テスト期間で時間がうまくとれない!
視点がコロコロ変わって違和感が!
そんな感じで生まれた話です、どうぞ。
身体が浮いている。
コウマは誰かが自分を抱えあげているのだとわかり、抱えあげている人物の長い金の髪が揺れるのが見えた。
「……ぁ」
地面に下ろされると頭蓋を掴みあげられ、いつしか自分が太いパイプが這い回り、異常な圧迫感に包まれている空間へと連れて来られていた。
「見ろ」
隊長はコウマに目の前のモノを見せ付ける。
「――――――!」
鬼の顔がむせ返るような血の臭いを漂わせて、そこにあった。
否、生き物の顔というには、あまりに違和感がある。
それは鋼で作られた黒い仮面。
沈黙し、光を失っている双眸。いくつに伸びる鋭角の角。尖った黒い牙。
鋼の仮面を見たコウマは、憑かれたように、その悪鬼めいた顔から視線を外すことができなくなっていた。自分が今、非道な組織に捕まっていることすらも、頭から消し飛んでいた。
隊長が実験体といっていた者たちが付けていた仮面とは違う、冷たい妖しい雰囲気を醸し出している仮面には、目を逸らすことができない『何か』があった。
「これは、まさかっ?」
「気付いたか。我々が所有している帝具だ。
名は資料を失ってしまったため知らないがな」
絶句しながらも眼前の帝具を見つめるコウマ。
対して、帝具という想像の埒外にある物を突きつけられ、混乱するコウマを他所に、隊長は鋼の仮面へ、そっと手を触れる。
「どうだ、おぞましい気配を感じるだろ?まるで呪いの魔剣だ。この仮面の力を得るためにどれだけの者が手を伸ばして、血が流していったのだろうな」
仮面の帝具は、無骨さを醸し出し、一般的な感性からすると、お世辞にも美しいとは言い難い。
だがコウマもまた、混乱しつつも、隊長と同じ印象を抱いていた。
これは武器、いや、力だ。
自分が扱ってきた武器のソレとは異なりながらも、どこか凌駕するソレに、戦う者としての彼の本能が共鳴していたのかもしれなかった。
無意識の内に、擦れた声が男の喉から零れ落ちる。
「……こんな物をどうするつもりだ」
「聞かなくてもわかるだろ」
―――お前に被せるためだ。
と、言葉にはせずとも語る隊長は凄みのある笑みを見せた。
『隊長、いいところ申し訳ございませんが早くしてください』
「わかった、わかった。だがな、こういうのは雰囲気が重要なんだ。ようやく私が見込めるほどの戦士が見つかったんだからな」
と、響く局長の声を聞きながら、隊長は思った。
……本当にようやく見つけることができたんだ。
この少年がそれに相応しければいいと、隊長は思い、
「頼むぞ」
鬼の仮面を手にとって、少年の頭上に掲げる。
……ああ。
目の前の希望がどうなるかはわからない。
だから―――
「喰われるな、喰い返してくれ少年。君は私の希望なんだ。―――私の身勝手な願いを叶えるために、立ち上がってくれ」
そう、
「私を倒すために立ちあがってくれ」
仮面を少年の頭に被せた。
仮面が頭に被せられた圧迫感に、獣の口内と感じ、次にやってきた痛みに自分の頭が噛みつかれたと錯覚した。
痛みは無数の棘が浸食していくようなもので、コウマは絶叫する。
だがその叫びも虚しく、仮面はコウマを蝕んでいく。
容赦のない痛みに、視界も血で流されたように紅く染まり明滅する。
その時、痛みと恐怖に掻き乱された思考は声を聞いた。
―――か■■、■が■た。
■き■■とす■■■をひ■■らに■■続けた■が■た。
痛みを伴う声に、ありったけの力を振り絞り、コウマは声の限りを尽くして叫んだ。
仮面がつけられ十分。
「……どうだ?」
隊長から見て、少年の様子は明らかにおかしかった。
仮面に隠されているため表情はわからないが、全身を小刻みに震わせて痙攣していた。
装着者の大抵が帝具を付けた途端、仮面を取り外そうとして死んでいく。
少年のような例もないわけではないが、ここまで長いのは初めてだ。
『……隊長』
「いや……まだだ。きっと、この少年なら……」
そうだ。
全てを失ったあの時から自分は待っていたのだ。
ぽっかりと開いた空洞に希望が現れるのを。
『組織』最強の自分を真っ直ぐな思いで打ち倒してくれる者を―――
……それがこの少年だ!!
