ウィンダミアの手に落ちたマキナとレイナ、ミラージュはウィンダミアの旗艦であるシグル=バレンスの一室へと通された。
携行していた装備品の類は全て没収され、衣装も用意された簡素な服へと着替えさせられた。囚人服とまではいかないが、機敏には動きづらい格好である。
拘束の類はないが部屋の前には武装した騎士が複数控えている。出口も一つしかないため逃走することは不可能だった。
美雲は逃げ切れたのだろうか。この場にいない仲間の安否を考えたタイミングで、部屋の扉が開き一人の少女──美雲が通される。すぐ後ろには付き人のようにロイドが控えていた。
「くもくも!」
「美雲……!」
反射的に名前を呼んでマキナとレイナが駆け寄る。美雲は申し訳なさそうな笑みを作った。
「ごめんなさい、あなたたちの頑張りを無駄にしてしまったわ……」
「そんなことないよ! こっちこそ、捕まっちゃったし……」
「美雲、ごめん……」
肩を落とすマキナとレイナを美雲は優しく抱き竦めた。
二人が落ち着くのを見計らい、美雲は少し離れた位置で所在なさげに佇むミラージュに目を向ける。
「ミラージュも、無茶をさせたわね」
「私は何も……美雲さんも、マキナさんたちも守れませんでしたから」
己自身の力不足を責め苛むように、ミラージュは浅く唇を噛んで俯いた。
美雲はミラージュの前に立つと、そっと頬に優しく手を触れる。最後まで激しく抵抗したがために、ミラージュは身体のあちこちにあざと擦り傷を作っていた。
「全く……トリガーの真似なんてするものじゃないわよ」
図星を突かれミラージュは僅かに呻き声を洩らす。トリガーならどうするかと考え、行動に移したのは事実だったからだ。
「でも、ありがとう。心強かったわ」
「美雲さん……」
美雲の気遣うような優しさに、ミラージュは不甲斐なさや情けなさが綯い交ぜになった。
感動とはいかないが美雲たちが互いの無事を喜び合っていると、邪魔をすまいと離れていたロイドが割り入る。
「時間です。参りましょう、星の歌い手よ」
「分かった」
ロイドの言葉に美雲は反抗することなく従った。
「くもくも?」
美雲の様子に違和感を覚えたマキナが名を呼ぶ。レイナとミラージュも、心配そうな眼差しを向けた。
今更であるが美雲はマキナたちとは違う格好をしている。神前にて祈りを捧げる巫女のような儀式服を纏っていた。
不安げな視線を向けられた美雲は安心させるように柔らかく微笑んだ。
「心配しなくていい。私は大丈夫だから……行きましょう」
「待って、くもくも──」
部屋の外へと出ていく美雲の背中に手を伸ばすも、無情にも閉じられた扉に阻まれる。伸ばした手は虚空を掴んで終わった。
ロイドの案内で美雲は艦内の奥へと向かう。道すがらロイドは背中越しに話し始める。
「星の歌い手とは、プロトカルチャーが最後に遺した遺産。その歌は風の歌以上の力を秘めている。あなたと三本線が引き起こしている同調現象は、星の歌の力の一端でしかない」
「……何が言いたいの?」
「星の歌とシステムがあれば、全銀河に真なる平和を齎すことができる。あなたには、我々の悲願を叶えるために協力して頂きたい」
「風の歌い手がいるでしょうに、随分と節操がないじゃない」
ウィンダミアには風の歌い手がいる。風の歌の力は絶大で、ブリージンガル球状星団を完全に制圧してしまうほどの代物だ。
その上で
美雲から向けられる非難の目に対して、ロイドは力なく首を横に振った。
「残念ながら、陛下のお身体は既に限界を迎えている。遺跡を介して繋がったあなたならば、分かっているでしょう」
風の歌は歌い手のルンを激しく消耗して寿命を削る。元々身体が強くなかったハインツは凄まじい早さで結晶化現象が進行してしまい、全銀河に風の歌を響かせるだけの余力はもう残っていなかった。
「それに、星の歌にしかできないこともある。今からそれを確かめましょう」
目的地に辿り着く。そこは神殿のような構造をした
ロイドに促され美雲は階段を上ってステージに立つ。歌を増幅するための装置らしきものが展開されており、美雲は自身が兵器の一部であるかのような気分になった。
「さあ、歌うのです。記憶はなくとも、その身にはウィンダミアの風が流れ、星の歌が刻まれているはずです」
「…………」
ロイドの言葉に美雲は瞑目する。
