惑星ヴォルドールにおいて実施された作戦計画終了後、エリシオンへ帰還してすぐにデブリーフィングが行われた。
フレイアの暴走に引き摺られて意識を失ったハヤテを除き、今回の作戦に参加した全員が参加の上で調査結果が共有される。
美雲の歌声によってヴォルドールのプロトカルチャーシステムに干渉した結果、他惑星のプロトカルチャーシステムとを繋ぐメガフォールドゲートが開かれた。
加えて限界を超える生体フォールド波での干渉を続けると、流入する過剰なエネルギーに耐え切れずシステムが自壊することも判明。反応弾で地殻ごと吹き飛ばすようなこともなく、システムのみを破壊できることが証明されたのだ。
この調査成果は非常に大きな収穫であった。美雲の歌声があれば、構築された風の歌の結界を崩すことも、次元断層に囲まれたウィンダミアに直接攻め込むこともできるからだ。
とはいえフォールドゲートサイズからしてマクロス級で強襲を仕掛けるような真似は不可能であり、送り込めて小隊単位になってしまうが。それでも手も足も出なかった状況を打開できる手段なのは間違いない。
各惑星に点在するプロトカルチャーシステムを一つずつ破壊して回り、球状星団をウィンダミアの支配から地道に解放するか。あるいはウィンダミアに攻め込み、プロトカルチャーシステムの中枢を破壊して一気に戦争を終わらせるか。
どちらの選択をするかは本社とレディM次第であるが、どちらにしても相応のリスクはあるだろう。
プロトカルチャーシステムの調査報告は以上である。議題はフォールドゲートから乱入してきた謎の無人機へと移った。
アイテール、並びにΔ小隊の映像データを確認したものの、強力なジャミングによって所属は不明。実際に交戦し撃墜までしてみせたトリガーの証言と、マキナの意見を参考に推測された機体性能のデータは化け物そのものである。
「こいつはいったい何処のどいつの差し金だったんだ?」
空中騎士団の反応からしてウィンダミアの手のものではないだろう。ならば何処の勢力が介入してきたというのか。
アラドの疑問に答えたのは美雲だった。
「ゴーストは私を狙っていた」
「なに? それはつまり……」
現時点で美雲を狙う人間として浮かぶ最有力候補は一人しかいない。
「シドニー・ハントか。大掛かりな誘拐計画の時点で予想はしていたが、新型のゴーストを擁するほどの組織力を持つとなると、相当に厄介だな」
重々しいアーネストの言葉に一同は揃って険しい顔になる。
トリガーたちの尽力で阻止された美雲の誘拐計画であるが、一個人が画策するには無理がある規模だった。加えて今回の新型ゴーストの投入である。
シドニー・ハントが何処かしらの組織、あるいは勢力に所属しているのは間違いないだろう。
「今後のウィンダミアとの戦いにおいても、あれが出てくる可能性が高いってことか……」
ウィンダミアだけでも精一杯だというのに、第三勢力が積極的に介入をしてくる。それも作戦の要になるであろう美雲を狙ってだ。アラドが嫌な顔をするのも当然だろう。
「トリガー、率直に答えてくれ。お前を抜きにして、俺たちだけであの無人機と戦えると思うか?」
アラドから水を向けられ、トリガーは深く考え込む。
「……一人では無理です。二人でも厳しい。三人がかりならある程度太刀打ちできて、四人なら一機は堕とせるかと」
「それは、私たちの腕が足りないからですか?」
あまりにも辛辣なトリガーの評価にミラージュがやや険しい声音で食い付く。
「それがないとは言いません。ですがそれ以上に、機体性能の差が大き過ぎます。マキナ、ジークフリードであれに勝てると思うか?」
メカニックであるマキナならばより説得力のある説明ができるだろうと、トリガーはマキナへと話を振った。
話を振られたマキナは表情に悔しさを滲ませながら首を横に振る。
