無人機の待ち伏せにより足並みを崩され、二手に別れて作戦を継続することになったΔ小隊とワルキューレ。美雲たちはウィンダミア軍の哨戒を潜り抜け、プロトカルチャーシステム中枢が存在するとされる王都ダーウェントを目指していた。
「厳しいですね。此処から先は哨戒機の数が多すぎます」
「監視ドローンの警戒網も厚い。ハッキングはできるけどすぐにバレて捕まる」
進行ルートの確認に出払っていたミラージュとレイナが戻ってくるや偵察結果を報告した。
一行はシャトルに搭載していたバイクで王都を目指していたが、途中でウィンダミア軍の警戒が強くなり足を止めた。無理に進行すれば補足されると判断し、一時的に林へ身を隠して偵察活動を実施したのだが結果は芳しくない。
「向こうも私たちの狙いがシステムなのは分かってるんだろうね……」
システムの中枢を破壊されてしまえば全銀河に風の歌を響かせることはできなくなる。ヴォルドールで美雲の危険性を理解したウィンダミアが、みすみすシステムへの接近を許すはずがない。
「突破は難しい。隊長たちと合流するのも手かなぁ……どちらにせよ、今は迂闊に動けないね」
マキナの判断にレイナとミラージュも同意見とばかりに頷く。ただ一人、美雲は何処か遠い目で虚空をぼんやりと見つめて無反応だった。
「くもくも?」
「……っ、ごめんなさい。少し、ぼうっとしてたみたい」
マキナの呼び掛けに美雲ははっと我に返った。
システム中枢を目指して行動を開始した時から、美雲は時折上の空になっていた。原因は明白で、同調を通してトリガーから何かしらの反応がないか気に掛けているからだ。
「トリトリからの反応はない?」
マキナからの問い掛けに美雲は力なく首を横に振る。
「ダメね。そもそも、同調は通信みたいに便利なものじゃない。明確な言葉や意思を伝えることはできないから」
歌っている時ならまだしも、普段の状態では強い感情の揺れ動きと居所程度しか分からない。生存確認には利用できるが、トリガーの置かれている現状を把握することはできないのだ。
加えてトリガーは美雲やワルキューレと違ってフォールドレセプターを保有していない。ラジオに内蔵されたフォールドクォーツのおかげで受信に関しては問題ないが、こと発信能力に関しては一般人よりある程度でしかなかった。
墜落時に負傷して動けなくなっているかもしれない。あるいはウィンダミアの手に落ちてしまっているかもしれない。悪い想像ばかりが積み重なっていく。
気丈に振る舞ってみせた美雲だが、その実誰よりもトリガーの身を案じている。マキナたちもそれを察していた。
マキナたちは言葉なくアイコンタクトを交わして頷き合った。
「今のままじゃ進めないし、ご飯にして一休みしよっか。休憩してる間に警備網も変わるかもしれないしね」
「……そうね」
否定する理由も特にはなく、美雲はマキナの提案を受け入れた。
マットの上に腰を落ち着けて食事の支度を始める。火を熾すことはできないので缶詰や栄養バーという味気のない内容であるが、一行は和やかに会話を交わしながら食事を進める。
敵地のど真ん中で非常に殺伐としているがこれも女子会。空気を暗くしないためにもとマキナは前々から気になっていた疑問を美雲に投げた。
「前から気になってたんだけど、くもくもとトリトリっていつから仲良くなったの? 切っ掛けとかあったのかな?」
美雲とトリガーの関係性の変遷。それは前々からワルキューレとΔ小隊で話題に上がっていたことである。
マキナ含む第三者の視点では、レッスンの見学以降はろくに交流もなかったはずの二人が、ヴォルドール潜入時点では随分と気安いやり取りをする間柄に変わっていたのだ。その短い期間でいったい何があったのか、マキナはずっと疑問に思っていた。
レイナとミラージュも気になるのか、三人分の視線が美雲に集中する。
「別に、大したことなんて……あ」
