マクロスΔ 未知なるソラへ    作:矢野優斗

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星女神の歌

 全銀河の人々を強制同調させる星の歌がぱたりと止む。耳が痛いほどの静寂が流れ、次の瞬間──

 

 

『──、────♪』

 

 

 弾けるように眩い虹色の歌が全銀河を席巻した。

 

 歌を紡ぐは美雲・ギンヌメール。真紅の瞳に揺るぎない意思の光を灯し、高らかに歌い上げる。悲嘆に暮れ、絶望に心折れた少女の姿は既になかった。

 

 星の歌に取って代わって響き渡る歌声は、強制同調によって自我を塗り潰されかけていた銀河の人々を優しく包み込む。潰れてしまわないように、消えてしまわないように、慈しむように慰撫する。

 

 フォールドニューロネットワークに繋がれ、強制的に統合されそうになっていた人々の意識が、一人一人丁寧に解きほぐされていく。美雲の歌が人々の自我を守っているのだ。

 

「なんだ、これは……?」

 

 全人類を統一する一歩手前で勃発した予想外の事態に、ロイドは呆然と呟きを洩らす。

 

 玉座にて起動したプロトカルチャーシステムを制御し、全銀河の人々を掌中に収めかけていた。あと一歩で全人類は一つとなり、ウィンダミアに、銀河に永遠の平和が齎されるはずだったのだ。

 

 それが今や、目の前で水泡の如く崩れ去ろうとしている。利用していた星の歌い手の歌によって。

 

「その歌はなんだ……? 星の歌でも風の歌でも、ましてワルキューレの歌ですらない。このような歌は、聞いたことも……」

 

 神官の系譜に生まれプロトカルチャーの遺産に深く精通したロイドですら、美雲の歌う歌を知らなかった。

 

 湧き上がるロイドの疑問に答えたのは、他ならぬ美雲だった。

 

『分からない? あなたが私に散々歌わせたじゃない』

 

 強制同調の繋がりを利用して美雲は語り掛けた。

 

 本来であれば明確な意思や言葉を伝えることはできないが、舞台と玉座は密接に繋がり合っている。美雲にとっては非常に不本意であるが、二人は声を発さずとも意思疎通ができるほどに強く同調していた。

 

「……まさか」

 

 美雲の歌に強烈な既視感を覚え、ロイドは愕然と目を見開く。

 

「星の歌だとでもいうのか、これが……!?」

 

『ご明察。私なりに編曲(アレンジ)させてもらったけどね』

 

 歌いながら美雲は得意げに笑ってみせた。

 

 人々を脳波レベルで強制的に同調させる星の歌を美雲は即興で改変、プロトカルチャーシステムの干渉から銀河の全人類を守る歌を編み出した。言葉にするのは容易いが、そんな簡単にできる芸当なはずがない。

 

 加えてただ守っているだけではない。全銀河を慈しむように優しく包み込む歌は、星の如く無数に存在する人々にある事象を齎していた。

 

「この感覚は、なんだ? 何をしている、美雲・ギンヌメール……!?」

 

 意識の強制的な同調ではない、されど感じ取れる誰かの感情と想いにロイドは困惑を隠せない。

 

 強制同調によって引き起こされる他者の意識や自我が流入する現象とは違う。同調のような押し付けるものではない、感情と想いの共有・共感が歌によって引き起こされていた。

 

 この現象によって自我を塗り潰されることはない。そうならないように美雲が調整しているからだ。トリガーの自我を塗り潰してしまわないように歌い続けた経験が、それを可能としている。

 

 

 ──願い、救い、痛み。美雲の歌が銀河(ソラ)を一つに繋げていく。

 

 

 一方通行ではない感情と想いの共有・共感が全銀河に星の如く存在する人々の心を繋げる。

 

 それはつまり、ウィンダミア人が受けた痛みも、地球人が抱く恐れも、一切合切全てが伝わり合うということだ。

 

 星の歌を原典とした想いを繋ぐ歌。名付けるならば、そう──星女神の歌。

 

 女神の如き優しさと慈愛に満ち溢れた歌が銀河を抱きしめた。

 

「あり得ない、こんなことが……!」

 

 成就を目前とした悲願が遠のいていく。眼前で巻き起こる事象をロイドは到底受け入れられない。

 

「いや、まだだ。こんなところで、悲願を潰えさせるわけにはいかない! 今一度星の歌を歌え、美雲・ギンヌメール。いや、星の歌い手よ。ルダンジャール・ロム・マヤン──!」

 