実験体を倒した時の、あの姿。
それを見た時の、胸の高鳴り。
あれは待ち望んでいた希望だった。
「諦めるな。ここにいるぞ。
―――倒さなければならない悪がここにいるんだ」
ただ、ただ曇りのない言葉が響いた。
―――かつて、男がいた。
生きようとする人々をひたすらに守り続けた男がいた。
弱き者たちを守るために自らが作り上げた鎧を身に纏い戦った。
襲い掛かる敵を前に男は、鎧を砕かれ身を傷つけながらも戦った。
鎧が砕ければ鍛え直し、その鎧に釣り合う肉体にと自らも鍛えた。
その鍛え直された鋼の身は驚くほど強固で、戦士たちの剣も槍も折れた。
戦い、砕かれ、直し、鍛えるこれが男の人生だった。
それでも敵は無数にいた。
異国の兵、異形の怪物にただ戦い続けた。
数えきれない戦いの中、ついには男の肉体が限界を向かえ、筋肉、内臓、血液、神経は砕かれていった。
男は鎧と骨だけになった。
それでも男は微動だにせず不動の姿勢を貫き通した。
敵は男の骨も残さず砕いていった。
その身を全て失い、残ったのは鎧だけ……。
否、鎧と共に残されたものがたった一つある。
それは―――
「■■■■■■■■■■――――――――ッッッッッ!!!!!」
コウマ、いや、鬼が―――吠えた。
「なっ……!」
ぎんっと耳を貫く金属質の高音と、大地を揺らす轟音が同時に響いた。
その音圧に、目の前にいた隊長は吹き飛ばされた。強化ガラスを挟んだ部屋にいた局長は耳を押さえながらも両足を踏みしめて踏ん張った。
自らの叫びに煽られたように、鬼は両拳を高々と突き上げた。
振り下ろされた両拳が風を切ってパイプに覆われた地面を打つ。
直後。
大地が四方において断末魔の絶叫をあげた。
局長は破壊の光景を見た。
パイプが金属片を盛大にばらまきながら、断末魔の絶叫……幾重の不協和音を響かせ、地面が蜘蛛の巣状に割れ砕けていく。
「きゃっ……!」
基地を揺るがす震動に膝をつく。
それでもすぐにコウマに目を向けたのは、彼女の探求心の強さが伺える。
彼女が見たのは、長大の鉄パイプを持っていたコウマの姿だ。
「■■■■!!」
全力の身の捻りによって放たれたパイプは空気の壁を貫きながら、ガラスの壁に激突する。
「っ!」
凄まじい衝突音と共にパイプが砕け散ったが、ガラス壁には傷一つ入らなかった。
「……隊長の腕力を基準に設定して本当によかった」
「■■■■!」
呟いている間にも、ガラスのことなど知ったことかと叫ぶようにして、再びパイプを投擲してくる。
ガラス壁が震動する。
割れることはなかったが、
……逃げる!
ためらわずに局長はこの場から離れる選択をとった。
重要な資料をかき集め、部屋を出る前に少年の方を向くと、
「■■っ!」
右手を握り締め、ガラス壁に向かって走ってくる鬼の姿が目に映る。
右腕を大きく振りかぶり、その拳でガラス壁を殴り付ける。
今までの頑強さが嘘のように、一斉に蜘蛛の巣のような亀裂が広がっていく。
「嘘……あっ!?」
驚く間にガラス壁は崩壊し、その衝撃に局長は転倒した。
視界が一瞬だけ暗転する。
気を失うことがなかったのは、死の恐怖のおかげ。
自らの死に対する恐れが、鼓動と背筋を震わせ、意思が沈むことを止めてくれた。
まずいと心の中で焦り、身体を起こす。
が、身体の感覚は震えて、力のない動作だった。
身体の芯がしびれていたため酷く大雑把な動きで、両手をつき、起きる。
立ち上がり、視界が左右に揺れるがそれでも前を見る。
前方、黒い和装を身に纏った鬼がいる。対するこちらは逃げ場はあるが、身はまともに動いてくれない。
真正面の鬼が目を狂気に染めて光らせた。
……来るか!
局長は奥歯を噛み、真正面を見る。
自分に死を与えようとする力の権化を。
「おいおい、なんだその無様な姿は」
すると、局長の視界の中、自分と鬼の間に割り込むように、女の背が入っていた。
鬼に正面から激突するように隊長は右手を拳の形にした。
……まずは局長から離す!
