トリガーがケイオスの一員となって一週間が経った。
講習、訓練、自主訓練の過密スケジュールを文句一つなくこなす日々。元軍人であるトリガーにとってはそこまで苦でもなく、一日でも早くこの世界に馴染むためにもと励んでいた。
しかし周囲から見れば空元気、無理をしている風にしか見えなかった。そのため、直属の上司であるアラドから一日強制休暇を与えられたのは不思議な話ではなかった。
そんな経緯で降って湧いた休暇であるが、案の定というかトリガーは休暇を持て余していた。
惑星ラグナに訪れて一週間。その大半を講習と訓練に費やし、マクロス・エリシオンと男子寮兼食事処である“裸喰娘々”を往復していたトリガー。何処で休暇を満喫すればいいのかが分からない。
それ以前に、トリガーはまともな休暇の過ごし方を知らなかった。
正規軍に配属されるもハーリング殺しの一件で懲罰部隊へ左遷。
──休暇? 罪人にそんなものが認められるとでも?
その後、なんとか正規軍に返り咲くも配属されたのは特殊部隊である長距離戦略打撃群。つまるところ、長期作戦が完遂するまでまとまった休暇は存在しなかった。
戦後すぐはエルジア急進派残党処理に駆り出され、休暇を取っている暇などなかった。加えてそのあたりから軍上層部とエルジア急進派残党のちょっかいが徐々に増え、気付けば地上で気を抜くと殺しのプロに付け狙われ始めるという悪夢。
皮肉なことに、空の上がトリガーにとっては一番気の休まる場所となっていたのだ。
休暇の過ごし方が分からない。適当な社員を頼ろうにも、今日はワルキューレのオーディション本選があるようで手隙の職員は見当たらない。
困ったトリガーは当てもなくふらふらとして、最終的には空が近いという安直な理由でアイテールの甲板に行き着いた。
整備士の面々に断りを入れ、仕事の邪魔にならないスペースで仰向けに寝転がる。傍にラジオを置いてBGM代わりにし、ただただぼうっと青い空を眺めた。
一歩間違えなくとも不思議君なトリガーの行動に、整備士たちは最初こそ怪訝そうにしていた。しかし本当にただ寝転がっているだけだったので途中からは存在をスルーするようになった。
固い甲板に寝転がり空を仰ぐことしばし。後頭部が痛くなってきたトリガーはクッションでも取ってこようかと身体を起こす。引き続き休暇を甲板で過ごすのは変わらないようだ。
そんなタイミングでトリガーに声を掛ける者がいた。
「あんた、そんなとこで何してんだ?」
訝しむような声音にトリガーが振り返ると、そこには見覚えのない青髪の青年が立っていた。
歳の頃は十代後半といったところ。服装は私服でケイオスの社員や整備士ではなさそうだ。部外者か、誰かしらの客なのか。トリガーにとってはどちらでもいいことだったが。
座ったままでは失礼だろうと立ち上がり、トリガーは改めて青年と向き合った。そして青年の疑問に答えようとして言葉に詰まる。
休暇の過ごし方が分からず、空に近い場所だからと甲板で寝転がっていた。客観的に見て奇行ではないだろうか、と今更ながらに思い至ったからだ。
「……空を見ていただけだよ」
「こんな場所に寝転がって?」
辛うじて絞り出した言葉が鋭い一撃で切って捨てられる。うぐっ、と呻いてトリガーは二の句を継ごうと頭を悩ませた。
しかしどう言い繕っても自身の奇行を取り繕う言葉を見つけられず、仕方なくトリガーは意識を仕事モードに切り替えた。要は話を逸らすのである。
「ここは関係者以外立ち入り禁止の場所ですが、なぜここに?」
唐突に態度が切り替わったトリガーに、青年は若干眉を顰める。話を逸らされたのが気に食わないのもあるのだろうが、単純に態度が気に入らないという感じだ。
「Δ小隊のアラドって奴に呼び出されたんだよ」
「アラド隊長に?」
目の前の青年は迷い込んだ部外者ではなく関係者だったらしい。しかもトリガーの上司たるアラドの客人だ。
「そうですか。では隊長の元まで案内しますよ」
「いや、その必要はないさ」
トリガーの出鼻を挫いたのは、尋人のアラド本人だった。隣にはメッサーも付き従っている。恐らくは目の前の青年に用があって甲板まで足を運んだのだろう。
「つうかトリガー、休暇なのになんでここにいるんだ?」
「ええっと、それは……」
怪訝そうな顔で尋ねられ、トリガーは言葉に窮する。何かしら誤魔化せないかと思案するも、アラドの隣に立つメッサーの視線もあり、諦めて事情を白状した。
休暇の過ごし方が分からなかった、という言い分にアラドは可哀想なものを見るような目をトリガーに向ける。しかしトリガーがラグナに慣れていない事情も理解しているので、とやかく言うことはなかった。
「そうだな、俺も休ませるだけ休ませて気が利かなかったな。今度、バレッタシティでも案内しよう」
「いえ、お気遣いなく」
「いいんだ、遠慮するな。それと、今晩は飯でも食いに行くぞ。奢ってやる。メッサーもどうだ?」
「……そうですね。お付き合いします」
