球状星団から全銀河へと戦線を拡げつつあるウィンダミアに対して、ケイオスは一つの作戦計画を立案した。
作戦内容は各惑星の遺跡に出現した巨大システムの調査だ。
風の歌を全銀河に響かせる鍵となっている巨大システム。それを破壊ないしは無力化することができればウィンダミアの思惑を挫くことができる。その手段を探るためにも巨大システムの調査解析が必要と判断された。
上手くいけば美雲の力で巨大システムのコントロールを奪取することができるかもしれない、という考えもあった。星の歌い手は風の歌い手と同様にウィンダミアの伝説に残る存在であり、恐らくはシステムへの干渉も可能というのが科学班の見解である。
ただし問題が幾つかある。
まず一つは、巨大システムはウィンダミア軍によって占拠されていること。調査をするには歌で干渉する必要があるため、まず間違いなくウィンダミア軍との戦闘になるだろう。
次に美雲の身柄が狙われていること。ラグナでの動向からウィンダミアが狙ってくるのはもちろん、またぞろシドニーが介入して漁夫の利を狙ってくる可能性も十分にある。
他にもウィンダミア軍が張り巡らせる警戒網をどうするかという問題や、星の歌い手の能力の詳細が不明な点などもある。
しかしリスクを取らずしては状況を打開できないのも事実だ。ケイオスはある秘策をもってして、ヴォルドールの巨大システム調査作戦を開始した。
今回の作戦においてケイオスが用意した秘策とは、ワルキューレのライブ映像による球状星団の電波ジャックである。
アイランドにて行うライブ映像を球状星団中に流し、ウィンダミア軍の目を全て奪い尽くす。配信する映像にはレイナ特製のウイルスが仕込まれており、ネットワーク越しに拡がり広域に電波障害を引き起こすという寸法だ。
レイナのウイルスでウィンダミアの電子警戒網を麻痺させることができたら、満を持して惑星ヴォルドールへと潜入する手筈となっている。
無茶苦茶かつ短絡的な作戦であるが、非常に効果的でもある。ついでに映像コンテンツの販売もして一稼ぎしているのは商売上手と言わざるを得ないだろう。
アイランド船のライブ会場にてワルキューレが歌い踊る。ラグナから避難している人々は直接彼女たちの歌声を聞くために足を運び、避難生活の鬱憤を晴らすが如く大盛り上がりしていた。
ウイルスが球状星団に存在する全ての電子機器、ネットワークに蔓延するまではライブを続けなければならない。とはいえ普段から戦場を駆け回りながら歌っているワルキューレが、ライブでへばることなどあり得ないのだが。
マキナとレイナがステージで歌っている間に、楽屋で化粧直しや衣装のチェックを行う美雲たち。久方ぶりの戦場以外でのライブに、作戦の一環であることを忘れて全力で楽しんでいた。
「変わったわね、フレイア」
「へ?」
水分補給をして一息ついていたところに美雲から話しかけられ、フレイアはきょとんと首を傾げた。
「いい歌になった。彼のおかげかしら」
美雲がデバイスを操作すると空中ディスプレイにハヤテの映像が投影された。
不意打ち気味の揶揄いにフレイアは妙ちくりんな声を上げ、ルンを動揺に光らせながら否定しようとする。しかし美雲とカナメから生温かい目を向けられ撃沈した。
サプライズパーティー以降、明らかにフレイアはハヤテに対する態度が違う。元々良好な間柄ではあったが、今は二人揃えば無自覚に甘酸っぱい空気を振り撒き見守る面々をひたすらに悶えさせている。
「み、美雲さんの歌も変わりましたよね!」
「私が? どんなふうに?」
変わったと言われても実感がないのか、今度は美雲が首を傾げた。
「今までは、虹みたいにキラキラして、全てを魅了しちゃうような神秘的な色だったんですけど」
「今はキラキラしてない?」
