特級呪詛師天内理子   作:宝生永夢ゥ

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特級殺し

同居人が増えて家の中も賑やかになってきた。

料理も手際よく作れるようになっていた。

 

「おじさんリモコン返して!」

 

「野球見ていつも文句言ってるくせに毎回見てる」

 

料理は理解できてからは楽しくなってきていた。

奥が深いのだ。少しの変化で味は大きく変わる。相手の好みの味を見つけるのはいいものだ。

黒井はこんな気分だったのだろうか。

 

「おいおい、ぼろ負けしてんじゃねぇか。今度は4番死んだのか」

 

「ソノチームハ控エモ死ンダ」

 

返事を聞き舌打ちを鳴らすと男はリモコンを放る。

 

「ほら返すぞ。ガキ共」

 

「べーだ」

 

菜々子はべーと舌を出し、美々子は術式がとおらない人形の首を引っ張っている。

 

「今からひと勝負するから飯作っといてくれ」

 

そう言って伏黒甚爾はこちらに一瞥することなく軽く手を振る。背後から音速を超えた速度でナイフが飛ぶがそれを彼は軽く受け止めそのまま投げてきた方向に軽く投げ返す。

この世界は混乱の危機になっているが想像していたほど社会が終わっているわけではない。どうしようもない自然災害のような扱いに落ち着いていった。突然人間が数百人死ぬ世界を人々は恐怖し、あきらめとともに許容している。

 

「あなたの分は作らないけど?」

 

こちらの言葉を無視して男は外に出る。あまりにも馴れ馴れしい。自分が殺そうとして、殺されかけた相手をなんだと思っているのだろうか。

 

「不思議ナヤツダ」

 

背後からボビーオロゴンみたいな外国人に声をかけられる。

ミゲルという名のアフリカで出会った呪術師だ。

彼には2人の護衛と2人が望んだ時の戦闘訓練をしてもらっている。本来は彼は向こうに残るはずだったが、彼らの集落の人間たちは頭髪の成長を促進させることで黒縄の量産を行っている。髪のないミゲルはやることがなかったのだ。

 

「打算ガアッタトハイエ、オマエモ大概ダゾ」

 

言外に大切な人間を殺されたのになと言っている。

理屈的なことをいえば伏黒甚爾という男は呪術と魔術に対する最強のカウンターだ。

 

「人である以上、繋がりは出来ちゃうんだよ」

 

確かに昔は殺したいほど憎かった。この手で殺せなかったことに憤りすら覚えていた。それは正当で場違いな感情だ。

本当に悪かったのは私だった。私が生きているからこんなことになった。いつも通り学校に行って、沖縄で遊ぶ日にちを伸ばして、散々みんなにわがまま言って、それがなかった未来は変わっていたかもしれない。だから今はそこまで憎んでいない。

 

「ソウイウモノカ」

 

「そういうも……」

 

直感が何かを告げている。それも

この直感は天内理子という人間のものではない。神話的事象に関わる世界の異物としての感覚だ。

次の瞬間、未来視が発動する。普段できるだけ未来視を使用しないようにしているがある条件では自動的に未来視が発動するように設定されている。

それが危機的未来の察知。天内理子が存在していても覆すことができない未来、大切な人々が危機に会う未来など先手を打たなければいけない未来を見ることができる。

 

 

今回見たのはそんな旧支配者が目を覚ます。

それも短期間で一斉に。終末の景色。

地獄というのは今見た景色のことをきっと言うのだろう。

そんな未来が見えた。

 

「これまずいかも」

 

本来の予定から大幅に計画の時期を短縮しなければ行けなくなった。元々の想定では5年から10年ほどの期間を想定して大まかに活動をしている。ほとんど猟犬に任せてそれなりの実力者を狩りに行く以外は家にいるだけなことは置いておいて。

 

大前提としてこの大規模な時間遡行計画に必須なものが3つある。

1つ目が、莫大な魔力。

2つ目が、莫大な呪力。

3つ目が、時間遡行を安定させるための儀式を行えるのに適した魔力が潤沢な土地。

 

1つ目2つ目が必要なのは、術式を使用して時間逆行を行うため。

呪魔複合術式『永劫回帰』

その名の通り呪術と魔術を組み合わせた術式である。

原理としては招来の呪文に近い。

時間を巻き戻し、戻した先の過去の逆行対象者の肉体に未来の逆行対象者の精神をそのまま呼び出す。

この呪文の問題は精神を過去に呼び出すという工程を踏むために、必要なコストが逆行対象者の格が高ければ高いほどかかるということだ。術式に目覚める前の必要なコストを1とすると目覚めた後の人間の頃が100、神話生物に両肩までズブズブになった今の状態は100,000程だろうか。

