惑星ウィンダミアへの電撃侵攻作戦が幕を開けた。
マクロス・エリシオンと新統合軍の残党部隊は陽動のために他惑星への侵攻、Δ小隊を中心とした複数部隊とワルキューレは惑星アルヴヘイムでフォールドゲートを開く。ゲートが開き次第、ウィンダミアへと乗り込みプロトカルチャーシステム中枢を破壊する手筈となっている。
非常にリスクの高い作戦だ。片道切符になってもおかしくない任務であり、出撃する者たちはみな相応の覚悟を決めて本作戦に臨んでいた。
トリガーもまた揺るぎない覚悟を持って作戦に臨んでいた。ただしその覚悟は決死のものではなく、仲間を全員生きて帰すという誓いだ。
主力であるエリシオンによる陽動が上手く嵌り、アルヴヘイムでのフォールドゲート開通はスムーズに進んだ。途中で陽動に気付いた空中騎士団が駆け付けるも、その時にはウィンダミアとアルヴヘイムを繋ぐゲートは開通済みである。
ウィンダミアに向けて旅立とうとするワルキューレとΔ小隊を、空中騎士団が死に物狂いで止めようとする。もう二度と祖国の空を汚させはしないという気迫が機体越しにも伝わってきた。
空中騎士団の猛攻を食い止めるべくチャックが足止めに残る。それ以外の面々はそのままフォールドゲートに飛び込んだ。
超時空空間を航行する最中、トリガーは妙な胸騒ぎに襲われていた。
ヴォルドールにおいて乱入してきた無人機が姿を見せなかった。介入するならばウィンダミアにフォールドする前、アルヴヘイムにいる間に襲撃してくるだろうと予測していたのだ。
しかし襲撃はなく、空中騎士団の抵抗はあれど無事にフォールドゲートを開いてウィンダミアに向かっている。次元断層に囲まれたウィンダミアへ侵入するのは、あの無人機であっても不可能だろう。
無人機による襲撃を警戒する必要はなくなった。ここから先はプロトカルチャーシステム中枢を破壊すること、ウィンダミア軍との戦いに集中できるはずだ。
しかしどうしてか胸のざわつきが収まらない。超時空空間の出口が近づくにつれ、嫌な予感は徐々に増していく。何かを見落としているような気がした。
ふと、トリガーはラグナ防衛戦の作戦内容が漏洩していたことを思い出す。
マクロス・エリシオンによる奇襲作戦、並びに反応弾の使用。どちらも完璧に対処されたことから、ウィンダミアに情報が筒抜けだったことは明らかだ。
ウィンダミアのスパイがラグナに潜り込んでいたと予想されていたが、情報を齎したのが第三者だった場合はどうなる。具体的には美雲を誘拐しようとした機械人形が、情報源だったとしたら──
最悪の想像が脳裏を過るのと、一行がウィンダミアにデフォールドしたのは同時。デフォールドするや否や、トリガーはワルキューレとΔ小隊に警戒を促そうとして──
──眼下から放たれた光弾がワルキューレを乗せたシャトルを襲った。
Δ
「きゃあああ!?」
機体を下から突き上げるような衝撃に、シャトル内部でワルキューレの悲鳴が上がる。身構える暇もない攻撃にワルキューレたちは床に倒れ込んだ。
下方から撃ち込まれたビームはシャトルの右側面を抉り、機体に小さくない穴を穿った。人一人は余裕で通ることができる穴だ。
飛行中のシャトルは地上と同じ気圧になるように加圧されている。そんな状態で機体に穴が開けば、内圧差によってシャトル内部の空気が外へと一気に吸い出されてしまう。
空気を吸い出す勢いは凄まじく、人間程度であれば容易く外へと放り出してしまう。運悪く穴が開いた壁の側にいたカナメとフレイアが、流れ出す空気に巻き込まれてしまった。
「カナメ! フレイア!?」
咄嗟に美雲が手を伸ばすも届かない。カナメとフレイアは悲鳴を上げる間も無く空へと放り出されてしまった。