何もないと否定しようとした美雲は、海辺での事件を思い出して硬直してしまう。当時は大して気にも留めていなかったが、今思い返すととんでもない痴態をトリガーに晒していたことを自覚する。
急激に湧き上がった羞恥に顔を赤らめ、美雲は視線から身を隠すように身体を抱き締めた。
「美雲、顔真っ赤」
「トリガー少尉と何かあったんですか?」
常の美雲らしからぬ劇的な反応だ。恋愛話に目がないお年頃の少女たちは興味の視線を隠せない。
好奇の眼差しを向けられた美雲は返答に窮する。トリガーと美雲自身の名誉を守るためにも、あの日の出来事は決して口外してはならない。何があっても隠し通す必要があった。
「……何もなかったわ」
「そーんなきゃわわな顔しておいて、何もなかったは通らないんじゃないかな〜?」
にやにやと愉しげな笑みでマキナが美雲に擦り寄る。反射的に身を引こうとするも、いつのまにか反対側は爛々と瞳を輝かせたレイナに固められていた。
逃げ道を失った美雲は縋るような目をミラージュに向ける。この際、助け舟を貰えるなら誰でも良かった。
しかしミラージュもまた恋に恋するお年頃。フレイアがいる手前一歩引いてしまっているが、ミラージュも歴とした恋する乙女の一人だ。カナメとメッサーの話が聞こえてきたら、耳を澄ませてしまうくらいには恋愛話に興味があった。
すっとミラージュに目を逸らされて美雲はショックを受ける。此処に美雲の味方をしてくれる人間は誰もいない。
両サイドを固められ逃げ道を失った美雲は、突き刺さる乙女たちの眼差しから目を逸らす。逸らすが、じぃっと見つめ続けられ、やがて降参したように肩を落とした。
「……を、見られた」
「なんて?」
「……裸を、見られたのよ」
シン、と空気が凍り付く。雪が積もっているからとか関係なく、その場の空気が一瞬で死んだ。
美雲の衝撃的な発言にマキナたちは完全にフリーズした。もっと甘酸っぱい感じの話が出てくると思ったら、予想だにしない右ストレートが飛んできて許容量を軽く超えてしまったのだ。
しばし寒々しいほどの沈黙が続き、マキナとレイナが再始動する。
「トリトリとは、少しお話が必要そうだね」
「トリガー、絶許。責任、取らせる」
据わった瞳で今にもトリガーの元へ殴り込みに行きかねない様子のマキナとレイナ。有無を言わさぬ圧を纏う二人は、ウィンダミア軍ですら退けかねない気迫を滲み出していた。
トリガーへの凄まじい風評被害が発生していることを察し、美雲は慌てて経緯の説明を始める。
美雲の説明に耳を傾けた二人は、話が進むにつれて微妙な顔に変わっていき、最終的に呆れ顔で頭を抱えてしまった。
「くもくも、それは女の子としてダメだよ。無防備とかそういう問題じゃないよ」
「羞恥心捨てすぎ」
「トリガー少尉でよかったですよ。いえ、トリガー少尉でも問題ですけど……」
一転して非難の目を向けられ美雲は不貞腐れたようにそっぽを向く。トリガーの名誉こそある程度は守れたが、美雲の名誉は著しく損なわれてしまったようだ。
「女の子が裸を見せていいのは好きな人、愛する人だけなんだよ。簡単に裸を晒すような真似をしちゃいけません。そもそも、くもくもは──」
母親ばりに女の子のなんたるやを説き始めるマキナ。聞かされる美雲の顔には不服ですと書いてあった。
「美雲、前よりも感情表現が豊かになった。ドキドキもキラキラも、前よりもたくさん感じ取れる」
「なんだか親しみやすくなりましたよね」
マキナの説教が始まった時点で離れたレイナとミラージュは、以前よりも人間らしくなった美雲を温かい目で見守るのだった。
Δ
一方その頃ハヤテとアラド、フレイアとカナメ一行は──
「こっちは異常なかったぞ」
「こっちもだ。追手はなし……やはり、向こうが狙われてるか」
可能な限りシャトルから、美雲から目を逸らすためにウィンダミア軍の目を引きつけながら引いたアラドたち。適当なところで地上に降りて徒歩にて王都を目指していたが、やたらと警戒や哨戒が薄かった。
全く警戒網が張られていないわけではない。それでも哨戒機の数や監視の目が薄い。理由は星の歌い手である美雲の身柄を狙っているからだろう。
