。とはいえ気を抜けば倒れそうになるため、出歩く時は誰かの補助が必須であるが。
予想外のサプライズに硬直する面々に、アラドが得意げに口を開いた。
「どうせやるなら、Δ小隊全員で祝ってやったほうがいいだろうと思ってな。俺が呼んでおいた。ちょっとしたサプライズだ」
「私たちにサプライズしてどうするんですか、このスルメ親父は……」
「……ミラージュ、ちょっとあたり強くないか?」
ミラージュの辛辣な物言いに軽くショックを受けるアラドだが、この場に集った面々の大半がミラージュと同意見であった。メッサーを連れてきたカナメも擁護できず苦笑いである。
アラドへ一言物申したい気持ちはあったが、それよりもパーティーの準備が優先である。メッサーの参加はサプライズが一つ増えたと好意的に取り、ミラージュ指揮のもとパーティーの準備を推し進める。
トリガーも話し掛けたい気持ちを堪え、目線で挨拶だけ交わして飾り付け作業に戻った。
主役であるフレイアが到着するまであと少し。未だハヤテは姿を見せないまま、パーティーの開始時刻が刻一刻と迫っていた。
Δ
本日の主役であるフレイアが裸喰娘娘に到着した。
フレイアの相方と言っても過言ではないハヤテの到着を待つことはできず、サプライズパーティーは盛大に開催と相成った。
店に入るや否やクラッカーと大勢のケイオススタッフに出迎えられ、フレイアは飛び上がらん勢いで驚く。何事かと混乱するフレイアは、誕生日を祝う言葉に目を点にした。
「あ、そういえば今日、誕生日やった」
どうやら誕生日が来る度に結婚や見合いを迫られていたため、自分の誕生日のことをすっかり忘れていたらしい。気の抜けそうなフレイアの反応に、サプライズを企画した面々がずっこけたのはご愛嬌であった。
本人が忘れていたとしても今日が誕生日であることに変わりない。
みんなからの誕生日プレゼント、チャックが用意した特製ケーキ、そして美雲の即興指導のもと仕上げられたバースデーソング。病み上がりながらもわざわざ参加してくれたメッサーの存在。
自分のために用意された数々のサプライズにフレイアの涙腺は早々に決壊した。
「わたし、ラグナのみんなに出会えてよかった。これからも、悔いのないようずっとずっと歌い続けます!」
ここ最近のしょげ込んだ空気を振り払い、涙を滲ませながらフレイアは宣言した。
フレイアの宣言に沸く面々。特にワルキューレとして一緒に歌ってきたマキナは人一倍感じ入っており、嬉し涙混じりにフレイアに突撃している。
サプライズは大成功してパーティーが盛り上がる最中、こそっと参加者の列に並ぶハヤテ。ミラージュに小言を言われるも軽く肩を竦め、フレイアに悪戯を企む子供みたいな笑みを向けた。
ハヤテの意味深な笑みにフレイアが首を傾げた時、トリガーが外の違和感に気付く。
「雪……?」
ちらちらと窓の外でちらつく白いものを目に留めてトリガーは思わず呟く。
トリガーの呟きはパーティーに参加していた面々の耳に入る。特に故郷であるウィンダミアが雪国であるフレイアの反応は劇的であった。
「雪、雪、むっちゃ雪ごり〜!」
ラグナでもアイランド船でも本来なら見ることのできない雪を見て、フレイアは店の外へと駆け出す。ケイオススタッフの面々も滅多に見ることのない雪に外へと繰り出した。
トリガーも流れに身を任せて外に出ると、裸喰娘娘の周辺だけが一面の銀世界に覆われていた。周囲を観察すれば、木陰に大型の天候操作装置が設置されている。
誰がこんなサプライズを仕込んだのか。それは得意げな表情でフレイアに笑い掛けているハヤテを見れば一目瞭然だ。故郷を想うフレイアのために、パーティーに遅れてまでハヤテが用立てたのだろう。
フレイアもハヤテが雪を用意してくれたのだと察し、ルンを眩しく光らせながらお礼を伝えている。
余人が入る余地のないフレイアとハヤテの空気。トリガーですら察して邪魔をすまいと離れ、他の面々の様子を伺う。
カナメとメッサーは肩を並べて雪景色と、フレイアとハヤテを微笑ましげに見守っている。あれはあれで邪魔できない雰囲気であるため、トリガーは近付かないように気を払った。
マキナとレイナは初々しいフレイアとハヤテのやり取りに胸を弾ませている。あそこに巻き込まれようものなら漏れなく女子トークの餌食になることは間違いないだろう。
気付かれないようトリガーはそそくさと距離を取り、バルコニーの手すりに腰掛け一人雪景色を眺める美雲の姿を見つけた。
特に行く宛もなかったトリガーは美雲の元へと足を運ぶ。
「パーティーは楽しかったか?」
「そうね……楽しいと思うわ」
