マクロスΔ 未知なるソラへ    作:矢野優斗

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兵器の歌

 新統合軍の大艦隊が次元兵器を積んでウィンダミアに進軍しているという情報を得て、ウィンダミア軍は最大戦力であるシグル=バレンスにて迎撃に出た。

 

 新統合軍とウィンダミア軍はブリージンガル球状星団の外縁宙域にて接敵する。

 

 中央から送れるだけの戦力を注ぎ込んだ新統合軍の規模はウィンダミア軍の十倍以上。まともに衝突すればウィンダミア軍に勝ち目はない。

 

 しかしウィンダミア軍には風の歌い手を凌ぐ星の歌い手(美雲)がいる。兵力差など考慮するに値しない要因であった。

 

 歌を増幅する機構を備えた神殿にて、美雲はロイドの指示で歌を響かせる準備をしている。後ろにはロイドと白騎士キース、そしてウィンダミア王国が国王ハインツが星の歌の力を見届けるべく足を運んでいた。

 

 星の歌い手(美雲)風の歌い手(ハインツ)。二人が直接顔を合わせるのは初めてである。

 

「お前が星の歌い手か」

 

「初めましてね、小さな風の歌い手さん」

 

 敵対国の王を前にしても美雲は不敵な態度を貫く。

 

 不敬を咎められてもおかしくない物言いだが、ハインツは寛容に受け流した。元よりこの程度で憤るほどハインツは狭量ではない。

 

 遺跡を介した精神的接触でそれを知っていたからこそ、美雲も常と変わらない態度で振る舞っているのだ。

 

 あるいは、普段通りに振る舞うことで美雲なりに平静さを保とうとしているのかもしれない。

 

「風の歌を上回るとされる星の歌。その力を示してもらおう」

 

「…………」

 

 ウィンダミアへと侵攻する新統合軍の大艦隊を対象に、星の歌でマインドコントロールを仕掛ける。それがハインツからの要請だった。

 

 風の歌の上位互換ともいえる星の歌ならば、シグル=バレンスのフォールド波増幅機構を利用して他者のマインドコントロールができる。大量に積み込まれた次元兵器を使わせることなく艦隊を無力化することも可能だろう。

 

 兵器の如き扱いに思うところはあれども、美雲は渋々といった体で歌を歌い始めた。

 

「──、────」

 

 紡がれる歌は常のような覇気はなく、されど星の歌い手としての能力と神殿の機構が合わさり、絶大な生体フォールド波を発する。

 

 星の歌は神殿と繋がるシステムの力で増幅、拡散される。新型フォールドジャミング装置を搭載していた新統合軍の大艦隊であったが、覚醒した星の歌い手の歌を防ぎ切ることはできない。

 

 数分と掛からずして新統合軍の大艦隊は完全に沈黙し無力化された。

 

 数万人にも上る人々を歌でマインドコントロール下に置き、美雲は精神的な疲労から吐息を零す。

 

 体力的には問題なかったが、歌で他人を支配するというのは想像以上に精神への負担が大きかった。

 

 艦隊の無力化を終え、美雲はステージから降りようとして──

 

「──まだですよ」

 

 ロイドの言葉に動きを遮られた。

 

「これ以上、何をするつもり?」

 

 新統合軍の兵士は傀儡状態だ。もはや抵抗することも儘ならない相手に何をしようというのか。

 

 身構える美雲にロイドはぞっとするほどに無機質な瞳のまま告げる。

 

「七年前、新統合軍は我らの空に次元兵器を落とした。その所業を我らの仕業と吹聴した上でだ。先のラグナでの戦いでは、ラグナへの影響を無視して反応弾まで利用した。どちらも許されざる所業だ……!」

 

 語る内に声音に力が籠り、ロイドは抑えきれない激情を言葉に滲ませる。

 

「新統合軍には報いを受けさせなければならない。二度と愚かな行いをしないよう、痛みを覚えさせなければならない」

 

「……なにを、するつもり」

 

 ロイドの言わんとするところを察してはいる。だがそれでも、確かめずにはいられなかった。

 

 震える声音で尋ねた美雲に、ロイドは決然と容赦のない命令を告げる。

 

「次元兵器を誘爆させるのです。歌で操れば、その程度は容易いでしょう」

 

「正気で言ってるの? そんなことをすれば、あそこにいる数万の兵士が犠牲になるわ!」

 

「七年前にウィンダミアの民を次元兵器で葬り去ったのは新統合軍だ! 兵士ですらない無辜の民が、大勢犠牲になったのだ……!」

 