『デルタ5はフレイアを救出しろ! デルタ2はシャトルのフォロー、カナメさんは俺が救助する! デルタ4は──』
アラドの指示を遮るように敵機が姿を曝す。ヴォルドールで美雲を狙い、トリガーと熾烈な空戦を繰り広げた無人機──その数、三機。
『なんだってこいつらがウィンダミアにいるんだよ!?』
ガウォーク形態でフレイアを受け止めたハヤテが、悪夢のような光景に悲鳴染みた叫びを上げた。
一機ですらトリガーを梃子摺らせるような化け物が三機も立ちはだかる。受け入れ難い現実を前に、Δ小隊は焦りを隠さずにはいられない。
ハヤテとアラドは空に投げ出されたフレイアとカナメ抱えているため戦闘機動は不可能。ミラージュは自力での飛行ができなくなったシャトルの不時着補助。
唯一手が空いているのはトリガーだけだが、一人でエースパイロット級かそれ以上の無人機を三機も相手取るのは無茶を通り越して無謀だ。
誰もが二の足を踏んでしまうような状況で、しかしトリガーは構うことなく突っ込んだ。
トリガーは迷うことなくEMC兵装を起動。途端に無人機は機動の精彩を欠き、無人であることに物を言わせた無茶苦茶な機動は鳴りを潜めた。
「効いてる! 有り合わせで仕上げたジャミング装置だけど、ちゃんと無人機の動きを妨害できてるよ!」
「無人機のパフォーマンス、七割まで低下。トリガーなら、勝てる……!」
少なからず見えた希望の光にマキナとレイナが喜びの声を上げた。
一人で三機を相手しなければならない状況に変わりはないが、一番のネックである人外機動を封じ込められたならば勝ち目はある。まして戦うのはΔ小隊のエースパイロットであるトリガーだ。必ず、やり遂げられる。
仲間の期待を一身に背負ってトリガーが無人機に挑む──その時だった。
『──、────♪』
何者かの歌が戦場に轟き渡った。
昏く重く、狂気を孕んだ闇の歌声。人間らしさを著しく欠いた歌声は、聞く者の心を激しく惑わす。
「この歌はっ!?」
誰よりも早く歌の正体に気付いたのは美雲だった。
アイランド船での誘拐未遂事件で響いた歌声。トリガーを昏睡に陥れた、美雲と同じ星の歌い手の歌だ。
「いけない、トリガー!」
以前のように強制同調によってトリガー本人が昏倒させられてしまう。美雲は機体に開いた穴から身を乗り出し、トリガーの操る機体の様子を確認した。
案の定、トリガーの動きは酩酊しているかのように不安定なものになっていた。恐らくは地上のウィンダミア人を対象に強制同調を受けているのだろう。
前回の昏睡から多少は耐性がついたのか今すぐに墜落するほどではなさそうだが、無人機三機を相手に戦闘機動を取れるような状態でないのは明らかだ。
問題はそれだけではない。
「無人機の動きが、戻ってる?」
EMCによるジャミングで動きが鈍っていたはずの無人機たちが、ジャミングを物ともせず飛行している。それどころか、ヴォルドールで相見えた時よりも機動が鋭くなっているようにすら見えた。
「ジャミングの無効化……違う。歌で、制御している……っ」
「レイナ……?」
無人機と歌の関係性を即座に看破したレイナであるが、その表情は苦悶に歪められている。その隣ではマキナも苦しげな様子で胸を抑えていた。
「なに、この感じ……押し潰されるような……」
「ズキズキ、ジクジク……歌が、重い……」
「マキナ!? レイナ!?」
その場に座り込んでしまうマキナとレイナに、美雲は慌てて駆け寄り状態を確認する。
二人とも怪我の類はないが苦しそうな様子だ。恐らくは強力な生体フォールド波を差し向けられて無理矢理抑えつけられているのだろう。外のカナメとフレイアも同じ状態だった。
