「ほ~ら、キバ、コウ、トツ。とっておいで~」
『ウォフ!』
屋敷の庭でコウマの声に合わせて転がした布の玉を追いかけて、懸命にじゃれ付くのは金剛餓狼の子供たちだ。
牙は少しずつ生え始め、黒の体毛もしっかりと生え揃い、強度を試すつもりもないが金剛餓狼特有の強靭さを少しは手に入れたのだろう。
三匹で玉を取り合い、ひとしきり戯れると三匹の内のキバが今度はそれを咥えてコウマの所に駆け戻り、その後ろをコウとトツが追いかける。
「おいおい、キバ。またお前が持ってくるのか。たまにはコウとトツにも譲ろうな。兄弟仲良くこれが大事だ」
「クゥ~ン、キュ~」
コウマの言葉を説教と受け取ったのか、キバは落ち込んだ様子で声をあげた。
「ああ、いや……怒ってるわけじゃないんだよ」
落ち込むキバを励ますように声をかけるコウマ。
金剛餓狼の事件から時間にして、二週間が経過していた。
当初、金剛餓狼の子供を育てると誓ったコウマだったが、一日目にして子育ての苦労を味わうことになった。
正直なところコウマは狩りや戦闘技術を磨くためにほとんどの時間を鍛錬に費やしており、『動物を飼ってみたい』という欲がない。
故に、動物を育てる知識が全く無く、生き物を育てると言う点で絶対持っていなければいけない重要なモノを何一つ持っていなかったのだ。
それに気がついたコウマは、慌てて家の書庫に飛び込み育てる方法を探した。
だが、超級危険種に分類される金剛餓狼の育て方など載っているはずないと危険種軍用法の本を四冊ほど読んで気付いた。
里に住む老人たちの知識に賭けることも出来たが、自分が『責任を持って育てる』といってしまった以上頼ることはプライドが許さなかった。
悩んだ末、コウマは躰の大小は合って似たようなものだと犬の育て方を行うことにした。
何とか方法は知ったが、ここでコウマは重要なことに気付いた。
金剛餓狼の母はタイガが里の大人たちに協力を仰いで死骸を森の洞窟に埋葬したことで、赤ん坊に乳を上げる存在がいなくなってしまったのである。
コウマは急いで、里で食用として飼ってる危険種から金剛餓狼の乳に近い物を休みなくかき集めた。
これは時間との勝負であったので、コウマに多大な疲労を与えることになった。
何とか本の知識も合って食糧問題は解決の目処を立てたが、そこで再びコウマは苦労を味わうことになる。
まず金剛餓狼の赤ん坊は寝るか乳を飲むしかまだ出来ない。
昼間に目が覚めるのはまだいいほうだが真夜中に何度も目を覚まして乳を寄越せと鳴く。その度に起こされて、嫌でも睡眠不足に陥ってしまう。
これは七歳のコウマには辛い作業だったが、サキが協力を申し出たことにより、負担は半減された。
他にも、トイレの仕方、毛の手入れなどしなければならない。
サキの協力がなければ倒れていたかもしれない。
そんな作業も一週間すれば、何とか落ち着いて、三匹の名前を付けることにした。
三匹はオスが二匹とメスが一匹、名付けるのはもちろんコウマである。
コウマは親である金剛餓狼の戦いを思い出して、オス二匹には最大の武器であった牙から『キバ』、大木を簡単に噛み砕いたから咬むの『コウ』、メスにはその大きな体格からの突撃から『トツ』と名付けた。
それを聞いたタイガは『お前センスないな……。もっといい名前があるだろ』と呆れられた。
そんな父を頭を叩いて黙らせた母、マイが『覚えやすくていい名前ね。キバ、コウ、トツよろしくね』と笑顔でいってくれた。
サキは『もっと可愛い名前が……』と残念そうな顔を浮かべた。
どうやら名付け親の位置を密かに狙っていたらしい。
名前を呼ぶと自分自身が呼ばれたことに対しての反応を示してくれるようになったが、コウマは不安を感じた。
本当にいい子に育てられるんだろうか。育て方は正しいのだろうか。そもそも本当の親がいないのに大きく育つんだろうか。
コウマの心で不安と緊張が入り乱れる中、元々の生態がそうだったのか、最初に出会った頃は子犬ほどの大きさだったが二倍近くまで金剛餓狼は一気に成長していた。
「ほら、もう一回いくぞ。とってこ~い」
コウマが再び布の玉を投げると、三匹は元気よく追いかけた。
屋敷の縁側でタイガとマイはその様子を見て、頬を緩めた。
「随分と懐いてるんだな」
「もともと懐っこい性格みたいですけど、コウマを親だと思ってるみたいです。どんな時もコウマから離れたがらなくて」
「そう言われれば、ずっと一緒だな。……あの時、親の血を被ったからか?」
投げられた玉を追いかける姿は、親に比べるとあまりにも小さく、比較するのも馬鹿らしくなるのだが。元々の小ささを考えると数日で金剛餓狼はかなり大きくなったと言える。
「発育の良さには驚いたが、……まぁ、元気なのは良いことだ」
「はい、このまま育って自分の力で色々な事が出来るようになるなら、その分コウマたちの負担も減りますから」
布の玉を引きずってきた金剛餓狼の子供たちはコウマに頭を撫でられて『キュ~』と甘えた声をあげている。
その姿は帝国に恐れられる超級危険種には到底思えない。
「タイガ様、マイ様。お茶が入りました」
盆の上にお茶も乗せてサキがやってきた。
両親を先の事件で失ったサキは身寄りがなかったため、タイガたちが引き取り、家族の一員に加えたのである。
「おう、ありがとな」
サキからお茶を受け取り、タイガは礼をいった。
「コウマ様はキバたちと遊んでいますか……」
尻尾を千切れんばかりに振るって、コウマにじゃれつくキバたちを見る目は優しいのだが、不安の色は完全に隠しきれていない。
マイはそんなサキを見て、ポツリとつぶやいた。
「大丈夫よ。私たちの子が育てているから。心配はいらないわ」
「でも、やっぱり不安です。コウマ様はああいってくれましたけど、あの子たちが大きくなったらどうなるかなって……」
この二週間で幾らか軽減されても、圧倒的な存在感を植えつけた金剛餓狼への恐怖はそう易々と消えるものではない。
両親を三匹の母親に喰われた恐怖は晴れておらず、不安に襲われるときもあるが、コウマの『いい子に育てる』の言葉を信じた。
「私も遊んできます」
サキはそういいタイガたちから離れた。
「よ~しよ~し。あ、サキ」
コウマは自分にじゃれるキバたちの腹を撫でていると近づいてくるサキに気付いた。
「コウマ様。私も遊んでいいですか?」
「うん。いいよ」
「おいで、キバ」
一度コウマを見てから駆け寄ってきたキバを抱き上げると、嬉しそうにサキの頬をペロペロと舐めた。
「ウォフ~」
「あはっ、くすぐったい」
サキにも懐き始めたその様子を見て、きっとこの先も大丈夫だという考えがコウマの頭の中に浮かんでくる。
(心配いらない。きっと大丈夫だ)
キバたちが里のみんなと仲良くなれる未来をコウマは感じていた。
次回は数年後の話になります。