最近、パソコンに触れる時間がなかったこととこれからの展開に悩み、書いては消して書いては消してが続いてしまいました。
長くなりましたが第十三話をどうぞ。
第十三話
決意から七年の時が経ち―――
「せりゃ―――っ!!」
山間ののどかな集落の中に、木造の大きな屋敷があった。
その屋敷に隣接している道場では、早朝から激しい稽古が行われている。
向かいあうのは動きやすい服の上に武具を身につけた二人。面をしており、顔はわからないが、片方の背は高い。
背の低い方が、荒々しく木刀を振るい飛び込んでいくと、いま一人が流水のように受け流し、相手の胴を払う。
パァンッ―――!
風を切り裂く木刀と胴の武具がぶつかり、破裂したかのような音を放つ。
「ぐっ!」
胴の衝撃に一瞬の間怯み、振り向きざまにさらなる反撃を試みるが、頭部に衝撃が走り、続いて腕にも衝撃が走った。
バシッ、バシッ、バシッ。
小気味がいいほどに連続で叩かれる。
あたりに凄まじい音が響く。力が籠められ、速さを身につけた木刀が真剣だったら、武具を切り裂いて相手の骨に到達していただろう。
「ほら、どうした。良かったのは最初の気合いだけだぞ。……足をおろそかにするな!それでは打ってくださいといっているようなものだ!」
一方的に攻め続ける面から若い男の声が飛び出し、滅茶苦茶に打ち据えられてフラフラになる相手を叱る。
さばききれずに倒れると、男はすかさず脇腹に蹴りを入れようとする。休むこともままならない、厳しい荒稽古だ。
何も知らない者が見たら、それは稽古というよりも苛め、あるいは折檻に見えただろう。
しかし、ここではこれが日常なのだ。
「っ」
倒れた状態から腕を上げて蹴りを防ぐことで、その威力を利用して後方に下がる。
体勢を立て直し、荒い息のまま再び木刀を構える。
「そうだ、まず両足でしっかりと立て。どんな戦いでも足で立たなければ始まらない」
男の声に喜びの色が混じるが、木刀はしっかりと構えられている。
「せええい!」
息を整え、裂帛の気合いとともに、真正面から木刀を小脇に構えて、身体ごと突っ込むような突きを放つ。
「ほう」
男から感嘆の声が漏れる。
だが、気合いの籠められた一撃は外れ、木刀が振るわれる。
それが視界に入り身を反らし、回避しようとする。だが、身体の節々が痛みによって思い通りに動かない。
「っ!」
そんな身体に鞭を打ち、何とか木刀をかわした瞬間、鈍い痛みが走る。
見ると男の足が突き刺さっており、理解した時には息が詰まっていた。
かかとが床を離れ、勢いとともに綺麗にぶっ飛んだ。
「失礼します」
そういって、道場の引き戸が開かれる。
着物に身を包んだ古風で楚々とした顔立ちの少女が、姿を現す。そのすぐ脇の道場の板壁に吹っ飛ばされた面の人物が背中からぶつかる。
ドンッ!
