星の神殿の崩壊はそのまま戦争の幕引きに繋がった。
システムから解放された兵士たちは戦闘を継続することなく、各々が母艦へと帰艦していく。ウィンダミア軍も間一髪でドッキングを解除して難を逃れた旗艦へと戻っていった。
ワルキューレを共に守り抜いた空中騎士団が撤退する様子を見届けるアラド。そこへ、エリシオンのアーネストから通信が舞い込んだ。
『アラド隊長。ウィンダミアから統合政府へ和平交渉の申し入れがあった』
最高司令であるロイドと星の歌い手を失い、星の神殿も完全に崩壊した。風の歌い手であるハインツの消耗も激しく、ウィンダミアにこれ以上の戦争継続は不可能。和平の道を望むのは別段不可思議なことではなかった。
「統合政府が受け入れると思うか?」
『受け入れる他ないさ。統合政府も戦争を継続するだけの体力は残っていないはずだからな』
ウィンダミアとの戦争で統合政府は多くの新統合軍を失っている。特に先の中央から派遣した大艦隊の全滅が痛い。
統合政府にも戦争を継続するだけの体力は残っていないはずだった。
何より──
「ウィンダミアも新統合軍も、兵士たちが戦う気概を維持できないだろうしな……」
『美雲・ギンヌメールの歌の影響か』
星の歌ではない、心を繋ぐ星女神の歌によって人々は互いの苦痛と恐怖、嘆きと怒りを共有・共感させられた。戦場においてそれらの感情や想いは兵士たちに少なくない躊躇いを齎すだろう。
仕事である、任務であると割り切ることができるのなら問題ない。あるいは感情や想いが振り切れてしまっているのであれば、躊躇うことなどないだろう。しかし全ての人間がそうとは限らない。
「新統合軍はしばらく退役希望者に悩まされるかもしれんな」
『
「その時は、上層部に頭を悩ませてもらうさ」
少なくとも、直属の部下に除隊を希望する者はいないだろうとアラドは楽観視している。反対にアーネストは他の小隊から除隊希望者が出る可能性を考え、やや憂鬱な溜め息を零した。
「ウィンダミアはどうなると思う?」
『悪いようにはなるまい。なにせ統合政府には負い目がある。ウィンダミア相手に理不尽な振る舞いはできんだろうさ』
七年前の次元兵器投下が新統合軍の所業であることは映像付きで全銀河に知れ渡っている。ウィンダミアを相手に理不尽な和平条約の締結や横暴を働くことはできないだろう。
「これで戦争は終わりか。しばらくはのんびりしたいもんだ」
『戦争が終わってもヴァールシンドロームがなくなるわけではないがな』
ウィンダミアは風の歌によって人々を意図的にヴァール化させ操っていたが、ヴァールシンドローム自体は風の歌がなくとも発症する。治療法も確立されていない以上、今後もワルキューレによるライブは必要不可欠だろう。
必然的に護衛でありパフォーマーでもあるΔ小隊も活躍を期待される。
『それに、全てが片付いたわけでもない』
「シドニー・ハントか……」
重々しいアーネストの言葉に、アラドは一人の男の名前を呟く。
今回の戦争において影で暗躍し、
「美雲を狙ってくると思うか?」
『分からん。だが、このまま何もないとは到底思えない』
「今後も警戒は必要か……」
幸いにもトリガーが掴んだ情報が幾つかある。そこから居所や今後の動向が判明すれば、多少なりとアドバンテージを得ることができるだろう。
「まあ、そんなに心配は要らないかもしれないけどな」
ラグナの空を舞う隊員たちの機体を、アラドは穏やかな微笑み混じりに見守るのだった。
Δ
「やっと終わったな……」
「ええ……」
崩壊する星の神殿と輝きを失うプロトカルチャーシステムを見届け、トリガーと美雲はやっと訪れた戦争の終幕にほっと安堵の吐息を零す。
七年前のウィンダミア独立戦争を発端にする長い戦争に終止符が打たれた。ウィンダミアと統合政府が今後どのような関係性に落ち着くかは分からないが、少なくともしばらくは大規模な戦争が巻き起こるようなこともないだろう。
安堵から気を緩めたトリガーと美雲は、今更ながら互いの距離や体勢に考えが至る。