「美雲さん、大丈夫なんかな……」
美雲の身を案じるフレイア。狙われていることを心配しているのもあるが、それ以上にトリガーの撃墜でショックを受けていないかを気にしていた。
「大丈夫よ、美雲は一人じゃないんだから。トリガー君も生きてるみたいだしね」
安心させるようにカナメがフレイアの肩に手を置いた。
トリガー生存の一報は定時報告時に受けている。機体反応が消失した時は悲嘆に暮れたものの、美雲本人がトリガーの死を否定したことで士気の低下は避けられた。
カナメに励まされるフレイアを見やり、ハヤテは一人悔しげに拳を握り締める。
結果的に生きていたとはいえ、仲間を見捨てざるを得なかったことを、足手纏いにしかならなかったことが悔しくて堪らなかった。
自分自身を責め苛むハヤテの肩をアラドが叩く。
「気にするなとは言わん。だが、お前は命令に従って作戦を遂行しただけだ。責めるなら、命令を下した俺にしておけ」
「するかよ、そんなみみっちいこと」
責任転嫁をするほどハヤテは落ちぶれていない。無力感を噛み締めながらも、生来の負けん気から足を止めて折れてしまうようなこともなかった。
「それより、なんで無人機がウィンダミアで待ち構えてたんだよ。おかしくないか?」
開いたフォールドゲートから来襲する、あるいは追撃をしてきたのならば納得できる。だがあの無人機たちは最初からウィンダミアにおり、デフォールドしたシャトルへと奇襲を掛けてきた。
惑星ウィンダミアは次元断層に囲まれているため尋常の手段で侵入することができない。だからこそΔ小隊とワルキューレは美雲の力に頼る必要があったのだ。
「考えられる可能性は一つ。シドニー・ハント、あるいはそのバックにいる組織がウィンダミアと手を組んだんだろうな」
ウィンダミア自身が自らの意思で第三者、あるいは第三勢力の協力を招き入れた。そうとしか考えられない状況だ。
前回のヴォルドールで空中騎士団が混乱していたことから協力関係などはないと予想していたが、恐らくは今日までの間に何かしらの取引を行ったのだろう。
Δ小隊とワルキューレは知らずうちに敵の張った罠に飛び込んでしまったわけだ。
「トリガーがいなかったら、全滅していたな……」
トリガーが無人機の相手を一人で引き受けたからこそ、Δ小隊とワルキューレは作戦を継続することができている。代償に最大戦力であるトリガーが行方不明になってしまったが。
ハヤテたちはシステム中枢を目指しつつ、可能であれば美雲たちと合流しようと歩みを進める。
現地人のフレイアだからこそ知っている抜け道や裏道を駆使して進むことしばし。フレイアの生まれ故郷の近くを通り掛かった時だった。
「……っ、誰だ!」
誰よりも早く気配に気付いたアラドが林の影に自動小銃を突き付ける。敵襲を警戒したハヤテはフレイアとカナメを守るように位置取った。
林の影からゆらりと人影が姿を現す。何処となく神官を思わせるような衣装を身に纏った男だった。
「え、ヨハン様……?」
「知り合いか、フレイア?」
ハヤテから尋ねられ、フレイアは頷きを返して答える。
「風の神様にお仕えする神官様。子供の頃に、色々とお世話になったんよ」
「神官様が、なぜこんなところにいる?」
銃口を僅かに下げてアラドが問い質す。いつ伏兵が現れても対処できるよう警戒は継続している。
「懐かしい風を感じたので、足を運んだのですよ。フレイアと、そして……」
神官の男──ヨハン・ウインリーは女性陣を庇うように立つハヤテへと目を向けた。
「ハヤテ・インメルマン。ライトと同じ、自由な風の持ち主」
「親父を、知ってるのか……?」
よもやウィンダミア人の口から地球人であるライトの名前が出るとは思わず、ハヤテは警戒も忘れて呆然と立ち尽くしてしまう。新統合軍時代にライトと面識があったアラドも驚きを隠せない。
冷たい雪が降り頻る中、ハヤテたちはライトの過去を知る神官と邂逅した。