「そんなことないです! キラキラだけど、聞いててむっちゃ楽しくなるっていうか。胸がぴょんぴょんするような色というか……あと、時々胸がきゅんってするような時もあります!」
「そう……」
邪気のないフレイアの評価に面食らう美雲。想像の倍以上の反応に少しばかり感情の処理が追い付いていない様子だ。
たじろぐ美雲の様子をカナメが微笑ましげに見守っていると、フレイアが無自覚に爆弾を落とした。
「あ、もしかして美雲さんも、トリガーさんのおかげだったりして……」
フレイアの凄まじいノーガードカウンターに外野で見守っていたカナメが噴き出しそうになる。辛うじて堪えたものの、フレイアからは不思議そうな目を向けられてしまった。
無自覚な強烈カウンターを受けた美雲はといえば、フレイアのように取り乱すこともなく落ち着き払った様子で肩を竦めた。
「そこはワルキューレのおかげにしてほしいところね。あなたたちのおかげで、私は変わらず歌えるのだから」
「え、えへへ……そんなことないんよ」
美雲の言葉にフレイアは照れからくすぐったそうにする。見守っていたカナメも嬉しそうに微笑を零した。
「ほら、そろそろ出番じゃない? 締まりない顔でステージに立つんじゃないの」
「ほいな! 行ってきます!」
元気いっぱいに答えてフレイアはステージへと駆けていった。
ぴょんぴょん跳ね歩きそうなフレイアの背中を見送る美雲の隣にカナメが並んだ。
「嬉しいこと言ってくれるわね」
「本当のことだもの」
「でも、私たちだけのおかげでもないんじゃない?」
揶揄うようにカナメが美雲の耳を突く。澄ました顔をしていたが、耳先は内心の動揺を表すように赤く染まっていた。
さっと耳を手で隠すが遅い。愉快そうな顔をしたカナメに、美雲は微かに唇を尖らせながらそっぽを向く。
「これからは美雲の色んな顔が見れそうで楽しみね」
「意地が悪いんじゃない?」
不満そうな子供のように文句を言う美雲。クローンであること、生まれてから三年しか経っていないことを受け入れたからか、ここ最近の美雲は子供っぽいところもちらちらと垣間見せていた。
だからかカナメはワルキューレリーダーとして、一番の年長者としてお節介を焼きたくなってしまう。
「悪い意味じゃないわ。色んなことに興味を持って、たくさんのことを知って、どんどん魅力的になっていく美雲と歌うのが楽しみなのよ」
今ですら万人を魅了する歌声の美雲が、これから更に成長すればどうなってしまうのだろうか。カナメはそれが楽しみで仕方ない。
「そうね。期待に応えられるよう、頑張るわ」
いつもの調子を取り戻した美雲は不敵な笑みとと共にステージへと足を踏み出す。カナメも肩を並べてステージへと上がるのだった。
Δ
ライブ映像に仕込んだレイナのウイルスにより球状星団に大規模な通信障害が発生。ウィンダミアの目を眩ますことに成功したケイオスは、当初の作戦通り惑星ヴォルドールへと潜入した。
目的は美雲の歌声による巨大システムへの干渉と調査解析。一度潜入済みということでシステムまでの道程は順調なものだった。
順調過ぎるほどに障害もなく、戦闘もなく巨大システムに辿り着いた一行は迅速に調査を開始する。
今回の調査において美雲の役割はシステムへの干渉。他メンバーは美雲が集中できるようにフォローしつつ、フレイアを中心として風の歌によって操られたヴァール兵への対処を担う。美雲が歌い始めれば間違いなくウィンダミア軍も動き出すと予想されるからだ。
Δ小隊は言わずもがなワルキューレの護衛だ。十分な分析が完了するまで何が何でもワルキューレを守り抜く必要がある。
「みんな、準備はいい? いくわよ!」
「「「「了解!」」」」
カナメの掛け声にメンバー全員が声を揃えて応えた。