普段なら遠慮するであろう堅物のメッサーが誘いに乗った。その意図はトリガーに向けられる憐憫混じりの眼差しが物語っている。要はトリガーが遠慮して逃亡する道を塞ぐためだろう。
ひたすらに気遣われてトリガーは居たたまれなくなり、小さく了承の旨を告げると甲板の隅で空を仰いだ。ただの現実逃避である。
トリガーが空を仰ぐ人になってしまった一方、アラドたちはアラドたちで話を進めていた。
青髪の青年──ハヤテ・インメルマンのスカウト。アラドの目的はハヤテをパイロットとして仲間に引き入れることだった。
惑星アル・シャハルにて軍用VF-171ナイトメアプラスに搭乗しつつ、ヴァール化した暴徒を相手に渡り合った実力を評価しているらしい。地上で踊りながら敵機を打倒するパイロットが居たな、とトリガーは聞き耳を立てながら思い出した。
とはいえハヤテは一般人。人型のバトロイドの扱いにこそ荷役作業用ワークロイドで慣れていたようだが、所詮はそれだけだ。
アラドの隣に立つメッサーはハヤテの勧誘に否定的な意思を隠そうともしていない。何よりあちこちの星を転々とし、職も長続きしていないハヤテの経歴が気に入らないようだ。
聞き耳を立てていたトリガーもメッサー程ではないが、節操がないなと内心で考えていた。
所属勢力不明の敵へ対処するために戦力増強が急務なのは理解できるが、それにしても一般人であるハヤテにまで手を伸ばす必要性があるのか。戦力増強以外にも何かしらの思惑があるのではないか。そう思わざるを得ない。
とはいえ蚊帳の外で空の人に徹しているトリガーが口を挟む所以はなく、横目に話の流れを見守り続けるだけなのだが。
アラドとの対話で徐々にパイロットへの道に興味を示し始めるハヤテ。アラドの言葉に何を思ったのか甲板の端を歩き始め、そして──背中から飛び降りた。
突然の投身に目を剥くアラドとメッサー。事の成り行きを見守っていたトリガーは、反射的にハヤテの手を掴もうと駆け出していた。だが、間に合わない。
しかし三人の心配は杞憂に終わる。地上から吹き荒れた風がハヤテの背中を支え、甲板へと押し戻したからだ。
ハヤテ以外の全員が目を丸くする。まるで風を読んで乗りこなしたかのような芸当に、三人とも言葉を失っていた。
愕然とする三人を他所に決意を固めたハヤテは、アラドにスカウトを受ける旨を告げる。今からでも飛びたいと言わんばかりに、甲板にて整備中のミラージュの機体に触れ、間が悪いことに当人たるミラージュの目に触れて怒鳴られ始めた。
一気に甲板上が賑やかになる。ハヤテとミラージュの間で一触即発の空気が勃発する一方で、トリガーは驚愕から回復すると甲板端より幾分か手前に立って眼下を覗き込んでいた。
マクロス・エリシオンとドッキングしているアイテールの甲板から地上までは、落下すれば潰れたトマトになること請負の高さだ。度胸試しするにしても危険すぎる。
それでもハヤテ・インメルマンはそれを実行し、見事風に乗ってみせた。天性の風を読むセンスがあるからこそできた芸当だ。
──真似は……無理そうだな。
胸中で結論付けてトリガーは甲板上へと顔を向ける。そこでは何故か、ミラージュがハヤテを後部座席に乗せ、空へ飛び立とうとしている真っ最中であった。
「どういうこと……?」
一部始終を見逃していたトリガーには全くもって話の流れが読めなかったが、特に興味も湧かなかったので流すことにした。
二人仲良く? 空へと舞い上がっていく機体を見送り、トリガーは甲板を後にする。これ以上は落ち着いて空を感じることもできないだろうし、またぞろ何処か暇を潰せる場所を求めて彷徨うことになるだろう。
「あ、トリガー。今晩は飯を食いに行くからなー。忘れるなよー」
そそくさと逃げようとした背中に念を押され、トリガーは小さく肩を落としながら頷きを返すのだった。
その後の顛末はアラドが贔屓にする店で酒の肴に聞き及ぶことになる。
ハヤテ・インメルマンは候補生扱いで入隊、教官役にアラドの差配でミラージュが抜擢される。二人の仲はあまり宜しくないようだが、まあなんとかなるだろうとはアラドの評だ。隣で黙々と箸を進めるメッサーは色々と物言いたげな表情ではあったが。
他にもワルキューレオーディションの結果についても話題に上がった。
戦場にて命懸けで歌うことになるワルキューレの新たなメンバーを募るために行われたオーディション。その本選が行われていたのだが、結果は新メンバーを一人加えることになったらしい。
新メンバーはフレイア・ヴィオン。トリガーは知らなかったが、惑星アル・シャハルの時点でその秘めたる才能に目を付けていたらしい。今回のオーディションを経て、改めて新メンバーとして迎えるに至ったそうだ。
ワルキューレに一人、Δ小隊にトリガーを合わせて二人の増員。未知の勢力に対する備えと考えれば、悪くはないのだろう。問題は次に相見える時に、トリガーも含めて使い物になっているかどうか。
どうなることやら、とトリガーはアラドの勧めるクラゲ料理を摘みながら他人事のように考えるのだった。