マクロスΔ 未知なるソラへ    作:矢野優斗

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絶対絶命

「ここなら、しばらくは大丈夫でしょう」

 

 ヨハンの案内でハヤテたちは近くの峡谷に位置する小さな洞穴へと場所を移していた。

 

 アラドを警戒のために洞穴入り口へ残し、ハヤテたちは洞穴内でヨハンと向き合う。

 

「俺たちのこと通報しないのか?」

 

 ライトの知り合いとはいえ、ヨハンはウィンダミア人である。敵対する国の人間である以上、軍に居場所や情報を売る可能性は否定できない。

 

 警戒するハヤテに対してヨハンは神官らしく安心させるような微笑みを浮かべた。

 

「私は旧友の忘形見と昔話をするだけですよ。その相手がたまたま地球人なだけです」

 

「いいのかよ、それで……」

 

 茶目っ気のあるヨハンの物言いにハヤテは呆れを隠せない。

 

 全員が手頃な岩や段差に腰を落ち着けたところでヨハンは話を切り出す。

 

「七年前、ライトはウィンダミアの地に訪れました。当時は身分を隠し、戦争が始まるまでは一駐屯兵として振る舞っていましたね」

 

 昔を懐かしむように目を細め、ヨハンはライトの過去を語る。

 

「レイヴングラス村の者たちともよく交流してくれました。覚えていますか、フレイア? あなたもよく懐いていましたよ」

 

「あの人が、ハヤテのお父さん……?」

 

 驚愕に目を見開き、フレイアはハヤテを見やる。ハヤテも父親とフレイアの繋がりに驚きを隠せない様子だ。

 

 フレイアが地球の歌やワルキューレに憧れる切っ掛けとなった携帯端末をくれたのがハヤテの父親だった。数奇な運命があったものである。

 

 しばし見つめ合うフレイアとハヤテであるが、カナメのわざとらしい咳払いによって現実に引き戻される。

 

「すみません、うちの子たちが……」

 

「いえいえ、微笑ましい限りですよ」

 

 温かい目を向けられフレイアとハヤテは顔を赤くして目を逸らした。

 

「ヨハンさんはライト少佐とどのような関係だったのですか?」

 

「友人でした。そして、共に戦った戦友でもあります」

 

「戦った……?」

 

 新統合軍所属のライトとウィンダミア人であるヨハンが肩を並べて戦う相手を想像して、カナメの脳裏に一人の人間が浮かぶ。星の歌い手の細胞を盗み出した男、シドニー・ハントだ。

 

「現地の協力者とはヨハンさんのことだったんですね」

 

 星の歌い手の細胞を取り返す際に、ライトに協力した現地の人間がいた。それがヨハンだったのだ。

 

 カナメの言葉をヨハンは肯定する。

 

「遺跡から星の歌い手の細胞が盗み出された際、ライトから素性を明かされ協力を要請されました。最終的にウィンダミアの外へ逃げられてしまったので、私は途中までしか力になれませんでしたが……」

 

 無念極まりないといった様子でヨハンは拳を僅かに握り締めた。

 

「次元兵器のことは……知ってますか?」

 

 聞かずにはいられなかったのだろう。ハヤテ自ら最もデリケートな話題を切り出した。

 

「知っています。ライトはウィンダミアの空を、民を守るために命を賭してくれました。よく、憶えていますよ……」

 

 ライトが次元兵器の被害からウィンダミアを、ひいてはウィンダミアに生きる人々を守るために命を落としたことをヨハンは知っている。ライト本人からその話を聞いていたからだ。

 

 作戦前夜、ヨハンはライトと顔を合わせていた。恐らくはライトが最後に会ったウィンダミア人がヨハンだったのだろう。

 

 機体の不調をでっち上げて次元兵器を王都から引き離すから、可能な限り市民を王都周辺から避難させてほしい。ライトからの最後の頼みだった。

 

「他者に優しい人だった。優しすぎるほどに……」

 

「親父……」

 

 ライトは最期までウィンダミアを守るために戦っていた。父親の遺志を知り、ハヤテは胸の底から溢れる想いをすぐには処理できそうになかった。

 

 そんなハヤテの手にフレイアが労るように手を重ね、真っ直ぐ目と目を合わせる。大切な人の温もりを受けて、ハヤテは落ち着きを取り戻した。

 

「サンキューな、フレイア」

 

「ハヤテにはいっつも助けられとるから、こんぐらい気にせんでいいんよ」

 

