コウマが討つ!   作:兜割り

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第二十話

基地の各所では激しい戦闘が展開されていた。

狭い通路は灼熱地獄に変わっていた。

火炎放射器が吐き出す高熱の炎は、巨大な竜の舌のようにうねり、仮面をつけた実験体の肉体を破壊していった。

その他の軍人たちは銃や剣で仮面を砕いていき、実験体を倒していく。

当然、実験体たちも一方的にやられているばかりではなかった。

軍人に躍りかかり、爪で切り裂く。炎に焼かれながらも頭をバリバリと噛み砕く。そんな獣の戦い方で襲い掛かっていた。

叫びが幾重にもこだまし、消えていく。

彼らは知らない。この戦いは一人の女性の願いによって作られたものだということを。

 

 

 

 

 

 

 

異形の影が跳梁し、銃弾と剣と炎が交錯する中、駆け抜ける影があった。

影は大きく、二つの影を背負い、基地を走る。

後ろの影が、身を低く、自分の乗る影にしがみつくようにして、

 

 

「サキ!そんなに身を起こしてたら危ないよ!!」

「私もそう思っているんですが、警戒は必要です!」

 

 

金剛餓狼のコウの背中の影、サキとクロメが叫ぶ。

彼女たちは夜に軍が移動していることを察知し、コウと合流して動向を見ていた。

サキがナジェンダから聞いた、討たねばならない存在。

もしかしたらまだ帰っていないコウマはそこにいるのではないかと思ったからだ。

軍が爆弾を使い、地面に穴をあけた時、コウが地下からコウマの匂いを感じ取り、予想は的中してしまった。

軍が戦闘を行っているドサクサに紛れ、基地に突入することに成功し、コウの鼻を頼りにしてサキとクロメはコウマを探した。

 

 

「オン!」

「コウ、近いの!」

「オン!」

 

 

コウは吠え声を上げると扉の前に止まった。

サキはすぐさまコウに降り、扉を蹴破るようにして開けた。

部屋は隣のパイプが敷き詰めてある広い空間と分けるようにして張られていただろう割れたガラスが床に散らばっていた。

横になった机を背にして青年が床に尻を付けていた。

青年はサキの姿を見て驚愕に目を開く。

サキは思わず叫んだ。

 

 

「コウマ様!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

扉が勢いよく開かれ、その人物にコウマは目を見開いた。

その口から聞き慣れた声が出たため、本人と認識した。

扉を開けた人物―――サキがこちらに駆け寄り、泣き崩れた。

 

 

「心配しました……私、私は……」

 

 

その姿は胸にこみ上げるものがあり、サキの身体を壊れるぐらいに抱きしめたくなったが、自重した。

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「大丈夫だ。俺はそう簡単にくたばらないさ」

 

 

努めて笑顔で語るとサキはまだ目を潤ませていたが、笑みを浮かべた。

 

 

「二人ともいちゃついてるとこ悪いけど、ここもそろそろピンチだよ」

 

 

扉の前で番をしていたクロメが入り、その目は『時と場所を考えろ』と語っていた。

 

 

「で、では、脱出しましょう。ここに帝国軍が攻め込んでいます」

 

 

サキはぐいぐい手を引いてコウマを連れ出そうとした。

 

 

「ちょっと待て。俺の帝具が……」

『帝具?』

 

 

コウマが口にした単語に疑問の声を上げる二人。

ああ、と答えたコウマは床に置いてあった防人を指した。

指の先にある仮面をクロメは持ち上げると感想を述べた。

 

 

「え……これが帝具?呪いの道具の間違いじゃない?」

「似たようなもんだよ。後、名前は防人っていうんだ」

「防人……。悪鬼とか修羅の方が似合うと思いますが」

 

 

クロメとサキの感想は的を射ていた。

防人は鬼をイメージした造形であり、美術館に置かれるよりも暗黒宗教的なものの祭壇に飾られる方がしっくりくる。

女性の評価は悪かったが、コウマは防人の造形を気に入っていた。

防人は兵器だ。兵器や武器にごちゃごちゃとした装飾は必要ないと思っている。装飾をつける時間があるのならば、武器を磨く方がいいのがコウマの考えだ。

 

 

