アイランド船内における美雲の誘拐未遂事件はケイオスに並々ならない衝撃を与えた。
機械人形による襲撃、周到に用意された妨害工作の数々。トリガーたちが阻止できていなければ、美雲は確実に何者かの手に落ちていただろう。
美雲の誘拐未遂事件の翌日、Δ小隊とワルキューレに緊急招集が掛けられた。話の内容は勿論、今回の誘拐未遂についてである。
会議の進行を担うカナメが昨夜の一部始終を掻い摘んで説明し、その後の対応について話し始める。
アイランド船内で美雲が誘拐されかけたことでケイオスは他にも機械人形の工作員が居ないか調査を開始した。現時点では見つけられていないが、機械人形ではなく生身の工作員が潜り込んでいる可能性も十二分に考えられる。引き続き工作員に対する警戒と調査は続行される。
誘拐されかけた美雲であるが、念の為に精密検査を受けることとなりケイオスの医療研究船へと朝早くに搬送された。大事を取って二、三日は医療研究船で過ごすことになる旨が医療班から通達されている。
トリガーも美雲と共に医療研究船へと運び込まれた。最初はアイランドの医療施設に搬送されたのだが、強制同調による昏睡という特殊性から医療研究船での検査と治療が必要だと判断されたのだ。
大切な仲間である美雲とトリガーを傷つけられ、ワルキューレとΔ小隊はピリピリしている。仲間のピンチに気付けず何もできなかった無力感もあるのだろう。誘拐を企てた下手人に対する苛立ちが募っていた。
「くそ、ここまでするのかよ、ウィンダミアは……」
チャックが苛立ち混じりに悪態をつく。普段は胸の内に秘めているが、故郷であるラグナを奪われたこともあってウィンダミアに対する隔意は人一倍強い。
しかしチャックの発言を否定する者がいた。
「ウィンダミアじゃない。ハッキングパターンが違いすぎる」
デバイス端末を操作しながら会議に耳を傾けていたレイナが断言する。
会議室の大型ディスプレイにレイナが纏めたデータが投影される。惑星ヴォルドール潜入時に入手したウィンダミアのハッキングパターンと、今回のシステムハッキングパターンを比べたデータだ。
「美雲を誘拐しようとした首謀者はウィンダミアじゃない。無関係とは言わないけど、全くの別口」
「じゃあ、何処の誰が美雲さんを誘拐しようとしたんかな……」
フレイアの疑問にレイナは首を横に振る。凄腕のハッカーであるレイナをしても、そこまでは解明できていなかった。
レイナの説明を引き継いでカナメが続ける。
「用意されていた輸送機の目的地は球状星団のありふれた惑星の一つだった。恐らく、そこで美雲を回収する予定だったんだと思われます」
トリガーたちが誘拐を防ぐことができていなければ、美雲の足取りを追うことはできなくなっていただろう。改めて一同が気を引き締め直した。
「でも、そこまでしてなんでワルキューレを狙ったんだ?」
ハヤテが尤もな疑問を呈する。
ワルキューレメンバーを誘拐するためにしては大掛かりが過ぎる。ヴァールシンドロームを抑制でき、風の歌にも抵抗が可能であるが、言ってしまえばそれだけだ。ウィンダミア以外の勢力がリスクを冒してまで誘拐する価値があるかと言えば、微妙なところではある。
「ワルキューレじゃないよ。狙われていたのはくもくもだけ」
機械人形はマキナとレイナを任務の障害として認識していた。ワルキューレの身柄が狙いであったのならば、排除ではなく美雲共々捕縛を試みたはずだ。
「ワルキューレではなく、美雲さんだけを狙って? それこそ、なぜという話では……」
美雲個人が狙われる理由が分からずミラージュが首を傾げる。ハヤテとチャックも思い当たる節が浮かばないのか疑問符を浮かべていた。
しかし中には美雲の特異性を理解している者たちもいる。共に戦場で肩を並べて歌ってきたワルキューレのメンバーと、立場上色々と知っているアーネストやアラドだ。
ワルキューレにおいて随一のフォールドレセプター数値を誇り、誰よりも強力な生体フォールド波を発することができる。それだけなら、別段おかしなことはない。
