竜の咆哮は空調パイプを伝わり、基地中に響き渡り、大きく揺るがし、基地にいる全員が反応を起こした。
サキは自分の両親を喰った金剛餓狼の恐怖を思い出し、コウマが咆哮の持ち主と戦っていることを知り、無事を祈った。
クロメはブレイドホーネットの女王を思い出した。あの恐怖を固めたような怪物を無意識に思い出し、震えた。
コウは脚を止めて基地奥にいる存在に唸り声を上げた。自分を超える存在に牙を剥き出しにして。
戦闘中の軍人たちは、響く咆哮に僅かの間、人間が持つ見えない驚異を想像する行為に、飲み込まれ攻撃の手を緩めてしまった。
指揮をしていたナジェンダは臆した部下たちを叱咤しながら、帝具、パンプキンで砲撃を放った。その砲撃は先に撃ったものよりも強力だった。
実験体たちは基地の王の咆哮に戦う力を与えられた。死と生の境を戦いの意思に染め上げ、恐怖を消滅させ、重症を負いながらも本能のまま戦い続けた。
局長は咆哮の持ち主が歓喜に震えていることを理解し、目を閉じた。この五年間、ここまでの喜びを見せたのを彼女も初めて見ることであった。
「思うがままに……楽しんでください、隊長」
コウマは竜となった隊長に突撃した。
―――本能が叫んでいる!やばいって!
自分と相手の実力の差を、コウマは十分過ぎるほど理解した。
自分は帝具という強力な兵器を所有しているが、その性能すらよく理解していない素人。分かっているのは、単純な身体強化のみ。
戦う者として己の武器の性能を知らずに戦闘を行うなど致命的だ。
おまけに相手は、
―――知性と獣性を備えた正真正銘の怪物!
知性と獣性。この相反する二つを備える存在など、この世にはいないだろう。人は知性を手に入れ、技を作り出したことで、持っていた獣性を捨てた。獣は己の獣性を捨てることなく、生き続けているために知性を備えることはなかった。
だが、目の前の怪物は学ぶことを知り、技を使うことができる例外だ。
例外に常識は通用しない。そのためコウマは先手をとった。
走り、踏み込み、跳ぶ。着地点は天井。新たな足場を再び強く踏み込み、跳ぶ。逆V時軌道で構えている悪竜の背に飛び込む。
使う力は足一本。力を膝、足首と乗せ、つま先に集中させる。その一点に集中したことで、コウマは鉄の閃光となった。
快音が響き、閃光が隊長の背に直撃した。
鋼鉄の鎧が一点集中の攻撃しにきたのだ。避けるかどうかするだろうと思っていた。しかし、蹴りは背に直撃した。直撃したはずなのに……。
―――甲殻が堅すぎる……!
鎧のつま先にひびが入る。今の攻撃はダメージを与えられていない……!
刃のようなヒレを持った背は傷一つない。
無傷だ。
傷もなく、背に蹴りをもらった隊長は思った。
背のコウマは離れ、距離をとっている。
その姿は体勢から警戒を強めていることがわかる
―――いい蹴りだ。よっぽどの自信を籠めたんだろうな。
それ故に、コウマの心境はどんなものだろう。必殺の一撃を直撃したはずなのに、無傷というのは相手が自分より圧倒的であるということだ。それは精神に大きな動揺を生み出す。
それを想像して楽しむのも、
―――悪役としての醍醐味!
身体を起き上がらせ、二本脚で立つ。
高い、と改めて自分が竜化してことを実感する。
人間の頃の身長は約百七十、今の自分は約二メートル半。
人間に対して巨躯だが、竜という生物としては小柄なのだろう。
が、この身体が小柄なのには理由がある。
それは今まで培ってきた日常による賜物だ。幼いころから生と死のやり取りを続けてきたため、身体には傷が絶えなかった。傷が出来れば休むのが、人間の常識だが彼女は怪物。休む時間すらも戦うことに費やした。
戦い続けることで、身体にある変化が起こった。本来なら、身体を伸ばすエネルギーが身体を守るエネルギーへと変換されたのだ。
それによって治癒能力は跳ね上がり、大きく長く育つはずだった肉と骨も小柄な身の中に密度濃く押し込まれるようになってしまった。
圧縮された全身は防御において隙間がなく、攻撃においては爆発的な破壊力を生み出すことができる。しかし、
―――この力を早めに制御しなくては……。
隊長が竜の姿をとるのは約五年ぶりだ。これまで人間の身体で過ごしてきたため加減などもう忘れてしまっている。
それじゃ準備運動、と思い足に力を入れた。すると、目の前いきなり壁が現れた。
―――おっと、入れ過ぎた。
振り返るとはねられた鎧が空中で錐もみしていた。
隊長が変身した竜の動きは、まさに光速だった。
漆黒の砲弾と化した隊長はコウマにぶち当たり、軽々と吹き飛ばした。
コウマは理解した。これまで戦ってきた、危険種を含めた相手とは次元の違う強さであることを。
―――防人がなければ即死だった……!
