何十という宗教組織を潰してきても見つけることの出来なかった神がそこにいる。
変幻自在な模様は千の化身を持つ異形の神。他の外なる神々が無意識的な性格を持つのに対し、確固たる自我と意志を備え、自ら人間社会に介入する厄介者。
計画を遂行する前にこの神をこの天体から根絶やしにしなければ気まぐれで計画を破壊されかねない。
「やっと姿を現したね!ナイアルラトホテップ!」
叫んだ声とともに加速するための1歩目を踏み出す。
「『解』」
叫んだ声を切り裂くように飛来する見えない斬撃。それを片手ではらうように薙ぐ。振るわれた腕が斬撃に触れた瞬間、手首より先が切り飛ばされる。即座に腕を戻しその場からかけ出す。
自身に向けて放たれる斬撃を疾走し回避していき、速度をつけると大地を踏み込み宙へと駆け上がる。迎撃するため放たれた斬撃の隙間を縫うようにして避けていくと、スレスレで避けた斬撃から世界が裂かれる音が聞こえた気がする。人ならざるものの感覚的なものだが確かだろう。
相手の術式は不可視の斬撃を飛ばす。とてもシンプル故に拡張性が高いのだろう。
距離を詰めていき、放たれた斬撃の側面を踏みしめ壁代わりにして急加速する。
ゼロ距離まで接近してしまえばこっちの主戦場だ。
振るわれた拳は黒い火花を散らし平均2.5乗の打撃の嵐が空間を抉るように放たれる。拳を掴もうと伸ばされた2本の腕を触れた瞬間吹き飛ばし、防御の体制をとった残りの腕を上からへし折るように攻撃を叩きつける。
「ストック」「ストック」「ストック」「ストック」「ストック」「ストック」「ストック」「ストック」「ストック」「ストック」「ストック」「ストック」「ストック」「ストック」「ストック」「ストック」「ストック」「ストック」「ストック」「ストック」
それを片っ端からストックしていき、本命の一撃に向けて削りを入れていく。衝撃で体が後ろに弾かれ体制が戻せぬままナイアルラトホテップは空間に磔にされる。磔にされながらも打撃の隙を突き、4本の腕を全て使い全力で打撃を受け止める。
「『捌』」
触れられた右腕に線が入り次の瞬間、サイコロ状に腕が消し飛ぶ。まさに回避不能の必中攻撃、触れた対象のいる世界を切断したのだ。これだけで反転術式を使える人間以外はこの腕を回復する手段が無くなった。
だが天内理子は一瞬の怯みもなく左手を前方に突き出し、1歩前へと踏み抜く。そしてサイコロ状になった腕は逆再生しそのまま右腕を振り抜いた。
その一撃は止めに入った2本の腕で逸らされ空を切るが、その衝撃波は空間を歪める。
刹那の時間だが空いて怯んだ。
「ストック20解放」
溜めていた打撃を解放しようとした瞬間、目の前から対象が消えその一撃は空を切った。放った攻撃を時間凍結しストックし直したあと数百メートル後方に移動している相手に向かって空を蹴り飛ばし放たれたライフル弾のように接近する。
相手は自身と後方の空間の間を切断することで瞬間移動のように距離を空けたのだ。こちらの接近を阻止するように放たれる斬撃。その全ての側面を拳で叩き全て受け流し距離を詰める。
相手の斬撃が座標を斬るものだったらこんなことは出来なかった。だが実際の斬撃は刃物を飛ばすような形だ。ならば世界を斬り裂く鋭さのある見えない刃物に過ぎない。
だが問題は
「これはもう瞬間移動でしょ」
距離という概念を切断することによる瞬間移動のような芸当。自身の移動の始点と終点の間を切り取られているため、速度では圧倒的に勝っているがなかなかに有効打を与えるチャンスが巡ってこない。
作戦を変更し背中から放たれた触手が縦横無尽に乱れ放つ。触手の豪雨と言うべき猛攻は空間全てを埋め尽くすように放たれ転移の先に次々と降り注ぎ斬撃での迎撃を余儀なくさせ防戦一方の状態に持ち込ませる。
