マクロスΔ 未知なるソラへ    作:矢野優斗

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三本線の実力

 ハヤテの不真面目な態度に業を煮やしたミラージュの提案により実施される運びとなった最終試験。

 

 試験内容はミラージュとの直接対決。五分以内に一発でもミラージュの機体にペイント弾を当てられたのなら合格。不合格の場合は除隊といった内容だった。

 

 試験は終始ミラージュ優勢で進んだ。講習をサボり続けたハヤテは圧倒的なまでに必要な知識と技術が不足しており、太刀打ちのしようがなかったのだ。

 

 試験官たるミラージュも、今のハヤテを合格させようものなら戦場で死ぬしかないと判断し、本気で落としに掛かっていた。

 

 試験を見守る誰もがハヤテの不合格を予見する中、しかしハヤテは試験終了間際に合格をもぎ取った。

 

 途中で機体のコントロールを失いあわや墜落するかと観戦していた者たちの肝を冷やすも、間一髪で機体の制御を取り戻す。そこからは動きが様変わり、まるで風を読み掴んだかのような機動をもってしてミラージュに一矢報いたのだ。

 

 ハヤテの合格に観戦していた者たちが沸いてしばらく。最終試験にて合格判定をもぎ取ったハヤテは、ミラージュ共々アイテールの艦橋に呼び出されていた。

 

「なあ、なんで呼び出されたんだ、俺。合格の取り消しとかじゃないよな?」

 

「そんなことはないと思いますが……」

 

 ハヤテの疑問にミラージュは曖昧に答える。

 

 試験を経て今の自分にはあらゆるものが不足していると自覚したハヤテが、ミラージュを改めて教官と認めて態度を改めたことで、ミラージュもまた態度を軟化させた。今は面と向かっても反目することなく、普通に会話が成り立っている。

 

 二人揃って艦橋に入室すると、待っていたのかアラドが片手を挙げて出迎えた。

 

「二人ともお疲れさん。その様子じゃ、雨の後はクラゲ天気ってやつか」

 

「なんだそりゃ。つか、急に呼び出してなんの用だよ」

 

「上官ですよ、ハヤテ」

 

 ちくりとミラージュが横合いから注意するもハヤテはどこ吹く風だ。

 

 文句ありげなハヤテに、アラドは勿体ぶらずに呼び出しの理由を告げる。

 

「これからメッサーとトリガーが模擬戦をするからな。せっかくだから、お前たちも見ていけ」

 

「……え、なんだよそれ。俺みたいな試験だったりするのか? それともただの新人イビリ?」

 

 自分と入隊時期に大して差のないトリガーが、Δ小隊エースのメッサーと一対一で模擬戦をする。ハヤテからすれば盛大な苛めとしか思えないだろう。

 

 トリガーの事情を知らないからこそのハヤテの言に、アラドは苦笑しつつ認識の齟齬を指摘する。

 

「言ってなかったが、トリガーはついこの間まで軍に所属していた。ハヤテよりかずっと戦闘機に乗り慣れてるんだよ」

 

 嘘は言っていない。ただし軍は軍でも新統合軍ではなく、トリガーの故郷の星の軍だが。

 

「……そういうことかよ」

 

 軍人と聞いて嫌そうな顔をするも、ハヤテは心中で納得していた。あの時、休憩室で向けられた重圧の根源を理解できたからだ。

 

「ま、そういうわけだ。今のハヤテの参考になるかは分からんが、二人の模擬戦は見ておいて損にはならない。ミラージュも、見て学んでおけ」

 

「はいはい」

 

「了解!」

 

 対照的なハヤテとミラージュの返事に頷き、アラドは観戦モニターへと目を向ける。

 

 メッサーとトリガーの二人は既に訓練用機であるVF-1EXバルキリーに搭乗し、いつでも模擬戦を開始できるよう旋回飛行中だ。艦橋からの合図があれば、すぐにでも模擬戦を始めるだろう。

 

 アラドはこの模擬戦をセッティングする前のメッサーとの会話を思い返す。

 

 ミラージュからハヤテの最終試験を提案された後、便乗するような形でメッサーからトリガーとの模擬戦を持ち掛けられた。目的は現時点での機種転換の進捗を実機で確認すること──というのは建前だ。