いや、即死はおろか自分が死んだことすら分からなかっただろう。
防人の能力により感覚が強化されているが、その感覚を以ってしても突撃を見切ることが出来なかった。それほどに相手は速い。
何せ相手は竜。人間サイズの竜なのだ。
空中で錐もみ回転している中、背中に強烈な打撃があった。
その攻撃はコウマの『心眼』からしても、いきなりのものだった。
「ぐぅ……!?」
突然な痛みに息が漏れる。
背中を見ると竜の三本指の足が叩き込まれていた。
衝撃を殺しきれない空中での痛みに意識が飛びかける。離しかけた意識のまま頭から床に激突した。
コウマは、両膝をついた状態ながら、すぐに顔を向け、相手を見る。
いない。『心眼』を再起動させ、確認する。
空中。竜が片足だけを伸ばし、背中を丸めた縦回転で跳んでいた。
―――回転踵落とし!?
技に気付いた時には、遅かった。
頭頂部に直撃。
「ぁ……!」
打撃音と鉄の音が響き、コウマの顔面は床に埋まった。
「新しい土下座か?頭を下げている奴を蹴飛ばすのは
『悪役』の特権だな」
蹴りが左肩にぶつかり、コウマは起き上がることできたが右肩部に鋭い痛みが発生した。
鎧が与える痛みではない。肩に何かが鎧を貫き、刺さっている。
刺さっている物は一見、刃に見えたが違う。それは隊長の指から伸ばされたもの、―――爪だった。
爪は竜の三本の指から伸ばされ合わさることで厚い刃となっていた。
「くっ……!」
左手を手刀として、爪を叩き折る。
折れた爪を気にせず、隊長が接近。来るのは、右。右肩を負傷した自分では死角となっている。
隊長の拳が勢いよく振るわれる。
―――顔!
隊長の速さに慣れたために拳を避けようとしたが、右足にまた鋭い痛みが発生した。
見ると右足に隊長の伸びた爪が突き刺さっていた。
その爪を伸ばしている指は先ほどコウマが折ったものだった。
―――高速回復か!?
地面に縫い付けられ、拳が顔に迫ってくる。
「おおっ!」
叫び、左の拳で迎撃をする。
防人の能力により上がった筋力、拳を纏う鎧という判断の元に行った。
だが―――
「っっ!!」
竜の拳と鬼の拳のぶつかり合い。勝者は竜のものだった。
コウマの左拳から腕半ばまでが亀裂を帯び、竜の拳は止まることはない。
痛みに口から苦悶の声が漏れるが、僅かながらも拳の軌道をずらすことができたため、コウマはギリギリの間合いで、その攻撃をかわす。
だが、振り下ろされた拳は音速を超えていた。
命中こそしなかったが爆発的な衝撃が襲い掛かり体勢を立て直す間もなく、縫い付けた爪を折り、壁につけられた太いパイプの束に叩きつけられる。何本ものパイプがへし折られ、砕け散り、異臭を放つ液体が噴出し、全身に浴びることになった。
すぐに起き上がり、隊長を見ると指に鉄片を挟み、親指で打ち出そうとしていた。
その行動に一瞬の疑問の後、今、自分にかかっている液体の正体に気付く。
―――薬液っ!?
打ち出された鉄片がパイプとぶつかり、火花を生み出した。薬液に火花が引火、轟音とともに爆発し、火柱が吹き上がった。
こんなところだな、と隊長は己の手を握っては開いた。
身体中を動かしたことでコツはつかむことができた。
すでに床は拡がった液体がすぐに炎となり、部屋をオレンジ色に染め上げている。
―――これで私は本気も本気。本気の『悪役』だ。
壁から噴き出した炎に包まれるコウマを隊長は自らを思い、見ていた。
いつもなら、こんな風に道具も使ったりしない。
いつもなら、竜の体で戦ったりしない。
いつもなら、背後からいきなり攻撃したりしない。
いつもなら……。
いつもと違う。そう、これが本当の自分だ。
何ものにも縛られることなく、思うがままに自分は戦っている。己が欲に従うことのなんと痛快なことか。『悪役』の真髄は己が心の求めるままに生きること。己がしたいことを貫く生き様。そんなことが許されるのか。
「許されることではない」
怪物の自分が行っていることは悪の一言だ。その自分を打ち倒そうとしてくれる勇者が今、ここにいる。
勇者―――コウマは炎の中、赤鬼を通り越して焼き鬼になっていた。
―――待て、焼かれたコウマを斬れば、焼き鬼斬りになるのではないか?
そんなことが頭に浮かび、思わず口角が上がった。心に広い余裕が生まれている。この充実した時間のお蔭だ。
炎が最も強く燃え盛る場に動きがあった。
人型の炎がこちらに一歩、一歩と近づいてくる。
炎は傷ついた箇所を炙っているだろう。身体は軋んだように痛むだろう。
全身を焼かれながらも、進み続けている。
鎧の持つ翡翠の瞳からは尽きない戦意がありありと満ちていた。
火だるまになりながらも進み続け、戦う鉄の鬼。
それを美しいと思う気持ちを隊長はどうしても抑えることができなかった。
―――馬鹿をやらかした!