ナイアルラトホテップは攻防の隙に触手と触手の隙間に僅かな空間が生まれそこに移動。
苦し紛れの斬撃が見当違いの方向に飛んでいく。
否、それはあの二人への斬撃だ。ナイアルラトホテップから意識を2人の元へ向け美々子と菜々子に向かって飛んで行った斬撃を術式で巻き戻そうとした瞬間、先程まで戦っていた呪術師が2人の前に入り斬撃を下から搗ち上げるようにして斜め上に弾いていた。
「オ前ハソイツヲ早ク仕留メロ!コッチハ俺ガ何トカスル!!」
「いくよ美々子!」
「うん」
菜々子は携帯のカメラ機能を使ってナイアルラトホテップの足元をカメラに収められその被写体は写真のように停止し、美々子はぬいぐるみの足に紐を巻くと前方向へ思いっきり引っ張る。
天内理子を信仰する彼女達は天内理子、そしてその背後にいるティンダロスという世界からバックアップを受けている。
そして相手の瞬間移動の原理は移動距離を斬り裂いて間を無くしているだけだ。その斬った空間に移動自体を行えなければその場に留まり続けることになる。術式が機能したのはコンマ1秒にも見たぬ僅かな時間。だが、その刹那の時間も天内理子の前では永遠に等しい。
「ストック20解放」
20重ねられた拳が黒い火花を撒き散らし世界を震わせる。その一撃は心臓を貫き胴体に巨大な風穴が空く。
4本の腕が次の動きを阻害しようと伸びてくるが、それよりも早く風穴に腕をねじ込みその肉体を力づくで引き裂く。
上下に裂かれた肉体の頭部がある方を掴み蹴りあげる。一瞬で天まで跳ね上げられた肉体のその先に彼女はたどり着いている。3本の腕でガードを固めようとするがそれよりも早く、片脚を振り上げた状態で待つ彼女はその踵を振り下ろした。顔面にめり込んだ踵が地面に向けて叩きつけるように加速する。
「領域展開」
声が聞こえる。それは切り離された下半身からだ。引き裂かれた時に残った1本の腕は帝釈天印を結びそこを起点に領域が展開される。
コンマの時間よりも早く展開されるその領域の範囲は推定直径4キロ。天内理子ならすで耐えれるかもしれないが下で待つ2人は無理だろう。相手の顔面にめり込ませていた脚を振り抜き地面へと放ち2人の元へと駆けつける。
『伏魔御廚子』
展開されるは開かれた領域。
それは結界を閉じず生得領域を具現化する事は、キャンバスを用いず空に絵を描くに等しき神業。
全ての斬撃が世界を断つ威力。それが無限のような密度と頻度で放たれる。まさに必中必殺。
「舐めてるの?」
美々子と菜々子、ついでに2人を守ろうとしてた呪術師を簡易領域の中に入れる。ただの領域で殺せるはずがないのだ。
呪術師としての能力に差があると領域を展開しても簡易領域を侵すことは出来ない。簡易領域の範囲だけくり抜かれたように地面が残りそれ以外の場所は御厨子を中心に地面が切り裂かれ粉塵が舞い散っている。
違和感。いくら呪術師をベースにした肉体だからといって、あのナイアルラトホテップが展開した領域が悟の領域以下なのだろうか。
そして喪失感。自身の核となるなにかの欠落する感覚。簡易領域で防げていたのではなく簡易領域に入っても物理的効果のない何かが斬り裂いてくる。
「……?」
簡易領域が剥がされないほどの呪術の練度の差があったとしても相手はかの邪神。油断はできない。
違和感の正体を突き止めるために自身の思考を加速させ現状の把握を行う。
身体に異常なし。術式に異常なし。思考に異常なし。
そして記憶を思い返し違和感の正体を突き止める。
あの日の記憶、私を助けに来た悟と■。私を助けるためにその命を失わせてしまった黒井と■。
あれ?■って誰だっけ?
