ワルキューレとΔ小隊に新たなメンバーを迎えて数日。トリガーは今日も今日とて講習と訓練に勤しみ、今は社員用食堂にて昼食を取っていた。
「それでさ、ハヤテの奴ってば飛行実技の訓練以外さぼってばっかでなぁ。おかげでミラージュのやつがかんかんでよぉ……」
トリガーの向かいで同じく昼食を取りながら愚痴を溢すのはチャック・マスタング。惑星ラグナ出身のラグナ人で、Δ小隊においてはムードメーカー的な役割を担っている男である。
その人当たりの良さから入隊して間もないトリガーにも友好的に接してくれた一人であり、困り事があれば相談にも乗ってくれる相手だ。ただ、今回は逆にチャックから相談を持ち掛けているようだが。
「大変ですね」
「トリガーからもなんとか言ってくれよ〜、頼むからさ」
「そう言われても……」
チャックに両手を擦り合わせて頭を下げられ、トリガーは困ったように眉尻を下げる。
ハヤテとミラージュの確執は、ハヤテが飛行実技以外の講習や講義、訓練の殆どをサボっていることが原因だ。アーネスト監修の柔道講義もすっぽかしたのだから、ある意味では肝が据わっている。
本人の気質から興味関心の向く空を飛ぶこと以外に気が向かいないのだろうが、堅物真っ直ぐ娘とまで称されるミラージュには到底受け入れられるものではない。
二人の関係性は日に日に悪化の一途を辿っており、その皺寄せをもろに浴びたチャックがこうして救難信号を出したのだ。
「同期同然の自分が下手に口を挟むと話が拗れそうな気がしてならないのですが。ミラージュ少尉に関しては、避けられているような気もしますし」
およそ一週間程度しか入隊時期に差がないトリガーとハヤテは実質同期同然である。そんなトリガーからあれこれと指図されようものなら、ハヤテの性格上間違いなく反発するだろう。
ミラージュに関してはどういうわけかケイオスに入社してから今日まで、ほぼほぼ交流がない状況である。何度か通路や食堂で顔を合わせることはあるのだが、その度にやんわりと距離を置かれるのだ。
トリガー自身が仕事上必要でなければ積極的にコミュニケーションを取ろうとしない
「自分、ミラージュ少尉に避けられるようなことをしたでしょうか」
「あー、ミラージュに関してはなぁ。あいつは家庭環境が特殊だから、ぽっと出なのにめちゃめちゃに腕の立つトリガーに色々思うところがあるんじゃないかな」
「そうなんですか」
家庭環境の特殊性と自分にどんな因果関係があるというのか、気にはなるもののトリガーは突っ込まなかった。そういうところだぞ、とかつての仲間たちならツッコミを入れただろう。
その後もチャックの愚痴や、受付の誰々が可愛いなどという他愛もない話に花を咲かせつつ、トリガーは淡々と昼食を済ませるのだった。
Δ
その邂逅は全くもって偶然だった。
「あ……」
シミュレーターでの模擬訓練を終えて次の講義を受けるべく講習室へ向かう途中、人目を忍ぶように周囲を警戒するハヤテと通路で遭遇した。恐らくは今日も今日とてさぼる心積りなのだろう。
罰が悪そうに顔を逸らすハヤテを見やり、さてどうしたものかとトリガーは考える。
今頃は講義をすっぽかしたハヤテをミラージュが探し回っている頃だろう。Δ小隊の一員としては首根っこを引っ掴んででもハヤテを連れて行くのが正解なのだろうが……。
チャックからの愚痴混じりの相談を思い出し、トリガーは柄でないことを自覚しながらも少しばかりお節介を焼くことを決めた。
「ハヤテ候補生。少し話しませんか?」
唐突なトリガーからの誘いにハヤテは怪訝そうにするも、ミラージュを呼ばれたり講義へ連行されるわけではないのなら、と頷きを返した。
講習担当者に自主休講の旨と謝罪をメッセージで伝え、トリガーはハヤテを伴って人気のない休憩室に移動した。
備え付けの自販機で適当に二人分のジュースを購入し、一本をハヤテへと投げ渡す。ジュースを受け取ったハヤテは封を開けながらトリガーに口を開く。
「それで、話ってなんだよ」
「チャック少尉から聞きましたよ。飛行実技以外の講義をサボっているそうですね」
「なんだよ、あんたもお説教か」
うんざりと言わんばかりのハヤテの態度にトリガーは苦笑を隠せない。
「Δ小隊の任務はライブパフォーマンスとワルキューレの護衛だろ。なら飛行実技には出てるんだから、別にいいだろ」
不貞腐れたようにジュースを呷るハヤテ。彼の中では飛行実技さえできればそれで十分、という考えがあるのだろう。現実は激しい戦闘が想定されるため、飛行実技だけでは全くもって不十分と言わざるを得ないのだが。
頑なに飛行実技以外の講義を受け入れようとしないのには何かしらの理由がある。ハヤテの態度から何かを察して、トリガーは如何にしてそれを聞き出すか頭を巡らす。
「ハヤテ候補生は、なぜアラド隊長のスカウトを受けたんですか?」
「なんだよいきなり……空を飛びたいからだよ。あの風に乗って、何処までも自由に飛びたいんだ」
「なるほど……」
なんとなく、ハヤテとミラージュの間にある温度差の原因を理解した。
ただ自由に空を飛ぶことが目的であるハヤテと軍人としての責務から空を飛ぶミラージュ。根底が違う時点で二人が反目するのも当然だった。
Δ小隊の一員の立場から見るのであれば、トリガーはミラージュの考え方を支持する。戦場においてハヤテの考え方は甘く、まず間違いなく足手纏いになるからだ。