術式の性質上時間がかかればかかるほど必要な魔力と呪力の量が増えていってしまう。こんな悠長にやっていたら間違いなくコストが支払えなくなる。

でも解決方法は用意していた。強大な存在となってしまったならば存在としての格を落としてしまえばいいのだ。

今の私がここまでの力を持っているのはティンダロス側からの多大な支援があるからだ。

時間逆行の際に縛りを結び、ティンダロスとしての力を対価として使う。そうすることで強大な力を失うという縛りにより術式が安定がまし、私は自身の格を下げることが出来るというわけだ。それでも過去に戻れば術式も神格との繋がりも戻り過去でみんなを救えるだけの力を取り戻すことが出来るという手筈だ。

 

この力を使ってきてわかったことがある。

この『とがった時間(ティンダロス)』という術式は私本来の術式ではない。元々天内理子という人間が持っていた『時間に関係した何らかの術式』が同じく時に干渉することの出来るティンダロス達の力によって侵食されたことによって時間を操る万能の術式へと変化した。

時間逆行の際に縛りにティンダロスとしての力を担保として発動したとしても継続させることが出来る。消費するのに必要なリソースがあれば術式の続行は問題なくおこなえるはずだ。

 

猟犬達を使って人間を襲わせていたのは精神力を奪うことで呪力と共に魔力を確保するためだ。呪力だけを集めるのだったら正直悟たちと協力して呪霊を狩り続けるだけでもいい。

そして儀式の際に、縛りを結ぶ結ばないを関係なしにティンダロス側からの魔力支援を受けられない可能性がある。

ティンダロス側からすれば今の美味しい状況を巻き戻すメリットが皆無なのだ。元々彼らが私に求めていたのはティンダロスと現実世界を繋いで好き勝手に行き来できる門を作り出すことだ。その役目があるからこそ私が死ぬということがないように猟犬や王を呼び出すことが許されている。

 

そして次に問題になるのが儀式をするための土地だ。

これは補助装置のような役割での運用となる。

魔術儀式の為の魔法陣を描くことにより魔力と呪力を貯蔵し、その土地を使って安定度を高める。

大規模な時間逆行を行ったことがないため確実に成功させられるとは言えない。失敗を無くすためにできることはやれるだけやるべきの精神だ。

 

「最大の問題が残ってるよね」

 

旧支配者達の目覚め。

天内理子が術式を使用したことで、ティンダロスの血が呼び覚まされ、数多の神格がティンダロスにこの星を奪わせないために目覚めようとしている。

術式を使用した天内理子が存在する限り神話生物達の目覚めは止められない。だけど天内理子が術式を使用しなければ時間を巻き戻し過去に戻ったとしても、過去が変えられない。

術式がなければみんなを守りきることができない。私があの場で死ななければ黒井と傑は死ぬ。たけどその前に伏黒甚爾に殺されようとしたら皆は全力で止めるだろう。

それにもうあの場で死にたいとも思わない。ここまで犠牲を積み重ねてきて妥協なんて許されない。目指すのはみんな全員で笑顔でいられる世界なのだから。

だからその対策はないに等しい。他の人を過去に送ると言う可能性も考えたが精神が耐えられるかどうかが分からない。

納期を短縮したのだから早めに対策を考えなければならない。

 

 

 

───────────────────────────

 

「やあ、聞こえるかい?」

 

見知らぬ男の声が聞こえる。

受肉して目覚めたとしたらいの一番に声をかけてくる人間は一人しか思い浮かばない。

 

「約束と随分違うがどうゆう了見だ?」

 

「悪いね。今後に起きる混沌とした世界に殴り込みに行きたくてさ」

 

君たちの力が必要だと目の前の男は言う。

 

「宿儺様は?」

 

「器は産んだから。私はやるつもりは無いが会おうと思えばいつでも会えるよ」

 

「…………」

 

「そんな顔されても困るよ裏梅。器を作るのに自分の肉体を使うのがベストだったんだから」

 

どうやらキモイと思ってた感情が顔に出てしまっていたようだ。

 

「欲しい肉体があるんだ。この世界に合わせたレベルに宿儺の器を調整するために」

 

「宿儺様の為になるとはいえなぜ私が手を貸してやらねばならんのだ。」

 

「相手の力が未知数だからさ。それにちゃんとした器を用意しなければ場合によっては宿儺が受肉した瞬間、即死亡なんてことも有り得る」

 

「そんなことはありえん。宿儺様が負ける想定など意味などない」

 

