コウマが討つ!   作:兜割り

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第十四話

昼の光を浴びる森の一本道には立っている二人がいた。

二人は自分の持つ獲物を確認しながら時を待っていた。

爪のついた手甲をいじるのはコウマ、刀の手入れをするのはクロメだ。

 

「そろそろ罠も仕掛け終わった頃だろうな」

「遅い、カルラの人たちなら半分の時間でできるよ」

「お前な……里の人間と村の人間を比べるなよ。俺たちの方がよっぽど異常なんだぞ」

「私はカルラの里以外の基準を知らないもーん」

 

クロメの態度に今更ながら教育方針を間違えたかと思ってしまったコウマである。

 

「……思ったんだけど、コウマのそれ。何でつけてるの?」

「それってなんだ、それって」

「顔につけてる仮面だよ。外で仕事する時はいつもつけているけど……」

 

コウマの顔には、蝙蝠の形に似た仮面がつけられており、鼻から上を隠していた。

黒い頭髪と色が被ってしまっているため、遠くから見れば前髪が顔を隠していると見えてしまう。

 

「これは、あれだ。かっこいいからだ」

「……」

「なんだ、黙って」

「ううん、コウマも男の子だったんだなって思っただけ」

「そ、そうか。まぁ……言われなくてもわかっているかもしれないが、一瞬の油断が死に繋がる、努々警戒を怠るな―――いいな」

「はいはい」

 

会話を続ける二人だが、気を緩めることはしていない。

アサカとの話し合いの結果、ロウレンモンキーの対策を話し合った。

まずロウレンモンキーを皆殺しにする案は外した。

ロウレンモンキーも自然に生きるものであり、害獣とはいえ全滅させるのはダメだと思った。

この広大な森を、人だけがその恩恵を独占するのは傲慢だ。恩恵を得る権利はロウレンモンキーにも存在している。村に来るやつをどうにかして、森深くに住むものは放置するのが良策と考えた。

そこで練った案は、特級危険種のコウが森を走ることで身の危険を感じさせ、ロウレンモンキーを慌てさせる。

次に、複数ある森の出口と言える場所に設置した罠を使って、ロウレンモンキーの退路を断ち、罠のない出口と山の出口まで誘導する。出口は細いものもあれば、人が通ることができるもの、幅広いものと多くあり、そこは村の人間に協力してもらう。

最後は、罠のない出口でコウマたちが待機してロウレンモンキーを討伐する。

サキは村の人間に罠の設置を手伝うために別行動を選んだ。

 

「あー、なんだろこれ。この全身がヒリヒリする感じ……」

「相手方の緊張だ。もう一度言うぞ、三級とはいえ油断するな」

「うん」

「あいつらの爪には気を付けろ。傷に菌が入るかもしれないからな」

「うん」

「もし、危なくなったら迷わず逃げろよ」

「……コウマ」

「なんだ?」

「優しいね」

 

柔らかい笑みを浮かべるクロメ。

コウマは苦笑してその頭に手を置いた。

そのまま時間が過ぎて―――

 

「ヴォォォォォォォォォォォッ!!」

 

コウの雄叫びがロウレンモンキーとの戦いのゴングになった。

 

 

 

森から毛むくじゃらで人程の大きさの生物が多く飛び出してくる。

飛び出してきたロウレンモンキーは、コウマたちの姿を見て驚いたようで進行を緩めるが、森の中で響く仲間の悲鳴を聞いた途端、歯を剥き出しに、爪を見せ付けながら突っ込んでくる。

どうやらロウレンモンキー達にとって、自分たち人間は殺すべき敵だと認識されたようだ。

砂煙を上げて走るロウレンモンキーがコウマたちに迫る。

それを見たコウマは彼らの心情を思う。

 

(生きたい……か)

 

或は、自分たちの安寧を脅かすことへの怒りか……。

だが―――

 

「いくぞ」

「うん」

 

