コウマが討つ!   作:兜割り

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第二十二話

隊長が驚きの声をコウマは聞いた。

―――ああ、そうだよ!

コウマは防人の能力を知られたことに内心で舌打ちをした。

防人に宿った男の過去と隊長に攻撃され、壊れながらも再生した鎧と肉体で、ようやく防人の能力を理解することができた。

鉄鬼変生・防人。その能力は傷ついた肉体や鎧を再生させ、鍛え上げることだ。

故に隊長の身体を殴っていき、鎧と拳を砕いていくことで、己の力を高めていたのだ。

―――拳が砕ける痛みはそのままだったがなっ!

防人の能力に再生はあるが、砕ける際に現れる痛みはないわけではない。ぶつけるたびに肉が潰れ、骨が砕ける。そんなことを五十回も繰り返していたのだ。常人なら痛みで発狂しているだろう。

だが、コウマは耐えた。痛みは耐えれることを知っているから。

隊長へと意識を飛ばす。

前方、竜の顔を歓喜の笑みで歪めている。

 

 

「くらっとけ!傷つき鍛えたこの一撃を!」

 

 

コウマは拳の一撃を腹にぶち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

竜の甲殻と鬼の鉄の拳。

今まで、拳は甲殻を砕くことができず己が砕けていた。

五十を超える勝負にようやく変化が訪れた。

変化は……双方の破壊。

甲殻は水しぶきのように砕け散り、拳は鎧のみが砕けていた。

竜の身体から赤いしぶきが、大気にぶちまけられる。

続く声。竜の高い、伸びるような……苦悶。

コウマは隊長の肩を蹴り飛ばし、同時に並はずれた跳躍力にものをいわせ、反対側に逃げ延びた。

部屋の端と端で、コウマと隊長は再び、対峙した。

隊長は腹、肩の甲殻、砕け右腕がぶらりと垂れ下がっていた。

全身が震えている。しかし、

 

 

「はは……初めてだよ、この身に痛みが生まれたのは!!」

 

 

痛みで震える中、それでも隊長が笑っていた。

そこでコウマは信じられないものを見た。

隊長の叫びと共に、砕けた腹と肩が瞬時に復元回復された。その叫びそのものに、なにか呪術的な力があるように見えた。

 

 

「別に驚くことはないだろ。私は竜、危険種だ。人間の回復力と比べれば私の方が早いに決まっている。いいことを教えてやろう。私は君のような高速で強化する能力はない」

 

 

コウマは息を呑んだ。

力もある。スピードもある。堅牢な防御もある。テクニックもある。高い治癒能力もある。戦いにも慣れている。

―――いや、もっと怖いのはその精神性だ。

自分が誇る装甲を破壊されたのに、動揺するどころか喜んでいる。自分がこの怪物の存在をつくづく甘く見ていたことを思い知らされた。

これが、『悪役』として生まれた怪物の、本当の強さか。

コウマは走った。

戦法はすでにこの身体も相手に痛みを与えられるほどに強化されているが、さっきと同じように攻撃し、確実な一撃まで強くするために殴りにいった。

狙いは脚。片足だけでも潰せることが出来れば、移動力に制限がかかるためだ。

腕を振るう―――

 

 

「―――――――――!!!!!」

 

 

咆哮。如何なる生物も怯ませるバインドボイス。

至近距離から聞いた竜の咆哮はコウマの動きは一瞬だけ怯ませた。しかし、その怯みは致命的だ。

 

 

「おーいたいた」

 

 

声が聞こえた時、反射的に両腕を盾にし、その一撃を受けた。

竜の正拳突き。その型は教科書で書かれているように綺麗なものだ。引いた拳、僅かに落とした腰、両の足による踏み込み、呼吸も完璧なものだった。

完璧な正拳突きはコウマの腕の装甲を砕き、こじ開け、胸部の鎧をぶち抜き、胸を打った。

―――あ。

コウマの脳裏に走馬灯が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

策にはまったコウマを見ながら隊長は

―――皮一枚繋がったか!?

拳から伝わる感触にそう判断した。

今まで様々な生物を壊してきたことがある。何度も壊していくたびに、感触で壊せたか壊してないか判断できるようになった。

あと少し、あと少し、拳を届かすことができていたら間違いなく、コウマの命を砕くことができた。

原因は分かっている。強化された鎧によって威力を減衰された。

コウマは背から壁に激突した。

壁に拡がるパイプに背中からぶち当たり、金属片をばらまきながら、幾重にも不協和音を響かせ、壁を落ちる。背は丸くしていない。衝撃を受け止められなかったら、背骨がずれたり、最悪の場合は折れるからだ。

下までは二メートル。尻が最初に地面についた。

手足が、びくびくと痙攣を続けていたが、やがてだらりと垂れ、動かなくなった。

―――これで終わりか?