────────────────────────────

 

「なんだこれは?」

 

見せられたのはこの世界の最上位の呪術師達の一戦。訳が分からない。呪術の全盛と言われた平安の世を生きてきた呪術師として数多の実力者達を見てきたという自負がある。

そして史上最強の呪術師、両面宿儺の従者として最強の存在をを誰よりもよく知っている。だがこれはレベルが違う。

これは災害だ。これは天変地異だ。人間という生き物が起こしていい現象ではない。

 

「だから言ったでしょ。受肉したての宿儺じゃあ死ぬかもしれないって」

 

「何がどうしたらこんな化け物が生まれ落ちるのだ!」

 

「私達は井の中の蛙だったってことだよ。だからこそ世界は面白いんだ」

 

理解できないのは仕方ない。でもそういうもの以上の説明を羂索は持ち合わせていない。1000年以上の月日を重ねて色々な経験をしてきたがここ1、2年はその全てに勝るとも劣らない出来事に満ちている。

 

「宿儺の為にも協力してくれないかな?」

 

「わかった。さっさとやることを教えろ」

 

断わる理由などなくなったあれに対抗するにはいくら宿儺様だろうと一筋縄ではいかない。あのお方の従者として最善を尽くさねば。

 

─────────────────────────────

 

「やあ、九十九由基。どんな男がタイプなんだい?」

 

彼女が人に声をかける時に発する第一声。それを真似する。

これから九十九由基になるのだから、この問いをかけることの練習でもしておこう。

 

「私にその問いをしてくるってことは知ってる口だね。君は何者かな?」

 

「天元の友人さ。古い古いね」

 

「天元のね」

 

九十九由基は怪訝そうな表情でこちらを見つめる。

 

「星漿体関連でもないんだろう。私に何の用だい」

 

「天元の名前を出したから警戒されてしまったかな?別に興味は無いよ星漿体なんてさ」

 

「本当になんの用なんだ?」

 

「君の体が欲しいんだ」

 

「体が欲しいって…初対面の相手とするのはって話題でもないよね。本題を話な」

 

「言葉通りの意味さ。君を殺してその肉体を乗っ取らせてもらう」

 

「それは情熱的なプロポーズ(宣戦布告)だね。せっかくのお誘いだが断らせてもらうよ」

 

浮遊する球体を手に取ると、ひとりでに九十九由基の周囲を飛行し始める。式神なのだろう。性能の予想はできない。

 

「残念だ。本当に残念だ」

 

「来世はもっと私好みの男になりな」

 

「ちなみにこれは時間稼ぎだよ。わざわざ話に付き合ってくれてありがとう」

 

その言葉と共に九十九由基は天から飛来した巨大な何かに押しつぶされた。天から降り注いだのは螺旋を描く巨大な氷塊だ。凍星の2つ名を持つ彼を象徴するような一撃。

この会話をしている間、氷塊は姿を完全に消していた。落ちてくることに気づかかないほど完璧に。

光屈呪法『虚光』。光屈呪法とは文字通り光の屈折率を操作することが出来る術式。虚光指定した対象の屈折率を一定期間操作することが出来る。

 

この世界のレベル上昇とともに羂索の術式も進化している。

羂索の術式効果は単純明快。乗っ取った体に宿る術式を自身の脳のキャパが許す限り無制限に保持することが出来る。

この術式はそのひとつ。

氷塊が落ちたのは目の前スレスレ数センチズレていたら巻き込まれていた。裏梅は確実に狙ってやっているだろう。

 

「今私も巻き込まれる位置に落としたよね?」

 

「貴様も一緒に巻き込まれ…!」

 

言葉は途中で区切り、自身の足元に複数枚の氷の盾を設置する。

 

「ちッ!」

 

氷塊の上にいた裏梅が砕かれた氷塊の破片と共に上空へと打ち上げられる。そこには式神を掴み、そのまま振りぬいた

不意打ちで持っていけたのは片腕のみ、その状態で氷塊が砕け散る一撃が放てるのはたいしたものだ。

 

「霜凪」

 

過冷却状態の呪力をぶつけ、対象を凍りつかせる氷凝呪法の真髄。回避できる隙もないほど広範囲に放たれる。

だが相手は現代最高峰の呪術師。凰輪を振り回すことでその重力を受けた冷えた空気が下に落ち、体に霜がつく程度の被害で突っ切っていく。攻撃を畳み掛けられる射程まで近づいた瞬間、視界の端で何かが煌めく。

直感に従い裏梅に向けて振りかぶった体勢のまま凰輪に仮想ではない質量を付与し無理やり体を下に落とす。

 

