マクロスΔ 未知なるソラへ    作:矢野優斗

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ストレンジ・リアル

 Δ小隊の母艦アイテールの艦橋。多数のオペレーターやクルースタッフ、艦長たるアーネストが駐在する空母の中枢に今、何とも形容し難い空気が漂っていた。

 

 原因は艦橋のど真ん中で頭を抱え天を仰ぐトリガーだった。

 

 戦場から愛機ごとアラドのエスコートでアイテールに案内され、すぐに艦長を中心としたスタッフと顔合わせ。改めて自己紹介をして、お互いの事情の擦り合わせを行なったところで、トリガーは己を取り巻く摩訶不思議な状況に頭を抱えたのだ。

 

 異星人との戦争で滅びた地球文明、移民できる惑星を求めて宇宙を征く宇宙船団、宇宙怪獣との戦争、歌の力で争いを止める少女たち、その他諸々諸々。どれか一つとってもトリガーには荒唐無稽な話でしかないのだが、戦場から艦橋に至るまでの間に目にしてきた光景が、妄想ではなく現実であると訴えていた。

 

 しかも聞き及んだ滅亡前の地球の情報から、自身が故郷と認める地球とはまた違う疑惑も出てきた。これに混乱しないでいられるほど、トリガーは想像力豊かではなかった。

 

「あー、大丈夫かね?」

 

 頭を抱えて百面相するトリガーを気遣いアーネストが声をかける。ちなみにアーネストは地球人ではなく異星人ゼントラーディだ。つまりトリガーにとって受け入れ難い現実その一だったりする。

 

「……いえ、ご心配なく」

 

 気遣いに対して短く返し、トリガーは深呼吸と共に平静を装う。今は体裁だけでも整えておかなければ、話が停滞したままになると判断したからだ。

 

「本官……いえ、自分の処遇がどうなるかをお伺いできますか?」

 

 フォールドなる時空転移事故に巻き込まれ、故郷の星とは縁もゆかりもない土地に放り出された以上、所属に意味はないだろう。そう判断して軍属であったことは横に置いた。

 

「うむ、それに関してだが。我々が君に提示できる選択肢は二つある。一つは現地の新統合軍に申し出て身柄を保護してもらう。その後の処遇に関しては、その時にならねば分からない」

 

「…………」

 

 軍隊というものにいい思い出が一欠片もない、むしろ苦い思い出しかないためトリガーはあからさまに顔を顰めた。その反応から、何かしらの事情を察してアーネストは次の選択肢を提示する。

 

「もう一つの提案だが、うちでパイロットとして働くのはどうだろう。具体的にはケイオスで雇うという形になるのだがね」

 

 ケイオスというのはアーネストらが所属する、銀河を股にかける星間複合企業のことである。様々な分野に手広く事業拡大を進めており、ワルキューレやΔ小隊はケイオスの一事業部門の所属だ。

 

「要はお前さんの腕を見込んでスカウトしたいってことだ」

 

 話の流れを見守っていたアラドが端的に纏めた。

 

 提示された二つの選択肢を前にトリガーは思案する。

 

 新統合軍という組織がどんなものなのか、本当にざっくりとではあるが説明は受けた。その上で、やはり軍に関わるのは勘弁願いたかった。トリガーの中で、ハーリング殺しの濡れ衣や戦後の扱いの悪さは重くのしかかっているのだ。

 

 必然的に選び取れる選択肢は一つに絞られる。

 

「自分を雇って頂けませんか」

 

 トリガーは折目正しく頭を下げた。

 

「うむ、あれほどの操縦技術を持つパイロットを迎え入れられるのであれば、私としても否はない。ただ、雇用に当たって色々と調査させてもらうことになると思うが、いいかね?」

 

 アーネストの問いにトリガーは思案顔になる。

 

「……機体は、返してもらえるのでしょうか」

 

「君の証言の真偽を確認するために、フライトレコーダーやその他データの調査などはするだろうが、それだけだ。返却は約束しよう……だが」

 

 そこで言葉を区切ると、アーネストは申し訳なさそうな表情を浮かべた。代わりとばかりにアラドが引き継ぐ。

 

「ケイオスでは俺たちと同じ機体に乗り換えてもらうことになる。あの機体に搭乗する機会は、もうないと考えるべきだろう」

 

 詰まるところ、あの機体では性能が不足しているということだろう。言外に、格納庫の肥やしにしかならないと言っているのだ。

 

 静かに瞑目する。脳裏では愛機と乗り越えた戦場の景色が浮かんでは消えていた。

 

 今日まで幾つもの戦場を共に乗り越え、ついには時空すらも一緒に飛び越え、未知のソラへ運んでくれた愛機だ。思い入れと愛着は一入である。

 

 しかし、先の空戦でも実感したように機体の性能差、運動性の差は如何ともし難い。

 

 トリガーは敵機を釣り上げて互角以上を演じてみせていたが、その実いつ撃墜されてもおかしくない状況ではあった。何せ相手の兵装は機銃レベルでも被弾すれば大破確定なのに対し、F-22の兵装は使うまでもなく装甲やバリアを貫通できないと予測できてしまっていたのだ。

 

 先の空戦でトリガーが破壊できたのは自律型AI支援戦闘機のみ。それも膨大な無人機との戦闘経験があったからこそ為せたのであり、限定的な局面でしか活躍できない証左だった。

 

 この先の戦場に愛機は連れて行けない。

 