副座席がないため美雲は操縦席に座るトリガーに身を預ける体勢になっていた。神殿では迷う暇も恥ずかしがる余裕もなかったが、今になって少なくない気恥ずかしさを感じ始めていた。
異性と、それも憎からず想い合っている相手と密着している状況。意識するなという方が無理な距離感だ。
触れ合う肌の感触、心地よい互いの体温。少し耳を澄ませば鼓動の音が聞こえてもおかしくはない。
トリガーと美雲は至近で見つめ合い、やがてどちらからともなく微苦笑を零す。
「今更だな」
「お互いに全部曝け出したものね」
精神世界でのやり取りは裸の心を曝け出す行為と同義である。
あちらで抱き合い、想いを告げ、口付けまで交わしておきながら恥ずかしがるのも妙な話だ、とトリガーと美雲は笑う。コックピット内に漂っていた微妙な緊張感もさっぱり霧散した。
気にすることでもないと割り切るや美雲は身を預け、トリガーが優しく受け止める。他人の目がないからこそ、二人は誰に憚ることなくありのままの心を曝け合っていた。
しばらく二人切りのフライトを堪能していると、通信要請が飛び込んでくる。
『おーい、いつまでいちゃついてんだよ。さっさとアイテールに戻ろうぜ』
通信相手は後方を随伴飛行していたハヤテであった。通信映像に映るハヤテは呆れた様子を隠そうともしていない。
第三者からど直球に指摘されては流石のトリガーと美雲も少なからず羞恥を覚える。途端に気不味い空気がコックピットに漂うが、その空気に水を差すように新たな通信が割り込む。
『銀河のど真ん中でフレイアに告白しておいて、よく他人のことを言えますね』
ジト目で若干棘のある物言いで割り込んだのはミラージュだ。
ミラージュの鋭い突っ込みにハヤテはあからさまに狼狽える。その様子にトリガーと美雲は首を傾げた。どうやら二人が知らぬ間に面白いことが起きていたらしい。
「あら、興味深い話ね。何があったのか教えてくれる?」
「俺も気になるなぁ。後学のために聞かせてもらっても?」
話の主導権を握るため、何よりも個人的な興味関心から美雲とトリガーが尋ねる。トリガーに関しては既に想いを告げている以上、後学も何もないが。
具体的に何があったかといえば、星の呪縛に囚われ全人類が意識を強制的に繋げられる最中、ハヤテがフレイアに対して全力で愛を叫んだのだ。そうすることで自我を保ち、強制同調によって意識を取り込まれそうになっていたフレイアを繋ぎ止めたのである。
強制同調によって銀河の全人類と意識が繋がっている状態──銀河のど真ん中で盛大に告白したといっても過言ではない。トリガーと美雲は精神世界で接触していたタイミングであったため知る由もなかったが。
ニヤリと愉しげな笑みで回答を迫るトリガーと美雲に、ハヤテは即座に戦略的撤退を選択した
『俺のことはいいんだよ! それより、ほら。下でフレイアたちが待ってるから、早く戻ろうぜ』
「そうね、詳しいことはマキナとレイナに聞くとしましょう」
「俺はチャック中尉に教えてもらうか」
『だからやめろって!? ミラージュも止めてくれよ!』
自分の手には負えないとミラージュに助けを求めるハヤテ。しかしこの場でミラージュが救いの手を差し伸べてくれるかといえば否である。
『…………』
『ミラージュ? なんでそんな不機嫌そうなんだよ?』
「察しなさい、大馬鹿野郎」
忘れてはならない、ミラージュもまた少なからずハヤテに対して好意を抱いていたということを。そんな相手にこの手の話で助けを求めるのは愚策もいいところだ。
『トリガー少尉、美雲さん。後で一言一句、事細かに教えてあげます』
『ミラージュ!?』
予想だにしない裏切りにハヤテは驚愕の絶叫を上げ、ハヤテの察しの悪さにトリガーと美雲は揃って嘆息を零した。
ミラージュを説得するべくハヤテが言葉を尽くしている様子を尻目に、トリガーと美雲はキャノピー越しに眼下を見やる。ハヤテの言葉通り、アイテールの甲板ではワルキューレの面々が美雲の帰りを今か今かと待ち侘びていた。
