コウマが討つ!   作:兜割り

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第二十三話

肉が潰れる音と、床の石が砕ける音と、空気が揺れる音と、壁に亀裂が入る音と、本棚が倒れる音と、炎が衝撃で揺れる音が一つになって巨大な轟音を作り出した。

一瞬で幾つもの音が交じり合ったので、それは一つの巨大な音にしか聞こえなかった。

もし間近でそれを聞いた者がいたら耳に手を当てて悶絶しただろう。まるで音そのものが破壊の権化であるかのように、それは凶暴であり凶悪だった。

蹴りを入れた。言葉にすればそれだけなのに、起こった結果は人が成し遂げられる破壊の範疇を容易く超えていた。

蹴られた勢いのまま、隊長は炎の中に転がっていた。

必殺。その名にふさわしく、隊長には完全に胸部を破壊された痕が大きく広がっており、砕け散った甲殻だけ見れば、これが蹴りによって作られたものだと決して理解できないだろう。

―――勝った……のか?

現実をコウマは受け止めるのに時間がかかった。

これが本当にあの竜の身体の中に納まっていたのか、と一目見た瞬間に疑いたくなるほど、おびただしい量の血がコウマの脚につき、足元に拡がっている。

少し足を上げればねちゃねちゃと特有の粘り気が足の底から伝わってくる。よく見れば、小さな肉片らしきものと甲殻らしきものがあちこちに飛び掛かっている。

身体が震える。これが自分の力だということに混乱した。

ごっと空気を揺らして、炎が隊長の身体を呑み込んだ。

―――急いで、脱出しなければ……。

コウマは自分の拳を見つめた。そして、炎に焼かれている敵に背中を見せると、ゆっくりと出口へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだだ。まだ終わってないぞ、コウマ」

 

 

瞬間、コウマの意識が飛んだ。

胸に大穴を空けた隊長が飛び込んできた。

隊長の残った最後の武器、牙がコウマの首筋に突き立てられていた。

無意識のうちに……意識を失う寸前に下された命令に従い、コウマの身体が貫手を放った。隊長の喉を貫き、吹き飛ばす。

傷ついた鎧から真っ赤な血が噴き出した。

防人が直ちに、断たれた首筋の筋肉を再生する。血はすぐに止まった。

だが、激痛がコウマを苛んだ。筋肉の再生は無痛だが、神経の再結合には痛みが伴った。

 

 

「ダメだろ、コウマぁ。『悪役』はなぁ、しぶといんだ。死んだかどうかの確認をちゃんとしなきゃダメだろ。最後の最後まで……な。くはっ……くははははははははははははははははは――――――」

 

 

隊長の笑いが奥へ、奥へと響く。

周りの炎、痛みよりもその笑いがコウマの意識を塗りつぶそうとした。

そして、コウマは―――落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごめんなさい』

サキは今の自分を突き動かしている原動力をそう考えながらコウの背中に乗り、基地内を進んでいた。

コウマからは基地から逃げろと言われたが、そんなことは出来なかった。

コウマが帝具を身に纏い、その姿に自分は怯えてしまい、コウマは何も言わずに行ってしまった。それがサキの心に深く突き刺さった。

後ろにいるクロメも同じだろう。

これまで自分たちは、一緒に暮らし絆を結んできたのだ。

断片的に思い出していく過去が繋ぎ合わせ、大きくすればするほど、コウマに怯えてしまったことが後悔としてサキを責め立てていく。

 

 

「サキ……私なんて言えばいい?」

「……わかりません。私は……謝ろうと思っています」

 

 

走っていたコウが止まる。目の前には巨大な鉄の扉があった。

 

 

「……行きます」

 

 

扉を開けると地獄があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燃えている。

燃えている。

燃えている。

胸部は砕け、喉を潰され、全身を炎で焼かれながらも隊長は生きていた。

竜の細胞が脳を、心臓を、魂を肉体に繋ぎとめていた。

隊長の魂を表すように、その竜の瞳は力を失わずに、倒れているコウマを睨みつけている。

―――もう少し、もう少しだ。

身体に力を籠め、溜まったところで倒れているコウマに止めを指すつもりだった。

すると、扉が開き、新鮮な空気を得たことで炎が激しく燃え上がる。

 

 

「コウマ様!コウマ様!」

 

 

突如、女が倒れているコウマに駆け寄った。炎で熱している鋼の仮面を、火になることを構わずに触れ、引き抜くようにした。

防人が外されたことでコウマの身体から鎧が消える。

コウマの名前を知っていること、似たような服装からして隊長は推測を立てた。

―――なるほど、コウマの女か……。

 

 

「生きてる!生きています!!」

 

 

火傷した手でコウマの生死を確認し、生きていることに涙を零しながら喜んでいた。

意識を失っているコウマを背負い、部屋から出ていこうとする。

 

 

―――おい、待て。お前はなにをしている?

