コウマが討つ!   作:兜割り

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更新に間が空いて申し訳ありません。
今回の話で一端区切りですが、風邪を引きながら書いたので雑になっているかもしれません。
では、どうぞ。


第十話

終わった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ッ―――!」

 

コウマが顔に手をやると、自分の顔が汗だくであると意識した時、急激な疲労感が襲ってきた。

これまで高まっていた緊張感が一気に低下すると、自分がどれだけ体力を消耗していたかよく判る。できるだけ長く、命を燃やすように深く、吸い込むように大きく深呼吸を行う。

身体を包む灼熱の感覚が治まると広がっていた感覚も元に戻り始める。

 

「っ――」

 

感覚が通常の状態に戻った時、思わず脇腹を押さえる。そこでようやく自分が脇腹を殴られていたことを思い出した。

殴られた一撃が、響いている。

痛みと疲労でこのまま倒れてしまいたくなるが、再び深呼吸をして残っている気力を振り絞り、隠れているクロメを探す。

クロメはいた。木で身体を隠してこちらを見ていた。

 

(また怖がらせてしまったかな……)

 

そんなことを思いながら、彼女を安心させるため考える。

痛みで歪みそうになるが我慢して、顔を出来る限りの笑みの形にする。そのまま右の親指を上げて見せた。

クロメの不安そうな顔が明るくなり、こちらに走ってきてくれた。

 

 

 

 

 

コウマとクロメが一息つく場所に選んだのは、『女王』によって切断された木の根元だった。

コウマは、クロメに身体を支えてもらってそこに辿り着く。

 

「もうすぐしたら、俺の仲間がくると思う……。だから、ここで待ってよう」

 

その一言を聞き、クロメはコクリと頷く。

脇腹の痛みがまだあるが、手で押さえて我慢する。

するとクロメがこちらを見ていた。

 

「大丈夫?」

「ああ……まぁ、大丈夫。こんなの父さんとの訓練で慣れっこだよ」

 

うん、と頷くクロメを見て気付いた。彼女の身体が僅かに震えているのを。

クロメはそのまま膝を抱えて、小さな声で呟いた。

 

「よかったぁ……」

「……泣いているのか?」

 

膝を抱える力が強くなる。まるで自分自身を小さくしているように見えた。

 

「あんな風に飛ばされるから……最初、死んじゃったかと思った」

 

『女王』の攻撃を受けた時、コウマは落下の衝撃と地面を擦った結果、ギリギリギリと身体の外と内、両方に響き渡る痛みを与えた。クロメからすればその痛みで死んでもおかしくないと思ったのだ。

未知の場所は人を不安にさせる。それは人が捨てることのできない本能的な恐怖だ。

そんな場所にコウマを失い、一人になってしまえばクロメの心は潰れていただろう。

コウマはどうしていいかわからず、抱きしめるべきか、あるいは頭を撫でるべきかと考えるが、経験の少なさゆえ気の利いた行動にでることができなかったので、言葉による励ましを選んだ。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。ほら、こうして生きているし、悪い危険種もやっつけた。もう大丈夫なんだよ」

「本当に?」

「うん、本当だよ」

 

コウマの言葉をようやく受け止めることができたのか、笑みの表情を作ると目を伏せた。

それに、コウマは僅かな焦りを得るが小さな寝息を立てていることに気付いた。

眠っている。そう思い、一瞬なんて物騒なことを考えた自分を戒める。

空いている手でクロメの頭を撫でる。

 

「ありがとう……君のおかげで俺は助かった」

 

あの時、コウマは生きることを放棄していた。だが、そのコウマは正気に戻してくれたのはクロメのおかげだ。

 

(ありがとう……君は正しいことをしたんだよ)

 

心の中でもう一度、礼をいう。

安堵の寝顔を見たときだ。土を踏む足音が聞こえる。

森の闇の中から、一人の少女と巨大なオオカミが姿を現した―――。

 

「やっと来たか……、サキ、キバ」

「お待たせして申し訳ありません……、コウマ様」

「ウォン!」

 

汚れボロボロの着物に身を包んだサキと毛が大きく乱れているキバだ。

 

「なら……この悪夢のような出来事を終わらせよう……」

 

コウマはここでようやく安堵の笑いを浮かべることができた。

きっと、サキとキバがやってくると信じていた。

そこには、家族として育ったからこそ感じることのできる絆があった―――。

 

 

 

 

 