「こんなものどうやって手に入れたんですか?」

「話せば長くなるんだが―――待て!クロメ、それを被ろうとするな!」

 

 

クロメが防人を被ろうとする光景を見たコウマは叫び、防人に手を伸ばす。

その勢いに伸ばされた手とは逆の手を持っていたサキは―――

 

 

「え?」

 

 

飛んだ。

普通なら引っ張っているサキは僅かに前に進むだけだろう。

だが、今のコウマは普通ではなかった。

サキがパイプの部屋の真ん中あたりで着地したのをクロメは見ていると防人が手から離れた。

コウマの脇に防人は抱えられ、苦虫を噛み潰した顔をしながらクロメに注意した。

 

 

「クロメ、帝具には相性が問われる。今までこいつを被り、拒絶反応で大勢の人間が死んでいった。呪いの道具って印象を持ったお前が着ければ即死するぞ」

「う、うん」

 

 

コウマの有無を言わせぬ迫力にクロメは首を縦に振った。

チラリと防人を見るがやはりとてもいい印象を持つのは難しかった。

 

 

「ねぇ、さっきのって」

「……この帝具、外していても使用者の肉体には強化は残留するようだ」

 

 

手のひらを見ながらどこか納得したという顔で、コウマは頷いた。

 

 

「あの穴の空いた部屋からここに来るまで何回も転んださ。今はもう走れるぐらいには制御できる」

 

 

防人に宿る魂―――かの男は鎧を鍛え、それに釣り合うために己の体も鍛えたが体の方が限界を向かえたために死んだ。

そんな男の魂が宿った帝具だ。肉体強化があるのは当たり前ともいえる。

 

 

「……大丈夫?」

 

 

クロメに尋ねられ、黙って頷くと、床に落ちていた鉛筆ほどの長さの鉄を拾おうとする。しかし、つまむというより掬い上げる要領だ。

棒状の鉄を指に挟み、ペン回しの要領で動かそうとするが、あっさりと折れてしまった。

 

 

「こういうことは、得意な方だった。少し頭を使って、コツを飲み込めば、簡単にできる。けど、今はダメだ。軽く触れただけですぐに折ってしまう。力の制御は想像以上に難しい」

 

 

苦笑を浮かべながら扉へ向く。

背後の二人にコウマは信じられない言葉を出した。

 

 

「サキ、クロメ、コウ。先にこの基地から出ろ」

「コウマ!?」

「何故ですか!?」

 

 

コウマの言葉にクロメと戻ってきたサキが抗議の返事をした。

 

 

「ここにはとんでもない怪物がいる。俺はその怪物を倒さなければならない」

「何故です!?ここには帝具持ちの将軍がいます。そんな……戦わなくてよいものを!」

「……すまん。ここで逃げてしまえば彼との約束が嘘になってしまう。戦わなければならない。これ以上……人を死なせるわけにはいかない」

 

 

決意を込めて、コウマは防人を装着した。

痛み。

装着した瞬間に始まったそれは、毛穴の一つ一つに深く針を突き立てられたかのような鋭く深い痛み。

痛みと同時に漆黒の鎧が現れ、自分の身体を包んでいく。

鎧を纏い終わると痛みが一瞬の内に消失するが、全身を焼く感触があった。

隊長の存在を確認するため『心眼』を使うと―――

 

 

「!!」

 

 

言葉では表現できない感覚が流れ込んできた。

全てが同時に、見えていた。

背後の二人の心配そうに見ている顔。炎に包まれている廊下。砕かれた壁の亀裂。張り巡らされたパイプの僅かな傷。その傷から漏れる水滴。

あらゆる音も聞こえている。

己の体内で脈打つ心臓。二人の息吹。緩やかに流れる風。それに撫でられる布の動き。肉を焼くことで生まれる様々な音。その音の一つ一つが、明瞭に、確実に聞こえてくる。

だが、防人を発動させる前に『心眼』を使った時のような頭痛はない。

サキとクロメの方を鬼の仮面で向く。

 

 

「っ!」

「ひっ……!」

 

 