コウマは炎に包まれ、身体中を激痛に蝕まれていたが、それ以上に自分に怒り、己を罵倒した。
自分はされるがままと言っていいほどの攻撃を立て続けに受けてしまった。
全ては自分の油断が原因。この帝具、防人を手に入れたことによる抱いてしまった優越感。鎧ということで攻撃を防ぐことができるという慢心。これらが重なってしまったことでここまで無残な姿を晒してしまった。
自分に怒るのも程々にすると割れた拳を見るが、
―――何?
元に戻っていた。未だに炎に包まれている中、指に軽く力を入れると、素直に反応がきた。痛みはなく、鎧も修復していた。肩と足を動かすと同じく肉体も鎧も修復していた。
―――帝具の能力なのか……。
身体を動かすと僅かな違和感があった。防人を纏った時に与えられた力とは別に、まるで改造されたかのように動きに力が入ってくる。
―――まさか。
もしも自分の考えていることが本当ならば、
―――この防人、とんでもなく厄介な代物だ。
炎を振り払うとボロボロではなく、完全に修復された状態の防人を纏ったコウマが現れた。足の運びから、肉体も完治されており、能力に修復能力があることを隊長は気付いた。
すると、コウマが目の前から消え、音が響いた。
鉄が硬質な物体にぶつかったような音だ。音の原因はコウマが隊長の腹に拳を一撃打ち込んだからだ。
速い、そして静かだ、と隊長は感嘆を抱いた。僅かしか見えなかったが見たことない足の運び方をしていた。『影』が生み出した無音高速動作だろう。だが、身体強化により、桁違い速さを持っていた。
岩すらも砕くであろう一撃を受けても隊長は涼しい顔をしていた。隊長の腹に痛みはなく、コウマの拳が砕けていた。
「……軽い一撃だな」
コウマの頭目掛けて手刀を振るうと、コウマの鎧の右上腕部を削る。しかし、それだけだ。
攻撃を受ける瞬間に身を引くことで、ダメージを軽減させたのだ。
よくやると思った。一撃でも直撃すれば即死確実のはずが、臆することなく接近してきた。
そう思った時、背に打撃が何発か入れられた。足による攻撃ではない。形からして拳、掌底、手刀などのバリエーションに富んだ攻撃。
打撃が入れられるたびに再生した鎧が砕け、血が流れる。
―――全て急所に入れているな。
隊長はコウマの自らを攻略する方法に気付いた。それは急所といえる場所を徹底的に攻めていくこと。
コウマが攻撃を入れている場所全てが生物にとって急所と言えるべき場所。竜にも急所と言える箇所が存在するため有効といえる策だが、
「私にその戦い方は通用しないぞ!!」
凝縮された身体に痛みを届かせることはない。
回し蹴りを放つが鎧をかすり、壊すだけだ。すると、今度は腕の関節に集中攻撃された。
隊長に痛みを与えることなく、コウマの拳が砕ける。
その動きは、小さな勝機を見逃さない動きだった。
曲線的に回り込み、一瞬現れた隙を見逃すことをせずに確実に一撃を入れてくる。
更には、そういった攻撃をフェイントとして、不意の一発を飛ばしてもくる。
―――この動き……私にはできないな。
コウマと自分。直線的な移動では自分の方がはるかに速い。だが、曲線的な動きで勝負すればあちらの方に軍配が上がるだろう。何せ自分は竜。人間とは比べものにならない筋肉の塊であり、力がピーキー過ぎるのだ。コウマのように力の切り替えはこの身ではできない。
隊長が攻撃、コウマがそれを避け、回り込み殴る。
そんな戦い方が五十を超えた時、隊長はふと違和感を感じた。
―――おかしい……何かが変わった。
コウマの戦法は変わっていない。ただ延々と動きまわり、自分の急所、または関節などの重要な箇所に身体を砕きながら攻めている。
しかし、技の一つ一つ。全部が、一回ごとに確かに力が込められているのだ。
コウマの動きは何か自分の力を確かめるように、確実に大きな力を持ち始める動きだと今更なが、気付いた。
そして、一撃。
「……ぬ?」
僅かな……本当に僅かな痛み。
「馬鹿な……」
疑問して、隊長は理解した。帝具、防人の真の能力は、鎧を纏い、肉体を強化することではない。それは、
「ダメージを受けることで、鎧と装着者を鍛え上げることか!!」
防人は鎧や身体がダメージを受け、壊されるたびに再生します。
ただ、再生するのではなく鎧も使用者も傷ついた分、硬く、強くなります。
『痛みに耐え、傷ついた自分を鍛え、戦い続けろ』てな感じで
友人に設定いったら、
『FateのドMさんみたいなもんか』と言われました。
すると、防人の鎧が笑顔が似合う筋肉さんでイメージしてしまいました。
ちゃうねん。コウマにあんな狂化はないねん。ノーマルなんや。