プロトカルチャー遺跡との相互干渉と、トリガーを基点とした強制同調。ただのフォールドレセプター所有者では起こり得ない特異な現象。美雲の特異性はここにある。
「美雲には私たちの知らない、本人すら知らない何かがある」
「本社は知っていて隠してるみたいだけど」
「レイナ!」
カナメの鋭い声にレイナは顔を背け、爆弾だけ落としてデバイスの操作に戻る。普段ならここまであからさまなことはしないが、レイナも我慢の限界だったのだ。
ケイオス本社への不信を煽るレイナの発言に最も強く反応を示したのはハヤテだ。
「こんな時に身内で隠し事してんのかよ! こっちはトリガーが倒れてるんだぞ!?」
憤りを示すハヤテの側にいるミラージュとチャックも、言葉にこそしないが険しい顔付きで頷いている。
「落ち着け、ハヤテ」
今にも本社へ殴り込みに行きかねない勢いのハヤテをアラドが諌める。
「ケイオスは慈善企業じゃない。表沙汰に出来ないことの一つや二つ、あって当然だ」
「だから泣き寝入りしろっていうのかよ!?」
「そうは言ってない。いいから、少し落ち着け」
「…………ッ」
アラドの鋭い眼差しと有無を言わさない圧力にハヤテは息を呑む。アラドの瞳の奥に静かながらも煮えたぎるような怒りの色を見たからだ。
Δ小隊を率いる隊長として隊員の身命を預かるアラドが、ワルキューレを守るという小隊の使命を果たしたトリガーの安否を気にしていないはずがない。まして何の断りもなく事後報告で隊員の身柄を医療研究船に移されたとなれば、憤りも一入だろう。
アラドは隣のアーネストへと目を向ける。
「今回の一件に関して、既に本社とレディMへ問い合わせをしている」
「返答は事実確認中、調査中の一点張りだがな」
渋い顔で唸りアーネストは腕を組んだ。
誘拐未遂からまだ一日も経っていない。事実確認、調査の途中というのは間違いないだろう。しかし美雲の正体に関しては既知であるはずだ。
回答を濁すということは後ろめたい、あるいは秘匿しなければならない理由があるということ。本社が真実を明かす可能性は限りなく低いだろう。
「現時点での報告事項は以上です。本社から新たな情報が降り次第、すぐに通達します。それまでは各自待機、ワルキューレは念の為に単独行動を控えるように」
カナメが締め括って会議は終了した。
思うところはあれど招集を受けた一同は解散する。
銘々に持ち場へと戻っていく中、マキナとレイナの二人が何やら企み顔で会議室を出ていく。付き合いの長いカナメはそれに気付き、小さく溜め息を零した。
Δ
会議終わりにマキナとレイナの二人はエリシオンの私室に集っていた。
二人の目的は手元にあるデータの検証と、ケイオス本社にハッキングを仕掛けて情報を抜き取ることだった。
マキナとレイナが確保できたデータの量は多くない。
敵が仕掛けてきたハッキングの痕跡、輸送機の入手経路、システムごと強制停止した機械人形に残された情報。そしてトリガーを昏倒させた、美雲に酷似した謎の歌声の音声データ。
それらの情報から美雲に隠された秘密と敵の姿を導き出そうと試みるが、圧倒的に情報が足りない。
「だめだー、さっぱり分かんないよ〜」
「やっぱり、本社へのハッキングが必要」
美雲に隠された謎さえ分かれば、狙われる理由は確実に判明する。敵の素性については難しいところだが、謎の歌声を足掛かりにすれば辿り着ける可能性は十分にあった。
マキナとレイナは互いに顔を見合わせ、覚悟を決めたように頷き合う。
レイナが本格的なハッキングを仕掛けようとコンソールに手を伸ばして──前触れもなく部屋の扉が開いた。
大っぴらにはできないことをしようとしていた二人は反射的に振り返り、扉付近に立つカナメとフレイアにきょとんと目を丸くする。
「カナカナ? どうかしたの?」
「フレイアも、珍しい」
レッスンの合間や休憩時間に揃うことはままあるが、それ以外の時間でカナメとフレイアが二人でいる姿はあまりない。カナメがワルキューレリーダーという立場で忙しいというのもあるが。