 ロイドの凄まじい剣幕に美雲は何も言えなくなってしまう。

 

 先に次元兵器を利用してウィンダミアに癒えない傷を残したのは新統合軍だ。その傷を上塗りするように、再び次元兵器で全てを消し去ろうとしたのも新統合軍である。

 

 美雲には新統合軍を擁護できなかった。だからと言って、数万の命が失われるのを許容できるほど薄情ではない。ましてそれが、自分の歌によって引き起こされるとなれば尚のことだ。

 

 ロイドは説得しようとしても無駄だろう。キースに至ってはロイドよりも過激なきらいがある。唯一の活路は風の歌い手であるハインツだが。

 

「不都合なことがあれば全て消し飛ばせばいい。そのような所業を許すわけにはいかない。黒き風の連鎖を断ち切るためにも、統合政府に痛みを与える必要がある」

 

 幼くして即位したハインツであるが、ウィンダミアの国王として時に非情な決断を下すこともある。容貌が幼いからといって甘い判断を下すなどということはない。

 

 この場において味方となる人間はいない。美雲は決断を迫られた。

 

「……従えない」

 

「彼女たちがどうなっても?」

 

 ロイドの言葉に美雲は唇を浅く噛み、キッと鋭い目で睨み返した。

 

「あの子たちを理由に数万の命を奪うことなんて、絶対にしないわ。それでもあの子たちを盾に強要するのなら、私はこの場で命を断つ……!」

 

 マキナたちに数万の命の重みを背負わせはしない。脅しには屈しないと、美雲は己の命すらも賭けて命令に抗った。

 

 尋常ならざる覚悟を示した美雲に、ロイドたちは少なからず衝撃を受けた。特にキースは命すらも賭けた美雲の覚悟に内心で感心していた。

 

「ほう、地球人にしては大した覚悟だ。どうする、ロイド? 星の歌い手は歌いたくないそうだが?」

 

「……致し方あるまい。この手は使いたくなかったのだが」

 

 美雲の意思で従うことがないのであれば、無理矢理従わせる他ない。

 

「ウィンダミア王家には星の歌い手の伝承と共に語り継がれてきた言葉がある──ルダンジャール・ロム・マヤン」

 

 厳かにロイドが言葉を紡いだ瞬間、美雲の身体に異変が起きた。

 

 美雲の身体を覆うように謎の紋様が走り、身体が言うことを利かなくなる。ロイドの思うがままに、歌を紡ごうとしてしまう。

 

「なに、これ……!?」

 

「ウィンダミア王家の血を引く者のみが、星の歌い手を従え制御できる。私でも、ある程度は効果があるようだ」

 

「最初から、こうすれば……!」

 

 力尽くで従える術があったのならば、マキナたちを人質に取るような真似をする必要はなかったはずだ。

 

 意思に反して動いてしまう身体を抑えながら、美雲は忌々しげにロイドを睨み付ける。ロイドは何処か物憂げな表情を作って答えた。

 

「あなた自身の意思で歌ってくれるのが最善でした。時間さえあれば、ワルキューレにも我らの悲願を理解してもらい、共に統合政府の支配から全銀河を救えたのならばと……今となっては、遅すぎた話ですが」

 

 元よりロイドは穏健派であった。球状星団に存在する地球人を根絶やしにすることも厭わないキースと違い、可能な限り血を流さずに済む方法を模索していた。

 

 風の歌を利用した支配はその手段の一つである。

 

「く、ぁ……!」

 

「抗っても無駄だ。ルダンジャール・ロム・マヤン」

 

「────あ」

 

 言葉を重ねられ抵抗する意思ごと強制的に従わせられる。再び歌を響かせるべく、美雲の身体はステージへと立った。

 

「ダメ……逃げて……!」

 

 絞り出した願いも虚しく、美雲の唇は星の歌を紡ぎ始めた。

 

 今度は無力化ではなく、艦隊の兵士を操り次元兵器を作動させる。一分も掛からずして新統合軍の艦隊を複数の次元の歪みが飲み込んだ。

 

 惑星での利用は尋常ならざる被害を齎すために持ち込みすら禁止されている次元兵器。その威力は絶大で、新統合軍の大艦隊は跡形もなく葬り去られた。

 

 歌で兵士たちを操っていた美雲は、数万の命が一瞬で死に絶えたことを感覚で感じ取っていた。痛みも、嘆きも、憤りも感じる間も無く命が次元の闇へと呑まれ消え去ってしまった。

 