背後のサキとクロメの心拍数が異常なレベルに跳ね上がったことを容赦なく伝える。

この基地に入った時よりも、二人の精神が不安定になっているのを。

コウマのその姿を間近で見て、怯えたのがわかった。

拳を固く握ると鉄と鉄がぶつかり、ガチャリと音を立てた。

コウマは走った。サキの声が離れた距離からも聞こえた。その声から逃げるように走りを強める。

今は……二人の声も聴きたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

地下に作られた施設の、そのまた最深部に設けられた場所にコウマは辿り着いた。

ここまで来るのにさほど時間はかからず、むしろ誘い込まれていると確信があった。

重い扉を押し開き、コウマはその部屋に入った。

広く、机しかない部屋で防人が置いてあった空間と同じようにパイプが部屋の至る所に張り巡らされていた。その奥に隊長が立っていた。

隊長は防人を纏っているコウマを見て親しげな微笑を浮かべた。

 

 

「やぁ、少年。よく来てくれた。どうだ?戦う前に話がしたい。その帝具をつけたままでは息苦しいのではないか?」

「必要ない」

 

 

コウマはきっぱりと答えた。

 

 

「今は、この顔が俺の顔だ。お前たちと向き合うための顔。そして俺は少年じゃない、コウマだ。それが、お前たちと戦う男の名前だ」

「―――コウマ。ああ、ようやく名前を知ることができたよ。その名前、未来永劫、忘れることはないだろう。―――ところで君は、戦うといったが何のために戦う?私にボコボコにされたことによる怒りか?」

「怒りか……、確かに俺は怒っている。だが、それよりも貴様が罪のない人を苦しめたことに俺は怒っている。これ以上の犠牲者を出さないために俺はここに来たんだ」

「いいセリフだ。ふふ、私は雰囲気を大切にする質でな。出会っていきなり戦うというのいささか風情がないから、こうして話せるのは嬉しい。……まさかと思うがビビっているのか?」

「……お前たちのような理不尽、絶望の存在を前にして臆するような真似はしない。立ち向かっていくと誓った」

 

 

答えながらも、持てる感覚のすべてを動員し、『心眼』で隊長の情報を得ようとしていた。

相手は変異の能力を持った存在。能力は帝具によるものか、改造されて得たものかも分からないまま戦うのは危険だ。

 

 

「お前の力……あれは帝具によるものなのか?」

「帝具か……生憎、私の肉体は帝具によるものではない。ついでに組織によって与えられたものでもない。局長に多少の改良はされたがな」

「……なに?帝具でも組織でもなければ、なんなんだ?」

 

 

感覚に注意を向ける。今のところ隊長に異変はない。

―――少しでも、少しでも奴の情報を……。

 

 

 

「私の父は危険種だ」

 

 

 

父親が危険種。

その言葉に、コウマは虚を突かれた。

情報収集も中断してしまうほどにその言葉には破壊力があった。

 

 

「危険種……ハーフ、ということか?」

「ダブルと言えよ、人間」

 

 

隊長の口が三日月の形を作る。だが、その笑いは人間の笑みではなく、超常の生命が自分より下の生物を前に馬鹿にするように感じた。

隊長は嗤う。コウマの反応を楽しむように。

 

 

「遠い異国で私は生を受けた。国は勇者を求めていた。軍人も政治家も楽をしたいために求めていた。自分たちの努力で問題を解決せず、苦労を全部一人で背負いこませたかったんだ。そのために誰もが納得する武と知を備えた勇者を生み出そうとした」

「……勇者を生み出す?」

「勇者を生み出すには『悪役』が必要だ。そのため国の上層は『悪役』を作り出す。倒されるべき強力な存在として、ある人物が選ばれた。その人物は将軍によって『悪役』に相応しい教育がされた」

「それが―――」

「私だ」

 

 

隊長は自らの胸をがんっと叩いた。

 

 

「……納得していたのか?自分が滅ぼされる存在であることを」

「納得していたよ。むしろ喜んだよ。私は怪物だ。怪物として生き、怪物として死ぬことができるんだからな」

 

 

隊長の言葉に嘘や虚勢は存在しなかった。

 

 

「物語の十八番だろ。主人公が『悪役』を倒して『勇者』になる。悪役は死ぬが勇者の一部として生き続ける。それが私の憧れで唯一の望みだ」

「人間として生きる道は!?」

「ない。私は母から怪物の姿で生まれた。最初に口に入れたのも母の血肉だ。そんな私に人間として生きる選択などない。……話の続きだ。最後の最後、私は国が選び抜いた勇者を殺してしまった。あっけなかったよ。私の全力の拳で弾けてしまった」