そう思った時、コウマはがばっと起き上がった。

仮面の隙間から大量の血を吐き出しているが、二本の足で立ち、構えた。

―――そうだ。立ち上がれ、私はまだ倒されていないのだからな。

 

 

 

 

 

 

 

拳の一撃の衝撃に、まだ全身の痺れが残っていた。

攻撃を受けた場所が、たまたま、鎧の中でも、最も強靭な部位の胸部に当たったことが幸いだった。ひとつ間違えていれば、即死していた。

離れた距離を置いて向き合っていても、隊長の闘志が伝わってくる。そのたくましい視線は光線のようにコウマの心を貫いた。

―――この感じ、金剛餓狼を思い出す。

あの時の心境がまさに今と同じだった。猫を前にしてネズミの気分を心底から教えられた。身体を縛る感覚も、拳のもたらしたダメージだけが原因ではないのかもしれない。

隊長がゆっくりとした足取りで、距離を詰めてきた。

己の体格を誇るように、王者のように悠然と歩いてくる。

コウマは恐怖から全身の血液が沸騰するのを感じた。

隊長が部屋の真ん中に達したところで、突然、爆音が轟いた。周囲に火柱が上がった。それに続いて、また床に大きく火が回った。薬液を燃料に燃え続ける炎が、さらに火勢を増したのだ。

隊長の金の竜の双眸が鋭くなる。

その瞳が湛えた輝きは刃物のように鋭く、

―――どうした?こないのか?

と自分を見つめる瞳がそう語っていた。

気迫、そして戦いの経験。そこに絶対の差があることは認めている。甲殻の硬さ、再生能力も侮れない。

今、自分が纏っている防人は上限しらずの力を与えてくれる。今までの傷の蓄積に隊長にダメージを与えるほどの強さを獲得している。

だが、先ほどの一撃がコウマの心理に強い恐怖を埋め込んでしまった。

痛みと重なり、コウマの意識を塗りつぶそうとする。

これまで体験したことのない恐怖だ。

―――恐怖?

思い出す。金剛餓狼の戦いを、ブレイドホーネットの女王との戦いを。

あの時も一撃を入れられて死にかけた。

そうだ。恐怖は乗り越えることができるのだ。

コウマは息を吸い、そして吐き出した。

岩のように凝り固まっていた肩が、すっと軽くなった。

炎の壁を突っ切り、隊長が跳躍した。

矢のように飛び、一直線に襲い掛かる。

放たれる攻撃を鎧で受け、体を捻ることで威力を抑える。

抑えた攻撃でも身体がバラバラになりそうになる。それでも、

―――ただ、ただ痛いだけだ!

蝕む痛みを胸の奥底に沈めながら、反撃。

渾身の一撃が隊長の腹をぶち抜く。

大量の血液と、鈍く光る黒い甲殻の破片をばら撒きながら、隊長は宙を舞った。そして、一面炎に包まれた床に頭から突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

炎の中に立ち上がると隊長は笑った。

竜面を歪ませ、会心の笑みを浮かべていた。

―――これだ。この時を私はずっと望んでいた。

鎧を鮮血に染めたコウマめがけ、正面から襲い掛かる。

フェイントを使い、腹に一撃を見舞う。

だが、コウマの動きは打たれるたびに洗練されていた。動きに一部の隙もなく、余計な力も入っていない。こちらが一撃当てたとしても、一撃、必ず返してくる。

鎧は拳がぶつかるたびにヒビが入るが、それもすぐに修復される。

更に強度を高めている敵の身体は堅牢で、叩いた竜人の拳にもダメージを与える。

それでも竜と鬼は床を血に染めながらも拳を振るい続ける。

筋肉が断裂し、骨が砕けたことで全身に痛みが襲う。

―――だが、こちらの方が早いぞ。

今の私にはお前にはない、この胸の喜びがある。

傷だらけの身体は竜の細胞と喜びによって鬼より早く回復していく。

―――そうだ。これなのだ。

喜びを。

この苦しいほどの胸の震えを。

それだけをずっと求めていた。

更なる『悪役』になるために己自身を休まず鍛え上げた。局長の強力の元、組織の技術によって、外側からも強化させた。

高みに上がり、その先に見たのはぽっかりと空いた、ただの虚しさだった。

虚しさは絶望そのものだった。

そこに現れたのが、お前だ。

―――コウマ!

実験体を倒した時の、あの姿。

それを見た時に全身を震わせた衝撃。

あの衝撃は本物だった。

衝撃は胸を震わせ、喜びとなり、戦いを盛り上げる燃料となっている。

私は今、世界一の幸いを手に入れている。

 

 

 

 

 

 

コウマが離れ、走る。

その距離は自分から最も離れている。

解る。自分を倒すための必殺の一撃を放とうとしている。

炎が噴き上がり、二人の間に壁を作る。

―――さぁ、終わらせよう!!

