アル・シャハル上空、戦闘空域にて。Δ小隊隊長アラド・メルダースはアンノウンとの交戦真っ只中に飛び込んできた情報に顔を顰めた。
「アンノウンとは別勢力が突っ込んでくるだと? そいつは何を考えているんだ」
悪態をつきたくなるのを堪え、アンノウンニ機からの攻勢を捌く。小隊を預かる隊長の肩書きは伊達ではなく、数的不利をものともせずいる。
だが戦場全体として見るとΔ小隊が押され気味だ。
Δ小隊が四機なのに対し、襲来したアンノウンは六機。この時点で数的な不利がある。
加えて機体の性能差と、Δ小隊はワルキューレと市民を守りながら戦わなければならないハンデがある。押し込まれてしまうのも無理なかった。
このままではジリ貧に陥る。戦況を把握しつつ打開策を考えていると、機体のセンサーが新たな乱入者を捉える。報告にあった第三勢力の戦闘機──ストライダー1だ。
横目にちらと機体を確認し、アラドは嘆息を禁じ得なかった。真っ直ぐ向かってくる戦闘機は情報通りの代物で、とてもではないがこの空戦を制する能力を持っているようには見えなかったからだ。
「こっちも手一杯だってのに、フォローなんてしてやれないぞ……」
余計な荷物が飛び込んできた、と息を吐いた時だった。突如として鳴り響いたロックオンアラートにアラドは目を剥いた。第三勢力の戦闘機にロックオンされたのだ。
「何のつもりだあの野郎!?」
予想だにしない展開にアラドは即座に回避行動へ移ろうと機体を操作して、ロックオンアラートがパタリと止む。そして一瞬後、アラドとアンノウン二機の間を引き裂くように、凄まじい勢いで戦闘機が飛び去った。
「は、はぁ? ほんとに何のつもりだ……?」
ストライダー1の謎の行動に呆気を取られつつも、アラドは敵対するアンノウン二機への警戒を切らしていなかった。
だからこそ気付いた。アンノウン二機も己と同じように中途半端な回避機動で止まっていることに。己と同じように横合いから突っ込んできた戦闘機にロックオンされていたということを。
「……おい、まさかあの野郎」
アイテールから送られてきた情報とストライダー1の向かう先を照らし合わせ、アラドの中で予想が確信に変わる。同時にストライダー1の正気を疑った。
『Δ小隊に告ぐ。たった今、第三勢力の戦闘機が乱入してきたが、絶対に相手にするな。いいな?』
『どういうことですか、隊長!?』
『相手するなって、こんな状況で相手なんてしてられないって!』
アラドからの通信に真っ先に反応したのはデルタ4ことミラージュ・ファリーナ・ジーナスとデルタ3チャック・マスタングの二人だ。特にΔ小隊において最も真面目で、真面目が過ぎて融通が効かないミラージュは、余裕のない戦況も相まって声を荒げていた。
『どういうことも何も、すぐに分かるだろうよ』
『それはどういう──これは、ロックオンされて!? ……え?』
切羽詰まったミラージュの声が響き、ややあって間の抜けた声が続いた。
その反応に、やはりなとアラドはひとりごちる。
『うわっ、こっちもロックオンされたっ……て、どっか行ったぞ?』
チャックの方にもストライダー1が乱入したようで、拍子抜けしたような気配が伝わってくる。
『こちらでも件の戦闘機を確認。ロックオンだけして離脱していきます』
ミラージュとチャックの二人よりも格段に落ち着いた様子で報告するのは、デルタ2ことメッサー・イーレフェルト。Δ小隊のエースパイロットであり、その技量は隊長のアラドを凌ぐとも噂されている。
ストライダー1の謎めいた行動に困惑するアラド以外の小隊メンバー。メッサーは予測程度は立てられているようだが、確信に至るピースが足りないのか沈黙している。
そんな状況下でも戦闘は止まることなく、動揺から復帰した敵対勢力が再度攻勢を仕掛けてくる。Δ小隊も応じる形で体勢を整えたところで──再び鳴り響くロックオンアラートと飛来する戦闘機。
出鼻を挫くように突き入れられる横槍に、戦場全体に戸惑いが走る。
『何なんですか、あのパイロットは。イタズラに戦場を引っ掻き回すような真似をして、ふざけているんですか!?』
思わず叫ぶミラージュだが、その思いはこの空域にて戦っている者全員が抱いていることだろう。
自分たちが乗りこなす機体よりも性能が低い、それも骨董品レベルの戦闘機が命知らずにも戦闘空域を掻き乱している。いったい何が目的でそんな真似をしているというのか。
その考えを、アイテールからの情報で男の作戦目的を知っていたアラドだけは理解していた。
