四足歩行のシルエットが大地を駆け抜ける。本来その速度は時速40キロほどだが術式の加速を受け時速400キロ程の速度を出している。
知らない人が見れば超高速で走る馬に人が跨っているように見えるが実際は違う。
それはティンダロスの猟犬。人類が忌むべき異形の獣。
それにまたがっている人影がいる。少女が1人と子供が2人。字ズラだけ見ればなんとも微笑ましい光景だが、実際の風景はそのちぐはぐさがとても気持ちが悪く感じるだろう。
「お姉様、猟犬での移動楽しくないよ!」
「お姉様、馬とか借りるべきだと思う」
それも乗った挙句に文句を言い出す始末だ。
テレビ等の知識しかない彼女達は馬での移動がもっと乗り心地が悪いことを知らない。
「文句言わないの。そもそも馬なんて乗れないでしょ」
今、私たちは海外にいる。神話事象に関係している土地に片っ端から向かい、神話生物とその信仰を行っている教団組織を殲滅している。稀に存在する海外産の呪術師も。
今向かっているのもその組織のひとつ。暗黒のファラオを崇拝する者たち。ナイアルラトホテップの信仰組織だ。
やることはいつも通り。蹂躙だ。
「お姉様こっちは終わったよ」
美々子が持つのは人形だ。人形の首に巻き付けられたロープを引っ張り締めながらこちらへ歩いてくる。子供の可愛らしい歩きとは対象に、その道には首を絞められた信者の死体が道のように転がっている。
「同じく!」
菜々子は美々子の後ろからこちらに走ってくる。美々子とは違いこちらは血にまみれ、返り血が飛んで服が汚れてしまっている。菜々子は被写体に鑑賞する術式だ。その術式であらゆる撮影用の電子機器に編集という動作を追加することができる。その操作性は使用したカメラの性能によって左右される。手間がかかる分、必殺の一撃として機能するから一長一短だ。
見てわかる通り2人には自己防衛ができるように実戦を行っている。
実戦と言っても信者や魔術師などは私がいる限り、2人には傷一つつけられないようなレベルでしかないため一方的な虐殺のようになってしまっているが。
「菜々子、服は汚したらダメ」
「術式的に美々子みたいに綺麗にはできないの!」
パチンと指を鳴らし服の時間を巻き戻す。返り血によって赤に染まっていた服は本来の色を取り戻す。
ここから逃げ出そうとしたものは先回りして殺しておいたためこの施設での生き残りはゼロだ。
「お疲れ様2人ともちゃんと戦えるようになったね」
寄ってくる二人を抱きしめるそのまま入口の方へと向かう
元々2人を戦わせるつもりなどなかった。ふたりに期待していたのは私が人間の精神構造を維持するためのペットのような存在だった。今では普通の家族のような関係になっているが。私の力になりたいという2人の希望だ。
なんの手がかりもなし。
ここにもナイアルラトホテップに繋がる情報は見つからなかった。その性質上、自由に動くトリックスターな神でありほかの神のように現れる条件に法則性がある訳でもない。
洞窟の外に向け進み出すと出口の方向から呪力を感じ、眩い光とともに出口が爆ぜる。
触手を洞窟の道全体に広げ美々子と菜々子に攻撃が当たらないように遮断する。土煙が視界を塞ぎ外の様子を見ることはできない。今の攻撃で崩落しないのはさすが邪神を崇拝する教団の拠点と言うべきか。
「ちょっと行ってくる。静かになったら洞窟から出ておいで」
2人を猟犬の後ろに隠して地面を蹴り疾走する。
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ミゲル・オドゥオールは日本以外では珍しい呪術師の集落に生まれた呪術師だ。
今回行われようとしているのは、邪神とやらを崇拝している新興宗教組織の掃討。この施設の付近からそう遠くない集落では度々、異形の化け物が這い出てきておりいつ被害が出てもおかしくない状況だ。
だからこその奇襲作戦。1番人の出入りが多い入口を潰し、裏口や隠し通路などを完全に塞ぐ。それにより中にいるもの達を閉じ込め襲撃なり焼き討ちをするなり行う手筈だ。
正直荒だらけではあるがこの施設から化け物が出てこないようにするのがメイン目標なのだ。
「イツモト雰囲気ガ違ウ……ナニガ起キテルンダ?」
立ち込める煙を切り裂くように人影が飛び出す。いち早く気づいたミゲルは1人前に出て弾丸のように突っ込んでくる一撃を両手をクロスすることによって受け止める。衝撃を完全に受け止めることが出来ず体に数百メートル吹き飛ばされるような衝撃が走るが黒縄で相手の腕を絡めとることで無理やりその場から離脱することを防ぐ。腕を振われるだけで黒縄を解かれ大地を転がりながら、なによりも優先に仲間に向かって叫ぶ。
「逃ゲロ!コイツハ化ケ物ダ!!」
体勢を整えた瞬間、空間が引き裂かれるような轟音と共に振るわれる一閃。ただ振るわれる一撃でほぼ全ての呪術師が足切りされる一撃。
ミゲルはその一撃に合わせるように拳を振り抜く。腕と腕が交差するように交わり拳を一方的に叩きつける。