 

 

コウマは内心、その結果に納得した。

隊長が自らのことを怪物と言う言葉には並々ならぬ気迫が込められていた。

怪物として誇りを持った本物に、作られた勇気を持った勇者が勝てるはずがない。

 

 

「そこからはあまり覚えていない。感情が無茶苦茶になって国で暴れに暴れた。暴れつくした時、離れた国に人智を超えた武器を操る者たちがいること思い出した。そういう武器を操る者たちだ。高潔な武人たちがたくさんいると思い、その国―――帝国を目指した」

「……」

「街、広野、樹海、雪原、砂漠を走ったよ。川、岩、崖、門、要塞が道を塞ごうとも走った。ただ、ただ走り続けた。その先に自分の求めているものがあるはずだと信じて」

「……」

「だが、有名な所有者は軍人ばかり。軍人ではダメだ。私を倒すのを『任務』として僅かでも扱ってしまう。放浪の末、私はこの組織に拾われた。こんな如何にもな悪の組織を許せないと思う者と私は戦いたかった。組織の情報を流し続けて五年。今日、君に出会えた。コウマ、君は私が求め続けていた希望そのもの。怪物を倒してくれる勇者だ」

「俺が暴走した時、正気に戻そうとしたのは獣の俺ではダメだからか」

「その通り」

 

 

隊長の言葉を聞いていく内にコウマの胸の奥に形容しがたい気持ちが生まれていた。それは嵐のように、暴れ回り、コウマの心を掻き乱した。

目の前の女は狂っている。いや、彼女はある意味で正常だ。人間として生まれ、人間として生きている自分が怪物の理念を理解できるはずがないのだから。

 

 

「……つまり、あれか、納得の死に方を迎えたいからこんなことを?」

「そうだ。理解を求めるつもりはない。ここまで長い話をしてやったんだ。私の情報を十分に収穫できたか?」

「気付いていたのか」

「悪役の余裕として、気付かないフリをしてやるのもよかったんだが、やはり私の凄さを伝えるために教えてやった方がいいと感じてな。で、どうする?君はこんな私と付き合えるかと馬鹿らしく思って逃げるか?」

 

 

コウマの胸の嵐は止まり、隊長を見据えた。

目の前の女は間違いなく、怪物だ。

こいつを生かしておけば、新しい悲劇が生み出されてしまう。

ならば自分は―――

 

 

「俺は戦う。この防人は貴様のような怪物からこれ以上の犠牲者を出さないために存在している。これを受け継いだ者としてお前を倒す!」

「ふふ、ふふ、ふふふふふふふふふ……上出来だ!実に、実に痺れるぞ!!さぁ、話すべきことは全て話した!!戦おう!!互いの信念と信念を拳に込めてぶつけよう!!語られることのない英雄譚を始めよう!!!」

 

 

叫び、隊長の身体が大きく膨れ上がった。身体の膨張に耐え兼ね、軍服が裂けた。

コウマの感覚が隊長の内部で膨大な熱が生み出されていることを教えてくれた。

隊長の変異が終わるとそこに異形の怪物が直立していた。

異形は身長二メートルを超え、黒い鱗、鋭い爪、太い尾、炎のように紅い舌、鋭角的な顔面に二本角と金の長髪を持っていた。

コウマは黒い甲殻と皮膚によって身を作ったその姿に呆然と呟いた。

それを見たことはない。書物の中だけしか知らない。だが、その存在は今、目の前にいる怪物のことだろう。

 

 

「竜……」

「―――!!!」

 

 

隊長……否、竜が吼えた。

咆哮を上げると共に地面は爆裂したように吹き飛び、コウマは腕を前に出して防ぐが、本能が警告を引っ切り無しに響かせていた。

ただの咆哮を上げただけで爆裂してしまうほどの衝撃波が発生した。その点だけでも本気を出した隊長の力を十分過ぎるほど理解した。

―――ああ、自分は本当にとんでもないのに見込まれたな。

両腕を床に降ろし、完全な変化を遂げた、悪竜がいた。

 

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