そんな二人が肩を並べてわざわざ私室を訪ねてきた目的が分からなかった。
「えぇっと、私は……」
言い淀むフレイアの視線は隣に立つカナメにチラチラと向けられている。何かを気にしているのか、その様子は悪戯がバレそうでビクついている子供のようであった。
フレイアの態度にカナメは呆れ混じりの苦笑を零し、マキナとレイナを真っ直ぐ見据える。
「マキナ、レイナ。本社にハッキングを仕掛けるつもりでしょ?」
ズバリ図星を突かれてマキナとレイナはピクリと反応してしまう。即座に誤魔化そうと口を開くが、遮るようにカナメが掌を向ける。
「誤魔化せると思う? それなりに長い付き合いなんだから、分かるわよ」
最初期からユニットメンバーとして活動してきた間柄である。下手な誤魔化しが通用するほどカナメの目は節穴ではない。
欺瞞に意味はないと悟りマキナとレイナはバツが悪そうに顔を逸らす。自分たちがやろうとしていることが愚かな行いである自覚があるからだ。
「本社にハッキングなんて仕掛けたらただじゃ済まない。独房行きで済めばマシなレベルよ」
「でも、このままじゃくもくもは狙われる理由も、誰に狙われているかも分からないままなんだよ? そんなの、あんまりだよ……」
「美雲は大切な仲間。仲間のピンチに、黙ってなんかいられない」
本社とレディMが秘匿を続けるというのなら、リスクを冒してでも暴いてみせる。その結果、どんな処分を課せられることになったとしてもマキナとレイナは後悔しない。
何を言っても意志を曲げないだろうマキナとレイナの瞳を見つめ、カナメは根負けしたように肩を落とす。
「……分かった。でも、やり過ぎはダメよ。行き過ぎそうなら止めるから」
「いいの?」
「良くないわよ。でも、二人の気持ちも痛いほど分かるから」
胸に手を当ててカナメは目を伏せた。
大切な仲間の危機に黙っていられないのはマキナとレイナだけではない。むしろリーダーを務めるカナメは誰よりもメンバーのことを想っている自負がある。
美雲は大事なワルキューレの仲間だ。だがマキナとレイナの二人もカナメにとっては大切で、そんな二人がケイオスに反旗を翻そうとしているとなれば気が気でない。
本社にハッキングを咎められたらマキナとレイナはワルキューレとして共に歌えなくなる可能性もある。リーダーとしての正しい選択は、この場で無理にでも止めることだろう。
しかしマキナとレイナに止まる気が微塵もない以上、説得は無意味だ。ならばいっそ協力しつつ、二人が行き過ぎないようにストッパー役を務めたほうがいいと判断した。
「フレイアはどうする? 今なら、聞かなかったことにして引き返せるわよ」
部屋の前をうろうろしていたところをカナメに見つかり、流れで話を聞くことになったフレイア。答えはおおよそ想像が付くが、それでもカナメは尋ねる。
カナメたちのやり取りに耳を傾けていたフレイアは、覚悟を宿した眼差しをカナメに向けた。
「わたしも、美雲さんのためにできることがあるのなら、力になりたいです。だって、美雲さんはわたしの誕生日パーティーに参加したから、誘拐されそうになって……」
「それは違うよ。フレフレは何も悪くない。責任を感じることなんてないんだよ?」
感じる必要のない責任を背負い込もうとするフレイアをマキナが優しく諭す。
敵は美雲含めケイオスが油断する瞬間を狙っていた。それがたまたまフレイアのサプライズパーティーだっただけで、フレイアに責任など一切ない。しかし気にせずにいられるほどフレイアは図太くなかった。
「それでも。わたしも、ワルキューレの仲間だから。美雲さんが困ってるなら、助けたいんです」
何を言われても引くつもりはないとフレイアは揺るぎない意思を表明した。
互いの覚悟を確かめ合い、ワルキューレは動き始める。
「といっても、私たちにできることって殆どないのよね」
「レイレイ頼みになっちゃてごめんね〜」
「問題なし。久しぶりに燃えてきた」
「お茶汲みとか、マッサージとかできますよ!」
つい先程までの緊迫した空気は何処へやら。いつもの緩く和やかな空気が部屋の中を漂い始めた。