「収光」

 

屈折点を極限まで圧縮して光を収束することによりレーザー光線と化す。九十九由基が突っ込んでいたであろう場所を一筋の光が通過する。

 

「厄介なのはお前だな」

 

空中で体制を整え、丸まった式神が蹴り飛ばされる。

乾いた音が遅れて聞こえてくる。音を超えて飛来するそれを羂索は反射的に片腕を突き出し防ぐ。

触れた肉体が消し飛ばされていく。羂索は避けるでもなくただ目を瞑る。諦めたかのように見えるがその姿は陽炎のように揺らめいて。

 

「虚視ノ瞳」

 

当たっていたその一撃は空を切る。否、体がある場所をすり抜けて後方へ飛んでいく。

術者は自身の認識を完全に断ち切り、攻撃が当たったという結果を認識しないことで、その攻撃が当たらなかったことになる。

 

両者との距離を離した後、九十九由基は凰輪を呼び寄せ失った片腕を反転術式で治癒し始める。

氷の男は多少厄介だが氷はを凰輪で破壊すれば済む。凍結にだけ気をつけていれば特に問題は無い。

私の体を狙っている男は複数の術式を所持している可能性がある。1つ目の術式はおそらく光を操作することが出来る術式だ。光の屈折率を弄り姿を隠し、光を収束することでレーザーとする。2つ目の術式は概念に関わる何らかの術式だ。目を閉じることがトリガーなのかそれともほかの条件をカモフラージュしているのかは分からない。

3つ目これがおそらく最後の術式、肉体を乗っ取る術式。頭の縫い目から脳の移植だろうか。

現状推測できるのはこれくらいだが、もうひとつ術式を持っていてもおかしくない。脳のメモリー的にそれ以上の術式を持つのは不可能だろう。

警戒と推測をしているこちらを他所に目の前の男は落胆したように肩を落とす。

 

「同じ星漿体。同じ特級を冠するものでもこの程度かい?」

 

「あ?」

 

「星漿体に特別の価値があった訳ではなく彼女が特別なだけだ。それがわかったなら君はもう用済みだよ」

 

「まるで絶対に勝てるみたいな言い草じゃないか。舐められたものだね!」

 

防御の体制を取るよりも早く拳を振るい吹き飛ばす。術式の乗った拳が当たるよりも前に体が吹き飛んでいった。

 

「裏梅はもう帰っていいよ。他にやってもらうことあるし」

 

「貴様。ならわざわざ連れてこさせる必要なかっただろ」

 

「保険だよ保険。僕が死んだら困るだろう」

 

「死んでも死なんだろうに何を言ってる」

 

拳圧に吹き飛ばされた勢いを利用し、男の近くまで交代して舐めたことを話している。

 

「舐めやがって!」

 

振るわれた一撃は大地を砕き、割れた地面が宙を舞う。そのうち二つの岩石に仮想の質量を付与し、2人に向かって蹴り飛ばす。

裏梅は地面に足を叩きつけると巨大な氷の盾が石の破片を防ぐ。1人分の盾が一つの石の破片を。

 

「えっ?」

 

今の術式の範囲で自分だけ護られなかったことに驚きながら反射的に片手で防ぐ。

その破片は多少相手の腕を傷つける程度で迎撃されるが、背後に回り込み男に凰輪を巻き付ける。胴を捕まえる為放ったそれは回避行動を取られた結果片手に巻き付く。

 

「やばッ」

 

とてつもない質量が体にかかった瞬間、自身を反重力機構で浮かし飛んできた拳を上に落下することによって回避する。

上に落ちた羂索に追撃をかけるため空へ飛び出すと同時に羂索の上昇が止まる。

体にとてつもない荷重がかかり、九十九は空から叩き落とされ、地面に押し付けられる。これは重力だ。ならば先程の回避は術式反転により反重力で自身の重さを消すことで触れられないようにしていたのだ。舞い散る羽が掴もうとしたら手から逃げていくように。

 

重力がかかっていることを利用し凰輪に仮想の質量を可能な限り付与する。とてつもない質量を持ったことで重力により得た莫大なエネルギーは大地を砕きその衝撃で地面が割れる。重力発生のタイミングがわかった。後は、これから……

 

「面倒くさいからさっさと終わらせるよ」

 

結ばれる掌印は反叉合掌。

 

「領域展開」

 

胎蔵遍野

 

 

「くッ!領域展開」

 

相手の領域が先に完成する。結界を閉じず生得領域を具現化する事は、キャンバスを用いず空に絵を描くに等しき神業である。そんな相手に後手に回ってしまった。

反射的に領域を展開しようとするが外郭が生成されきるよりも前に破壊され、領域の展開そのものができない。

 