■は大切な人だ。■は悟の親友だ。■は命の恩人だ。
■は■は■は■は■は■は■は■は■は■は■は■は■は■は■は■は■は■は■は■は■は■は■は■は■は
思考にノイズが走る。
それは『解』による記憶の切断。本人が持っている大切な記憶の初めと終わりを切り取るようにしてその間を切り取ったのだ。
ナイアルラトホテップと目が合う。やつはのっぺらぼうのような見た目なのにこちらを嘲笑っているのが伝わってくる。
「概念の切断もやれば出来るもんだねぇ!!そうだろ天内理子!!」
「……ッ!!」
その瞬間、初めて天内理子の表情が変わる。誰も干渉することすら許されない。自分が殺してしまい、もう会うことの出来ない大切な人との思い出。虎の尾を踏みつけ、龍の逆鱗を逆撫でるが如く行いに明確な憤怒を浮かべる。
そして彼女は腕を横に振るった。否、それは正確な表現ではない。振る過程は認識できず振り抜かれた腕からの推測に過ぎない。
その一振は光を超えた。無限のエネルギーが虚空を切り裂き、時空を歪める。
歪められた時空は因果を崩し、崩壊させた。
気づけば、神の胴体は領域ごと切り飛ばされる。それは過去への攻撃。歪められた時空は因果を捻じ曲げ、過去に刻まれる。その余波により生じた無限のエネルギーに触れた瞬間、遥か彼方までふきとばされていく。
アインシュタインの提唱した特殊相対性理論というものがある。そこでは光速を超える運動は現実の物理法則ではありえないとされている。光速を超えるとその計算式に虚数という実在しない仮想の数字が必要になる。だからこそ光速を超えることはありえない。
だがこの宇宙にはない数式を、外宇宙の法則を持ち込めば既存の物理法則を超える。
天内理子は全力を出したことがない。
五条悟との戦いは確かに本気ではあった。あの時点で出し切れるもの全て出し切った結果、領域を展開した五条悟に手も足も出ずに領域を展開する羽目になった。
彼女は自身でも制御仕切ることができない領域の力を無意識に避けていた。五条悟を殺すかもしれない力を恐れたのかもしれないし、完全な化け物へとなることを拒否していたのかもしれない。
どんな理由であれ彼女を押さえつけていた自戒の枷が一つ外れる。
拡散される無限のエネルギーは全て巻き戻すことで完全に霧散した。
「流石にやり過ぎた」
過剰な威力により腕がボロボロと崩れて崩壊する。それを復元するともに、自身の記憶に齟齬が発生した時間の少し前まで時間を巻き戻す。
「えっと…領域を破壊したってことね」
自身が全て記憶していた時間まで巻き戻したことで今何をしていたのか分からなくなる。保存したデータのバックアップをとっていた時間まで巻き戻した際に新たに入力されていたデータが消えるように。
「思わぬ弱点が見つかっちゃったよ」
一瞬の停滞が致命的な隙になる可能性が存在する。自身を殺しうる存在はいれど即死させうる存在はそうはいない。
「斬撃による概念への干渉は可能。彼からの要求通りだと格が足りないね。やはり人の見立ては甘いね」
千切れた身体を何とかぐちゃぐちゃに繋ぎ合わせたニャルラトホテプがいる。やつの視線がこちらに向く。
「神格を纏ったね。否定したいだろうが君は……」
「何一人でつぶやいてるの?聞こえない…よ!」
刹那に距離をゼロにしその頭を掴み地面へ叩きつける。地面が爆ぜるように崩れその体は数百メートルの大地深くに埋もれていく。
「アッハハハハハ!!いいねいいねェ!人の身でありながら僕らの影と遜色のない位置にいるじゃないか!」
「うるさい」
斬撃が首に迫るが気にせず拳を振るい顔の下半分を消し飛ばす。その斬撃は首を斬り裂くが傷つくことなく弾かれた。世界を断とうとそれ以上の硬度の物は斬ることができない。
世界を断つ斬撃は世界という紙の上に書かれたイラストをペーパーカッターなどでそのまま両断するようなものだ。そして今の天内理子はその紙のイラスト部分が鋼鉄に変わったようなものだ。
「竈『開』」
次の一手として放たれるのは両面宿儺の最終奥義である。