 

 真の目的はトリガーの実力の底を探ること。機体性能の差すら覆すトリガーの異常性を明らかにすることだ。

 

 惑星アル・シャハルでの戦闘において、トリガーは圧倒的な機体性能差を物ともせず、アンノウン二機を相手にして生還した。最終的には撃墜されてしまったが。

 

 生還できたのはトリガーの操縦技術が人外染みていたから、と艦橋のクルーやΔ小隊の面々は考えていた。

 

 ただ一人、メッサーだけはトリガーの異常性に気付いた。

 

 アンノウンの中でもエース級のパイロットを相手取り、敵機の性能をある程度把握できたからこそ、トリガーの生還はあり得ないと考えていた。

 

 トリガーには卓越した操縦技術以上に、何か別の能力がある。それこそ機体性能を覆し、戦況を大きく動かしうる能力が。

 

 メッサーはトリガーの能力を探るために模擬戦の実施を提案したのだ。

 

 アラドもトリガーの実力については気になっており、模擬戦の提案はすんなりと通された。機種転換の進捗確認というお題目も強ち間違ってはおらず、ハヤテの最終試験に託ける形で実施と相なったのだ。

 

「さて、クラゲが出るかサメが出るか。見せてもらうぞ、トリガー」

 

 多くの観戦者が見守る中、オペレーターの合図を契機に模擬戦の幕が切って落とされた。

 

 

 Δ

 

 

 模擬戦の開始と同時、トリガーとメッサーによる激しい空中戦が幕開けた。

 

 互いが互いの背後を取るべく目まぐるしく交錯し、空域に複雑な軌道を描く。模擬戦でありながらその空戦は真に迫るものがあり、艦橋にて見守る者たちは揃って感嘆の声を上げた。

 

「すげぇ。トリガーのやつ、あんなに強かったのかよ……」

 

 ついさっきまで自分が搭乗していたのと同系統の機体で、今の自分では到底真似できない機動を見せるトリガーに、ハヤテは知らずうちに奥歯を噛み締める。

 

「ですが、メッサー中尉も負けてません。流石です」

 

 ミラージュはミラージュで追いかける背中の遠さを改めて実感していた。

 

 映像内で繰り広げられる空戦に二人が圧倒される一方、アラドは冷静に戦況の確認をしていた。

 

「両機の被弾率は?」

 

「はい。メッサー中尉が12%、トリガー准尉が19%。どちらも撃墜判定なしです」

 

「ガウォークとバトロイドの練度差だな……」

 

 シミュレーターを利用しての訓練と実機を利用しての飛行訓練を二週間と少し。ファイター形態での操縦はほぼほぼ違和感なく馴染んだようだが、可変機構のなかった戦闘機ではあり得ない変形形態には四苦八苦しているようだ。

 

 特にバトロイド形態に関してはあからさまに動きがぎこちなく、有利な立ち位置を取ろうとして逆に隙を晒し、被弾率が上がっている有様である。

 

「トリガー准尉、被弾率30%超えました。メッサー中尉は15%を維持しています」

 

 被弾率に明確な差が出てき始め、艦橋内ではメッサーの勝利が囁かれ始めた。

 

 今回の模擬戦は被弾率が50%を超えるか、機体の急所に当たるエンジンやコックピットなどの部位に被弾して撃墜判定を受けたら終了となる。今のままメッサー優勢に模擬戦が進めば、先に堕ちるのはトリガーだろう。

 

 二週間と少しの機種転換訓練でメッサーを相手に健闘した。これが試験ならば文句なしに合格ラインを超えている。しかしトリガーの持つ異常性は明らかになっていない。

 

「トリガー准尉の被弾率、40%を超えました」

 

「このまま終わりか、トリガー?」

 

 期待外れとまではいかないが、順当な終わりにアラドは物足りなさげに呟く。

 

 映像内では一気に勝負をつけようとするメッサーに激しく追い立てられ、トリガーが回避機動を重ねて防戦一方に陥っている。遠からず決着するだろうことは誰の目にも明らかだった。

 

 誰もがメッサーの勝利を疑わず、艦橋に弛緩した空気が流れ始める。

 

 そんな中でただ一人、ハヤテだけは言いようのない怖気を感じていた。

 