ただ一人、美雲だけは殆ど影響を受けていない。立って歩くことも、歌うこともできる。
考えられる可能性は同じ星の歌い手であること、あるいは──歌ってみろと、
「ふざけやがって……!」
歌声を通して伝わってくる相手の感情に、美雲は苛立ちを隠すことができない。
ワルキューレを力尽くで抑え、美雲一人ならどうとでもなると言わんばかりの態度。挙げ句の果てにはトリガーをまた堕とそうとしている。流石の美雲も我慢ならなかった。
機体に穿たれた穴の縁に手を掛け、美雲は躊躇いなく外へ飛び出す。シャトル内で響くマキナの悲鳴を聞き流しながら、ガスジェットクラスターと人並み外れた身体能力に物を言わせ、
『美雲さん!?』
シャトルを軟着陸させるべく支えていたミラージュが、美雲の強行に驚愕の声を上げる。
着陸のために速度と高度を落としつつあるシャトルだが、それでも人間が生身で立つには危険極まりない場所だ。美雲だからできているが、他のメンバーでは外に出た時点で空にダイブすることになっている。
叩き付けられる冷気と風によって凍傷になりかけながらも美雲は気丈に振る舞う。
真紅の瞳が見据えるのは三機の無人機によって蹂躙されつつあるトリガーの機体。強制同調によって意識を掻き乱された状態では、如何なトリガーでも長くは保つまい。
「聞かせてあげる、女神の歌を!」
心を奮わせ、魂を昂らせ、美雲は力の限り歌い上げる。
シャトルの上に立つという命知らずな行いと戦場に生身を曝す振る舞い、何よりかつてないほどの憤りが美雲の生体フォールド波を極限まで高めていた。
ワルキューレ全員分の歌声に匹敵する生体フォールド波は戦場の空に響き渡り、そして──
Δ
──歌が、聞こえる。美雲の歌だ。
叩き付けられる濁流の如き情報から必死に守っていた自我が、美雲の歌で力強く包み込まれる。誰にも奪わせはしないという想いがひしひしと伝わってきた。
「美雲……!」
機体の体勢を立て直してトリガーはシャトルを確認し、危険を省みずシャトルの上で絶唱する美雲の姿に目を剥いた。
あまり無茶をしてほしくないが、美雲の歌に助けられたのは事実。心配するのは後に回し、トリガーは眼前の敵機を見据える。
過去のデータとはいえ自分の動きを学習した無人機が三機。それも敵の歌声によって前回よりも機動が強化されているという始末。常識的に考えて太刀打ちできる相手ではない。
だが戦わなければならない。後ろには守るべき仲間がいる。退路は最初から存在しないのだ。
「懐かしいな、この感じ……」
今でこそ化け物染みた技量を誇るトリガーであるが、最初の頃はちょっと腕が立つ一パイロットでしかなかった。命の危険を感じた空の数は両手の指では足りない。
それでも生き延びてきたからこそ、今のトリガーがいる。
明確な死の危険を前にトリガーは意識を切り替え──三本線の英雄が
三機で編隊を組む無人機へとトリガーは躊躇いなく突っ込む。ビームとマシンガンの嵐が迫るも、極限まで研ぎ澄ました感覚と人外染みた機動で強引に突破した。
突撃を敢行するトリガーに対し、無人機は気味が悪いほど揃った動きで散開。獲物を取り囲むように展開する。
三方向を囲まれながらもトリガーに焦りはない。冷静に無人機の位置を把握し、死角を位置取る一機に目を付けた。
急制動とクルビットの合わせ技で集中砲火をやり過ごし、バトロイドに変形して射撃体勢を整える。そして擦れ違おうとする目標にガンポッドを撃ち込んだ。
狙い澄ました射撃は無人機に直撃。少なからずダメージが入った。
「やっぱりか……」
ヴォルドールでもそうだったが、無人機が学習しているのは機種転換前のトリガーの機動だ。入手できたデータは済し崩し的に参戦したアル・シャハルでの空戦までのもの。