構え、割れたガラスの破片を軍靴で踏み砕く先には、鬼がいる。
相手は素手。だが、自分の『人間』としての腕力を考えて作られたガラスを粉々にした存在に油断はできない。
「吹っ飛べ!」
叫ぶと、一歩。
たったの一歩で鬼との距離を詰めて懐に潜りこんだ。
何の足さばきを見せないまま、懐に入りこまれたため鬼が固まっている。
その態度に対して、隊長はただ真っ直ぐに拳を突き込む。
踏み込んだ両足が割れたガラスを激しく揺らし、コンクリートの床を踏み砕いて、繰り出された拳が胸板を直撃する。
もはや胸元で大砲から放たれた砲弾が衝突したも同然の破壊力だった。
鬼は真っ直ぐに後方に吹き飛び、壁をぶち抜いて闇に消えていった。
「やりましたか!?」
「やってない!」
局長の言葉に強い否定の言葉が被る。
隊長が右手を軽く振るうと手先から地面に向かって赤い流れが一気に落ちる。
拳はよく見ると指を覆う肉が潰れて骨が露出していた。
量産型の仮面をつけた実験体の肉体を隊長は拳を突き出すだけで貫通できる。
そのことを知っている局長はその光景に目を見開き、息を飲んだ。
血に濡れた右の袖をまくり、ボタンを外すと、一度軽く持ち上げた。
骨が見える指に隊長が力を込めると、肉が凄まじい速さで骨を覆い、元の形に治っていった。
「確か隣は……よし」
隊長は、素早い動作で局長を抱え上げ、俗に言う『お姫様抱っこ』を行った。
「えっ!?彼のこといいんですか!?」
「身体の機能が信じられないほど高くなっている。強化が実験体の比ではない。そんな相手との戦いにお前は邪魔だ」
「っ。……戦力外なのは理解していますが!」
「理解しているなら納得しろ。少年の足止めは隣の部屋の『奴ら』に任せるさ。で、お前から見てどうなんだ、あれは?」
「……正直にいうとかなり危険な状態だと考えられます。実験体は仮面をつけた時間に比例して、その力を強めていきました。だけど、彼は時間を掛けずに貴女に匹敵する怪力を得ていました。人間の肉体はある意味、かなり繊細なものです。想定されてない強化、制御できない力を得ることは取り返しがつかない危険性を持っています」
「……そうか」
呟きと共に、隊長は走り出した。
痛い。
熱い。
痛くてたまらない。
熱くてたまらない。
帝具による変容は、コウマから知性の大部分を奪っていた。
今のコウマにあるのは、抗いがたい痛みと熱だけだった。
細胞の一つ一つが、小さな太陽になったようだ。
帝具によって与えられた、力が全てを蝕んでいく。
熱と痛みが融合し、コウマを内側から焼き尽くそうとする。
その熱に駆られて、コウマは暴れ回った。
この苦しみをぶつける存在を求めた。
耳がギチギチと金属がぶつかり合う耳障りな音を拾い、周りに鎖に繋がれた仮面の者たちを捉えた。
偶然近くにいた一体の背中に掴み掛り、そのまま力まかせに床に放り投げる。
起き上がろうとする者を踏みつけにして、そのまま馬乗りになった。拳を一発、顔に当てるだけで粉々に砕け散った。
それでもコウマは止まらない。
両の拳を何回も何十回も機関銃のような速さで顔のない身体に打ち込む。
拳が相手の血によって、血まみれになる。
……砕けろ、砕けろ!砕け散れ!!