黒の服を纏った二人が並んで駆けだす。

風景が流れる。大地を踏み、走ると云うよりも、低空を飛ぶ。

コウマが手甲の爪を振るう。

ロウセイモンキーの頭が稲妻の形を模した二つの刃によって切り裂かれる。

絶叫を出すこともなく、ロウセイモンキーが息絶える。

閃光のような斬撃で次の害獣の首を斬る。

ねじりを加えた爪で頭を貫く。

ロウレンモンキーから血が溢れた。

顎をだらりと落として息絶えた。

空気を求めるように真っ赤な舌を伸ばした。

―――全て一撃の元に倒された。

コウマが討伐する中、クロメも負けていない。

クロメが通ると、擦れ違ったロウレンモンキーは、其の場に倒れ伏して行く。

倒れたロウレンモンキーは皆が腹、胸、首が切断されていた。

そう、クロメは擦れ違う度に刀を振るっているのである。

刀は皮膚を破り、肉を裂き、骨の間接を通し、絶妙な加減の力を加え、最高の早さで、目標を―――解体する。

其の姿は、コウマの動きに近いものがあり、同時にサキの動きにも近い。

戦場でクロメの実力を発揮するために、鍛えられた最も穏やかな刻み方である。

殺し、倒し、動かなくする。

最低限の力と最小限の動きを混ぜ合わせ、最大限に―――命を奪う。

二人の動きはそれを突き詰めたものだった。

 

 

結果、三十を超えるロウレンモンキーの血と肉が道を汚していった。

 

 

 

ロウレンモンキー討伐からしばらくして―――

サキは協力者である村人と共に罠の後始末に取り掛かっていた

 

「みなさーん!罠にかかっているとはいえ、死んだふりをしているのもいるかもしれません!必ず生死の確認をしてください!手負いの獣が一番恐ろしいので!下手をしたら傷口に菌が入って取り返しのつかないことになりますよー!」

『はいっ!!』

 

村の人間の返事を聞いて、サキは罠にかかったロウレンモンキーを見る。

 

(順調といったところでしょうか……)

 

害獣退治というものは人為的被害を出来るだけ抑え、相手の数を最大限刈り取ることが大切であり、命をかけて行うことではない。

出来るだけ短い時間で出来るだけ大きな被害を与えればそれでいいのだ。

村の人たちにも怪我はなく、経験を積ませることができた。

 

(ですが……)

 

ロウレンモンキーを退治するために罠を設置した。

その罠のほとんどにロウレンモンキーが引っかかっている。

これにサキは違和感を覚えた。

 

(……多い。いくらなんでも数が多すぎる。本当は山に戻る個体がいてもいいはずなのに。それに、罠に引っかかった仲間を見れば、その先にも罠があると警戒し、別の出口を選んで逃げようとする。獣でもそう考えるはずなのに、彼らは―――)

 

出口から離れた罠を確認する。

罠には棘があり、踏むと突き刺さるという簡単なものだ。

その罠にはロウレンモンキーの死骸がある。

その死骸は進んでいった仲間たちの足によって無残な形になっている。

 

(仲間を踏み台にして、その先にある罠を恐れずに逃げようとした。よっぽど、戻りたくない理由でもあったのでしょうか?もしかして、山から下りた原因が……)

「サキ~~!」

 

思考を深めたところに聞き慣れた声が届いた。

 

「あっ、クロメ。そっちの方は片付きましたか?」

「うん。コウマと一緒に頑張った」

 

服の隅あたりに破れた後が見えるが体に傷はなさそうだった。

 

「見たところ怪我もないようですし……本当に強くなりましたね」

「優しい教師と厳しい教師のおかげだよ」

 

笑顔で感謝してくるクロメの顔に胸がチクリと痛んだ。

それを押し殺して返事を返す。

 

「ありがとうございます。ところでコウマ様はどちらに?」

「コウマはそのまま森の奥に行っちゃったけど……」

「そうですか……」

 

恐らく原因を探りにいったのだろうと想像できる。

だが、せめて直接こちらになにか言葉をかけても―――と思ったその時。

 

「すっ、すみません!サキさん!」

 

青年が明らかに急いでいる様子でサキの元に駆け寄った。

息を荒げて、汗を滝のように流している様子から、緊急事態が起こったと思わせる風体だった。

一目で青年の様子を読み取ったサキは尋ねた。

 

「どうしたんですか?まさか怪我人でも……」

すると青年は予想とは全く違う言葉を口にした。

 

「帝国軍がこちらに!」

 

招かれざる客の存在にサキは目を大きく開いた。

 

 

 

豊かな森に入ったコウマは、走りながら感覚を研ぎ澄ませていた。

『影』に代々伝わる『心眼』を使用しているのだ。

五感を融合させたことで、繊細な感覚が伝わってくる。

 

(いない……もっと範囲を広げなければ)

 

自分を中心として円の形に広げ、荒らした原因を感知しようとしている。

広げすぎると解析度が下がるが、この全く変化のない中、『異物』が引っかかればそれが原因だ。

そして―――

 

(見つけた)

 

