資材の受け入れなどを行う搬出場。物資などが詰め込まれたコンテナの並ぶ通路を、男は美雲を抱えて歩いている。
標的の確保と移送は滞りなく進んでいる。あとは搬出口にて出発を待つ輸送機に美雲を乗せてしまえば任務完了だ。
男は迷いなく歩みを進め、背後から迫る耳を劈くバイクのエンジン音に足を止めた。
男の真横を猛スピードでバイクが走り抜け、ドリフトしながら通路のど真ん中で停車する。そして乗っていたトリガーたちが行手を阻むように立ちはだかった。
「そこまでだ。美雲から離れろ」
青い顔のまま手持ちの拳銃を構えてトリガーが警告をする。マキナとレイナも、美雲を救出できるように身構えている。
数々の妨害工作を潜り抜けて立ち塞がる障害に、男は機械的に淡々と対処を始めた。
「任務の障害を確認。これより
抱えていた美雲を下ろし、銃口を向けられているにも関わらず男はトリガーたちへと突貫する。
人間離れした速度で突っ込んでくる男に驚愕しつつ、トリガーは二発の銃弾を撃ち放つ。放たれた弾丸はそれぞれ右足と右肩に吸い込まれ──甲高い音と共に弾け飛んだ。
「はぁ!?」
予想外の光景に素っ頓狂な声を上げるトリガーに、男が容赦なく肉薄し腕を突き出す。
鉤爪のように折り曲げられた掌が眼前に迫り、トリガーは咄嗟に後ろへ倒れ込んで回避する。肉を抉りかねない勢いで男の腕が肩口を掠めた。
「こ、んのっ……!?」
倒れながらトリガーは伸び切った男の腕を掴み、相手の勢いも利用して巴投げを繰り出す。アーネスト仕込みの柔術が面白いくらいに嵌り、男はメートル単位で空中を舞うことになった。
硬質な床に受け身も取らずに男が落下する。トリガーは即座に体勢を立て直し、投げ飛ばした男に対して拳銃とコンバットナイフを構えた。
「マキナ、レイナ。美雲を頼む」
「分かった」
「気を付けて、トリトリ。あの人、何か変だよ」
マキナの忠告に頷きを返し、トリガーは男への警戒を最大限に引き上げた。
誘拐犯の相手をトリガーに任せ、マキナとレイナは床に寝転がされた美雲に駆け寄る。二人で美雲を抱き起こし、軽く揺さぶりながら呼び掛けた。
「起きて、くもくも!」
「目を覚まして、美雲!」
「…………っ」
マキナとレイナの必死の呼び掛けにむず痒そうに身動ぎし、ゆっくりと美雲の瞼が開く。意識を取り戻した美雲は、何処か寝惚けているような様子でマキナとレイナの顔を交互に見やる。
「マキナ、レイナ……? なぜ、ふたりが……」
「くもくもが危ないって、トリトリが飛び出したんだよ」
「ギリギリ、間一髪。間に合ってよかった……」
輸送機までは歩いて三分も掛からない位置だ。囮に引っ掛かっていたら、あるいは決断が遅れていたら間に合っていなかっただろう。
「そう……トリガーは?」
「トリトリなら、くもくもを襲った男の人を止めてくれてるよ」
「男……」
ハッと目を見開いて意識を覚醒させる。マキナとレイナが驚くほどの声量で、美雲は危機を訴えた。
「いけない。あの男は人間じゃないわ! トリガーでも止められない!」
「──え?」
突然の美雲の発言に目を丸くするマキナとレイナ。その後ろでガン! と何かが叩き付けられるような鈍い音が響き渡った。
反射的に振り返った二人の目には、コンテナが凹む勢いで叩き付けられて通路に崩れ落ちるトリガーの姿が映った。
「ちく、しょう。なんでもありか……」
力なく呟いて倒れ伏すトリガー。肩口にナイフを生やしながら平然としている男がマキナたちへと身体を向ける。
「「──ッ!?」」
トリガーとの格闘戦の最中で外れたのだろうサングラスの下には、生身ならあり得ない機械的な赤い光を灯す目が隠されていた。切り裂かれた衣服の隙間からは鈍い光を放つ金属の骨格が垣間見えている。
「
メカニックであるマキナは誰よりも早く男の正体を正確に理解した。
ここまで手の込んだ誘拐計画を企てながら実行役が一人しかいないのは妙であった。その答えは、男の正体が機械人形であり、一体でも十分任務を遂行できると考えられていたからだ。
マキナの悲鳴染みた叫びを聞き流し、男──機械人形は冷徹に障害の排除を続行する。
右手首が蓋が外れるように開き、腕内部から格納されていた小型の機銃が展開される。光学兵器か実弾兵器かは知れないが、女の子二人を葬る程度は容易いだろう。
突き付けられた銃口にマキナは息を呑む。撃たれようものなら身体に風穴が開くこと間違いなしの口径だ。当たればまず命は助からない。
明確な死の恐怖に身を竦ませたマキナを、レイナごと美雲が抱き寄せて庇う。
「くもくも!?」
「美雲!?」
「大丈夫、アレの狙いは私。私の側にいれば安全よ」
美雲の予測は的を射ていた。標的である美雲が射線に入ったことで機械人形は射撃を取り止めている。
「標的の意識回復を確認。再度、無力化する」
もはや擬態するつもりもないのか、左手から青白い電流を迸らせながら機械人形が迫り来る。
迫り来る脅威に美雲は歯噛みする。マキナとレイナを庇った時は辛うじて動けたが、その実未だに身体の痺れは取れておらず機敏に動くことはできない。人間ですらない機械人形の魔の手から逃れることは不可能だろう。
「マキナ、レイナ。二人は逃げなさい」
「ダメだよ!? くもくもを置いてなんていけない!」