美雲が歌い始める。フレイアたちもヴァール化した兵士たちを鎮圧するために歌声を響かせ始めた。
星の歌い手のクローンであると自覚した美雲は、意識的にシステムへと干渉するように歌い上げる。科学班の推測通り、システムは美雲の歌声に反応して休眠状態から目覚め激しい反応を見せ始めた。
巨大システムの反応にウィンダミア軍が異常を察知し、迎撃の部隊がスクランブルする。向かってくるのはマインドコントロールされた新統合軍だ。
ヴァール化して操られた兵士など幾つもの戦場を越えてきたΔ小隊にとっては物の数ではない。連携を取りつつ危なげなく無力化していく。
上の心配は必要ないと見て美雲は更に深く巨大システムへの干渉を強める。すると脳裏を見たことのない風景が過り、胸の奥底から身に覚えのない感情が湧き上がってきた。恐らくは細胞に刻まれた星の歌い手の記憶だろう。
自分であって自分ではない誰かの記憶に美雲が飲まれることはない。美雲は美雲だと受け入れてくれた仲間がそばにいるから、自分を見失うことなどなかった。
「美雲の生体フォールド波上昇。比例して巨大システムの反応も強くなっている……!」
美雲の歌声の強まりに呼応して巨大システムが激しく反応する。システムの解析をしているレイナは、巨大システムがどんな現象を見せるのか警戒していた。
今に何が起きてもおかしくない状況で、アイテールから空中騎士団が衛星軌道上にデフォールドした一報が入る。直後に風の歌も戦場に響き始めた。
システムへの干渉を阻止せんと空中騎士団が来襲する。ワルキューレの邪魔をさせまいとΔ小隊が迎え撃つ。上空で激しい空戦の戦端が開かれた。
ワルキューレもまた戦場に響く風の歌に負けじと歌い上げる。Δ小隊が万全の能力を発揮するためにも、ワルキューレの歌は必要不可欠だ。
戦況は辛うじて拮抗している。敵最大戦力である白騎士をトリガーが一人で抑えているのが大きいだろう。
「これは……」
白騎士と相対するトリガーは以前よりも格段に動きが鋭くなっていることに驚いていた。ラグナ防衛戦以来の交戦だが、明らかに白騎士の機動が違う。
何が白騎士を変えたのか、激しい空戦の最中にトリガーはウィンダミアが全銀河に宣戦布告した際の映像を思い返す。
風の歌い手であるハインツ・ネーリッヒ・ウィンダミアが初めて姿を現し、全銀河への宣戦布告と同時に風の歌を披露した映像。王に付き従う近衛騎士として並んでいた白騎士は、片目を眼帯で覆った姿で映っていた。
ラグナで撃墜された時に片目を負傷したのだろう。立ち姿自体はしっかりしていたが、しかし片目を失いながらも空に上がってくるとはトリガーも予想していなかった。
感覚器官の一つを失ったことで他の感覚が研ぎ澄まされるという話は稀にある。安直な可能性ではあるが、隻眼でありながらトリガーと互角に戦えている以上、頭ごなしに否定はできないだろう。
「それにしたって、背中に目でも付いているのか?」
白騎士と熾烈な空戦を繰り広げながらトリガーは呟く。
トリガーの人外染みた機動に喰らい付き続ける白騎士の技量は流石と言わざるを得ない。かつてシラージ城の空で雌雄を決したミハイには及ばないながらも、この戦闘空域においてトリガーに次ぐエースパイロットであることは間違いないだろう。
だが、それだけだ。今のトリガーを堕とすには白騎士がもう一人は必要だ。
白騎士はトリガーに封殺され、他騎士団も腕を上げ連携を磨いたΔ小隊が抑え切れている。風の歌に関しては、どういうことかラグナで猛威を奮った時よりも出力が落ちていた。
ウィンダミア軍の妨害は届かない。美雲は天高く聳え立つ巨大システムへ己の歌を轟かせる。
「これは……システムが美雲の生体フォールド波を増幅して、惑星全土に拡散している? それに、この反応は……!」