ステージに立った瞬間から記憶にない光景や歌が湧き上がってくる。ロイドの言葉通り、細胞に刻まれた星の歌い手としての記憶が覚えているのだ。
躊躇う気持ちはあれど従わなければマキナたちに危害が及ぶ。しばしの逡巡ののち、美雲の唇は歌ったことも聞いたこともない歌を奏で始めた。
Δ
美雲たちがウィンダミア軍に捕捉されたという一報を受け、ハヤテたちは一刻も早く合流するべく動き出していた。
「くそっ、ダメだ。美雲たちとの通信が繋がらない……っ」
先ほどから何度も通信を試みているが、誰とも通信が繋がらない状況にアラドは焦りを覚える。
最後の連絡があってから既に一時間近い。生体反応は問題なく確認できるがメッセージの一つも返ってこないことから、恐らくはウィンダミアの手に落ちてしまったのだろう。
作戦の要である美雲を失えば、プロトカルチャーシステムの破壊は不可能だ。何としてでも取り返す必要がある。しかし敵本拠地に襲撃を仕掛けるにはあまりにも戦力が心許ない。
どうするべきかと悩んでいた、その時だった。
『──、────』
ウィンダミアの空に、球状星団中に歌が響き始めた。
「この歌は……」
「美雲さん?」
響き渡る歌声の正体をカナメとフレイアはいち早く悟る。誰よりも側で聞き続けてきたからこそ、間違えるはずもなかった。
「でも、この歌声……闇みたいに真っ黒」
普段の虹のようにキラキラ輝く色とは真反対の闇。聞く者の心を強制的に引き摺り込むブラックホールのような歌声だった。
一瞬、その場にいる面々の意識が強制的に同調させられる。抗う間もなく引き摺り込まれたアラドたちは、惑星単位での同調を強制された。
「──ッ、なんだよ、今の……」
一秒にも満たないほどの強制同調から解放され、ハヤテは乱れた呼吸を落ち着けようと胸を抑える。フレイアとの共鳴は幾度となく経験してきたハヤテであるが、同調は初めての経験だった。
何処の誰とも知らない不特定多数の人間と繋がり、莫大な
ハヤテ以外の面々も強制同調によって少なからず消耗した様子だった。
「今のは、強制同調か? だが、どうして俺たちまで……」
フレイアの共鳴対象がハヤテだけであることと同様に、美雲が引き起こす強制同調の基点もトリガーのみが対象だったはずだ。しかし今の同調は基点も何も関係なく、全ての人間を強制的に同調させていた。
「これが、星の歌い手の本質なのか……?」
美雲が秘める能力の可能性にアラドが戦慄を覚えていると頭上に影が掛かる。見上げればウィンダミア軍の旗艦であるシグル=バレンスが浮上していた。
同時にウィンダミアの空に巨大なフォールドゲートが開く。美雲の歌とシステムが干渉し合い、フォールドゲートを繋げたのだ。
「聞こえる……美雲の声は、あの艦の中から聞こえます!」
「なに? やはりウィンダミアの手に落ちていたか……!」
美雲が捕まったとなればマキナたち三人も人質として囚われていると考えるべきだろう。最悪、トリガーも捕縛されている可能性もある。
「くそっ、どうする……」
作戦の要である美雲がウィンダミアの手に落ちてしまった以上、システム破壊作戦の継続は不可能だろう。それよりも囚われてしまった面々の救出をしなければならない。
しかし最優先救出目標は空の上。機体を持ってきたとしても太刀打ちできるような相手ではない。手の打ちようがなかった。
アラドがフォールドゲートから一度撤退することも視野に入れていると、端末に通信が入った。通信相手はゲートの向こうで待機しているエリシオンのアーネストからだ。
『アラド隊長! 今すぐにウィンダミアから撤退するんだ!』
「どうした? 何をそんなに慌てているんだ?」
開口一番に撤退を促すアーネストに、アラドは理由を尋ねた。
アーネストは焦燥混じりの声音で衝撃の情報を告げる。
『中央の新統合軍が大艦隊を組んでウィンダミアへ進軍している。それも、ありったけの次元兵器を持ってだ!』
「なんだと!?」
衝撃の情報にアラドは端末を取り落としそうになるほど驚愕した。通信に耳を傾けていたハヤテたちも、信じられないと硬直している。
「新統合軍は七年前の失敗から何も学ばなかったのか!?」
隊長として保っていた冷静さが吹き飛ぶほどの展開である。
『ウィンダミアに残り続ければ次元兵器に巻き込まれる可能性がある。すぐにエリシオンまで撤退するんだ』