しかし個人的な意見を言うのであれば、ハヤテの気持ちも分からなくない。何せトリガー自身が空に居たいがために飛び続けてきたのだ。頭ごなしに否定できるはずもない。
とはいえ現状のハヤテを肯定できるわけではないのだが。
「ハヤテ候補生の気持ちも分からなくはない。君は戦争がしたいんじゃなく、ただ飛びたいだけなのだから」
「おっ、分かってくれんのか?」
ここにきて賛同者が得られたことに、ハヤテの表情が目に見えて明るくなる。今日までずっとミラージュの怒り顔ばかり拝んでいた反動もあるのかもしれない。
「エアショーのパフォーマーとしてなら、今のままでも問題なくやっていけると思います。特にバトロイド形態の練度は目を見張るものがありますし」
元々ワークロイドの扱いに慣れていたこともあり、人型であるバトロイド形態の習熟度に関しては非常に高い。それこそ、トリガーが教えを乞いたいと思うくらいには上手いのだ。
「一つ条件を飲んでくれるなら、自分からアラド少佐とミラージュ少尉にハヤテ候補生の希望を汲むように口添えしてもいいですよ」
「条件?」
首を傾げるハヤテを、トリガーは真正面から見据えた。
「いざライブ会場が戦場になった時、一切の戦闘行為を行わず速やかに退避する。これが守れるなら、アラド少佐とミラージュ少尉への口添えを約束しよう」
要は戦闘になったら大人しく引っ込んでいろ、ということだ。
ここまで友好的だったハヤテの顔色が一変して険しくなる。オブラートに包まれていたとはいえ、面と向かって戦闘の邪魔だと言われたのだ。ハヤテの性格上黙っていられるはずもない。
しかしハヤテが反論するよりも先に、トリガーが機先を制するように畳み掛ける。
「今のハヤテ候補生は戦場で必要とされる知識も技量も覚悟も不足している。挙句、その不足を埋めようともしない。そんな有様じゃ、敵を堕とすことも、誰かを守ることもできない」
トリガーから反駁を許さない圧を伴った眼差しを向けられ、ハヤテはのし掛かる重圧に返す言葉が出てこなかった。ただ悔しげに歯噛みするだけだ。
ハヤテからの文句が出てこないと見て、これ以上は時間の無駄だろうと席を立つ。背中に刺さる物言いたげな視線を努めて無視し、そのまま休憩室を後にした。
休憩室を出て少し歩くと、トリガーを待っていたかのようにアラドが通路の壁にもたれ掛かっていた。
「よう、嫌な役回りをさせちまったな」
「いえ、お気になさらず。それより、講習をさぼってしまい申し訳ありません」
メッセージにて休講の旨を伝えはしたものの、講習担当者に迷惑をかけたことに変わりはない。アラドがこの場にいるのも、急に講習を休んだトリガーを気にかけたものだろうことは想像に難くなかった。
「いいさ、ハヤテと比べりゃ可愛いもんだ。それにお前は普段から根を詰めすぎだからな。ハヤテみたいにとまでは言わないが、もう少し気楽にしたってバチは当たらないぞ」
「それは……善処します」
言葉ではそう言うものの、表情を見れば改善するつもりがないことは明らかだった。
「次の講習がありますので、自分は失礼します」
「おう。くれぐれも、無理はするなよ」
「了解です」
念押しするような物言いのアラドに、トリガーは短く返して次の講習へと向かった。
遠ざかるトリガーの背中をじっと見据え、通路の曲がり角に姿が消えたところで小さく溜め息を溢す。ハヤテのサボりも問題だが、アラドはトリガーの精神状況も心配していた。
ラグナに帰還してすぐの聴取で、トリガーの精神面が酷く不安定であることが判明した。
故郷の星から唐突に勝手の分からない世界へと放り出されれば、精神的に不安定になるのも仕方ないだろう。誰もがそう思った。
だが聴取が進み、F-22に記録されていた過去のフライトデータの解析の結果、精神不安はフォールド事故以前から抱えている問題だと診断されたのだ。
トリガーの聴取は途中でカウンセリングに切り替わった。元の星で何があったのかを慎重に聞き出した結果、部隊の仲間を尽く失っていることが明らかになる。
詳しい経緯までは聞き出せなかったものの、トリガーは仲間を守れなかったことを酷く責め病んでいるようだった。それこそ、目を離せば自己嫌悪のあまり潰れてしまいかねないほどに。
実際のところ、フォールド事故に巻き込まれていなければトリガーは間違いなく死んでいた。聴取では上手く誤魔化したため、本当に自殺寸前まで行き着いていたことは露呈しなかったが。
幸い精神科医の診断では今すぐにどうこうなるほど酷くはないとのことで、トリガーの入隊は通った。だがそれでも油断はできず、アラドは日頃からトリガーの様子には気をつけている。
アラドを始めとするケイオスの面々があれこれとトリガーに世話を焼き、気を配っていたのはそんな経緯があったからだ。当のトリガーは自覚がなく、やたらと気遣われている現状に首を傾げているが。
スカウトしたのは自分とはいえ、二人の問題児を抱えることになったアラドは頭痛を禁じ得ない。とはいえスカウトを後悔しているかといえば、全くもってそんなことはない。
トリガーに関しては即戦力として期待でき、ハヤテは今後の展開次第では化けるだろう。その成長が楽しみでもあった。
「まったく、退屈しないな」
懐から取り出したクラゲのスルメを齧りつつ、アラドは期待に笑みを浮かべるのだった。
──数日後、ミラージュたっての希望によりハヤテ・インメルマン候補生の最終試験が実施されことになった。