『制空権を確保する。それが目的だろうさ』
『はい?』
『えぇ?』
『気は確かですか?』
三者三様ではあるが、共通して辛辣な反応である。アラドも内心同じ思いだが、現実にあのパイロットは本気でそれを実現しようとしている。現に──
「食い付いちまったな、やっこさん」
土足で戦場を荒らす蛮行を許せなかったのか、あるいは出鼻を挫かれるのを嫌ったのか。アンノウンのうち一機、それも執拗に地上の市民やワルキューレを襲っていた機体が飛び回るストライダー1を撃墜するべく動き始めた。
獲物を釣り上げたと認識した瞬間、戦場を踏み荒らしていた戦闘機の動きが激変した。今までの単調な突撃と高速離脱ではない、パイロットの確かな技量を感じさせる機動だ。
可変機構も搭載されていない、性能に大きな隔たりがある二機。Δ小隊が運用するVF-31ジークフリードと比べても、性能は上だろうアンノウンの機体は、しかしただの戦闘機を撃墜することができていない。
ガンポッドの容赦ない斉射も、被弾しようものなら大破確定のビーム砲も紙一重で当たらない。ガウォーク、バトロイド形態を駆使した高機動で有利を取ろうとしても、人外染みたマニューバと兵装の利用で詰みを避け続ける。
両翼に備え付けられていた自律AI搭載の無人機と合わせて追い込もうともしたが、捉えきれない。それどころか、無人機に関しては一瞬で撃ち落とされた。
機体の性能差を覆すほどの操縦技術。否、それだけでは説明がつかない。ストライダー1の動きは、釣り上げたアンノウンの動きに対して最適化されすぎている。
まるで次に何をしようとしているのか、何がしたいのかを“理解”しているようで──
事ここに至って乱入した戦闘機を侮る者はいなくなっていた。あの戦闘機はこの戦場の天秤を動かしかねない存在だと認識を改めていた。
そして地上の趨勢も大きく動く。
アンノウンの中でも執拗に地上へと攻撃を加えていた機体が釣り上げられたことで、ワルキューレたちが暴動を治めるべく再び立ち上がり、戦場にその歌声を響かせ始めたのだ。
歌声に乗せられた生体フォールド波によって、暴徒と化した人々が徐々に落ち着きを取り戻していく。拡大する一方だった被害も、ワルキューレの活躍により治りつつあった。
このまま順調に事が進めば事態は収束する。そう判断したアラドの元に、地上から通信が飛んできた。
『アラド少佐、地上にて未確認のアクティブ生体フォールド波を確認。三時の方向です!』
「なんだと!?」
ヴァール鎮圧に従事するワルキューレのリーダーカナメ・バッカニアからの情報に、すぐさま該当方角を確認する。
するとそこでは、新統合軍が運用するVF-171ナイトメアプラスが踊るような機動でヴァール化した暴徒の操る機体と渡り合っていた。その手で件の生体フォールド波を放っているだろう少女を守りながら。
『踊ってやがる……いや、今はこの場の鎮圧が優先だ。ワルキューレはヴァール化の抑制に集中してください』
『了解!』
冷静に判断を下し、さてストライダー1はどうなったかと目を向ければ、ちょっと意識を逸らした隙に二機のアンノウンに追い回されていた。どうやら攻め切れていない僚機に焦れ、チャックと交戦していたアンノウンが加勢に入ったようだ。
「流石にまずいか……?」
アンノウンが一機だったからこそ、ストライダー1は辛うじて凌いでいた。だがそこへ二機目が介入すれば、天秤はアンノウンに傾く。その証左に、今まで回避し切れていた攻撃が機体を掠め始めている。
ストライダー1が撃墜されるのは時間の問題だろう。それは困る。ただの戦闘機でアンノウンとあそこまで渡り合える技量を持つパイロットを失うのは惜しい。既にアラドは如何にしてあのパイロットをスカウトするかしか考えていなかった。
『俺は戦闘機の援護に入る。チャックは俺の相手を片方受け持ってくれ。このままアンノウンを押し返し、一気に片をつけるぞ!』
『了解!』
『ウーラ・サー!』
『了解』
Δ小隊の力強い応答に頷き、いざストライダー1の援護に向かおうとしたところで、アラドと対峙していた二機のアンノウンが反転、そのまま戦闘空域から高速離脱していく。ミラージュ、メッサーと交戦していた敵機も同様だ。
「撤退か? ならストライダー1も──」
もう大丈夫だろうと目を向ければ、しかし未だ二機のアンノウンに追い回されているストライダー1の姿があった。
ここまで散々こけにされ、邪魔をしてきた戦闘機だけでも撃墜する。アンノウン二機から、特に最初に釣り上げられた機体からは凄まじいまでの殺意と怒気が滲み出ていた。