広げた『心眼』が木でもなければ、岩でもない、この森にとっての『異物』に触れた。

すぐにその方角に向かうと同時に、『心眼』を狭くさせ、周囲の輪郭がハッキリとさせていく。

『異物』に近づき、異変に気付いた。

『心眼』によって強化された感覚が血の臭いとかぶりつく音、すする音を感じたのだ。

走ることをやめ、コウマは腰を僅かに落として、付けられた円盤を取り出した。

軽く振れば複数の刃が飛び出る仕組みの手裏剣であるが、相手が何者なのか、それが分からない事には投げるわけにもいかない。

警戒しながら相手を感知し、輪郭を掴む。

 

(なんだ、危険種じゃない!?)

 

それは輪郭からして人だった。

殺したであろう獣の死体に噛みつき、その肉を食っている。

 

(……こんな深くに人が出てくるとは)

 

コウマの予想では、ロウレンモンキーを追い出したのはよそ者の危険種だと考えていたが、原因が人間である可能性は限りなくゼロに近かった。

だが、その人間には人の持っている気配を感じなかった。

もっと動物的な、獣を思わせるものだった。

 

(狼少年ならぬ、危険種に育てられた危険種少年か……?……ないな、物語じゃあるまいし)

 

しかし、相手が人間である以上―――警告もせずに手裏剣による攻撃を刊行するわけにもいかない。

 

(危険種ならこのまま攻撃してもいいかもしれないが……分別のない殺戮者にはなりたくないな)

「……おーい、そこの人」

 

相手の方角にコウマがそう問うと、獣の肉にかぶりつくのをやめた。

だがすぐに再開し、肉にかぶりついた。

 

「貴方に知性があるなら……悪いことは言わない、肉を喰うのをやめて話さないか?そうしないなら、俺は貴方に攻撃する」

 

殺気を混じらせて警告をするも虚しく、肉を喰うのをやめない。

仮面の下の顔に汗が流れる。

未だ自分に関心を持たない相手に、言葉が通じていないのか、それとも通じていながら無視を決めているのかを考える。

相手は普通ではない。

それは長年の経験から断言ができ、普通ならば自分が放った警告に対して何等かのアクションや混乱を感じるはずだが、相手にそれはない。

コウマは今まで危険種と幾度となく戦ってきた。

経験からも、今まさに相対しようとしているのが何者なのかを明確に断言できなかった。

 

「……わかった。一撃で仕留める……」

 

自分に言い聞かせるように呟き、手裏剣を振って刃を出す。

狙うのは首筋、『心眼』で距離は確認し、

 

「……っ!」

 

投げた。

手裏剣は一直線に相手に飛んでいき、相手の首を―――はねなかった。

 

「はぁっ……!」

 

現実が予想を裏切ったことに驚愕の声をあげてしまった。

『心眼』からは手裏剣が首の裏に食い込んで、血を流していることがわかる。

それでも肉を喰うことをやめない。

 

(人間って線はなくなったな)

 

コウマは人ならざる者と断言し、手甲の爪を出して、近づいていく。

殺す以上、顔を見ておきたかった。

自分に気付き、首だけを向けた相手―――人ならざる者―――は異様な姿をしていた。

殆ど裸同然で、腰にはぼろ布が巻かれている格好。

コウマと同じような鼻から下以外を全て覆い隠す黒い獣を模した仮面をつけ、隙間に見える目は正気のそれではなかった。

 

「お゛、あ゛あ゛~~~」

 

およそ知性というものを何一つ含んでいないような怪しげな声が上がる。

 

(あ、こいつは始末した方がいい)

 

直後。コウマは右手の爪からの一撃をぶち込んだ。

 

 

 

無駄な力を込めず、人の体を貫くには十分に注ぎ込んだ一撃が敵の背中に叩き込まれる。

 

(浅い!貫くことができない!)

 

コウマは爪から返ってきた鈍い感触を感じながらも、ねじりを加えて貫通させた。

そのまま相手を蹴って距離をとる。

 

(さぁ、どうでる)

 

相手は首に手裏剣が刺さっても生きている怪物、背中から穴を空けられて死ぬかどうかも分からない。

倒れた相手が震えながら立ち上がる。

空いた穴が徐々に埋まっていくことに驚愕するが取り乱したりしない。

 

(肉体硬化と驚異的な再生力……あの仮面、もしかして帝具か?)