つまり──
「──変形機動への対応力は未熟」
可変戦闘機との戦闘経験が圧倒的に不足している。ガウォークとバトロイドによる急制動と広い射角に対応が僅かに遅れて隙が生じる。それがトリガーの機動を学習した無人機の弱点だ。
だがそれも針の穴に糸を通すレベルの隙でしかない。トリガー以外に真似できる芸当ではなかった。
『すげぇ。トリガーのやつ、三対一でも勝てそうだぞ……!』
絶望的な状況を徐々に盛り返すトリガーの活躍に、ハヤテの声色が明るくなる。
トリガーも全く被弾なしというわけではないが、着実に無人機は機体にダメージを蓄積している。このまま戦闘が続けば一機ずつ、トリガーの手によって撃墜されるだろう。
希望が見えてきた、その時だった。
──ゴーストから更に小型の無人機が複数分離、トリガーをあっという間に囲い込んだ。
「冗談きついな、これは……」
予想だにしない奥の手に、流石のトリガーも乾いた笑みを禁じ得ない。
放たれた小型無人機は一機あたりから六機、都合十八の小型機が獲物を削り落とすべく舞い踊る。大量の無人機と交戦する機会は幾度となくあったものの、今回ばかりは手の施しようがないかもしれない。
加えて事態の悪化は継続する。ウィンダミア軍機が空域を制圧するべく向かってきているのだ。このまま無人機による足止めを受け続ければ、全滅しかねない。
判断は一瞬。小型無人機の猛攻を死に物狂いで凌ぎながら、トリガーは通信回線を開いた。
『アラド隊長、一度引いてください。ここは俺が引き受けます』
『何を言ってるんだ、トリガー!? そんな話を聞けるわけ……』
『このまま手を拱いていれば全滅です。作戦の遂行を優先してください』
『…………ッ』
淡々と自分自身を使い潰させる提案をするトリガーに、アラドは操縦桿を握り締め苦悩する。しかし迷っている暇はない。
僅かな逡巡の後、すまんと一言だけ告げてアラドは決断した。
『一度引いて体勢を整える。デルタ5は俺と一緒にできるだけウィンダミア軍の目を引き付ける。デルタ2はシャトルを着陸させたあと美雲たちをプロトカルチャーシステム中枢まで護衛しろ!』
『はあ!?』
『そんな!?』
アラドの命令にハヤテとミラージュの愕然とした声が返ってくる。
強大な敵をたった一人で相手する仲間を見捨てることなど到底受け入れられることではない。特にハヤテはそのあたり聞き分けが悪かった。
『仲間を見捨てられるかよ……!』
『待て、ハヤテ!?』
止める間も無くハヤテはトリガーに群がる無人機へと砲撃を放ってしまう。少しでもトリガーの援護ができればと思っての行動だった。
放たれた砲撃はトリガーに喰らい付く小型無人機を掠め──無人機たちのヘイトが一斉にハヤテへと向けられた。
横槍を入れた障害を排除するべく無人機が差し向けられる。フレイアを抱えている状態のハヤテに対処する術はない。
『まずっ……!?』
軽率な行動に巻き込んでしまったフレイアだけは守ろうとするハヤテ。あわや蜂の巣にされるかと思われた寸前、強引に包囲を突破したトリガーが無人機のヘイトを奪い返す。
間一髪でハヤテとフレイアは無人機の標的から免れた。
『聞き分けろ、ハヤテ! 今の俺たちじゃ足手纏いにしかならない。作戦の遂行を優先しろ!』
『……ッ、ちくしょう!』
トリガーを援護するどころか逆に助けられてしまった。何もできない無力さに奥歯を噛み、ハヤテはアラド共に空域からの離脱を開始する。
『ご武運を……』
ミラージュもシャトルを抱えて離脱する。可能な限りウィンダミア軍の目に映らない場所へとシャトルを着陸させるためだ。
『トリガー……殿を頼む』
その命令は実質ここで死んでくれと言っているも同然のもの。だが隊長であるアラドには命じる責任があった。