「今のジクフリちゃんじゃ無理だと思う。メカニックのみんなと改修案を出しているところだけど、手元にある資材だけであのゴーストに一騎打ちできるまでの改造も難しいかな」
「そうですか……」
「対策がないわけじゃない。ゴーストならハッキングやジャミングが多少なり有効なはず」
肩を落とすミラージュをフォローするようにレイナが付け加えた。
「でもさ、トリガーはあの無人機を撃墜できてたよな? なんか秘策とかあったりするんじゃないのか?」
現行のジークフリードでは太刀打ちできないはずの相手をトリガーは撃墜した。ならば自分たちにも何かしら打てる手があるのでは、とチャックはトリガーに尋ねた。
「俺があれに勝てたのは、元の世界で無人機と戦い続けた経験があったのと、美雲の歌があったからです。あとは、無人機が俺の機動を学習していたのも大きい」
膨大な無人機との戦闘経験、美雲の歌による加速、自分自身の動きを学習した機動故の行動予測。この三つの要素の一つでも欠けていたら、トリガーは無人機を撃墜できたか分からない。
現状のジークフリードではトリガー以外に無人機を撃墜することはほぼ不可能。力及ばない状況に一同は悔しげに歯噛みした。
そんな中、レイナは浮かび上がった疑問を口にする。
「あのゴーストはトリガーの機動を学習していた。それもかなりの精度で。あそこまでAIを仕上げるには相当な量の飛行データと戦闘データが必要なはず。シドニー・ハントは何処でデータを入手した?」
無人機はトリガーが二人いるのかと錯覚するほどの精度で機動を再現していた。ウィンダミアとの戦争時のデータを最初から収集していたとしても、あそこまでの再現は不可能だろう。
トリガーが利用するシミュレーターの訓練データをごそっと抜き取るか、あるいは──
「──ラプターから、収集したんだろうな」
能面のような無表情でトリガーはデータ元の予想を告げた。
ヴォルドールでの戦闘時、トリガーは無人機の機動が自分のものであるとすぐに気付いた。同時に、その機動が機種転換以前の機動であることも即座に理解した。
機種転換以前のトリガーの飛行データ・戦闘データを入手する方法はこの世界に一つしかない。トリガーをこの
ラプターはマキナの伝手で用意してもらったラグナの
ラグナがウィンダミアに占領されてしまった今、ラプターを守る者はいない。誰に何をされようとも分からない状態だった。
向こうの空で幾つもの戦場を共に乗り越え新たなソラに運んでくれた愛機が、何処の誰とも知れない人間の手で好き勝手されている。とてもではないが気分のいい話ではない。
ダン! と机を叩く音が響いた。音の発生源はトリガーではなくマキナだった。
「許せないよ。あの子はトリトリの大切な相棒なのに、それを利用してトリトリと戦わせるなんて……!」
メカニックとしてラプターの解析に携わった一人だからこそ、マキナはトリガーとラプターを愚弄するような所業が許せなかった。
怒りを露わにするマキナにトリガーは呆気を取られる。トリガーもまた無表情の下に憤りを隠していたが、よもや自分以外の誰かが怒ってくれるとは思ってもみなかったのだ。
しばし呆けていたトリガーだが、やがて穏やかな微笑を零す。
「ありがとう、マキナ。ラプターのために怒ってくれて」
「トリトリ……」
マキナへ感謝を伝え、トリガーはアラドへと向き直る。
「無人機の相手は俺が引き受けます。あれは俺が蒔いた種みたいなものですから」
「一人でやるつもりか?」
「あれの相手が務まるのは俺だけです。それに、無人機に戦力を割き過ぎれば空中騎士団に手が回らなくなる」
無人機の凄まじさに忘れてしまいそうになるが、戦争の相手はウィンダミアである。無人機にばかり気を取られていてはいつまで経っても戦争を終わらせることができなくなってしまう。
「……こっちでも対策を幾らか立てておく。一人で抱え込もうとするなよ?」