解析を続けていたレイナが目を見開き、反射的にシステム上空を見上げた。
「時空震動を検知! フォールドゲートが開く!」
レイナが叫んだ直後、巨大システムを囲うように巨大なフォールドゲートが開かれた。
星の歌い手である美雲の歌によって開かれたメガフォールドゲートは、各惑星に存在するプロトカルチャーシステムへと繋がっている。それはつまり、次元断層に囲まれたウィンダミアへの道も開かれたということだ。
調査成果としては充分過ぎる収穫だ。アイテールからも撤退指示が出ており、ワルキューレとΔ小隊は撤退準備に移ろうとして──
──所属不明機が一機、フォールドゲートから戦闘空域へと乱入した。
『なんだ、何処から来やがったこいつは……!?』
撤退しようとした矢先に現れた謎の機体に、アラドが警戒心を露わにする。
美雲の歌声で開かれたフォールドゲートは各惑星のプロトカルチャーシステムと繋がっている。何処の惑星から突入してきたのかは知れないが、Δ小隊とワルキューレは完全に不意を打たれた形だ。
現れた機体はウィンダミア軍の新型機と考えるのが順当であるが、しかしそれにしては空中騎士団の反応が妙だ。味方の登場を喜ぶような雰囲気ではなく、むしろΔ小隊以上に困惑しているまであった。
何処の誰が横槍を入れてきたのか、考える間もなく所属不明機は空域を踏み荒らすように飛び回る。Δ小隊の撤退を邪魔するように、あるいは空中騎士団を煽るように縦横無尽に飛ぶ。
『この、飛び方は……!』
アラドには、Δ小隊には既視感があった。たった一機で空域に突っ込んで戦場を喰い荒らすような飛び方に。
『デルタ3! 所属不明機の解析はできるか!?』
チャックの搭乗する機体はE型であり、索敵・分析能力が高い電子戦機機だ。他隊員の機体よりも強力な分析機器を積んでいるのだが──
『──無理です! 強力なジャミングで機器越しじゃまともに姿も捉えられないって!?』
悲鳴染みたチャックの叫びが響いた直後、所属不明機が何かを見つけたように機動を変える。向かう先は地上にて歌うワルキューレ──
──ミツケタ。
一直線に向かってくる所属不明機に、美雲はぞっと背筋に悪寒を感じた。
感じるはずのない視線を感じる。真っ直ぐ向かってくる機体と目が合ったような気がした。
「こっちに向かってくる!?」
高空から迫る謎の機体にカナメが悲鳴を上げる。
地上へ砲火を浴びせるどころか機体ごと突っ込んできそうな勢いの所属不明機。ビームやミサイルならバリアで防ぐことができるが、機体を質量爆弾にされてしまえば防ぎようがない。
咄嗟にワルキューレはその場から退避しようとして──上空からトリガーが所属不明機に襲い掛かった。
白騎士を強引に振り切りワルキューレの元へ駆け付けたトリガーは、美雲を守るように立ち回る。所属不明機の動きから狙いが美雲だと悟ったからだ。
立ちはだかるトリガーに所属不明機が牙を剥く。人間には不可能なレベルの加速で距離を詰め、トリガーですら真似できない機動で襲い掛かった。
「トリガー!」
所属不明機との熾烈な空戦に突入したトリガーを支援するべく、美雲はシステムの反応を他所に歌声を響かせる。強制同調とフォールドウェーブシステムの起動で少しでもトリガーを助力しようと考えたのだ。
対峙する敵パイロットの思考や感情を読み取ってしまえば、トリガーに勝てない道理などない──はずだった。
「──、────!?」
歌いながら美雲は驚愕する。
強制同調とフォールドウェーブシステムが発動しているにも関わらず、トリガーは所属不明機に対して手こずっていた。それどころか、白騎士相手ですらほぼほぼ被弾がなかったというのに、敵機の攻撃が掠り始めている。