「なんだ、あいつ。なんであんな……」

 

 ぼそりとハヤテが一人呟いた時だった。

 

 

 ──カチリ……と歯車が嵌った。

 

 

 一方的に追い立てられるだけだったトリガーの機体が、人間が操っているとは思えない人外染みた機動で猛攻を逃れた。

 

 続けて攻勢。あっという間にメッサーの背後を取り、その機体に鮮やかなペイントを塗り広げていく。

 

「なっ!? メッサー中尉被弾率急増。一気に30%を超えました!」

 

「おいおい、こいつはいったい……」

 

 土壇場での急展開に目を見開くアラド。メッサーの勝利一色だった艦橋も一瞬で揺らぎ慌ただしくなる。

 

 観戦者たちが驚愕していようが関係なく、戦況は更に加速していく。

 

 背後を取られた状況から有利な位置取りを奪い返そうとメッサーが試みる。

 

 激しい機動で揺さぶりトリガーの追尾を振り切ろうとするもできない。トップスピードからの急制動を組み合わせてオーバーシュートを誘うも、トリガーは罠に食い付くことなく張り付き続けた。

 

 まるでメッサーの思考を読み切っているかのような動きだ。

 

 獲物を追い詰める捕食者のような機動に、相対するメッサーは背筋を伝う冷や汗を禁じ得なかった。

 

 しかしメッサーもこのまま逆転を許すつもりはない。高速機動の最中で目まぐるしくガウォーク、バドロイドに変形して勝負を仕掛ける。

 

「メッサー中尉被弾率増加。41、42、43……トリガー准尉も被弾! 両機被弾継続しています!」

 

「まじか……!」

 

 メッサーの優勢から一転して勝負の行方が分からなくなった。

 

 どちらが勝利するのか。映像ディスプレイに二機の被弾率がリアルタイムで表示され、艦橋の面々が固唾を飲んで見守る。

 

 何度目かの激しい交錯。奇しくも鏡合わせのように両機は距離を取り、示し合わせたかのようにヘッドオンへ雪崩れ込む。

 

 真正面からの撃ち合い。両雄一歩も引かない真っ向勝負は瞬き一つのうちに終わり、ペイント塗れの機体が紙一重で擦れ違った。

 

「模擬戦終了です!」

 

「どっちが勝った!?」

 

 興奮混じりにアラドが問えば、空中ディスプレイの内容がリプレイ映像に切り替わる。

 

 映像は最後の真っ向勝負。どちらも少なからず被弾する中、先に被弾率50%を超えたのはトリガーだった。

 

 しかしその一瞬後、メッサーが搭乗する機体のキャノピーの丁度ど真ん中にペイント弾が直撃。撃墜判定が下される。

 

「こいつは……」

 

 先に被弾率が50%を超えた以上、ルール上ではトリガーの敗北だ。しかし実戦であれば、命を落としていたのはメッサーに違いない。

 

 悩ましい結果であるがルールはルールだ。今回の模擬戦の勝者はメッサー・イーレフェルトに決まった。

 

 トリガーとメッサーが繰り広げた異次元の空戦に艦橋が静まり返る中、アラドはトリガーの異常性について考えを巡らせていた。

 

 トリガーが防戦から一転して攻勢に移ったあのタイミング。あの瞬間から、明らかにトリガーの動きが変わった。

 

 本気を出した、手加減を止めたという次元の話ではない。あれはそう、まるでメッサーの考えを全て理解し尽くしたかのような動きだった。

 

 ふと、アラドは惑星アル・シャハルでトリガーが見せた敵機を理解し切ったかのような機動を思い出す。

 

「まさか、そういうことなのか……?」

 

 トリガーの異常性を推察したアラドは、想定以上にとんでもないトリガーの実力に戦慄するのだった。

 

 

 Δ

 

 

 模擬戦を終えたトリガーとメッサーがアイテールの甲板に着艦する。

 

 両機とも機体のあちこちがペイント塗れになっており、整備士たちの清掃の苦労が思われる有様だ。

 

 機体からトリガーとメッサーが甲板に降り立つ。トリガーは一息ついているのに対し、メッサーはやや険しい表情を浮かべていた。

 

「流石ですね、メッサー中尉。自分の負けです……」

 