二機のアンノウンに激しく追い立てられながらも、神業めいたダメージコントロールで飛び続けるストライダー1。加勢に辿り着くまではぎりぎり持ち堪えるだろうと考えていたアラドの眼前で、何の前触れもなく戦闘機が今までにない強引な回避行動を取った。
次瞬──遥か上空から放たれたビーム砲の一撃が戦闘機の右翼を貫いた。
「やられた……!」
頭上を見上げれば撤退途中だったアンノウンの一機が、バトロイド形態でビーム砲を構えていた。どうやら撤退すると見せかけ、強力なジャミングとステルス性能を駆使し、悠々と狙撃したようだ。
「くそっ、ストライダー1は無事か!?」
右主翼を損傷したストライダー1はギリギリの状態で機体姿勢を保っていた。しかし戦闘を続行するのは不可能らしく、徐々に速度と高度を落としている。
もはや反撃も回避も不可能なストライダー1。そこへアンノウン二機が留めを刺さんと牙を剥く。
「させるかぁ──!!」
ビームガンポッドを乱射しつつ、ファイター形態でアンノウン二機へと突っ込むアラド。後方からの急襲にアンノウンは攻撃を止め、渋々といった体で撤退を始める。
敵機の追撃は止められた。あとは地上へと堕ちていく友軍の救助だけだ。
「間に合ってくれよ……!」
エンジンを吹かせ、アラドはストライダー1の元へと一直線に向かった。
Δ
回避できたのはまぐれに近かった。
殺意を剥き出しにして追い縋ってくるアンノウン二機の動きに生じた一瞬の乱れ。友軍から何かしらの通信が入ったというのは予測できた。
そして僅かな減速。まるで何かの邪魔をしないよう、一歩引き下がるような動き。その意図を予想するよりも先に、己の内で凄まじい警鐘が鳴り響いた。
幾多もの死戦を潜り抜けた己の直感。疑うまでもなくトリガーは回避の一手を打った。
瞬間──右主翼を撃ち抜かれた。
「ぐっ……!?」
機体を襲う凄まじい衝撃。咄嗟に操縦桿を操作して機体を制御しつつ、トリガーは今の狙撃に戦慄を禁じ得なかった。
頭上遥か高空からの狙い澄ました狙撃は、トリガーが咄嗟に回避していなければ直撃コースだった。機体を、ではない。コックピットにて操縦桿を握るトリガーをだ。
頭上のまだ見ぬ敵機の超絶技巧に舌を巻き、トリガーは心中で賞賛の言葉を送った。
機体の速度と高度が落ちていく。右主翼を失って機体のバランスも崩れ、飛行そのものが困難になっている。遠からず墜落する未来は避けられないだろう。後方の敵機は墜落することすら許してはくれなさそうではあるが。
ぴったりと張り付いた二機の戦闘機下部の砲身がトリガーを捉えた。
年貢の納め時か、とトリガーが腹を括った時だ。敵機の後方からビームを乱射をしながらΔ小隊の機体らしき戦闘機が突っ込んできた。
Δ小隊の強襲に敵機はトリガーへの攻撃を諦め、空域からの撤退を開始する。辛うじて命拾いした形だ。
ただし、地上へと堕ちていく機体の運命は変わらない。
「せめて街の外へ……!」
暴動が収まりつつある地上の都市へは墜落できない。必死に操縦桿を操り、最後の力を振り絞って都市外に広がる砂漠地帯を目指す。砂漠であれば、上手くいけば軟着陸できるという目論見もあった。
見る間に迫ってくる砂丘群を見据えながら、トリガーは脳裏に相棒の顔を思い浮かべていた。
──カウントにできたんだ、これで失敗したら笑われる。
機体速度を限界まで落とす。機首は砂丘の斜面に沿う角度を維持。あとは残っている燃料に引火しないことを祈るだけだ。
覚悟を決めて愛機と共に砂漠へと堕ちる──寸前、頭上に影がかかるのと同時に機体の落下が止まった。後方から凄まじい速度で追い付いてきた戦闘機が人型に変形し、F-22を掴んで墜落を防いだのだ。
人型ロボットともいえる眼前の機体を思わずまじまじと見つめてしまうトリガー。そんなトリガーの意識を引き戻すように、接触回線越しに声が響く。
『よお、生きてるかストライダー1?』
「……え、はい。なんとか」
『そいつはよかった。悪いが、このまま俺たちの母艦まで案内してもいいか。お互いに話したいことが山ほどあるだろう?』
「……そうですね、お願いします」
機体を物理的に掴まれている以上、トリガーに拒否権はなかった。意思確認をしてくれるだけまだ温情だろう。
操縦桿を手放し機体の全てを委ねる。後は運ばれるままだ。
──結局、死にそびれたな。
胸中でだけ呟き、トリガーは座席に身を沈め吐息を溢した。