「もちろんです」
念押しするようなアラドの言葉に、トリガーは間髪入れずに頷きを返す。しかし誰一人としてトリガーの返事を信用しているものはいなかった。
会議に参加するメンバー全員から胡乱な目を向けられ、トリガーは何故とばかりに首を傾げるのだった。
Δ
ウィンダミアに存在するプロトカルチャー遺跡の中枢。風の歌を増幅する機構を備えた
「星の歌い手。やはり、あの女が全ての鍵か……早急に確保しなければ」
横顔に焦燥を貼り付けてロイドが呟くのと、神殿内部に荒々しい様相でキースが踏み入るのは同時だった。
「ロイド!」
キースはロイドの姿を認めると、肩を怒らせながら詰め寄る。ロイドの胸ぐらに掴み掛かり、烈火の如き怒りを叩き付けた。
「あの機体はなんだ? あんなものを利用するなど聞いていないぞ!?」
「無人機のことか……」
「我らの空を、あんな汚らしい風で穢すつもりか!?」
「リル・ドラケンと似たようなものだ。目くじらを立てるほどのものでも──」
誤魔化すような物言いをしようとするロイドを、キースは決して許さないとばかりに睨め付ける。
「俺の言いたいことは分かっているだろう」
「…………」
「ウィンダミアの空は我らの手で取り戻す。何処の馬の骨とも知らない風に頼らずとも、必ず成し遂げる。そのために我らは白き翼を黒く染めたのだ。忘れたとは言わせんぞ……!」
かつて空中騎士団は純白の翼に身を包んでいた。それを黒く染め、ヴァール化などという騎士道から外れた手段を取っているのは、偏に祖国ウィンダミアに自由な空を取り戻すため。
今更卑劣卑怯云々を問うつもりはない。しかし先の無人機は違う。あれは地球文明、それも次元兵器と同列のオーバーテクノロジーだ。多用すれば自らの手で祖国の空を穢しかねない。
ウィンダミアの空を取り戻すために命を賭しているキースにとって、あの無人機の存在は到底受け入れられるものではなかった。
烈火の如きキースの怒りを叩き付けられながらも、ロイドは取り乱すことなく冷静に答えようとする。
「もはや時間がないんだ。悠長にしている暇はない」
ウィンダミア人の寿命はおよそ三十年。地球人やその他人類種と比べても、その一生は非常に短い。
「今更己の命が惜しくなったというのか。見損なったぞ、ロイド……!」
「……私ではない」
「ならば誰だ!?」
凄まじい剣幕でキースは問い詰める。
襟首を掴み上げられながらも平静を保っていたロイドだが、ここにきて苦悩するように顔を歪める。しばしの黙考ののち、ロイドは観念したように口を開いた。
「ハインツ陛下だ」
「……なに?」
予想だにしないロイドの返答にキースの勢いが削がれた。
戸惑うキースにロイドは端末を操作してあるデータを空中に投影する。それはハインツの身体状況を記録したデータだった。
「これは……!?」
投影されたデータに目を通してキースは愕然と声を洩らす。
データはハインツの結晶化現象が著しく進行していることを示していた。結晶化はウィンダミア人特有の現象であり、寿命が近づくにつれ身体の一部が石のように変化していく。いわばウィンダミア人にとっての老化現象だ。
前国王が逝去したことで若くして即位したハインツは、ウィンダミア人でいうところの折り返しである十五にも満たない年齢だ。結晶化現象が発生するには早すぎる。
しかしデータはハインツの結晶化現象が深刻なレベルで進行していることを示唆していた。
「どういうことだ、なぜここまで結晶化が……」
「風の歌とプロトカルチャーシステムへの干渉が、陛下の結晶化を著しく加速させたらしい。このまま歌い続ければ、銀河を治める前に陛下のルンが尽きてしまう」
「なぜ、黙っていた……!?」
「陛下のご意志だ。お前たちや、家臣に心配を掛けさせまいと黙っておられた。このことは、側付きの医師とごく一部の者しか知らない」
「…………ッ」