しかし、少女は慌てず騒がずに口を開く。
「いつもの稽古お疲れ様です。朝食の準備ができましたよ」
そう堅苦しい表情で告げるのはこの屋敷で暮らす一人のサキだ。
「もうそんな時間か?……わかった。着替えたら行く」
烈火の如き攻めを続けていた男―――コウマはようやく構えを解いた。
「クロメ。朝練はこれぐらいにしとくぞ。道場の雑巾がけをしておくように」
「は、はい」
壁にめり込んだままのクロメは小さな声で返事を返した。
稽古でクロメがボロボロにされることは日常茶飯事であり、この家の住人ならば見慣れた光景で、驚くに当たらないのだ。
(今回もついてこられましたね……後で何か甘いものを上げましょうか。それにしてもクロメちゃん、ドンドン強くなってますね)
クロメに修行をつけて七年。
女と男ではやはり体力的な違いは大きく、稽古の方法も自然と違ってくる。
そこでサキが基礎となる訓練、コウマが応用を加えた訓練を合わせた、徹底的なスパルタ特訓を行い、鍛えた。
激しい特訓でクロメが音を上げることを心のどこかで二人は期待していたが、本人の姉と再会するという原動力のためかクロメは諦めることなく、二人の特訓を受け続けた。
そして、幸か不幸かクロメの天分の才能は開花されてしまった。
クロメには闘い―――正確には殺しの才能を持っていた。
『影』に伝わる暗殺による戦い方をクロメはスポンジが水を吸い取るように吸収していき、力と技を身につけていった。
危険種を狩る時の実力も、同年代と比べて格段に上だ。
恐らくは一人で一級危険種を倒すことができるだろう。
この才能に気付いてしまい、『どうしてこの子にこんな才能を与えた』、『才能がなければ、諦めて里の娘として人生が楽しめたはず……』と嘆いた。
(クロメちゃんは優しい子です……そんな子が闘いという環境に耐えることができるか、それが心配です)
クロメが強くなるのを見るたびにサキは『これでよかったのか?』とよく自問するようになった。
「今日もこっぴどくやられましたね、クロメちゃん」
「うー、防具をつけていても痛いよ」
着物に着替えているが、打たれた箇所をさする。
そんなクロメをマイがコロコロと笑う。
新たにご飯を入れられたお椀をマイから受け取りコウマを睨む。
「私も女の子だよ。もう少し手加減してくれてもいいんじゃないかな」
「コウマ、お前な、例えスパルタでも女の子の肌に傷を残すようなことするなよっていってるだろ」
コウマの隣に座るタイガもじっと睨んでくる。
「大丈夫だよ、父さん。クロメはたくましく育ってくれてるから。あと、父さんに教え子には優しくしろなんて言われたくない」
「俺、なにかしたか?」
「胸に手を当てて、自分の過去を振り返ってみれば……」
胸に手を当てて目をつぶり思い出そうとするタイガ。そして―――
「ああ。―――さっぱりわからん」
「このダメ親父!!」
思わず手に持っていた箸で父親の喉を突こうとする。
だが、割り込んできたタイガの指に挟まり、防がれてしまう。
力を入れてグググと少しずつ進ませる。
「朝から暴れないでください。二人ともご飯抜きにしますよ」
二人の喧嘩をマイが止める。
この一家の胃袋はマイが掴んでいるのだ。
タイガとコウマも人並みの料理を作ることができるが、やはり長年料理を作ってきたマイの手料理に比べると格段に落ちる。
二人は渋々、喧嘩をやめた。
そこで会話に入ってこないサキがコウマの目が移った。
「どうした、サキ。箸が進んでないけど」
「いっ、いえ……その」
コウマは気付いた。サキがいつもと違うこと。
「なにか言いたいことがあるならいってくれ。俺にできることなら」
「……じゃあ、お願いが一つあるんですけど」
そこでタイガが手を軽く上げた。
「あー待て。家族的な演出のためにここは俺が当ててやる」
「父さん、わかるの?」
「任せろ。……よし」
「解った?」
うむ、とタイガは即座に頷いた。