 悔しげな言葉の反面、トリガーの表情に敗北への感慨は感じられなかった。

 

 メッサーは険しい顔付きのまま口を開く。

 

「さっきの動き、途中で俺の思考を読んだのか?」

 

 メッサー優勢の状況から一転して以降、何をしようとしても先読みされたかの如く対応されてしまった。反射神経や風を読んだなどという表現では生温い、全てを見透かされているかのような感覚が今もこびりついて離れない。

 

「そうですね。厳密には()()()()が正しいですけど」

 

「理解した?」

 

 疑問符を返すメッサーに、トリガーはなんてことのないように語る。

 

「相対する敵機の飛び方、癖、好む機動、兵装の扱い、得意な戦闘距離。それら全てをこの目で見て、感じて、読み取って理解する。敵パイロットを理解してしまえば次に何をするか、不利な状況をどう覆したいのか、どのタイミングで仕掛けようとするのかも手に取るように分かる。難しいことじゃない」

 

 簡単なことのように言ってのけるトリガー。自分がどれほど非常識なことを宣っているか自覚していなかった。

 

 だがトリガーにとっては本当に特別なことではないのだ。何せ、トリガーは自分以外に同じことができるパイロットを知っている。戦場で幾度となく交戦し、鎬を削った老齢のパイロットこそが本家本元。トリガーはその真似をしているに過ぎない。

 

 違いがあるとすれば、件のパイロットは相手を理解することが目的であったのに対し、トリガーは敵を撃墜するための手段以上には考えていないこと。格下が相手ならば悠長に弄んで嬲ることはなく、実力をもって即座に捩じ伏せるだろう。

 

「……アル・シャハルでも、敵パイロットを理解していたのか」

 

「ええ、まあ。戦闘空域に突入する前にいくらか観察する時間もあったので。特にあのパイロットは直情的で技量も比較的未熟でしたから、理解するのに時間はかかりませんでしたよ」

 

 唐突に話が過去に飛んだことに首を傾げつつトリガーはそう答えた。

 

「メッサー中尉は流石ですね。被弾率50%(デッドライン)前に理解し切れるかと思ったんですが、無理でした。おかげで負けてしまいましたよ」

 

 メッサーを称賛する言葉であるが、受け取る本人の心境は複雑極まりない。

 

 機種転換から二週間と少しの相手にあわや負けかけた。辛うじて勝利したものの、それも模擬戦というルールがあったからこそ。そしてトリガーが未だバトロイドとガウォークの二形態を使いこなせていないからだ。

 

 自覚のない強者、あるいは自負を持っていないのか。何にせよトリガーの実力が期待以上のものであったことは明らかになった。模擬戦の目的は無事に達せられたといえるだろう。

 

 トリガーの異常性の根源。相対する敵機を理解するという異能染みた能力は末恐ろしい反面、訓練の相手としてはこれ以上になく最適である。

 

 こちらの実力を正確に理解して対応する能力は、言わば今の自分の限界を写し出す鏡だ。限界を超える、あるいはトリガーの理解を超えない限り勝ち目がない。逆に言えば、勝利を掴んだのならそれは明確な成長を遂げたということだ。

 

 現にメッサーは今回の模擬戦を通して自身の限界が押し上げられたような感覚を抱いていた。

 

 トリガーを相手にした強化訓練。冗談抜きでメッサーは効果的だと考え、訓練メニューとして提案しようと脳裏で画策している。

 

 問題があるとすれば、トリガーを相手に一方的な展開にならない程度の技量を持ち、なおかつ全ての動きを読み切られ続ける精神拷問にも似た苦行に耐えられる精神が必要なことくらい。アラドや他部隊の隊長クラスなら耐えられるだろう。

 

 さらっとアラドも犠牲者(参加者)に加えつつ、メッサーは改めてトリガーに向き直った。

 

「トリガー准尉。また、模擬戦の相手を頼めるか?」

 

 メッサーからの頼みに、トリガーはぽかんと口を開いて固まる。しかしすぐに表情を取り繕うと、ほんの微かに笑みを浮かべた。

 

「自分でよければいつでも。また、遊び(やり)ましょう」

 

 




インストール──ミハイ・ア=シラージ。

トリガーのコンセプト
最強の無人機(人間)
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