隊長からの命令にトリガーはただ一言──
『──ウィルコ』
短い返事を返して無人機の群れへと突貫した。
Δ
トリガーの機影が遠く離れていく。可能な限り安全な場所でシャトルを着陸させるため、ミラージュが戦闘空域から離脱しているからだ。
シャトルの上で歌う美雲は、張り裂けそうな胸の痛みを堪えて歌い続ける。大量の無人機にトリガーの機体が削られる度、自分の身体が傷付けられるような感覚がした。
本当は止めたかった。いくらトリガーでも機体の性能差と数の暴力には敵わない。誰が見ても撃墜されるのは分かり切っていたからだ。
それでも美雲が歌い続けるのは、偏にトリガーが諦めていないからだ。
同調によって伝わってくる感情に諦観や絶望はない。必ず守り抜く、生きて帰るという強い意志だけが流れ込んできている。
決して諦めない
大量の無人機に四方八方を囲まれ機体を削られながら、トリガーはしぶとく耐え抜き一瞬の隙を突いて親機である無人機を狙い続けた。その甲斐あって三機のうち一機がビームの直撃を受けて爆散し地上へと墜落する。
『トリガーが一機堕とした!』
ハヤテの歓喜の声が回線越しに響くが、まだ無人機は二機残っている。対してトリガーの機体は遠目に見ても無視できないダメージを蓄積しているのが分かった。
手の届かない場所でトリガーは必死に戦い続けている。居ても立っても居られなくなった美雲は、ある程度地上が近くなったタイミングでシャトルから飛び降りる。
ガスジェットクラスターを吹かせて着地すると、ミラージュの制止の声も振り払って駆け出す。
歌声を響かせながら雪道を駆け抜け、林を潜って見晴らしのいい崖上に辿り着く。そのタイミングでトリガーはもう一機の無人機を撃墜した。
最後の一機と対峙するトリガー。機体のあちこちから黒煙を吹かせながらも、致命的な損傷は避け続けて戦闘を継続している。凄まじいパイロットとしての技量だ。
否、技量だけではない。
「トリガー少尉の動き、無人機に似ている……?」
シャトルを無事に着陸させて駆け付けたミラージュが、無人機を相手に壮絶なドッグファイトを繰り広げるトリガーを見て思わず呟く。肩を支え合いながら遅れてやってきたマキナとレイナも同様の感想を抱いた。
人外そのものの無人機を相手取るには、トリガーもまた人外の領域に踏み込まなければならない。単純な理屈であるが、そんな簡単なことではない。
「ジクフリちゃんはISCを搭載してるけど、いつまでもあんな無茶苦茶な曲芸飛行を続けられるわけがないよ!」
ISC──慣性蓄積コンバーターはコックピット周辺に生じた機動慣性を異次元空間へと保存、徐々に通常空間へと戻すことでパイロットを保護する機構だ。
これとEXギアの組み合わせで有人機は従来の限界を超えた機動を可能とするようになった。
だがISCにも限度がある。限界を超えた分のGはそのままパイロット本人に掛かり、その身を確実に蝕んでいく。
激しい交錯を繰り返し、無人機の背後を取るべく無茶苦茶な機動を継続するトリガー。目紛しく飛び回る小型無人機の攻撃は最低限の回避に留め、ひたすらに決着を急ぐ。
やがてトリガーと無人機はヘッドオンに縺れ込む。互いに真正面から機銃を撃ち込みながら、どちらが先に堕ちるかのチキンレースだ。
トリガーは細かくエンジンを吹かせて機体を操り、無人機の機銃を回避して更に速度を上げる。無人機は小型無人機を盾にしつつ視界を塞ぎ、一瞬でトリガーの頭上を取った。
「危ない!」
見守る面々が思わず叫んだ瞬間、トリガーの機体はトップスピードのままバトロイドに変形。慣性を散らすように空中で踊り狂い、無人機からの砲撃を全て避け切った。