 いひひ、とフレイアが笑う。ハヤテは安心したように微笑を溢し、決然とした瞳でヨハンを見返す。

 

「こんな戦争は俺が終わらせてやる。自由に空を飛ぶためだけじゃない。親父が守ろうとしたものを、俺が守りたいと思ったものを守るためにも」

 

 元よりハヤテは自由に飛べる空を取り戻すために戦っている。戦争のせいで自由に飛べないのならば、戦争を終わらせてみせる。それがハヤテの戦う理由だった。

 

 そこに亡き父親の遺志も受け継いだ。今のハヤテの覚悟はちょっとやそっとじゃ揺るがない。

 

「君が無理に背負う必要はないのですよ、ハヤテ・インメルマン」

 

「それでも、守りたいんだ。ウィンダミアを、フレイアの故郷をさ」

 

「ハヤテ……!」

 

 人目も憚らずルンを光らせてフレイアは心から嬉しそうな声を上げた。

 

 またも二人の世界に入ってしまいそうなフレイアとハヤテ。カナメは呆れ混じりに見守り、ヨハンは穏やかながら何処か含みのある眼差しをフレイアに向けていた。

 

「ハヤテ・インメルマン。君の想いを私は尊重しましょう。ですが気を付けなさい。いま、ウィンダミアには不穏な風が流れています」

 

「それはいったい?」

 

 穏やかではないヨハンの忠告にカナメが尋ね返す。しかしヨハン自身も詳細は分かっていないのか、緩やかに首を横に振った。

 

「分かりません。ですが、不吉な風です。七年前と同じ、あるいはそれ以上に風が荒れているように感じます」

 

 次元兵器が投下された七年前よりもよくない風、嫌な予感がするというヨハン。ヨハンの言葉に嘘偽りを感じ取れなかった一同は、何が起こるのかと固唾を飲んだ。

 

 俄かに空気が張り詰めたタイミングで外のアラドからメッセージが飛んでくる。美雲たち側でトラブルが発生したとのことだ。

 

 昔話に話を咲かせたい気持ちは山々だが、今は敵地のど真ん中である。まだまだ話し足りないことはあるだろうが、一同は話を切り上げることにした。

 

 ヨハンに礼を告げてカナメとハヤテが洞穴の外へ向かう。フレイアも後を追いかけようとして、ヨハンに呼び止められた。

 

「フレイア。我々ウィンダミア人の命は地球人と比べて儚く短い。それをきちんと理解していますか?」

 

「……はい」

 

 僅かに顔を俯かせながらも、フレイアはコクッと首を縦に振った。

 

 ウィンダミア人と地球人では生きる時間が違う。ハヤテと結ばれたいと願うのならば、寿命の問題は避けて通れない。ヨハンは仲睦まじい二人の様子を見て純粋に心配していた。

 

「その手のことは話しているのですか?」

 

 ヨハンの目が包帯で隠されたフレイアの手の甲に向けられる。ワルキューレやΔ小隊の面々にはただの擦り傷と伝えているが、包帯の下には小さいながらも結晶化現象の痕跡が浮かび上がっているのだ。

 

「まだ、言ってないです……」

 

「あなたが心からハヤテ・インメルマンと共に在りたいと願うのならば、打ち明けるべきだと思いますよ。余計なお世話かもしれませんが」

 

「そんなことないです……ちゃんと、打ち明けます。でも、今は……」

 

 戦争で混乱しているだけではない、父親の話もあってハヤテは重荷を背負いすぎている。せめて戦争が終わるまでは隠しておきたいと考えていた。

 

「分かりました。ですが、一つだけ忠告を」

 

 心配する顔付きから一転して真剣な表情に変わる。ヨハンはフレイアの瞳を真っ直ぐ見据えて口を開いた。

 

「激しいルンの輝きは著しく寿命を削ります。何のために生き、何のために歌うのか。よく考えるのですよ」

 

「はい、あんがとございます」

 

 ヨハンの忠告を胸に刻み、フレイアは外で待つハヤテたちの元へと駆け出した。

 

「彼ら彼女らに風の加護があらんことを……」

 

 遠ざかるフレイアの背中を見送り、ヨハンは祈るように呟いた。

 

 

 Δ

 

 

 ──ウィンダミア軍に捕捉された。

 

 時間を置いても警戒網は緩まず、むしろ厚くなるばかり。一度下がってハヤテたちと合流しようとした矢先、ウィンダミアの哨戒機に見つかってしまったのだ。

 