美雲はミラージュの提案でフレイアに贈るバースデーソングのメインを担当しつつ、他参加者へ即興で歌の指導を行っていた。本番では持ち前の歌声でフレイアを魅了し、パーティーの盛り上げに一役買った。
「誰かを祝うのも悪くない」
「仲間の誕生日だからってのもあるんじゃないか?」
やや踏み込んだトリガーの指摘に美雲は目を丸くする。少し考えるように顎に手を宛てがい、やがて小さく頷きながら口を開いた。
「そう、かもね。あまり実感はないけど」
フレイアをよく知らない他人に置き換えてみて、そこまで楽しめる気はしなかった。だからといって大切なのかと問われると、まだはっきりとは答えられそうにない様子だ。
考え方を押し付ける気も無理に答えを引き出すつもりもトリガーにはない。煮え切らない美雲の返答を、今はそのまま受け入れた。
「祝う側を楽しめたなら、今度は祝ってもらう側だな」
「……私は自分の誕生日を知らない。誕生日を祝うことなんてできないわ」
この前言ったはずだろう、とばかりに美雲がジト目を送ってきた。しかしトリガーは一切気に留めず、あっけらかんと言ってのける。
「聞けばいいじゃないか。ケイオスの誰かしらは知ってるはずだろ?」
食事の管理などをされているのであれば、美雲の周囲にはケイオス本社の人間がいるはずだ。その誰かに尋ねれば誕生日の一つくらい知ることができるのではないか。
今まで興味すらなかったために、誰かに訊くという手段がすっぽ抜けていたのだろう。美雲にしては珍しく少し間抜けな表情を見せ、次いで呆れ混じりの苦笑を浮かべた。
「誕生日を祝ってほしいから訊くなんて、図々しいにもほどがあるでしょ」
「いいんじゃないか? 知らないことのほうが不自然だし、美雲の誕生日ならみんな喜んで祝うと思うぞ」
具体的には、物陰からチラチラとこちらを覗いているマキナとレイナあたり。フレイアとハヤテの出歯亀は済んだのか、今度は美雲とトリガーにターゲットを移したらしい。
トリガーの反応で美雲も気付いたのだろう。思わずといった様子で苦笑を零した。
「気が向いたら、訊いておくわ」
明言はせず美雲はそう答え、穏やかな表情で一面の雪景色へと視線を戻すのだった。
Δ
恙なくフレイアのサプライズパーティーは幕を下ろした。
フレイアを元気付けるためというお題目のもと盛大に開催されたパーティーであるが、なかなか終わりの見えない戦争に鬱屈としていたケイオススタッフの息抜きにもなったのだろう。パーティー参加者の反応は好意的であった。
この手のイベントにはあまり参加しない美雲も満足している様子だった。
パーティー終わりの帰り道。遅くなりすぎる前にと、後片付けを免除され美雲は帰路についている。美雲はケイオス本社が管理している施設で寝起きしているからだ。
楽しかった、参加してよかったと素直に思えた。口にすることはないが、偽りない本心である。
帰り道を往く美雲の足取りは軽い。浮かれているとまではいかないが、初めての誕生日パーティーに気が緩んでいるのは間違いなかった。
──その隙を、暗闇から虎視眈々と狙う者がいた。
建物の陰から男が音もなく歩み出る。風体はごく一般的なラグナ人と変わらないが、夜にも関わらず黒いサングラスを掛けており、あからさまに怪しい空気を纏っていた。
行手を遮るように立った男に美雲は歩みを止め警戒する。そこらの暴漢程度であればあしらえる自信はあるが、どうしてか目の前の男に対しては胸騒ぎが止まらない。
「私になにか用?」
いつ襲われても対処できるように身構えつつ美雲が問い掛ける。しかし男は何も答えず、美雲を頭の天辺から爪先まで観察するように確認していた。
「
何処か機械染みた発言の直後、男の身体が凄まじい勢いで美雲に迫る。
人間離れした加速に美雲は目を見開くも、即座に反応して伸ばされた手を躱す。そして流れるような体捌きで鋭い手刀を首筋に叩き込み──鉄骨を殴り付けたかのような手応えに顔を顰めた。
「あなた、生身じゃ──あぐっ!?」
バリッ、と小さな炸裂音と共に美雲の身体を電流が走る。腹部に当てられた男の指先から電撃が迸ったのだ。
力なくその場に崩れ落ちる美雲。痙攣して指先一つまともに動かすことができなかった。
薄れゆく意識の中、視線だけは男を睨み続ける。しかし男は美雲の視線など気にした素振りもなく、倒れ伏す美雲へと手を伸ばす。
「対象を無力化、ポイントへと移送する」
無機質な言葉を最後に美雲の意識は闇に呑まれていく。
──みんな……トリガー……。
意識を失う寸前、美雲の脳裏を走馬灯のようにワルキューレの仲間たちと、何故かトリガーの顔が過ぎった。
ここから原作にちょこっとアクセントが入ります。