領域によって切り抜かれた4キロの土塊は全てがサーモバリック爆薬と化し、その全てを消し飛ばす。領域内での被害規模は推定広島原爆の4万倍の威力を誇る。
サーモバリック爆薬が最高の上限を満たす範囲半径4キロを結界で区切る。領域と違い必中の術式付与は出ないがその場に残留している爆薬を密室に収めることはできる。
両手によって作られた燃えさかる紅蓮の矢は放たれた瞬間、周囲に破壊の限りをもたらす一撃となり────
それは霧散した。爆破しあまねく全てを破壊する力の本流は天内理子が指をパチンと鳴らした瞬間、逆再生するようにただの土塊へと戻って行った。
打つ手の無くなった神はそれでも笑い声を止めることはない。
「君はいつでも僕らのような神になれる!人の皮を破り、その姿を異形へと変貌させればね!」
首を締めあげられていても千の顔を持つ神は嗤う。愉快に、愉しげに。腹の口から言葉を紡ぐ。
「……」
「今回は楽しかったよ。次回はもっと面白いショーを用意しようか」
満足気に言葉を口にする。ここでこの端末を切り捨てるつもりなのだろう。
「私がただ喋らせてたと思ってるの?」
ティンダロスに住む最強の王は北欧神話のフェンリルの原型になったと言う逸話を持つ。北欧神話における最高神オーディンを喰らった神殺しの獣。
呪文の詠唱は刹那で終わった。
楽しげに全てを嘲笑っていたナイアルラトホテップ化身にゾワッと背筋を襲う悪寒。自身を見つめるその獰猛な瞳は明確な意思を帯びて見つめている。
この星に来て初めて捕食者の姿を見た。
「この星にいる全ての貴方の化身は補足した。全ての端末を処理させてもらうよ」
神とその恩恵を受けている存在には繋がりができる。
その繋がりを辿り、この地球上にあるナイアルラトホテップの化身、そして1度でもこの神の力を借りたことがある人間、その全てを完全に補足した。
その魂を、存在を、その全て吸い上げて喰らう。
ナイアルラトホテップが影としての端末ではなく外宇宙にいる本体を招来し抵抗すればこの吸収は失敗していただろう。
外宇宙級の存在に昇華し、地球上の全ての生き物が手が出せない相手になったとはいえそれでもその器は人間だ。ギリギリ地球内で活動できるスペックまで自身を抑えることができている。
だが外なる神程の強大な神格はこの星に存在するだけで歪みをきたす。だからこそ人間が召喚できるのはこの天体に影響のないレベルにまで劣化させた神の影だけである。
そして人間というおもちゃで愉悦を満たしているナイアルラトホテップはこの星に待機していた影を全て失ったとしても星を滅ぼすという選択を取ることはできない。
人間は外から神がやってくるほどの楽しみにする唯一無二の価値を持ったおもちゃなのだ。この愚かなおもちゃは次どこに生まれるか分からない。地球はそれだけ貴重なおもちゃ箱なのだ。
「これは……彼には悪いことしたね……置きみあげ……」
最後に何が言い残そうとしているが割り込むようにしてその頭を踏み潰す。なにかする前にその残滓を見つけて消滅させる。
吸い上げた魔力を廃棄する。貴重なリソースなことには違いはないがナイアルラトホテップのものだ。限りなく低いだろうがか、遅効性の何かを仕込んでる可能性はゼロではない
これで一段落といったところだ。
次にと後ろを振り向きボビーオロゴンのような外国人の方に視線を向ける。
「で、貴方は降参でいいんだね?」
「ソウダ。先二手ヲ出シタ責任ハ俺トル。」
天内理子は何かを考え込むように思考を巡らせると口を開く。
「貴方の使っていた呪具。どれくらいある?」
「在庫ハナイ。タダ作ルコトハデキル」
「私の元に降って、それとその紐量産して」
「オレノ集落ノ安全ハ保証シテモラウゾ」
「約束する」
ここにひとつの集落が人類の敵に与することになる。
黒縄の量産と最上位レベルの呪術師の参加は人知れず行われていた。
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俺が喜ぶので