凶暴な感情を込め、指先からの感触が肉体にぎりぎりと音を立てる。
熱と痛みは止まることなく、コウマの体内を駆け巡る。
他の仮面の者たちが叫び、コウマも負けず劣らずの叫びをあげた。
『局長』はタバコを口に咥えながら天を見た。
(タバコが不味い……。あんなこととこんな場所で美味しくなるわけありませんか……)
その空間は組織のまさに中枢部といえた。
地下に作られた施設の、そのまた最深部に設けられた場所である。
二百人は入る広さを持つその部屋は、外界から完全に遮断されていた。
ここではそれぞれの机についた技術者たちが、決められた作業時間中、無駄口の一つも叩かず、与えられた業務をこなし、交代の者に席を譲る。
聞こえるものは、技術者の足音と、量産型の仮面を作る際に生まれる音だけだ。
そんな場所がここまで酷くなるのは、彼女にとっても初めてだった。
混乱。
喧噪。
停滞。
怒号。
そんな中、すでに十を超える地震がこの基地を揺らしている。
地震が起きた時点から基地防衛任務を除く、あらゆる作業、計画、実験が一時中止となり、この場に総力が結集されることになった。
「局長!」
自分を呼ぶ部下の声に、タバコを加えながら振り向いた。
黒い作業服に身を包んだその部下は幹部たちが集まったことを大声で伝えてきた。
タバコを携帯灰皿に落とし、集まっている場へ向かう。
幹部たちは皆、用意された椅子に座っており局長の姿を見て、安堵したのか息をホッと吐いている。
局長はそんな彼らの反応に若干の苛立ちを覚えながら向き合った。
「(何でもかんでも、私に頼らないでください……)
早速ですが……今、暴れている彼について対処しています」
新しく取り出したタバコに火をつけた。
「かの帝具の強化上限が分からない以上、また、素体となっている彼の素の実力、実験体二体を屠れる驚異的な戦闘力から見れば、実験体による正面攻撃は得策ではないと判断されます。また、彼は貴重なサンプルです。生存した状態で捕獲するのが望ましいのですが、例え死体になったとしても肉体の損壊は最小限に留めたいところです」
局長の言葉に幹部たちが訝しげな表情を作る。
そんなことができるのか、と思っているのが目に見える。
「ご安心を。すでに隊長が向かいました」
その言葉に幹部たちから、『おおっ』と声が上がる。
隊長の実力は周知に知れ渡っており、幹部たちを安心させる最上の材料なのだ。
……本当に大丈夫でしょうか。
口から紫煙を吹きながら隊長との会話を思い出す。
―――行くのですか?
―――行くさ。彼と戦えるのは、私しかいない。何があっても止めてみせるさ。
―――……そうですか。
―――それ以前の問題として……彼を、あんな姿のまま、放っておけない。
―――で、どうやって、彼を戻すんですか?今までの実験から……彼のようなケースは初めてですが、もう手遅れだと判断できるでしょう?
―――そこは、ほら、誠心誠意の説得、ってやつだ。
―――……勝算はあるんですか。
―――わからん。
―――貴女って人は……
―――あはは。局長、そんな顔するなよ。
―――このままじゃ、彼は本物の怪物になってしまう。後戻りができなくなってしまう。私は……彼がそんな姿になるところを見たくない。
―――局長。彼の生き死には貴様にとってそんなに重要ではないだろう。もしも、奇跡が起きて、元に戻ったところで、なにも変わりはしない。世界を変えることもない。
―――だが、人間としての彼と戦えば、変われる者がここにいるんだ。
「……不器用な女」
局長の呟きは再び起こった地震の騒ぎにかき消された。
隊長は壁の穴からその光景を見た。
実験体が山になり、軍隊アリが得物である昆虫をバラバラにする時のように蠢いている。
だが、その山が爆発した。
それは、下から噴き上げるような、直線的にぶち上げていく動きだった。
人間がいきなり空に波打って散っていくというあり得ない光景だった。
そして、宙に舞っていた者たちは、落下し始めた。
落ちる。重なるように地面に激突していく。
そんな幾つもの音が鳴る中、隊長は見つけた。
彼は実験体に囲まれていたが、跳ねるように身震いし、両の腕を振り上げた直後、囲む全てが吹き飛んだ。
「おい、少年!」
実験体を閉じ込めていた部屋に飛び込むと、隊長は鬼の前に踊り出た。
足元は血によって水たまりができており、その血の持ち主であった存在も壊れた玩具のようにバラバラになっていたか、肉体に亀裂とその広がりによって絶命していた。
「そんな雑魚なんか、いくらぶん殴っても、意味ないだろ?殴るなら、私だ。そのほうが楽しいぞ!」
そう声をかけてみたものの、自分の言葉がどの程度通じるのか、暴走している彼にどれだけの理性が残されているのか、隊長にわかるはずもなかった。
彼女の不安を煽るように鬼は凶暴な唸り声を上げた。真っ赤な双眸は、おぞましく狂気によって鬼火を思わせた。
隊長は不適な笑みを浮かべると、呼びかけた。
「少年。君のその姿は、それは、本当の君の姿ではない。心を落ち着けろ。今の君を支配しているのは恐怖だ。突然、手に入れた力に恐怖を感じてしまった。その力の使い方を決めることができれば、克服できるはずだ。思い出せ、君が強くなろうとしたその日の思いを」
隊長と鬼がそのまま無言で対峙する。
「―――思い出してくれ」
その声をはね除けて、鬼は猛然と飛び掛かった。