その衝撃で彼方まで吹き飛ばすが油断などできない。
ミゲル・オドゥオールの術式『祈祷の歌』。
肉体でビートを鳴らす事で呪いを退け、かつ自らの身体能力を強化、向上させる。
退ける対象は呪式だけに非ず、自身の肉体に近づく呪力が術式が呪具が、呪術というものに関わる全てがその効力を弱めていく。そして呪いを退ける度に身体能力は向上する。
そして使用している呪具『黒縄』。
登録されれば特級呪具相当の呪具であり、一本を編み込むのに母国の術師が数十年を掛ける非常に希少な逸品。あらゆる生得術式の効果を乱して相殺する能力を持つ。
本来、黒縄を持つものは術式を使用することはできない。黒縄の能力で術式が乱されるからだ。
本来、祈祷の歌を使用している術師は呪具をより使用することはできない。祈祷の歌の能力で呪具の呪いが退けるからだ。
ミゲル・オドゥオールは不可能を可能にする。
祈祷の歌の術式効果により黒縄のあらゆる生得術式の効果を乱して相殺する能力を退け、黒縄のあらゆる生得術式の効果を乱して相殺する能力により祈祷の歌の呪いを退ける術式効果を相殺する。
デバフとデバフを掛け合わせることによりプラスへと転じる妙技。黒縄による乱す力とピッタリ同出力の術式で退けることで初めてなし得ることが出来る。
「呪力による身体強化の効果が抑えられたね。あなたの術式の影響かな?」
声が聞こえた方向に反射的に黒縄を振るう。全力の一撃は相手を視界に収まる範囲より外に吹き飛ばした。なのに気づいたら背後を取られている。
上体を逸らすようにして黒縄を避けた化け物はそのままの体制で黒縄を掴み引き寄せる。体が無理やり引っ張られるが、その力に逆らわず空中で体を捻り飛んできた拳を紙一重で掠めさせるように避ける。
黒い火花が空間を削り取る。掠めた一撃だけで体が落ち葉のように吹き飛ばされる。
「ストック」
地面を転がるようにして勢い殺し。体勢を整えるよりも相手の攻撃を見切ることに注視する。一瞬でもしくじってしまえば全てが終わるという予感がある。
かろうじての防戦。反撃のタイミングが全く訪れないなか黒縄だけが削り取られていく。
「ストック5解放」
5回の黒閃が同時に放たれる。
天内理子の新しい手札。時間凍結による起こった事象の保持。そして時間凍結解除による保持していた現象の解放。
その名を万象停留。本人は名前をつけただけで満足してしまいストックと呼称している。
その一撃で均衡は完全に崩れた。黒縄を複数本使った防御、術式により呪いを退け、強化された身体能力、全開の呪力防御。ここまで上手く防いでなお即死一歩手前の負傷。
予備を残し全ての黒縄が今の一撃で焼ききれた。
それでも血反吐を吐いて立ち上がった。
どれだけ傷ついてもそれでも立ち上がっている。
私が仲間の元に行かないように。
だからこそ
「こういうの殺しづらいんだよね」
まるでかつての私を守ろうとした大切な人たちと姿が重なる。
今の天内理子は完全に化け物に振り切ってばらばらになった心を、人の形に留めている精神状態だ。継ぎ接ぎだらけで歪なそれはきっと昔のような綺麗なものでは断じてない。
だからこの感情は本当に殺すのを惜しいとそう思っているのか、人間の振りをしようとしてそう思い込んでいるのか分からない。
それでも心苦しいが殺さなければいけない。
「できるだけ苦しまずに殺してあげる」
トドメを刺すために駆け出そうとした瞬間、天内理子の体に線が入る。その刹那、世界が切り裂かれる衝撃とともに体は上下に別れた。
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空が禍々しい鈍色の雲に覆われる。
そこに人影が堕ちてくる。4本腕の人型のシルエットは腹があるべき場所に口が着いている。顔は能面のようにのっぺりとしているのに顔のパーツが認識できると矛盾している。
それが天を割るように腕を振るう。その一撃は大地を両断し天内理子の胴体を真っ二つに切断する。
その存在に誰も気づかなかった。
天から降臨する堕天。その姿を知っているものは恐怖した。
知っているものは叫んでいただろう。
両面宿儺が蘇ったぞと。
だが彼女は違うと断言する。それは神の気配。
この星の外、宇宙のさらに彼方より来訪した邪なる神。
なんでこんな肉体にいるのかは分からない。
だけどどんな思惑があるだろうと生かしては置けない。余計なことをする前にこいつは殺しておかなければいけない。計画の邪魔になる。大切な人たちに危害を加えかねない。
全ての影を殺せば外宇宙からこちらにやってくるとしたら招来の呪文を使わせなければ数百年はこの星には来れないだろう。そして世に出す可能性がある宗教組織や魔術師達は認識している限り鏖にした。
「やっと姿を現したね!ナイアルラトホテップ!」
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俺が喜ぶので