空の色はすでに青から橙へ。

『女王』の死骸に火をつけ完全に燃えるまでに時間がかかった。

キバの上に乗り、ブレイドホーネットの巣に向かう。

体毛のせいでそのまま眠りたい衝動にコウマは襲われるが、腕をつねることで目を覚ます。

後ろには眠っているクロメと周りを警戒しているサキがいる。

 

「大丈夫か、サキ?疲れていたら言ってよ?眠っても大丈夫だからな」

「大丈夫です。それに……今、眠ったらそのまま死んでしまいそうで嫌なんです」

「そんなの物語の中だけだよ」

 

苦笑すると、サキも苦笑した。視線をクロメに移して、

 

(こんな女の子を樹海に放り込むなんて帝都はいったいどうなっているんでしょう)

 

コウマから聞いた事情をクロメの髪を軽く撫でながら思う。

自分たちのような特殊な環境で育った子供ではなく、七歳ほどのどこにでもいる女の子だ。

そんな子が危険種が生息する樹海で生きていることは奇跡といえよう。

 

(なんだか、似てますね……)

 

思い出すのは、四年前の金剛餓狼の襲撃。

あの頃の自分も危険種に襲われた時、コウマの手によって助けられた。あの場所に何故いたのかコウマに聞いた時、野次馬のようなものと言われて驚いた。

運が良かった、それだけだ。

けど、それでもいい。

自分の命を救ってくれたのはコウマなのだ。その結果は変わらない。

助けてくれたコウマを助けてあげたい、それがサキを動かす原動力だ。

 

(そういえば、抱きしめてくれたのはあの時だけですね……)

 

コウマと共に暮らしているが、抱きしめられたのはあの時が最後だ。

抱きしめられた時のことを思い出すと心が温かくなり、つい笑みがでてしまった。

 

「……なにか面白いことがあったのか?」

「あ、いえ……この子、よく頑張ったなと」

 

コウマの疑問を適当に返す。

笑みを見られたことが急に恥ずかしくなり、顔が熱くなった時、キバの足が止まる。目的地についたようだ。

 

 

 

 

 

キバとサキを入り口に待たせ、巣の中に進んでいく。

巣にされた洞窟の通路はブレイドホーネットの変質した粘着体液が壁を覆い、巨大生物の内臓のように緩やかな襞を作っている。

コウマは両手の手甲から爪を伸ばして、巣に踏み込んでいく。

悪臭に顔を歪めながら、『女王』がいたであろう間に辿り着いた。

地獄絵図。

広間の光景を見ての感想だった。

壁にはブレイドホーネットに寄生されたであろう少年少女たちの死体があっちこっちにあった。死体の胸は外側に弾けたように開き、悪趣味な装飾のようにぶら下がっていた。床には、ブレイドホーネットの死体の残骸。剣で斬られたとも貫かれた姿ではなく、全て噛み砕かれたような状態だった。

 

「う、うおおおおおっっっ!!」

 

コウマは無念の叫びを腹の底から吐き出した。

ブレイドホーネットに対する怒り、子供たちを樹海に放り込んだ帝都の人間に対する怒り、自分の無力に対する怒りが心中をかき回す。

コウマは感情のままに残った炸裂弾を投げ、そのまま出口へと走った。

爆発によって、少年少女たちの死体もブレイドホーネットの死骸も吹き飛び、衝撃によって洞窟も崩れていった。

 

(こんな形で……本当にすまない……)

 

目じりから涙を流しながら、少年は、ひたすら走る。

 

 

 

 

 

夜の樹海の中に影が座り込んでいる。

巨大なオオカミを枕にして肩から外套を羽織り、尻の下、腿にも外套を掛けているコウマたちだ。

外套は子供たちが持っていたであろう物で、キバが持ってきてくれた。死者の遺物を使うことに抵抗感はあったが、この状況で四の五のいう余裕はなかった。

今、明日の早朝の出立に控えて休息を取っていた。

サキとクロメの小さな寝息が聞こえる中、コウマだけが起きていた。

周りを警戒しているわけではない。

危機感知能力は人間のコウマたちより、危険種のキバの方が高い。その能力は眠っていても健在であり、敵が近づいてくればすぐに知らせてくれるだろう。

だが、眠れない。その理由は……

 

(……あの感覚と熱)

 

『女王』との戦い。

炎のように途方も無い熱さが身体の中を駆け巡って、出来るはずもないことを実行しようとした。

しかし身体を動かした感触でその身ができると嫌でも理解できた。

自分の筈なのに自分ではないような感覚だった。

小太刀を強く握り締める。妖刀の類でもない、里で作られた小太刀だ。

 

「…………」

 