『…………っ』

 

 肢体に浮かぶ歪な紋様が輝くと同時、美雲は表情を苦悶に歪める。意思とは裏腹にロイドの言葉によって身体が星の歌を奏でようとしていた。

 

『私は……』

 

 歌で数万の命を奪ってしまった重みに潰れてしまいそうになった。星の歌い手(自分)は言葉一つで容易く操られてしまう兵器だと突き付けられ、絶望に膝を屈してしまった。

 

『私は……!』

 

 だが英雄と仲間に背中を押されて、美雲・ギンヌメールは再び立ち上がった。今此処に居るのは星の歌い手ではない、そう──

 

『星の歌い手じゃない。ワルキューレの美雲・ギンヌメールよ──!』

 

 悲しみも絶望も全て抱き締め、星女神は王家(呪い)の言葉を振り払い歌い続けた。

 

「なぜだ、なぜ抗うことができる? 心折れていたはずだ。絶望に膝を屈していたはずだ。それが、どうして……!?」

 

 歌声で数万の命を奪ってしまった重責に縛られ、己の歌声が殺戮兵器成り得ると突き付けられて、幼い美雲の心は完全に屈服していたはずだ。

 

 それが今や己の両足で立ち、歌声を全銀河に響かせ、あまつさえロイドの悲願を打ち砕こうとしている。いったいこの短時間で美雲の心境にどんな変化があったというのか。

 

『大切な人が、仲間が、私に立ち上がる勇気をくれた。私の居場所はワルキューレ(此処)にあるって教えてくれたから、もう一度歌うことができた』

 

 脳裏にトリガーとワルキューレのメンバーを思い描き、美雲は胸の内を満たす感情ごと身体を抱きしめた。

 

「三本線とワルキューレか……!」

 

 美雲の心を立ち直らせたであろう者たちを脳裏に描き、ロイドは苦々しげに吐き捨てる。

 

 誰よりも美雲と強く繋がっているトリガーと、歌声によって想いを運ぶことができるワルキューレ。彼ら彼女らが折れた美雲の心を繋ぎ止め、再び立ち上がらせた。

 

「ならば、三本線とワルキューレを亡き者にして、お前の心をもう一度折ればいいだけのこと」

 

 強制同調は解除されつつあるが、一度支配下に置いた兵士たちの制御は未だ掌中にある。マインドコントロール下にある兵士たちを利用してトリガーとワルキューレを始末してしまえば、今度こそ美雲は絶望から立ち直れなくなるはずだ。

 

『やれるものなら、やってみればいい。でも一つ、忠告しておいてあげる』

 

 マインドコントロール下の兵士たちの制御にかまけるロイドに、美雲は得意げに微笑んで言い放つ。

 

『私の英雄を、あの子たちを甘く見ていると痛い目を見るわよ?』

 

 歌う美雲の視線の先で、四人の女神の歌声が響き始めた。

 

 

 Δ

 

 

「虹色の歌声……美雲さんの歌や!」

 

「私たちの歌が、届いたみたいね……!」

 

 星の歌の呪縛から解放され、フレイアとカナメは響き渡る美雲の歌に喜色を露わにした。

 

「美雲、完全復活。でも、ちょっと浮かれすぎ」

 

「よっぽど良いことでもあったのかなぁ〜?」

 

 今にも弾み出しそうな美雲の歌声に、レイナとマキナは喜び半分呆れ半分の苦笑を浮かべる。

 

 トリガーを送り出したマキナとレイナは、美雲が浮かれている理由をすぐに察した。具体的に何が起きたのかは知れないが、そのあたりは全てが落ち着いた後にじっくり聞き出せばいいだろう。

 

 今はワルキューレとして銀河のために、誰かのために──仲間(美雲)のために歌うだけだ。

 

 歌声に乗せて伝わってくる美雲の想い。あなたたちと一緒に歌いたいという切な祈りを受け取り、ワルキューレは互いに顔を見合わせて頷き合う。

 

「みんな、美雲に続くわよ!」

 

「「「了解!」」」

 

 カナメの号令に力強く応え、ワルキューレもまた歌を響かせ始める。

 

 

「「「「──、────♪」」」」

 

 

 戦場に響き渡る()()()()()。美雲が即興で編曲し編み上げた歌を、歌詞も旋律も知らないはずのワルキューレが当然のように歌っていた。

 

 どんな絡繰などと無粋な理屈を並べる必要などない。大切な仲間(ワルキューレ)と共に歌いたいと願う美雲の歌声が、感情と想いを伝える星女神の歌がそれを可能にしただけのこと。