Δ小隊最大戦力といっても過言ではないトリガーが押されている状況に、他隊員たちは戦慄を隠し切れない。
『馬鹿な、トリガーが押されているのか!?』
『誰か、デルタ4のフォローを……!』
『無理だって! こっちも手一杯だし、なによりあんなのについていけないって!?』
アラドとミラージュ、チャックの悲鳴混じりの声が回線越しに響く。中でもハヤテは所属不明機の動きから明確な異常を天性の感覚で感じ取り、コックピット内部で激しく狼狽えていた。
『なんだよ、あの機体。なんだってトリガーと同じ飛び方してんだよ!?』
ハヤテの疑問はΔ小隊全員が抱いていた疑問だった。
機体は違うがトリガーと所属不明機の飛び方は似通っていた。同一人物が搭乗していると言われても信じかねないほどに、所属不明機の機動はΔ小隊にとって馴染み深いものだったのだ。
だが、トリガーが二人いるなんてことも、美雲のようにクローンが製造されていたなんてこともない。これは──
『──無人機だ』
激しいドッグファイトを繰り広げながら、トリガーは所属不明機の正体を見破った。
戦いながらトリガーは冷静に所属不明機の観察と理解を進めていた。
ジークフリードを遥かに凌駕する機体性能、四基搭載されたエンジンで見せる異次元の機動、何より強制同調が全くもって機能していないこと。他にも判断材料は幾つもあるが、トリガーは所属不明機を無人機だと断言した。
「無人機、つまりゴースト。でも、あんな無茶苦茶な機体、見たことも聞いたこともないよ……!」
地上から所属不明機を観察していたマキナは、メカニックの常識を覆す化け物染みた機体性能に息を呑んでいた。
無人機には人間が乗っていない。故にこそ人間には不可能な文字通り人外の機動を平然とする。しかもどういう了見か、無人機にはトリガーの機動がインストールされている。鬼に金棒どころの話ではない。
言わば肉体の限界がないトリガーである。誰にそんな怪物を止められるというのか。
Δ小隊とワルキューレが顔を蒼ざめさせる中、対峙するトリガーはコックピットで微かな焦燥を抱いていた。
無人機の性能は他隊員では太刀打ちできない領域にある。パイロットの技量云々もあるが、無人であることに物を言わせた機体性能の差が大き過ぎる。かつて灯台で死戦を繰り広げたフギンとムニンが可愛く思えるほどの性能だ。
無人機との膨大な戦闘経験と美雲の歌声、何よりもよく知る自分の機動だから対処できている。時間は要するだろうが撃墜も不可能ではないだろう。
だがその間、トリガーは無人機の相手で手一杯になる。他のフォローもしながら相手取れるほど甘い相手ではない。
つまり、トリガーに迫る技量の白騎士が完全にフリーになってしまうということだ。
闖入者に当惑していた空中騎士団であるが、自分たちと敵対するつもりがないと判断するやΔ小隊とワルキューレへの攻撃を再開する。トリガーに封殺されていた白騎士が、ワルキューレを潰すべく強襲を仕掛けた。
『させるかあああ──!!』
ワルキューレの、フレイアの危機に今度はハヤテが駆け付ける。白騎士へと果敢に攻勢を仕掛け、注意を己へと引き付けた。
「ハヤテ!」
颯爽とピンチを救ってくれたハヤテを援護するべく、フレイアも美雲のように歌声を響かせ始める。間もなくフレイアとの共鳴によりハヤテの機体は加速を始めた。
死に物狂いで白騎士に喰らい付くハヤテ。幾つもの戦場を乗り越え腕を上げたハヤテの技量はΔ小隊の中で頭角を現しつつあった。
しかし相手が悪い。ラグナ防衛戦以前の白騎士ならばハヤテでも勝算はあっただろうが、今の覚醒した白騎士の相手は荷が重かった。
徐々に追い詰められ機体を削られていく。フレイアとの共鳴を起こしてもまだ届かない。
──だめ、このままじゃハヤテが……!