「…………機体は好きになさってください。不要であれば、処分して頂いても構いません」

 

「いや、君の大切な機体だ。むげには扱わないとも。私から上に掛け合い、調査を依頼しようと思う。何せ君の故郷に繋がる貴重な手がかりなのだ」

 

「ありがとうございます」

 

「うむ。それに、調査の結果次第では君の故郷への道を繋ぐこともできるかもしれないからな」

 

 それはアーネストなりの気遣いだった。

 

 故郷の星から戦闘機と身一つのみで放り出されたトリガー。加えて次から次へと常識を砕かれる現実を叩き付けられ、心身ともに疲弊しているだろうことは推測できた。

 

 だからこその気遣いであったのだが、トリガーにとっては余計なお世話以外のなにものでもなかった。

 

「──帰るつもりはありません。あの空に、俺の居場所はない」

 

 ぞっとするほどに冷え切ったトリガーの声音に艦橋内が凍りつく。一瞬前までとは纏う雰囲気までもが一変していた。それはアラドの側にて待機していたΔ小隊が身構えかけるほどのものである。

 

 艦橋内の空気の変化にトリガーはハッとなり、己の失態に苦虫を噛み潰したような表情になる。

 

「……失礼しました」

 

 トリガーが再度頭を下げたことで艦橋内に漂っていた緊張感は霧散した。

 

 しかし一度広がった微妙な空気までは消えず、その後もしばらく気まずい空気が流れるのだった。

 

 

 Δ

 

 

 激しい戦闘でみな疲れているだろう、とアーネストの鶴の一声であの場は一度お開きとなった。

 

 クルースタッフは各々の持ち場に戻り、トリガーはあてがわれた部屋へと向かった。後に残ったのはアーネストとアラド、メッサーとワルキューレリーダーのカナメだ。

 

 その場に残った四人は今回の鎮圧ライブのフィードバックと所属不明の敵対勢力についての意見を交わしていた。

 

 幾度となくヴァールシンドロームの鎮圧・抑制に奔走してきたが、ヴァール化した暴徒以外の敵対勢力が介入してきたことは初めてのこと。強力なジャミングによって敵対勢力の所属は不明のままだ。

 

 更に言えば、今回のヴァールシンドロームは自然発生ではなく、人為的な発症である可能性まで疑われている。疑いが事実であった場合、敵対勢力の介入は偶然ではなく、今後もワルキューレとΔ小隊の前に立ちはだかるだろうことは想像に難くなかった。

 

 そんな折に現れたトリガーという存在。話の流れがトリガーに纏わるものに移ろうのも不自然ではなかった。

 

「ストライダー1、いやトリガーだったな。本名ではないみたいだが」

 

 艦橋にて顔合わせした際に彼が名乗ったのは、恐らくはTACネームだろうもの。本名を隠したいのか、あるいは名前に執着がないのか。

 

 真実はTACネームに愛着があり、誰も知らない本名を名乗る必要性を感じなかっただけであるが。

 

「あの若さであれだけの凄腕ともなれば、訳ありそうではあったが……」

 

 呟くアラドの脳裏には、アーネストの気遣いに対して纏う空気を豹変させたトリガーの姿が浮かんでいた。

 

 二十を過ぎているかどうかといった見た目の青年。とてもではないが、骨董品レベルの戦闘機で戦場に突っ込んで大立ち回りをしたパイロットには見えなかった。

 

 その印象も先の豹変でひっくり返ったわけだが。

 

「メッサーから見てどうだった?」

 

 小隊長たるアラドから意見を求められ、メッサーは僅かに悩むような素振りを見せてから答える。

 

「戦闘の全てを見ていたわけではないので断言はできませんが。同じ性能の機体で、ファイター形態のみに制限したのであれば、俺でも勝てないかもしれません」

 

「うそ、そこまでなの?」

 

 メッサーの評価に、カナメは彼の実力をよく知るからこそ信じられなかった。

 

 メッサー・イーレフェルトはΔ小隊に留まらず、ケイオスに所属するパイロットの中でもトップクラスの実力を有するエースパイロットだ。そんなメッサーが、限定的な条件であったとしても敵わないと評する。トリガーの技量の凄まじさを物語っていた。

 

「とはいえ、だ。あの戦闘機とVFは操縦系統が違うし、可変機構も搭載されてなかった。VFの操縦に慣れたとしても、そうそうメッサーを抜けるとは思えんが……」

 

「どうでしょう……」

 

 アラドのフォローにメッサーは明確な返答をしなかった。ただ、空中ディスプレイに映し出されるトリガーとアンノウンの戦闘映像をじっと凝視する。

 

 この場にいる面々の中で、はっきりとトリガーの異常性を認識できていたのはメッサーだけだった。アラドも戦場にて片鱗程度は感じていたが、確信には至っていない。

 

「なんにせよ、メッサー中尉が認めるほどのパイロットをスカウトできたのは僥倖という他ないだろう。一日でも早く彼が活躍できるよう、我々もバックアップに回らねばな」

 

 アーネストの言葉に、他三人は同意するように頷いた。

 

 フォールド事故によって見も知らぬ世界(ソラ)に放り出されたトリガーは、あらゆる知識や常識が足りていない状態だ。そのあたりのフォローをしっかり行わなければ、パイロットとしての活躍も望めないだろう。

 

 その後、トリガーの教導役や講習担当に誰をあてがうかなどを四人は意見を交換しつつ煮詰めていくのだった。

 

 

 

 

 

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