―――コウマを……『勇者』をどこに連れて行こうとしている?

―――まだ、私が……『悪役』がここにいて、生きているのだぞ。

―――やめろ。連れていくな。頼むから。

―――私はずっと待っていたのだぞ。彼が来るのを。

―――この幸いの日を、最後の最後でぶち壊すつもりか?

―――ああ、ああ、お願いだ。お願いだ。

―――行かないでくれ……!

 

 

炎が壁を作り、コウマと女の姿を消した。

 

 

「………………!!!!!」

 

 

まだ、回復のしきっていない喉から声を振り絞る。しかし、口から吐き出されるのは血。

竜の瞳から涙が溢れていた。

―――なんて、なんて……結末。

 

 

 

 

 

 

声のない叫びが、炎の空間に響き渡った。

そして、その叫びに答えるものがあった。

竜の叫びに応じるのは、炎の空間を歩いてくる者。

酸素ボンベを背負い、ガスマスクを顔につけ、銀の耐熱服を身につけた者。

炎の中を一歩一歩進み、涙を流し、倒れている竜を見る。

 

 

「隊長……」

 

 

半身が砕け散り、炎に焼かれることも気にせず、泣いている。

口を広げ、血の叫びをあげるだけだった。

ただ、ただ感情が込められた声。

悲鳴にも、苦悶にも聞こえる慟哭に対して、ガスマスクの者―――局長は目を伏せた。

―――こんな結末……認めるわけにはいきません。

目を開ける。眼下、泣く竜を見て、手を伸ばす。

 

 

「……隊長!!」

 

 

吐き出される感情の叫びを潰すように、局長は叫んだ。

 

 

「組織の王よ!欲しなさい!貴女が望むべきものを!貴女はこのような小さな舞台ではなく、大きな……貴女の感情が納得する場に辿り着くために!」

 

 

―――隊長。私はずっと思っていたんです。

この組織は貴女のような『悪役』に相応しいのか。否、断じて、否。こんな寂れた辺境の基地で終わるような器ではない。

貴女のような『悪役』はもっと相応しい場所で悪を行い、滅ぼされるべきなのだ。

 

 

「大きな地で、大きな悪行を行いなさい!その場に勇者は……彼が貴女の前に立ち塞がるはずです!より強く!より巨大な存在となって貴女を否定し、打ち倒してくれます!」

 

 

その言葉に、隊長は顔を挙げた。

竜眼を涙で揺らし、ぼろぼろの身体に一瞬だけ目を伏せた。

しかし、局長は、すぐに元の表情を取り戻すと、息を吸い、身に力を籠めて、

 

 

「……望みを!」

 

 

同時。炎が荒れ狂った。

巻き上がる炎の中、隊長の声を聞いた。

小さな、それでいてはっきりとした言葉。

それは、

 

 

「力を……」

 

 

叫ぶ。

局長に対して、血まみれの腕を差し出し、指を強く広げる。

 

 

「もっと力を……!巨大な『悪』となるための力を……!!」

 

 

頷きとともにその手を掴む。

瞬間。炎が激しく舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

組織は壊滅した。

組織にいた研究者たちは避難した場所に実験体が入り込み、全員苦しみの内に死んでいった。軍を指揮したナジェンダ将軍の指示は的確であり、獣も同然の実験体を全滅させるのにそれほど時間はかかることはなかった。組織にあった禁断の実験による資料も基地奥から起きた火災により全て灰となった。

しかし、火災がやみ、改めて調べてみても、全員が聞いた咆哮の持ち主と思われる生物の姿は存在していなかった。

 




今回で三章の帝具編は終わりです。

次章は零編に入ります。
オリジナル色がかなり強くなりますが、読者様の期待に答えられるような作品を書こうと思っています。

今回、影の薄かったサキとクロメを活躍させたいなぁ……。

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