「今のは、ハヤテの動き!?」
天性の風を読む才能とリズム感覚を有するハヤテにだけ許された舞い踊るような機動──インメルマン・ダンス。教官として誰よりも近くで見てきたからこそ、ミラージュはトリガーの機動の由来を即座に理解した。
ハヤテの踊るような機動は天性の才能あってのもの。模倣にしか過ぎないトリガーのそれは本物と比べるのも烏滸がましい完成度であるが、かつての自分の意表を突くには十分過ぎる。
ほんの僅かな隙を見せた無人機へと強烈な回し蹴りを叩き込む。慣性を乗せた蹴撃は無人機の姿勢を大きく崩させた。
すかさずトリガーはビームガンポッドを突き付けるが、無人機もまた同じようにガンポッドを構えていた。体勢が崩れようと衝撃を受けようと無人機には関係ないのだ。
二つの銃口が同時に火を噴く。ほぼゼロ距離からの発砲は、互いの機体に大きな風穴を穿った。
無人機は機体制御の中枢を損傷して機能停止、真っ逆様に地上へと墜落していく。
トリガーの機体はガウォークへと変形し空中に留まろうとする。しかしエンジンか操縦系統に異常を来したのか、機体は傾き地上へと墜落を始めた。
「トリガー! しっかりしなさい、トリガー!?」
トリガーの勝利を見届けた美雲は即座に通信を飛ばして呼び掛ける。返ってきたのはけたたましいアラート音とノイズ混じりの酷く疲れ果てた声だった。
『美雲か……』
「トリガー! 早く機体を立て直して、こっちへ来なさい!」
『……無理みたいだ。最後の一発で操縦系統をやられたらしい。推力ももう殆ど残ってない』
「そんな……!?」
無人機三機に加え大量の小型機をたった一人で相手取ったトリガーの機体は満身創痍。穴だらけで彼方此方から黒煙を噴き上げている。むしろよく最後まで戦い抜いたものであった。
『俺も年貢の納め時かなぁ……』
「ふざけてる場合じゃないでしょ!? なんとか、なんとかならないの……?」
『…………』
祈るような美雲の言葉にトリガーの返答は沈黙。今この瞬間もトリガーを乗せた機体は地上へと墜落を続けている。
「ベイルアウトしなさい。そうすれば、命だけは──」
『──美雲』
焦燥入り混じる美雲の言葉をトリガーが遮る。有無を言わせない声音に、美雲は言葉を飲み込んだ。
『最後まで、守ってやれなくてごめん』
「…………ッ」
その言葉を最後に通信が途切れる。目視で確認できていたトリガーの機体は遠く離れた峡谷へと姿を消し、少し遅れて黒煙が濛々と立ち上り始めた。
「トリガーの機体反応……
デバイス端末でトリガーの機体反応が消失したことを確認し、レイナは力なく項垂れる。悲嘆に暮れるレイナの肩をマキナが支えるように抱き締めた。
同じ部隊の仲間を失ったミラージュは悔しさや無力感に唇を噛み締める。自分がもっと強ければ、無人機の待ち伏せを予見できていたのならば、こんなことにはならなかったと己を責め苛む。
そして美雲は──
「──大丈夫、生きてる」
美雲の言葉に三人は揃って顔を明るくする。強制同調によりトリガーの生存を把握できる美雲の言葉だからこそ信憑性があった。
足を止めていた三人を振り返る美雲。トリガーの墜落で目尻を微かに赤くしてこそいるが、瞳には力強い意志の光が宿っている。
「先を急ぎましょう。トリガーが命懸けで稼いでくれた時間を無駄にはできない。違う?」
美雲の問い掛けに三人は強く頷きを返す。トリガーの撃墜によって喪失しかけた気概は取り戻せたようだ。
美雲たちは当初の作戦を遂行するために動き出す。目指すはプロトカルチャーシステム中枢の破壊。それを成し遂げられたならば、銀河をウィンダミアの手から守ることができる。
決意を新たに一行はウィンダミア首都へ向けて歩み始めた。