追い詰められていくハヤテの姿にフレイアは焦燥を募らせ、歌声に懸ける想いを滾らせていく。
ハヤテに届けと歌い上げられるフレイアの歌はより強くハヤテと共鳴し、更なる加速を引き起こし──
異常に気付いたのはレイナだ。巨大システムの解析と戦場のモニタリングをしていたレイナは、フレイアの生体フォールド波が異常な波形を見せ始めたことに誰よりも早く気付いた。
「フレイア、異常波形! 生体フォールド波が臨界を突破しても上昇が止まらない!?」
「フレフレ!? しっかりして、フレフレ!?」
マキナの呼び掛けに、しかしフレイアは取り憑かれたように歌い続ける。瞳孔の開いた瞳は上空で戦うハヤテの機体だけを見据えていた。
フレイアの暴走に空で戦うハヤテも引き摺られていた。
機体の加速は留まるところを知らず、ハヤテ自身も異常なまでに感覚が鋭くなっていた。比例するように意識は混濁し、目の前の白騎士以外の全てが遠のいていく。
限界を超える共鳴現象にハヤテの肉体は暴走──ヴァール化しかけていた。
フレイアの暴走に引き摺られているのはハヤテだけではない。隣で歌う美雲も影響を受けていた。
トリガーの背中を押すために歌う美雲であるが、フレイアの暴走が始まったあたりから表情を苦悶に歪めている。暴走するフレイアの歌声に引き摺られて生体フォールド波が臨界を突破してなお増大し続けているのだ。
強制同調の制御だけは手放さないようにしてはいるものの、高まり続ける生体フォールド波を抑えることはできない。際限なく上昇する星の歌い手の生体フォールド波に、巨大システムが悲鳴を上げるように激しく光を放った。
「システムに過剰なエネルギー反応。このままだとシステムが──!」
「美雲、フレイア! 歌うのを止めて!」
カナメの呼び掛けに、しかし美雲は首を横に振る。フレイアに至っては声が届いていないようだった。
ここで歌を止めようものならトリガーが堕とされかねない。トリガーが無人機と互角以上に戦えているのは、フォールドウェーブシステムの恩恵があるからだ。
美雲とフレイアの歌は止まらない。限界を超え、更にその先へと加速して──過剰負荷に耐えかねた巨大システムが自壊した。
「危ない!」
巨大システムの崩壊から無防備な二人を守るべく、カナメが美雲を押し倒す勢いで庇う。フレイアはマキナとレイナが身を呈して守った。
歌が止まったことで暴走から解放されたハヤテが意識を失う。地上へと真っ逆様に堕ちていく機体は、どうにか無人機を撃墜したトリガーが受け止めたことで墜落を免れる。
美雲とフレイアは暴走の反動で酷く疲弊しており、これ以上は歌える状態ではなかった。
地上も上空も総崩れに近い状況であるが、ウィンダミア側もシステムの崩壊によって激しく動揺していた。撤退の機会は今を逃せば他にないだろう。
『ウィンダミア軍が混乱している今しかない! 全員撤収するぞ!』
アラドの指示に従い、Δ小隊とワルキューレは速やかに惑星ヴォルドールを撤退する。幸いなことにウィンダミアからの追撃はなく、一行はアイテールに無事到着。フォールドにて完全な撤退を完了させるのだった。
Δ
「ふむ、歌なしではこれが限界ですか……」
プロトカルチャー遺跡から撤退するΔ小隊とワルキューレを見送り、男は収集した美雲の歌声と戦闘のデータを確認する。
「美雲・ギンヌメールの成長は順調。星の歌のデータも欲しいところですが……もう少しテコ入れしましょうか」
歌声のデータを閉じ、男は
「流石は三本線といったところですか。異邦の英雄、無人機の相手は手慣れていると見える。VF-31で覆せる性能差ではなかったはずですが……」
無人機とジークフリードの性能データを見比べ、感心するように息を吐く。男の眼球が不気味に赤く輝き、無人機を撃墜する三本線の映像データを観察するように見つめる。
「やはり最新のデータが必要ですか。我々の目的のためにも、三本線も生きたまま鹵獲を目指しましょう」