「あ、あぁ……」

 

 自分の歌が数万の命を刈り取った。その事実に衝撃と深い悲しみを受け、美雲は膝から崩れ落ちてしまう。

 

「素晴らしい、これが星の歌の力……その一端!」

 

 崩れ落ちる美雲を意にも介さず、星の歌い手の秘めたる力にロイドは興奮と歓喜を露わにした。

 

 星の歌い手の力に傾倒するロイドを何処か醒めた目で見ていたキースは、不意に背後を振り返った。

 

「どうしたのだ、キース?」

 

 キースの突然の挙動にハインツが問い掛ける。

 

「……いえ、お気になさらず」

 

 小さく首を横に振り、キースは警戒を解いてステージを見上げる。そこには誰かを救う歌で、大勢の命を奪ってしまった悲しみに暮れる女神がいた。

 

 

 Δ

 

 

 星の歌い手の力により新統合軍の大艦隊を跡形もなく殲滅し、シグル=バレンスは一路ラグナの神殿へと向かう。ラグナのシステム上部に出現した星の神殿を利用し、全銀河へと星の歌を響かせるためだ。

 

 ラグナへのフォールドまでしばらくは要する。星の歌い手の能力を確認したハインツは身体を休めるために居室へと戻っていた。

 

 ベッドに横たわり身を休めるハインツに、キースは騎士として側に控えている。

 

「あれが伝説に語られる星の歌い手の力。数万の風を容易く断ち切る能力か……」

 

 呟くハインツの声音には星の歌い手を危険視する色が滲み出ている。

 

「星の歌があれば、統合政府の支配から全銀河を解放することも容易いだろう。しかし、徒に力を振り翳せば統合政府と何も変わらない。今一度、星の歌い手の力を示したのち、和平交渉に移ろうと思う」

 

「……それが、陛下の真の風とあらば」

 

 付き従うキースはハインツの決断に追従する。

 

 ロイドよりも過激な思想を持っているキースであるが、ウィンダミアの空に平和を取り戻せるのならば全銀河などどうでもいいと考えている。まして国王であり血の繋がるハインツの身体が限界であることも思えば、無理に全銀河にまで手を広げる必要はないだろうとも。

 

 あくまで臣下としての態度を崩さないキースに一抹の寂しさを覚えつつ、ハインツは星の歌に想いを馳せる。

 

 ワルキューレの歌とは違い、伽藍堂のように空っぽな歌。聞いた者全てを闇に引き摺り込むような身の毛の弥立つ感覚。その中に、ハインツは美雲の心を微かに感じ取った。

 

「人はあんなにも悲しみに満ちた歌を歌えるのだな……」

 

 ロイドによって力尽くで歌わされた星の歌には、美雲の悲痛な想いが込められていた。

 

 何よりも大切な歌で大勢の人々を殺めてしまった嘆き。言葉一つで抗うこともできず、兵器のように扱われる無力感。様々な感情が綯い交ぜになった歌は聞く者の心を強く締め付けた。

 

 憎むべき地球人が生み出した命と言えど、利用することに思うところがないわけではない。必要とあらば非情な判断も下すが、涙を流す女子供に無理強いをさせるのは本意ではなかった。

 

「一刻も早く、この戦争を終わらせなければならない」

 

 戦争で散る人々の命と流れる涙を想い、ハインツは改めて決意するのだった。

 

 

 Δ

 

 

 美雲の歌は囚われの身であるマキナたちにも届いていた。

 

 二度に渡って響いた美雲の歌声。一度目は熱も何も感じられない、ただただ義務的で無機質なものだった。

 

 しかし二度目の歌は違った。

 

 聞く者全てを魅了する美雲の歌声とは思えない、深い悲しみと嘆きに満ち溢れた歌声。誰よりも近くで美雲の歌を聞いてきたからこそ、マキナとレイナは悲痛な美雲の歌を聞いて居ても立ってもいられなくなっていた。

 

 今にも部屋を飛び出しかねない様子のマキナとレイナをミラージュがどうにか宥めていると、部屋の扉が開き一人の男が踏み込んでくる。美雲を連れて行き歌を歌わせた張本人であるロイドだ。

 

「あなたは……っ」

 

 いけしゃあしゃあと姿を現したロイドに、マキナとレイナは敵意を露わにする。

 

「くもくもに何をしたの!?」

 

「チクチク、ズキズキ。悲しくて泣きそうな歌だった。あんな歌、初めて聞いた……!」

 