 

 美雲の歌声を後押しするようにワルキューレが歌い上げる。響き渡る歌は星の歌の呪縛に囚われていた人々を解放し、現実へと手を引き連れ戻す。

 

 いち早く星の歌の呪縛から復活したのはワルキューレとの親和性が高いΔ小隊の面々だった。

 

 現実に帰還してすぐにΔ小隊は己が使命を果たすべく動き出す。命令も指示もなくとも、やるべきことを互いに共有できている。

 

『行くぜ、ミラージュ!』

 

『言われなくても!』

 

 ハヤテとミラージュはエレメントを組み、星の神殿へと一直線に飛翔する。向かう先に居るのは虹の粒子を纏う三本線の元だ。

 

『チャック、俺たちでワルキューレを死守するぞ!』

 

『ウーラ・サー!』

 

 アラドとチャックはエリシオンにて歌を響かせるワルキューレの護衛に回る。ロイドから差し向けられる並々ならない殺意を感じ取っているがためだ。

 

 襲来する新統合軍とウィンダミア軍の兵士たち。未だプロトカルチャーシステムの支配下から脱することのできていない者たちが、ワルキューレを亡き者にするべく押し寄せた。

 

 アラドとチャック、エリシオンがワルキューレを守るべく弾幕を張り続ける。しかし物量に物を言わせた無茶苦茶な特攻に、少なからず防衛ラインを突破する機体もあった。

 

 迫る敵機に、しかしワルキューレには恐れも怯えもありはしない。ただひたすらに歌い続ける。

 

 歌声は特攻を仕掛けてきた機体のパイロットに届く。ワルキューレを始末するべく接近した分、間近で歌を聞くことになったがため、パイロットはプロトカルチャーシステムの支配下から解放された。

 

 アラドたちが敷く防衛ラインを潜り抜けたとしてもワルキューレを始末することはできない。接近すればその時点で星女神の歌がマインドコントロールを解除してしまうからだ。

 

 ならばとロイドは神殿とドッキングしたシグル=バレンスの主砲を利用する。

 

 プロトカルチャー由来の古代戦艦にはマクロスキャノンに匹敵するレベルの強力な砲門が幾つも設けられている。主砲全てを差し向ければ然しものワルキューレも、マクロス・エリシオンごと轟沈するだろう。

 

 しかしその目論見は急襲する主力空中騎士団によって瓦解した。風の歌を通して主力空中騎士団をシステム支配下から解放したハインツが、ロイドの野望を砕けと命じたからだ。

 

 Δ小隊と幾度となく鎬を削り合った主力空中騎士団の実力は折り紙付き。ロイドによって操られているだけの木偶の坊に遅れを取るようなことはない。

 

 空中騎士団の加勢によってワルキューレの安全は盤石となった。物量に任せて攻めたところで空中騎士団とΔ小隊、エリシオンの防衛ラインを突破することは不可能だ。

 

 ならばこそ、必然的に矛先は戦場のど真ん中で孤立する三本線へと向くわけだが──

 

「悪いな、先を急いでいるんだ。通してもらうぞ……!」

 

 立ち塞がる無数の敵機を相手に一切の躊躇なく、トリガーは美雲の要望に応えて最速で戦場の空を飛翔する。

 

 美雲の歌声による加護を一身に受けたトリガーには、ロイドの思考や感情が手に取るように分かる。必然的にロイドが操る敵機の機動も読めるというもの。

 

 ファイターで最高速を維持しつつ、時折ガウォークとバトロイドに変形して敵機の翼のみを撃ち抜いて無力化する。

 

 ウィンダミア軍と新統合軍の兵士が襲い来るだけあって物量こそ脅威ではあるが、ロイド一人で操っているがために機動が単調になりがちだ。トリガーの手に掛かれば片手間に無力化することができてしまう。

 

 オーシアの二つ頭、三本線の英雄。エルジアからは悪魔と呼ばれ恐れられ、空に三本線は凶事なりとまで言わしめた怪物。今のトリガーを撃墜したくば、先の無人機(ゴースト)を最低でも四機は用意しなければならない。

 

 美雲と想いを共有してノリに乗っている今のトリガーは、たとえ無人機が四機以上現れたとしても軽くあしらってしまいそうではあるが。

 

 虹の輝きを纏い、ラグナの空を切り裂かん勢いで飛翔するトリガー。女神の元へ向かう英雄を止められる者は誰一人としていなかった。

 

 

 

 

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