「食事の量について話をしたいんだな!箸が進まないのもそれが理由だ。サキも女の子だから体重について―――痛っ!マイ、いきなりなにしやがる!」
「いえ、あなたに塩を渡そうとしただけです」
サキの顔を見ると真っ赤になっていた。
その顔を見たタイガが自分の予想が違っていることに気付いたようだ。
「里の長になれば、家庭事情にも疎くなる……か。息子として、なんかガッカリだ」
「タイガさんって、デリカシーないんだね」
「この人ってば、異性については昔からこんな感じなんです。……まぁ、お蔭で浮ついた話がないんですけど」
家族からの様々な評価にタイガは口元を隠し、
「今のは単なる冗談だ。次、次が本番だ。わかったな?」
「どうせ当たらないのに、……そんなに自分の首を絞めるのが好きなの?」
コウマの味噌汁に大量の塩をぶち込まれる。
短い悲鳴が響くなか、タイガはじっくりと考え―――
「さっぱり、わからん」
次の瞬間、タイガは四人から様々な物をぶつけられた。
「え~、私のお願いはですね。私たちに蜂蜜採りの許可をと」
「蜂蜜!!」
蜂蜜採りと聞いてクロメは食事が終わったあと、顔にウキウキとしたものを浮かべる。
「うお、テンション高っ!」
「だって、久しぶりの蜂蜜、いや甘い物だよ!興奮せずにはいられないよ!」
「何せここは、帝都から離れたカルラの里だ。木の実か爺くさい菓子しかないしな」
「父さんが蜂蜜禁止令なんか出すからね……」
蜂蜜禁止令は、子供は保護者を連れずに蜂蜜採りに行ってはならないというものだ。
タイガの言った通り、お菓子などの甘味はほとんどなく、子供たちは木の実などを採って食べている。
その中で蜂蜜は子供たちには喉から手が出るほど欲しい一品だった。
だが、暗殺者集団の『影』とはいえ子供。
毒物に耐性のある身体でも蜂に刺されてしまえば、最悪の場合、死ぬこともあり得る。
考えた末に生まれたのが蜂蜜禁止令だ。
「クロメちゃんも頑張ってることだし、ご褒美として許可するよ」
「っ!」
「ありがとうございます。タイガ様」
喜びのあまり、ガッツポーズを決めるクロメと頭を下げるサキ。
「あ、コウマ様も一緒にどうですか?」
「俺もか……んー」
「おっとコウマは後で俺と話があるからダメだ」
タイガの言葉にサキはガックリとうなだれた。
「父さん。話って?」
「……」
タイガが文机を前にし、手紙を持ちながら難しい顔をしていた。
「……なんか難しい顔をしてるけど」
「ほらアサカさんが村長やってるシナモ村あるだろ?そこから手紙が届いたんだが……」
「問題でもあった?」
コウマの問いにタイガは持っていた手紙を投げ渡した。クルクルと手裏剣のように飛んできた手紙を受け取り目を通す。
「ロウレンモンキーが畑を荒らす……ね」
「収穫物の半数以上をロウレンモンキーに食い荒らされてしまったってな。退治なり抵抗を試みたそうだが、返り討ちにあって負傷者も出ている。せっかくの収穫期だからな。俺たちに助けてほしいってよ」
ロウレンモンキーは山林や森などに生息する猿だが、個体の能力は低く、逃げ足だけが取り柄の三級危険種だ。だが、人がそうであるように多数で結託して畑を食い荒らしたり、集落を襲ったりする上に繁殖力が強く、どれほど駆逐しようとも森の中で再び集団を結成して舞い戻ってくる困った生き物なのだ。亜種としてはロウセイモンキーなどが存在する。
「ロウレンモンキーって山に生息する奴らだったはず。なんで人の住む村まで?」
「ああ、俺もそこが気になってな。生き物ってのは、ある一定の場所で餌をとるのが多い。ロウレンモンキーもそういう奴だ。そんな奴らが畑を襲うのはおかしい」
「つまり、退治と同時に原因を突き止めてこいってこと?」
「その通り」
どこか嬉しそうな声でタイガが言った。
コウマとしても断る理由がないので、蜂蜜採りから帰ってきたクロメとサキ、コウを連れて出発した。
人間が成長するように危険種も成長する金剛餓狼のコウも成長し、大人三人を背に乗せられるほど大きくなっていた。