分からない。

考える頭と身体も、疲労によって、上手く働いてくれない。

いや、それは皆も同じだ。サキも疲労が溜まっていたのだろう。

 

(……特にサキがな)

 

崩れる洞窟から撤退した後、コウマの無事な様子に笑顔を作りながら大きく手を振って迎えてくれた。

だが、この樹海で休息をとるといった後、すぐに寝てしまった。

『女王』との戦いで乱入者が現れなかったのは彼女の活躍が大きいだろう。彼女には感謝してもしきれない。

自分との間に眠り続けているクロメを挟んでサキの顔を見る

無意識にサキの頭に手を乗せ、黙って頭を撫でた。何も言わない代わりに、今の気持ちを込めるように何度も撫でる。

何度も何度も、何度でも。

 

「ん……むぅ……」

 

クロメとはまた違った髪の感触がコウマの手を通り抜け、指が触れるたびにサキから嬉しそうな声が出る。

 

(……なんか癖になりそう)

 

奇妙なことを考えながら、もちろん手はなでりなでりとサキの頭を撫で続ける。

 

(本当に……ありがとう)

 

そこで急速に思考が鈍り、意識が切れていくのを自覚する。

肉体的にも、精神的にも疲労していたコウマは、そのまま考える事を止めると眠りへと落ちていった

 

 

 

 

 

起きたクロメが最初に感じたのは空腹だった。

日の光も、時間も関係なく、腹が寂しくなり起きたのだ。

空は寝ている間に黒に白が混じったくらいの明るさで、まだ小さな星がいくつもチカチカと光っている。

体温を感じて左右を見るとコウマと似たような格好をした少女が眠っている。

心強い存在が側にいてくれているので、ホッと安心し、頭を『枕』に預ける。

 

「……え?」

 

自分が寝ているであろう『枕』はフカフカで心地もよいといえるものであったが、異常を感じた。

睡魔から目覚めた頭が『枕』の持つはずでない温かさを感じる。しかも、『枕』はゆっくりと上下に動いている。

恐る恐る顔を向けると『枕』の正体―――巨大なオオカミであることに気付き、目を合わせてしまったクロメは気絶という形で再び眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

「……行ってしまったか」

 

と、朝、コウマは地面に触れてそう呟いた。

場所は樹海を抜け出したところにある広場だ。

 

「かなりの人がここに滞在していたことは、隠しきれないからな」

 

一見、何の変哲もない場所だが、地面には僅かながら窪みがいくつか存在しており、この場所でテントを張っていたことがわかる。

しかし、すでに撤退をして離れてしまっていた。

思わず舌打ちをしてしまう。

こんな非道なことをした人間の顔を見て起きたかったが、逃げられてしまったものはしょうがない。

 

「コウマ様~!」

 

キバの背に乗ったサキがこちらにやってきた。後にはクロメがしがみついている。

 

「どう?クロメのお姉ちゃんは見つかったか?」

「いいえ。見つかりませんでした。死体も……」

 

サキとキバはクロメの姉を探すために樹海に残ってもらった。クロメの身体に残る匂いをキバが辿れば、見つかるかもしれなかったからだ。

最悪の場合、死体で見つかった時はクロメにそれが本物か確かめさせるために同行させた。

……キバに嗅がれる際と乗っている時にはガチガチに震えていたが。

 

「となると、帝国の奴らと一緒にこの場を離れたってことか……」

「お姉ちゃん……」

 

コウマの結論にクロメが涙目になる。

その姿を見て心を痛める二人はこれからのことを話し合う。

 

「コウマ様、クロメちゃんを里に連れていきませんか?」

「…………」

「あの子、もう天涯孤独の身です。帝都に戻すなんてもっともです。アサカさんの村に預けるのもまずいと思いますし……」

「わかってるよ……」

 

クロメのそばでしゃがんで視線を合わせ、手を差し出す。

 

「クロメ……俺たちと一緒に来ないかい?」

 

子供のクロメが無事に生きていくのはそれしか方法がない。

クロメはコウマの手をじっと見る。

 

「……お姉ちゃんをいつか一緒に探してくれる?」

 

クロメの小さいながらも、思いがこもった声が響く。

その声にコウマは―――

 

「ああ、必ずだ。必ず、君のお姉ちゃんを探してやる」

 

絶対の思いを込めて返した。

その言葉にクロメは顔に笑みを得ると、コウマの手を握り返した。

その握り合った手重なる手。

 

「私も手伝います!」

 

サキの言葉でクロメの手の力が強くなる。

 

「よろしく……お願いします!!」

 

少女の大きな声が強く響いた。

 

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