あの後、自力で解決する策を考えても思いつかなかった。
過去に戻った時に、私の持つ本来の術式を行使できることにかけるというのが1番現実的ラインだが術式を起動できるかは分からない。伏黒甚爾に向かってみんなで天元様と同化するつもりないから殺さないでと命乞いをするという何とも情けない選択肢も存在する。盤星教が同化の可能性を潰えさせるために殺害を絶対条件にしていた場合は無理だろう。
結局戻った時に何とかするしかないのだ。
天内理子は少し寒さを感じてくるような高専の制服一枚で駅からの道のりを歩いていた。歩いているのは目的地に行くまでの気晴らしに散歩をしているというやつだ。賑やかだった街は閑散としてしまっている
最近は電車もまともに動かなくなっているようだ。人混みができると大量の被害が出るという可能性がわかったのだろう。パンデミックが起きた時と同じような対処法だ。
それに治安も悪くなっている終末世界というやつだ。
街中は恐怖で満ちた人間でいっぱいだった。社会が崩壊し暴力で奪い取る者もいる。生きるために他者から奪うことは脅威となる何かから身を守れることではない。
死は万物に訪れ、平等に全てを奪っていく。
だから警戒をしても無駄だ。
匂いがする腐臭と呼ばれる類いの匂いだ。
誰かが叫び閑散とした街中に悲鳴が飛び交う。異形の獣は角から飛び出して男も女も子供も大人も老人も犬も猫も鳥も目に映る全ての生命体を無差別に殺して回る。そこにできるのは地獄絵図だ。
世界の人口減少は急速に加速して行った。今まで世界の年間死者数は100万程の推移だった。だが今は半年で1億のペースにまで加速している。
「触手が生やせるようになった辺りから匂いには気をつけてたな」
誰にも語ることのなかった苦労を1人回想する。
素体が人間だから体から腐臭がすることはなかったが触手は別だ。どうにかこうにか触手から匂いを取り除く方法を考えてたどり着いたのは気合いで匂わない触手を出すというなんとも根性論極まれりな方法だ。出かけた帰りの道となると懐かしい気分になる。
そろそろ高専の敷地内に着くかなと思った頃に視界の先で何かがきらめく。一般人からすれば目にも止まらぬ早さに感じるそれは矢だ。
「来ちゃったか……」
言葉をこぼすと同時に飛来した矢が眼球に直撃する。
その鏃はその瞳を貫くことはなくひしゃげしまい、速度を無くした矢は地に落ちた。
「高専の呪術師だったら見逃してあげるから」
第二、第三の矢が降り注ぐがそれを服が傷つかないように素肌で受け止めるが、今度は毒が塗っておりヌメっとした嫌な感覚が手を伝う。手に着いた毒を払い言葉を重ねる。
「見逃してあげるから攻撃やめな」
相手からの返答はさらに多くの矢の雨だった。
高専の門番なのだろう。まあ呪詛師がやってきたらこういう対処なのも仕方ないが警告は聞き入れて欲しい。
「はぁ……」
1歩目を踏み出す。たった一歩の踏み込みで数百メートルの距離を踏破し敵対者の元に急接近する。
こちらに弓を向けていた呪術師の肩を握りその骨を砕く。絶叫をあげ、のたうち回るがこの位の怪我ならば硝子さんがサクッと直してくれるだろう。
「おいおいマジかよ!!」
「あなたはどうする?」
物陰に隠れていた呪術師に声をかける。相手は反射的に構えを取り簡易領域を広げようとするが私が領域内に入る寸前で自主的に解除する。
紙一重の判断だ。簡易領域内に入れていたら無傷では済まなかっただろう。
「あとで硝子さんに直してもらってね」
そう言い残しその場を後にする。
高専の校舎に向かって歩いていくと烏が何匹も飛んでいるのが見える、冥々と呼ばれる呪術師が烏を操ることができる術式だと硝子さんから聞いたことがある。確か視界も共有できるとかなんとか。
周囲に飛んでいる烏にアピールするように手を振ると前を向き直し歩みを進める。
高専の校舎の入口に着いた。
かつて短い間だったがここに所属していた時のように後者の扉を開き中に入っていく。手近なところから回ろうと保健室の扉を開けると見覚えのある姿が見える。
顔を見た瞬間に驚愕の表情を浮かべ、その後ビンタが飛んできた。
「天内!あんた何やってんだよ!」
「……」
どこかでみんなは思ってたのかもしれない。人を殺して呪詛師になったとしても、きっと頓挫して辞める日が来るかもしれないと。
私が答えることはない。何か言い訳する資格もない。有言実行しただけだ。これからも続けるのだ。だから彼女を真っ直ぐと見つめて言葉を紡ぐ。