 

―――帝具。

約千年前に、自分の死後も帝国を守りたいと、始皇帝が製造させた48に及ぶ超兵器。

製造のために必要な材料は、伝説と言われた超級危険種の素材やオリハルコンといった超希少物質、それらをもとに世界各地から選りすぐりの職人が作り上げた。

しかし、その製造方法の詳細を伝えなかったため、現在では製造不可能とされている。

 

(確か『影』もいくつか所有してて、父さんも俺ぐらいの年に与えられたけど、自分の武器に強い愛着を持ってたから、帝具に拒まれたんだっけ……その後、皇帝の命令で爺さん以外の帝具は回収されたんだよな。)

 

相手の顔にある帝具らしきものに警戒する。

コウマを敵と認識したのか、隠そうともしない敵意をむき出しにしてこちらを睨んでいる。

咆哮。

金属をこすり合わせたような不快なものが森に響く。

そこで言い知れぬ危機感から、左に動く。

その体を掠めるように、仮面の男が突進してきた。

およそ人間に出せるとは思えない爆発的な速度で突っ込んでくる。

だが、突進を避けられた男はそのまま木に頭から激突した。

コウマはその男の行動を冷静に分析する。

 

(案の定、肉体強化も含まれている。正面からは危険だな。頭に関しては残念すぎる。装着した人の頭がダメなのか、狂化されているのか……恐らくは後者)

 

男に知能が備わっているならば、コウマの声に反応することができたはずだ。

 

(初めて戦う帝具使いがこんな残念だったなんて、なんかなぁ……)

 

いずれ戦うであろうゴズキは帝具を持っていると聞いた。

そのために帝具使いと戦って経験を積んでおきたいと思っていたのだ。

そんなことを考える内に、再び突進が迫ってきた。

だが速度こそあるものの、極めて直線的で単純な動きだ。

突進を難なく回避する。

 

「悪いな。お前の突進だけでも強力なのを出してきた奴とこっちは何度も戦っているんだ。少し調べてみたいことがある……大人しくしてもらうぞ」

 

そうコウマが口にするのと同時に、男の三度目の突撃が敢行された。

かつて戦ったブレイドホーネットの『女王』に比べても劣り、避けるのは容易い。

 

「はぁっ!」

 

首に食い込んでいる手裏剣に爪を叩き込む。

衝撃で深く食い込んだ手裏剣が首と胴を切り離した。

 

 

 

 

「……さて、と」

 

呟き、コウマは飛んでいった首に近づいていく。

自分に相性が合わない帝具とはいえ貴重なものであり、そのまま放置するのはまずいので持って帰るつもりだった。

コウマはその場に跪くと、男の切り離された首を持ち上げようとすると、

 

「ア゛―――ッッ!!ア゛―――ッッ!!」

 

首が叫んだ。

 

「うおっ!?」

 

流石に体を失っても生きていることに驚く。

危険種ならともかく人間がこの状態で生きれるとは思っていなかった。

 

「……すまないっ!」

 

叫びながら地面を転がる首の下あごを踏み砕いた。

それが止めになったのか沈黙する首。

 

「最後の最後に驚かせやがって……気を取り直して」

 

首を持ち上げると、仮面に触れた。

ざらざらとした感触で材質は骨を思わせるものだった。

 

「……悪いけどいただくぞ」

 

頭を掴み、仮面をゆっくりと引き剥がそうと掴む。

 

「む……?」

 

取れない。

少しずつ力を加え、最後に力の限り仮面を引っ張ってみるが取れなかった。

 

(どうなってるんだ……?)

 

このままだと首を抱えて帰らなければならないので、道具を使うことにした。

ナイフを取り出して仮面を剥がそうとすると―――

パキッ

何かにヒビが入る音がした。

 

「まさか……」

 

慌てて仮面を見ると小さなヒビが出来ていた。

そのヒビはドンドンと大きくなり、蜘蛛の巣状に拡がった。

 

「ちょっと、とま……」

 

言い切る前に仮面は粉々に砕け散り、両目を見開いた男の素顔が現れた。

その顔が目に入り、帝具を失ったことよりも自分が人を殺したということを思い知った。

 

「……」

 

胸の内に黒いなにかが生まれ、嵐のようにかき乱し、体を熱していった。

それを抑えるように唇を噛み、かっと見開かれたままの両目をそっと閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、コウマの頬を撫でるように、生暖かい風が吹いた。

獣の息を浴びたような、気味の悪さがあった。

 

「……!」

 

気配にコウマが振り返った瞬間、ぶんっと唸りを上げ、真っ黒い棒が振り下ろされた。

 

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