 即座にバイクでその場から逃走するが相手はバルキリーで追ってくる。加えてムササビスーツのようなものを纏った歩兵も展開しており、美雲たちは徐々に逃走経路を狭められていた。

 

 このままでは遠からず捕まってしまうと判断した美雲は、自ら囮を買ってでようとする。しかしその出鼻を挫くようにマキナが声を上げた。

 

「私とレイレイが囮になる。くもくもとミラミラは上手くやり過ごして!」

 

 マキナが結んでいた髪を解き、フォールドエフェクトを利用して髪色を変える。遠目に見れば美雲と勘違いしてもおかしくない格好だ。

 

「ダメよ、それじゃああなたたちが……」

 

「作戦遂行が優先。トリガーの頑張りを無駄にしちゃダメ」

 

 レイナからの切り返しに美雲は言葉に詰まる。ついさっき仲間を鼓舞した言葉が、そのまま返ってきてしまったからだ。

 

「大丈夫ですか?」

 

「だいじょーぶ! 上手く逃げ切ってみせるから、ミラミラはくもくもをお願い」

 

「……お気をつけて」

 

 屈託ない笑みとサムズアップを残して、マキナとレイナを乗せたバイクがわざとらしくウィンダミア軍の目に映るルートへと飛び出す。

 

「マキナ……レイナ……」

 

 自ら囮を買って出たマキナとレイナにトリガーの姿が重なってしまう。こんな時、トリガーがいればと美雲は思わざるを得なかった。

 

 後ろの座席で気を落とす美雲にミラージュは何かしら声を掛けたいが、今はそんな余裕もない状況だ。

 

 マキナとレイナのおかげで半数以上の追手が離れたものの、未だ追跡は続いている。何処かしらで振り切らなければ捕まってしまうだろう。

 

「くっ、しつこい……!」

 

 林の中に入っても追跡を振り切ることができない。視界から消えたとしてもウィンダミア人特有の第六感染みた感覚で捉え続けられてしまう。

 

 ──こんな時、トリガー少尉なら……。

 

 今この場にいない仲間ならどうするかを考え、ミラージュは一つ妙手を閃く。

 

 バイクのエンジンを一気に吹かせて哨戒機とウィンダミア兵の目から姿を隠せる巨木の影で急停止する。つんのめってバイクから落ちそうになっている美雲の肩を掴み、説明なく手近な木の虚に押し込んだ。

 

「ミラージュ!? なにを──」

 

「私も囮になります。美雲さんはタイミングを見計らって逃げてください」

 

 荷物を後部座席で積み上げ、上着を着せることで人形を作り上げる。よく観察すればハリボテだと気付くだろうが、最重要護衛対象を一人で残すとは向こうも考えないだろう。時間は稼ぐことができるはずだ。

 

 止める間も無くミラージュはバイクを走らせて行ってしまう。咄嗟に伸ばした手がミラージュの背中に届くことはなかった。

 

 ミラージュを追うウィンダミア軍の気配が通り過ぎていく。美雲は見つからないように虚の中で息を潜めた。

 

 周囲から人や哨戒機の気配がなくなったのを見計らって美雲は外に出る。ミラージュの作戦が見事に嵌まったようだ。

 

 しかし追跡の目から逃れた代わりに美雲は一人になってしまった。マキナとレイナも、ミラージュもそう易々と捕まるとは思わないが、心配ないかと言えば嘘になる。

 

「無事でいて、みんな……」

 

 胸中で祈りを捧げ、美雲はハヤテたちと合流するべく動き出す。一人でシステム中枢に辿り着いたところで、歌う間も無く取り押さえられるのが関の山だ。

 

 ならば一度ハヤテたちと合流してライブを実施したほうがいい。そう考えての行動だった。

 

 雪が降り積もる林を駆け抜けてハヤテたちの元へ向かう。しばらく駆け足で進んでいると、不意に人の気配を感じて美雲は足を止める。

 

「ようやく見つけましたよ、美雲・ギンヌメール。いや──星の歌い手よ」

 

「ロイド・ブレーム……!」

 

 進行方向の木陰から姿を現したロイドに、美雲は即座に身構えた。

 

 周辺にロイド以外の気配は感じられない。ロイドさえ対処できればこの場は切り抜けられる。

 

 戦意を漲らせる美雲に対して、ロイドは焦ることなく淡々と告げる。

 

「無意味な抵抗はやめなさい。大人しく従うのであれば、悪いようにはしない」

 

「お断りよ。無意味かどうか、決めるのはあなたじゃない」

 

「そうですか……」

 