この状況は敗北は決定したと言ってもいい盤面だ。だから九十九由基は奥の手を使うことを渋らない。

重力崩壊によって空間は圧壊を始める。光が曲がり、万物が黒に沈む。ブラックホールが生成されはじめる。

 

「重力を操る割には想定が甘いんじゃないか!?」

 

こちらが手の内を曝け出していない状況からすればその通りではあるだろう。

本来、展開された領域の条件をあとから書き換えることは出来ない。閉じない領域を展開しているだけで相当ハチャメチャなことをしているのだ。このままでは領域もろともブラックホールに飲み込まれて私は死ぬだろう。

反重力機構の術式反転を以後使用禁止にする縛りにより術式の焼き切れをせずに領域に付与された術式効果を変更するという手もあったがここでわざわざリスクを取る必要はないだろう。なぜなら私は一人ではないのだから

 

「「領域展開『胎蔵遍野』」」

 

目の前にいる人間の声が二重になって背後から聞こえてくる。その後に広げられるのは重なり合う二つの領域。順転の反重力機構が付与された領域だ。

ブラックホールの飲み込みは進まない、いつまで経っても完成しない。それどころか万物を飲み込むその黒は少しづつ膨張し、霧散し始めている。

 

「な……んで…」

 

背後に視線を向けるとそこには10人近い男が立っていた。脳のメモリー的にそれ以上の術式を持つのは不可能なはずだ。外付けのメモリとなるものを使用した形跡などなかった。

 

「これは私の術式でね。分身を作る術で自分を増やしたんだ」

 

「本来ならこれだけの質の個体数を増やしちゃうと精神的に危ないんだけどね。それは神様からの知識で小細工したんだよ」

 

「ブラックホールについてだったかい?それなら反重力だよ。君が無制限に質量を付与し続けようと私は重力そのものを緩和し続ける」

 

「ブラックホールを生成した割には対処できる相手の対策が甘いんじゃないかい?」

 

重力使いなことはわかっていたろ?

質量とは物質が持つ固有の量に過ぎない。重さとして世界に作用するのは重力の影響受けてこそだ。いくら密度を増やそうとその現象にかかっている最後の力は重力だ。

重力崩壊を起こしている力を乖離させてしまえば何も起きない。

 

「さようなら九十九由基」

 

3重の領域が九十九由基の感覚を狂わせる。重力と反重力で上下方向の感覚は既になくもはや羂索を睨みつけることも出来ない。

羂索は心からの思いを彼女に伝える。

 

「それとありがとう。君のおかげであの子は化け物になったんだ」

 

 

───────────────────────────

その戦場に立っている人間は1人だ。

男は倒れ伏し、女はそこに立っている。

 

「ブラックホールを作ってくるとは。私じゃなかったら世界崩壊物だよ」

 

それに九十九の自爆特攻はいい線をいっていた。戦闘時には必ず本体も一緒にいなければいけない。だからブラックホールを完成させて、手加減をしていなければ領域と分身をまとめて道連れにできていただろう。

分身を作る術式には汎用性が高く便利で強力というあんな男が持っているにはもったいない術式だ。だが分身は耐久土が低く、戦闘時にエラーを起こす。そして分身が死ぬと本体に多少のフィードバックが発生する

週刊少年ジャンプに連載が載っていて、いい感じに巻数が続いてる忍者漫画の影分身を思い起こして貰えばいいだろう。あれと違いやられても死体は残るし、本体には経験ではなくダメージなど負の要素が強いが。そして戦闘中に本体から離れすぎた個体は咄嗟の判断が遅くなる。インターネット回線から離れすぎた携帯電話をネットを繋ごうとしてロードが何度も挟まるように。

フルスペックを発生させるには自分というデータ発信元が一緒にいなければいけないのだ。

 

自身の肉体を試すように軽く体を動かし、術式を試す。

軽く力を込めれば仮想の質量を付与された石が落下し岩が粉々に砕け散る。

 

「これで目的は達成だ。星漿体は神話生物との親和性が高いのかもしれないね」

 

かつて星漿体の素養のある人間たちは神の供物として捧げられて来たのかもしれない。だから天元という人から外れる力を有するものの楔として肉体を差し出していたという説だ。

そんな推論を思考しながら女は似合わぬ笑顔で笑う。

 

「たはは……神様は天内理子に消されちゃったから、ワンオペで頑張らないとね」

 

女は楽しそうにつぶやき立ち去っていく。

男の死体をひとつ残して。

 




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