陛下の意志と言われてしまえばキースは文句を言えない。己の不明を恥じ、悔いるように奥歯を噛み締めた。
「陛下のお身体は既に限界だ。全銀河に我らの風を吹かせるまでは保たない。時間が、ないんだ」
吹き荒れるような激情を宿したロイドの瞳が、誰よりも信頼する友へと向けられる。
「故にこそ、美雲・ギンヌメールが──星の歌い手が必要だ」
「星の歌い手だと?」
ウィンダミアの伝説にしか登場しない存在を持ち出され、キースは困惑に眉を顰めた。
「あれはウィンダミアに伝わる伝説に過ぎないはずだ」
「いいや、星の歌い手は実在する。お前もヴォルドールで力の片鱗を見たはずだ、キース」
美雲によるシステムへの干渉実験で星の歌い手の力は証明された。キースは戦場にてその片鱗を目の当たりにしている。
「……何を知っている。何を隠している、ロイド」
怒りではない、険しい顔付きのキースの瞳に宿るのは微かな不信だ。
「無用な混乱を避けるため、確信が持てるまでは話せなかった。だが、美雲・ギンヌメールが星の歌い手である証明が為された以上、秘匿する意味もない」
仰々しい前置きをして、ロイドは星の歌い手について情報を開示する。
星の歌い手は風の歌い手の先祖であり、星の歌い手の歌は風の歌を遥かに凌駕する力を秘めている。その歌声は光よりも早く、時空を超えて銀河の果てまで届く。
古より伝わるプロトカルチャーが遺した
七年前の独立戦争時のどさくさに紛れて、星の歌い手の細胞はこの遺跡から盗み出された。そして地球人の手によってクローンとして現代に蘇ったのである。
「あの女を利用すれば、全銀河に我らの風を吹かせることができる。忌まわしい統合政府の支配から、銀河を解放することができるのだ」
「あれは地球人だろう。汚らしい風を利用するつもりか!?」
「元を正せば我らの風だ! 美雲・ギンヌメールには我らと同じ、ウィンダミアの風が流れている」
地球人を滅ぼしてでもウィンダミアの空を取り戻すと決意しているキースと、全銀河に真なる平和を齎すためなら利用することも厭わないロイド。二人の意見は真っ向からぶつかり合っていた。
一触即発の空気が流れる中、ロイドは美雲を鹵獲するもう一つのメリットを提示する。
「何より、あの女の細胞を研究できれば、ハインツ陛下のお命を救えるかもしれない」
「な、んだと……どういうことだ?」
今にも斬り掛からん勢いだったキースが、途端に狼狽え動きを止めた。
「星の歌い手は風の歌い手の先祖だ。にも関わらず、あの女にはルンもなければ結晶化の兆候もない。その理由が解明できたのならば、プロトカルチャーシステムの影響で進んでいる結晶化をどうにかできるかもしれない」
「…………」
「何度でも言おう。我らには時間がない。一刻も早く、星の歌い手を確保しなければならないのだ」
「……忌々しい風を利用するとしてもか?」
「汚名も屈辱も、罵倒も全て受け入れよう。ウィンダミアに、全銀河に永遠の平和を齎すためならば、私は悪魔にだってなる」
如何なる障害が立ちはだかろうと突き進む。清濁併せ呑むロイドの宣言に、キースは嘘偽りを感じ取ることができなかった。
「納得しろとは言わない。だが真にウィンダミアを、陛下を思うのならば理解してくれ」
「…………」
キースは何も答えない。ただ険しい顔付きでロイドを見据え、淡く光るルンで真意を探ろうとする。
張り詰めた沈黙が続くことしばし。これ以上は時間の無駄だと判断したのか、キースは掴み上げていた胸ぐらを解放した。
「……お前は俺と同じ空を目指していると信じていたのだがな」
声音に微かな寂寥を滲ませ、キースは親友《とも》に背を向け神殿を後にした。
「……変わらないとも。だが、ウィンダミアに永遠の平和を齎すには、我らの命は儚く短い」
振り返ることもなく去っていくキースの背中を見送り、ロイドは悔恨と焦燥混じりに呟いた。