 仕方ないとばかりに嘆息を零し、ロイドは端末を操作して空中に二つの映像を投影する。そこにはマキナとレイナ、ミラージュがウィンダミア軍の手で捕縛される光景が映っていた。

 

 マキナとレイナは騎士たちに小銃を突き付けられ、移送用の車両に押し込まれる。ミラージュは最後まで抵抗したのかボロボロで、騎士の手によって力尽くで取り押さえられてしまっていた。

 

「みんな……っ」

 

「我々も手荒な真似はしたくない。君の態度次第では、彼女たちを丁重に扱うことを約束しよう」

 

 逆に言えば、美雲が従わなければマキナたちの身の安全は保証しないということ。つまりは人質だ。

 

 作戦遂行を優先するのならばここでロイドを打ち倒すなりやり過ごすなりして逃げるべきだろう。だが美雲は仲間を見捨てる選択を取ることができなかった。

 

 美雲は悔しげに歯噛みしロイドを睨みながらも答える。

 

「大人しく従うわ。その代わり、あの子たちを傷付けるような真似をしたら、二度とあなたたちに従うことはない」

 

「我が風にかけて、約束しましょう」

 

 美雲の鋭い眼光を受けてもロイドは微塵も動じなかった。

 

「参りましょう、星の歌い手よ。あなたの神殿(ステージ)へとご案内します」

 

 星の歌い手を神殿へと案内するべくロイドが先を行く。美雲はしばしその場で立ち尽くすも、やがて諦観混じりの溜め息を零して後を追う。

 

 ──トリガー。あなたは今、何をしているの? 

 

 消息不明のトリガーを心の内で想うのだった。

 

 

 Δ

 

 

無人機(ゴースト)三機がかり、歌のバックアップも合わせてようやく相打ちですか……」

 

 谷底にて見るも無惨な姿となったジークフリードを見やり、シドニー・ハントは戦慄混じりに呟いた。

 

「いつの時代もエースパイロットはいるものですが、三本線は別格ですね。加えて悪運も強いらしい」

 

 シドニーがトリガーとフライトデータを確保するために足を運んだ時点で、パイロットであるトリガーの姿は何処にもなかった。出血痕と足跡が残っているため、機体を放棄して逃走したのだろう。

 

「三本線本人も確保したかったのですが……まあ、いいでしょう。本人がいなくとも必要な情報は手に入っている。それより、フライトデータを頂くとしましょう」

 

 機種転換前のデータだけで無人機をあそこまで強化できたのであれば、ジークフリードに蓄積されたデータも学習させれば更なる性能向上が望める。エースパイロットですら苦戦する無人機が、誰も手出しができない化け物へと進化するだろう。

 

 シドニーはジークフリードのフライトデータへと端末を介してアクセスを試み──

 

「──これ、は」

 

 愕然と目を見開くシドニーの目の前で、ジークフリードに蓄積されていたデータが抹消(デリート)されていく。予め仕込まれていたウイルスが作動したのだ。

 

「登録されたデバイス以外でアクセスすると作動するウイルスですか……」

 

 手持ちのデバイスへと逆侵攻を仕掛けてくるウイルスを食い止めつつ、どうにかデータをサルベージできないか試みる。しかし予想以上に苛烈なウイルスが仕込まれていたらしく、逆に情報を抜き取られつつあった。

 

「三本線……いや、レイナ・プラウラーか。やってくれますね……」

 

 仕込んだのはトリガーだが、ウイルスを組み上げたのはレイナだ。

 

 ラプターのデータを抜かれた時点で、トリガーは今の搭乗機であるジークフリードも狙われる可能性を危惧した。

 

 バルキリーでの戦闘にも対応したトリガーの機動まで学習されてしまえば、いよいよもって()を無人機に支配されかねない。故郷の空で起き掛けた災厄を招くわけにはいかないと、トリガーは難色を示すレイナに頼み込んでウイルスを仕込んだのだ。

 

「欲を出し過ぎましたか。仕方がありませんね……」

 

 ウイルスは完全に駆除したものの、少なからず情報を抜き取られてしまった。ジークフリードも蓄積されていたフライトデータは綺麗さっぱり消去され、ご丁寧に初期化までされてしまっている。

 

 シドニーの目論見は物の見事に潰れた。

 

「まあ、いいでしょう。美雲・ギンヌメールはウィンダミアの手に渡った。星の歌のデータを収集できれば十分です」

 

 あっさりと踵を返してシドニーは谷底から姿を消す。後に残されたのは黒煙を吐くジークフリードだけだった。

 

 

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