「みんな……!」
「帰ろうか」
いつまでも待たせるのも忍びないと、後ろで賑やかにしている二機は放置してトリガーは機体を降下させる。
トリガーと美雲を乗せた菫色のドラケンがアイテール甲板に着艦する。大切な仲間の帰還を待ち侘びたワルキューレのメンバーは、機体が着艦するや否や美雲の元へと駆け寄った。
ドラケンのキャノピーが開き美雲が姿を現し、軽快な身のこなしで甲板に降り立つ。無事な美雲の姿に誰よりも早く喜びを示したのはマキナとレイナだった。
「くもくもっ!」
「美雲!」
駆け寄る勢いそのままに抱き付いてくるマキナとレイナに驚きつつ、美雲はしっかりと二人の抱擁を受け入れる。
「無事でよかったよぉ〜……」
「お帰り、美雲……!」
「ただいま、二人とも」
涙ぐむマキナとレイナの溢れんばかりの想いを受け止め、美雲も力一杯抱きしめ返した。
人質となってしまったことで美雲に辛い思いをさせたと責任を感じているマキナとレイナは、この場の誰よりも美雲の身を案じていた。美雲の無事な姿をその目で確認できたことで感極まってしまったのだろう。
マキナとレイナが落ち着くまで抱擁を続け、次いで美雲はフレイアとカナメに目を向ける。
「フレイア、カナメ。迷惑かけたわね」
「そんなことないんよ!」
「ちゃんと帰ってきてくれただけで十分よ」
気に病むことはないとばかりにフレイアとカナメは屈託なく笑ってみせた。
誰一人欠けることなく再会できたことを純粋に喜び合う五人。一頻り感動の再会に浸ったタイミングで、美雲が改まって大切な仲間たちに尋ね掛ける。
「これからも、あなたたちと一緒に歌ってもいい?」
歌声を通して彼女たちの想いは既に受け取っている。それでも、改めて彼女たち自身の言葉が欲しかった。
美雲の問い掛けに、ワルキューレの仲間たちは聞かれるまでもないと答える。
「「「「もっちろん!」」」」
手で作ったワルキューレのサインを掲げ、迷いなく彼女たちは力強い言葉を返した。
「ありがとう、みんな……!」
感謝の言葉と共に美雲もワルキューレのサインを天高く掲げるのだった。
「…………」
美雲とワルキューレの感動の再会とその後のやり取りをコックピットから見守るトリガー。その横顔には穏やかな微笑が浮かんでいる。
屈託なく笑い合う女神たちを、部隊の仲間を守り抜くことができた。今度は取り零さずに済んだ。
胸の内を満たす達成感と充足感を噛み締め、今や遥か遠い故郷の空とかつての仲間に思いを馳せる。
──今度は守れた。この先も、守り抜いてみせるよ。
誰にも明かすことのない誓いを胸に刻み込んだ。
Δ
「星女神の歌ですか……興味深くはありますが、兵器としての価値は星の歌に劣る。学習するだけ容量の無駄でしょうね」
ラグナでの最終決戦を見届けたシドニーは、美雲が生み出した新たな歌を辛辣に評した。
こと兵器としての価値を問うのであれば、間違いなく星の歌に軍配が上がる。
想いを繋ぐ歌は感情を切り離せない人類にとっては非常に強い影響力を有するだろう。しかしそんな回りくどいことなどせずとも、星の歌で強制的に同調させ従わせてしまったほうが手っ取り早く確実だ。
研究材料として興味深いものはあれど、実用性は望むべくもない。
「ウィンダミアで入手したプロトカルチャーシステムと古代戦艦の設計情報。風の歌と星の歌、そしてワルキューレの歌。極め付けは──」
空中に投影されていたディスプレイから傍らに鎮座する機体を見上げる。
ジークフリードでもドラケンでも、まして
ラグナの格納庫にて眠っているはずの機体が今、シドニー・ハントの手に堕ちていた。
「導きの灯火ですか。ならば導いてもらいましょう。我らを未知なる空へと──」
怪しげに口端を歪め、シドニーは銀河の闇の中で不気味な笑い声を響かせた。
これにて一応終了。
書き溜めは終わりで、この後書くかはモチベ次第です。
執筆意欲が出てきて他のも続きが書きたいので、絶対Liveを書くかは微妙です。
ともあれ、お付き合い頂きありがとうございます!