周りに拡がる炎が隊長の戦意を感じたかのように激しく燃え上がる。

身体中の甲殻が砕かれ、血の味が口いっぱいに広がっているが、隊長の戦意は塵ほども削がれていなかった。むしろ、以前に倍して猛々しく荒れ狂っている。

――ああ、生き続けてきた甲斐があった!

興奮が我を忘れさせた。このほんの僅かの間、コウマは傷つき、痛めつけられた。だが、それら全てに耐え、立ち上がり続けた。圧倒的な強者を前にして諦めることなく戦い、勝機を掴む。それは戦士の理想だ。

―――コウマ!お前は選ばれし者、勇者だ!

自分と敵を隔てる壁に向かって、吠えたてる。

全身を喜びに震わせて吠える。その喜びは幾重にも響き、やがて消え去った瞬間だった。

身体の奥から力を引き出し『奥の手』を備えると、天井に達した炎の壁が、ぐにゃりと歪む。

炎の中、生まれた真空のトンネルから飛び出してきたのは―――

 

 

「コウマっっっっ!!!!」

 

 

上半身を捻り、腕を振り、勢いを上げられた蹴りが突っ込んでくる。

あの蹴りは間違いなく必殺技だ、と隊長は直感した。『奥の手』は間に合わない。直撃すれば、この身体をぶち抜くことができる。

隊長はアッパーカットで迎撃した。

瞬間移動のように振り抜かれた拳と蹴りがぶつかる。威力はこちらの方が上。このままだとコウマは壁に吹き飛ばされる。

しかし、拳に当たる蹴りの感触がおかしかった。拳に当たる面積が小さいのだ。

―――踵か!?

拳の中指に踵がぶつかっていた。すぐに足裏が乗せられる。

拳に乗ったコウマは足首を曲げ、膝を曲げ、腰を落とし、身を縮め、腕を広げてバランスをとった。

それらの一瞬にして行われた動作の意味することを隊長は理解した。

―――全身に来る打撃を、吸収された!

だが、行き場を失った運動力はこのまま溜めていけば、体の中で爆発し、コウマの内部をズタズタにする。

直後、コウマは跳躍した。

体内に溜まろうとしていた運動力を、拳の軌道に合わせて正確に飛ぶことで、受け止めたのだ。

凄まじい勢いでコウマが天井に飛ぶ。

天井を弾いて、向かってきた。蹴りの体勢で。

灼熱し、赤く輝いて見えるほどの、猛烈な蹴りを放つ。

―――最高だ!

己の力すらも勝利のための材料とすることに歓喜した。

相手の全力の攻撃には、こちらも全力の攻撃をぶつけるしかない。

隊長の喉も輝きを見せ、『奥の手』―――ドラゴンブレスを放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

灼熱の蹴りと蒼白の閃光が疾走し、激突した。

光が満ち、莫大な熱を纏った蹴りを閃光が押さえ込む。

蹴りは、閃光に包まれ包む鎧が悲鳴を上げる。

必殺の技だった。蹴りを放ち、打ち出された隊長の拳を威力と共に踏み台として、跳んだ。勢いを保ち、壁を跳ね返るようにして、最高の蹴りを放った。

その凄まじさは鎧が速さで赤熱化するほどだ。

だが、相手の『奥の手』は己の最高を超える代物だ。

ドラゴンブレス―――竜の必殺技の代名詞だ。

―――死ぬ。

とコウマは不意に悟った。

閃光にぶつかっている左足が悲鳴を上げている。

身体が閃光に包まれそうになる中、胸に狂おしいほどの感情が湧き上がった。

コウマはその感情に従い、吼えた。

乗り切れ、乗り切れ、この閃光を。

ここで勝利しても、更なる驚異とぶつかることになる。この程度のことに敗北してどうするというのだ。

―――帝具、防人!!

コウマは防人に呼びかけた。

このまま終わるわけにはいかない、と。鎧の再生スピードを上げろ、と。力をもっと引き出せ、と。

―――今、目の前にいる『悪役』を倒せるだけの力をよこせ!

叫びに呼応し、変化が起こった。

コウマの右足に自壊せんばかりの力が込められた。

それを理解し、吼える。

閃光が―――割れた。

 

 

 

 

 

 

 

ドラゴンブレスを割り、コウマが落ちてくる。

―――面白い。本当にお前は私を楽しませてくれる!

隊長の腕はもう動かない。動こうにも足は微動だにしない。

ドラゴンブレスは本当に『奥の手』だった。もう自分には動く力も残っていない。

あるのは、『悪役』として、誇り高く、その胸を張り、勇者の一撃を受けることだけだった。

それを悟った時、すでにコウマの姿は己の眼前にいた。

鎧に包まれた脚が、隊長の胸を深く貫いた。

 

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