「ここまで来て、見捨てるなんてない!」
絶対に見捨てはしないとマキナとレイナは美雲の肩を掴み、何とかして機械人形から距離を離そうとする。しかしまともに身体を動かせない美雲が足枷となり、無慈悲にも機械人形が目と鼻の先にまで迫ってしまう。
「くっ……」
機械人形が電流を纏う手を伸ばす。マキナとレイナを巻き込んでしまう悔しさに美雲は小さく呻き──意識を取り戻したトリガーが背後から機械人形に飛び掛かった。
「大人しく、しろ!!」
裂帛の気合いと共に機械人形の背中に組み付いたトリガーは、拳銃を首筋に当たる部分に差し込みゼロ距離で乱射する。金属と金属が激しく衝突する音が数回響き、機械人形がバランスを崩した。
そのまま全体重を頭部に集中させ、力尽くで後ろへと引き倒す。倒れ込んだところをトリガーは起き上がらせまいと抑え込みに掛かるが、人間とは構造からして勝手が違う機械人形を完全に抑えることはできない。遠からず機械の出力に物を言わせて吹き飛ばされるだろう。
しかし少しの時間でも抑えることができるのならやりようはあった。
「そのまま抑えて、トリガー!」
道中でウイルスを駆除したデバイス端末を手に、レイナは恐れることなく機械人形へと駆け寄る。
レイナはデバイス越しに機械人形のシステムへとハッキングを仕掛ける。無数のファイアウォールが行手を阻むが、レイナの手に掛かれば数秒で無効化できてしまう。
レイナの意図を悟り、トリガーは死に物狂いで機械人形を抑え付ける。機械人形もシステム系への侵入を検知したのか、今まで以上に激しい抵抗を見せ始める。
機械の腕や足に殴られ、蹴られながらも歯を食い縛り耐え続けるトリガー。業を煮やした機械人形が右手の機銃をトリガーの頭に突き付け、発砲しようとした瞬間──
「──システム強制停止! 鉄屑は大人しくして!」
間一髪で機械人形は活動を停止させ、トリガーの頭が吹き飛ぶ未来は避けられた。
完全に機械人形が沈黙したのを確認し、トリガーとレイナはどちらから共なく疲れ切った笑みを零す。その二人を後ろから飛び掛かったマキナが纏めて抱き締めた。
「やった、やったよ〜二人とも! 機械人形を倒しちゃったよ!」
「ちょっ、当たってるって、マキナ!?」
「むぐ、苦しい……」
豊満なマキナの身体にドギマギしてトリガーは押し除けようとするが、美雲を守り抜いた達成感に興奮しているマキナは止まらない。レイナに関しては最初からなすがままである。
「緊張感の欠片もないわね……」
なんとか歩ける程度には回復した美雲が、呆れ混じりにトリガーたちを見下ろす。
「無事か、美雲?」
「おかげさまでね……助けてくれて、ありがと」
マキナとレイナ、そしてトリガーを見て美雲は心からの感謝を伝えた。
美雲の言葉にトリガーたちは三人揃って気にするなとばかりに首を振り、全員が五体満足で済んだことを素直に喜んだ。
美雲の誘拐を阻止することができた喜びに沸く一同。生きた心地がしない場面も多々あったが、無事に長い夜を乗り切ることができそうであった。
誰もが安堵に気を抜いたその時、謎の歌声が一際強く響き渡った。
「……この歌は」
気絶から回復してここに至るまでずっと聞こえてはいた。自分の歌声に似た、しかし自分のものではない歌声。
謎の歌声に美雲は奇妙な
不意に声もなくトリガーが倒れ伏し、ピクリとも動かなくなる。
「トリガー……?」
面食らった美雲が声を掛けるも返事はない。まるで電源を強制的に落とされたコンピュータのように、トリガーは意識を喪失していた。
「しまった! 強制同調だ!」
謎の歌声によってアイランド船の市民たちと強制同調させられていたトリガー。多少の慣れと美雲を救うという揺るぎない覚悟で堪えていたが、気が緩んだ隙を突かれて叩き込まれた歌声に昏倒してしまったのだ。
血相を変えてレイナがトリガーに駆け寄り、揺さぶりながら呼び掛けるも応答はない。マキナと美雲も加勢して声を掛けるが、トリガーは深い眠りについてしまったように目を覚まさなかった。
呼び掛けも虚しくトリガーは目を覚さず、回復した通信回線で呼んだ応援の手でケイオスの医療施設へと運び込まれる。しかし夜が明けてもトリガーの意識が回復することはなかった。
Δ
「ふむ、サンプルの確保は失敗ですか」
一部始終を搬出場の一角にて見届けていた男は、懐中時計型のデバイスを閉じ懐へ仕舞う。同時に周囲一帯に仕掛けていた回線封鎖も解除した。
「あと一歩でしたが、まあいいでしょう。機会は幾らでもあります。あれの試運転ができただけ良しとしましょう」
男にとって美雲・ギンヌメールの確保は絶対命題ではなかった。ただ、美雲が覚醒する前の段階で確保できる機会があるのならば、サンプルとしていくらか骨を折ってもいい。その程度の認識だ。
それよりも男にとって重要だったのはとあるものの試運転結果だった。
美雲の誘拐騒ぎに乗じて実施した試運転の結果は上々。
目的は達せられたと男は踵を返す。誰に怪しまれることもなくアイランド船を脱出する手立ては別に用意してある。
「学ぶ機会は幾らでもある。よく聞き、よく見て学習するといい。彼女たちワルキューレを、そして──三本線を」
不気味な笑みと共に男はアイランドの闇へと姿を消した。