「なるほど、クロメが一人でな」
「ええ、気配を殺して煙を使って」
風のような速さで走るコウに乗っているため会話をするコウマとサキの二人。
舌を噛まないで喋れるのは慣れと言えるだろう。
「ラー、ラーララ、タララ~ラ~、ララ~、イヤッホウ」
その二人に挟まれる形で乗るクロメは鼻歌にも似た歓喜の声が溢れさせ、体を小さく揺らし、喜びを表現していた。
手にはクロメの顔より一回り大きい土色の塊があり、半透明な液体がたっぷりと染み込んで宝石のように光っていた。
「あーん、もぐ」
クロメは蜂の巣を千切り一口サイズで頬張り始める。
「んー、濃厚で甘酸っぱい」
蜂蜜の美味しさの感動を濃縮さし、顔いっぱいに澄んだ笑みを広げていく。
「なぁ、後で俺にも一つくれよな」
「ダメ」
「……」
返ってきたのは即答だった。その答えに何の迷いも無い。
一瞬、コウマが硬直するが、すぐさま気を取り直す。
「そんなこと言わずにな、な?」
「イヤ」
やはり即答だった。
自らが手に入れた獲物は決して渡さない非情の狩人がそこにいた。
今度は千切らずにかぶりつく。
コウマの背後でビチャビチャと蜂蜜が食べられる音がする。
その様はコウマに見せびらかすようであった。
「じゃあ、私にはくれますか?」
「ん。はい、サキ」
これまでの拒否が嘘のようにあっさりとサキに蜂の巣を差し出すクロメ。
「ありがとうございます」
「おい、ちょっとまて」
納得がいかないコウマがツッコミを入れるがクロメは無視する。
「……特訓の際は覚悟しておけよ!」
「この蜂蜜は……絶対あげない!」
「あ、ははは」
乾いた笑いしか出せないサキは渡された蜂の巣を千切り、食べることに集中した。
シナモ村に着いた時には大きかった蜂の巣は残っていなかった。
コウマたちがシナモ村に来るのはすでに十を超えている。
一回目はブレイドホーネットの退治に向かった時、二回目はクロメを里に連れていき、無事であることを知らせる時にこの村に来た。
その際、ブレイドホーネットの死骸を持っていこうとした男たちについて聞いたがあまりいい話は聞けなかった。
それからはアサカの作る薬などをもらうためにちょくちょく来ている。
かつて来た時と変わらない風景だが、どちらかと言えば以前の方が穏やかさを感じた。
その差を作り出しているのは人の作り出すピリピリとした緊張感で、ロウレンモンキーの被害を受けたことによる意思そのものだ。
それがかつてのシナモ村との違いを表していた。
「原因を聞く、方法を教える、退治する。状況次第ですけど長くとも二日はかかりますね」
「まぁ、父さんには一泊するかもって言ってあるから大丈夫だ。それに長くかかるようだったら手紙を出す。ロウレンモンキー全て退治、それで終わりなら簡単なんだがな」
「森は深く被害の範囲は広がっていると聞きます。その案を実行するには私たちだけでは不可能です」
「……となると村の人間自身がこれからもどうにか出来る方法を考えないといけないな」
肩を並べて二人はアサカの家に進んでいく。
さすがのクロメも『大人の会話』には口を挟めないので、仲良く話しているように見えなくも無い二人に向かって、羨ましそうな視線を向けるがそれ以上の事はせずに黙っていた。
「コウマさん、サキさん、クロメさん。来てくださってありがとうございます」
シナモ村の村長、アサカが挨拶をする。
「アサカさんは私たち『影』の人のために助けてくれている御方、いつでも力を貸します」
「サキの言う通りだ、そんなに畏まらないでください」
「……」
それを受けるコウマとサキ。その一歩後ろでクロメが頭を下げる。
「では手紙に書かれなかった詳細をお聞きしたいと思います。話してくれませんか?」
「はい。まず事の起こりは一ヶ月ほど前になりますが―――」
薬の匂いが立ち込める家の中で、話し合いを始めた。
大急ぎで書いたため話が雑になっているかもしれません。
年内にもう一話投稿したいなぁ。