「ネガティブ! 美雲たちがウィンダミアの手に落ちた。トリガーも行方不明になっている。全員救出するまでは撤退できない!」
『なに……そうか、この歌は美雲の歌か。ならば、なおさら退くんだ』
ワルキューレと部隊の半分近くを欠いている状態でなおアーネストは撤退を促す。そこには明確な理由があった。
『ラグナのシステム上部に謎の神殿が亜空間から出現した。恐らくは美雲の歌によって呼び出されたのだろう。レディMから、至急ラグナへ向かうように指令が出ている。ラグナでの決戦に備えるんだ、アラド隊長』
「そういうことか……」
上空遥か高くを航行するシグル=バレンスの行き先を察し、アラドは苦い表情を浮かべる。
このタイミングで出現したラグナの神殿がただのお飾りなはずがない。何かしら重要な役割を持っているはずだ。美雲と、人質になっているマキナたちの身柄も最終的にはラグナへ向かうことになるだろう。
「救出するなら、ラグナか」
今この場で特攻を仕掛けたところで美雲たちは救えない。ならば、撤退して全戦力を投じた決戦で取り返す他ない。
「ラグナへ向かうぞ、みんな」
「トリガーは? あいつはどうするんだ?」
シグル=バレンスに居るだろう美雲たちは行方が知れているが、トリガーに関しては未だに消息不明のままだ。ウィンダミアの何処かで一人取り残されている可能性もある。
アラドもそこがネックなのだろう。どうするべきかと頭を悩ませ、狙ったかのようなタイミングで新たな通信が飛び込んだ。
『──こちらデルタ4、応答願います』
「トリガー!?」
タイムリーにもほどがある通信相手にアラドとハヤテは揃って声を上げた。
「おまっ、無事だったのか!? こっちは大変なことに──」
『──新統合軍の大艦隊が次元兵器を持ち込んでいること、ラグナに神殿が出現したこと。全て把握しています』
「把握してるだと? どうやって……」
次元兵器の話もラグナの神殿の情報もたった今、エリシオンのアーネストより齎されたものだ。通信の内容を聞いていなかったトリガーは、一体何処でその情報を得たのか。
答えは単純明快だった。
『俺は今、隊長たちの上を飛んでますから』
「……まさか、お前」
反射的に上空を飛行するシグル=バレンスを見やり、アラドは引き攣った笑みを浮かべる。
「潜り込んだのか、敵旗艦に!?」
『美雲にばかり気を取られて、足元が見えてなかったんでしょうね。案外、すんなりといけました』
なんてことないように言ってのけるトリガーだが、ウィンダミアの主力戦艦に潜入するなんて常識的に考えて不可能である。それでもやってのけたと言うのだから、トリガーの理不尽さが際立つ。
『ウィンダミア軍は新統合軍の艦隊の対処に向かいます。その後、ラグナへと進行するようです。隊長たちは先にラグナへ向かってください』
「分かった。トリガーはどうするつもりだ?」
『隙を見てマキナたちを救出して、美雲を奪還します』
「できるのか? 一人で?」
『何とかします』
敵主力艦への潜入だけでも無茶苦茶だと言うのに、一人で美雲たちを救出するというトリガー。到底一人でこなせるものではないのだが、トリガーの声音に迷いは一切なかった。
「……お前にばかり、無茶をさせてすまん」
『行きたい店があります。ラグナを取り戻したら、連れて行ってくださいよ』
深刻な空気にならないようにとトリガーが冗談めかして言う。珍しいトリガーの冗談にアラドはぽかんとし、やがて笑いを零した。
「いいぞ、好きなだけ奢ってやる。必ず戻って来い!」
『楽しみにしてます。あぁ、それと……』
笑い混じりの返答ののちに、アラドの端末に幾つかのデータが送られてきた。
『余裕があれば、そのデータを解析に回してください。シドニー・ハントに繋がる情報を得られるはずです』
「もう驚くのも疲れたぞ……」
敵艦への潜入のみならず、目下危険人物とされているシドニーの情報まで入手している。特務諜報員並みの活躍だ。
『レイナの手柄ですよ。それじゃあ、また後で──』
トリガーとの通信はそこで途切れた。敵艦内部からの通信だった以上、あまり悠長に話している余裕もなかったのだろう。
唯一の懸念事項であったトリガーの行方が知れた以上、アラドたちに撤退を躊躇う理由はなくなった。ラグナで巻き起こる決戦に向けて、一同は速やかに撤退を開始するのだった。