 今にも掴み掛かりかねない勢いのマキナとレイナ。大切な仲間である美雲の尋常ならざる歌声を聞き、冷静さを完全に欠いてしまっていた。

 

 冷静さを失っている二人に代わり、比較的平静を保っているミラージュが前に出る。

 

「美雲さんに何をさせたのですか?」

 

「次元兵器を持ち込んだ新統合軍の艦隊を処理してもらいました」

 

「次元兵器……いえ、それよりも処理って」

 

 古巣である新統合軍が再び次元兵器を利用した事実に苦い想いを抱きつつ、ミラージュは処理の意味合いを想像して険しい顔付きになる。

 

「ご想像の通りです。新統合軍の艦隊には跡形もなく消えてもらいました」

 

「なんてことを……!」

 

 ヴァールシンドロームを鎮圧し歌で人々を守るワルキューレである美雲に、あろうことか大量虐殺をさせた。命のやり取りを覚悟した軍人や兵士でもない人間、それもクローン故に心が未成熟な部分もある女性に人殺しの業を背負わせるのはあまりにも残酷な所業だ。

 

 許し難い仕打ちにマキナとレイナよりも冷静であったミラージュですら憤りを隠せない。元軍人として命の重みを知っているからこそ、なおのことロイドの無慈悲な所業を許せなかった。

 

 三人分の剥き出しの敵意を微風の如く受け流し、ロイドは要件を伝えるべく話を切り出す。

 

「美雲・ギンヌメールから言伝を預かっている。君たちの無事を確認するため、歌ってほしいそうだ」

 

 歌を聞けば互いの安否確認程度は容易い。フォールドレセプターを保有する者同士だからこそできる手法だ。

 

「くもくも……」

 

「美雲……」

 

 美雲たっての願いにマキナとレイナは互いに顔を見合わせて頷く。ロイドの思惑通りになるのは癪であるが、美雲の願いとあれば歌うことに否はない。

 

 二人は歌うべく声の調子を整えようとして、所在なさげに佇むミラージュに視線を向けた。

 

「ミラミラも一緒に歌おうよ」

 

「いえ、私はレセプターを保有していないので、歌っても美雲さんには届かないかと……」

 

 生体フォールド波を発することができるのはフォールドレセプター保有者のみ。ミラージュはレセプターを保有していないため、歌ったところで美雲に想いが届くことはない。

 

 身を引こうとするミラージュ。そんな彼女の手を、左右からマキナとレイナが握った。

 

「関係ないよ。一緒に歌えばちゃーんとくもくもに届く」

 

「私たちが、ミラージュの分まで届ける」

 

「……分かりました。お願いします」

 

 若干の気恥ずかしさはあれど、美雲を心配する気持ちは同じだ。

 

 歌詞や音程に関しては、Δ小隊として間近で聞き続けただけあってそこらのファンよりも把握できている。マキナとレイナに合わせて、ミラージュは美雲を思いながら歌い始める。

 

「「「──、────♪」」」

 

 ミラージュたちは互いに手を繋ぎながらワルキューレの歌を歌う。離れた場所で一人苦しんでいる美雲を心配し、ありったけの想いを乗せて歌を響かせた。

 

「──、────……」

 

 しばらく歌っていると、何処か遠くから三人の歌に重ねるように歌声が返ってきた。聞き間違うはずなどない、美雲の歌声である。

 

 普段の力強く虹色の歌声とは遠くかけ離れた、厚い雲が掛かったような歌声。聞くだけで胸が締め付けられるような悲しみが、歌声から滲み出ていた。

 

「くもくも……!」

 

「美雲、泣いてる……」

 

 歌声だけで美雲がどんな想いを抱いているのか、マキナたちは手に取るように分かった。

 

 いつも誰よりも気丈に強く振る舞っている美雲が、深い悲しみに打ちひしがれ涙を流している。命の重みに膝を突き、普通の女の子のように苦しんでいた。

 

 美雲にこんな想いをさせているのは、自分たちが囚われてしまったから。己の不甲斐なさにマキナたちは血が滲みそうなほどに拳を握り締めた。

 

「……あなたは、いったい何がしたいの?」

 

 マキナたちを人質にして美雲に望まぬ歌を歌わせ、この男は何がしたいのか。マキナには分からなかった。

 

 マキナの問いにロイドは鬼気迫る表情で答える。

 

「全銀河に我らの風を吹かせ、ウィンダミアに永遠の平和を齎す。あと一歩なのだ……」

 

 最後は己に言い聞かせるように呟き、ロイドは部屋を後にした。

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