「私の望む未来のために」
意思はブレない。願いは変わらない。
「私はあんたを応援なんてしない」
言葉を区切り何かをいいかけ、言葉を選び直す。
「やるんなら全力でやりきれ。がむしゃらにやって手を尽くして万策尽きるその時まで」
硝子さんは私に優しいから諦めたら許さないなんて言わない。硝子さんは普通の人だから私を肯定して頑張れとは言わない。
「てかあんた固くなりすぎじゃない?」
話が終わった硝子さんは雰囲気をかつての日常に戻すように手を振る。痛かったみたいだ。
「触り心地は普通の肌ですよ」
世界より硬いのに普通の肌の感触がするという世界の法則に反しているだけで私の肌は昔と変わらず乙女のもののままだ。
「五条あれから目覚めないんだけど何か知らない?」
悟が目を覚ましていないという事実に脳がフリーズを起こす。気絶させるために領域内で脳の処理速度に負荷はかけてはいた。だが、五条悟が数ヶ月目覚めないなんてことが起きるほどのことはしていない。
「悟が活動してるって噂は聞いてたんですけど…」
「あんなのフェイク情報だよ。暴れる呪詛師とかの牽制のために流してただけ、海外からこっちに一瞬で帰って来れるって方が脅威度高くなるだろ」
「確かにそうですね」
実際、悟の動きを警戒して動けなかった時期があった側からすると否定は出来ない。それほど五条悟という人間の与える影響力は絶大であるということだ。
「とりあえず時間を戻しますね」
「私からも頼もうとしてた。お願い」
悟の肉体の時間を戻す。もしも侵食領域に侵入した副作用のようなものだとしても肉体の時間を戻せば意識をもどっていた状態にもどる。
「な……!」
だから術式が弾かれたことに驚愕する。ナイアルラトホテップでさえ術式を受けてからその効果を切り裂く。いわば後手に回っての対処だった。だが今回は術式が干渉する前に対処されたのだ。
「戻せない……悟の方から干渉を封じられてる?」
少しの時間だったがお話はおしまいだ。久しぶりに話せて懐かしかったし楽しかった。本来、高専と呪詛師は相容れることはない。本当は七海さんとか灰原くん、先生にも挨拶したかったが皆、反撃されないことを活かして無尽蔵に湧く猟犬を倒し続けている。
心は晴れ晴れとしている。心残りは無くなった。
「悟が起きたら伝えてください」
「何を?」
「12月24日に儀式を始めるから止めてみろと」
「なんでわざわざクリスマスなんかに?」
「人類が時を刻み始めた世界共通の座標軸。人から生まれ落ちていながら神のように崇められた聖人の生誕の日」
人類が想像できる範囲でしかない神のみわざがここまで信奉されているなど笑えてくる。土地神と崇められた呪いは存在する。旧支配者と呼ばれるこの星に眠るかつてこの星の頂点だった邪神が眠っている。外なる神と呼ばれる白痴の魔王に連なるこの天体などでは存在することすら出来ない邪神が彼方からこちらを見ている。私のように例外的に矮小の身でありながら邪神の素養がある人間が居る。
この呪いの世が示す神とは負の存在だ。人々が崇める神神は人のために恩恵をもたらす正の存在であり、残念ながらそんなものは存在しない。偽りの始まりの日は。
「世界をやり直すにはちょうどいい日でしょう?」
「なんでそれを教えるんだよ。」
「誰しも抗う権利があるから」
そう言って少女はもう振り返らない。この学校で学べた期間は1年と短い時間でしかない。それでも得たものがあった。大切な思い出があった。だけど、その全てをかなぐり捨てても叶えたい願いがある。
「私は道に立ち塞がるあまねく全てを叩き潰していく」
誰にも抗う権利はある。少女だって今望んでいなかった過去に抗っている最中だ。だから彼女は抗うことを否定しない。そのチャンスは巡ってくるべきだ。
ただ自身はエゴを押し通すためその全てを蹂躙していく。
そういう道を選んだのだ。
高専の敷地外をぬけて侵食領域が残る新宿に足を踏み入れる。最低限の入口しか空けていなかった領域を広げていき、そこから大量のティンダロスの猟犬が飛び出していく。
数多いるティンダロスの王がその領域から姿を表していく。
「さぁ、始めようか」
虐殺は加速する。
必要分より多く。余剰に、過剰に、過度に、過多に、過大に、オーバーに言葉が尽きるほど集めて集めて集め続ける。
失敗なんて許されないのだから。
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