しばらくたった頃。
「──始まるんですね」
神妙な面持ちで口を開いたのは僕の隣に座るオーキッドマンティス・オルフェノクこと一条花梨だった。
「ああ。いよいよ君も、ゲームに参加することになる」
そう答えたのは正面に腰掛ける桜井。太ってはいるが、思っていたより若い男だった。二人は今、とある邸宅の一室にいた。桜井の別荘とのことだ。
「それで、今回の課題についてなんだが──」
「はい」
「【この3日間で十三人を使徒再生する】【対象は彼女──一条君の『魅了』に抵抗できた者】だ」
「『魅了』? 人間を誘惑させる、と?」
眉を顰める僕に対し、桜井は得意そうにふんぞり返りニヤリと笑った。
「彼女にはあらかじめ特殊な『力』を注ぎ込んである。君ももしかしたら既に同様の能力に覚醒済みかもしれないが……。まあそんなことは良い。がんばってくれ」
そう言って再び、彼は愉快そうに笑ったのだった。
*
「……」
『本当にそんな能力があるのか?』
携帯電話越しに尋ねる。自分たちオルフェノクには魔法みたいな力は無いはずだ。灰色の怪物にすぎないオルフェノクが人間を魅了できるとは到底思えなかった。
「大丈夫。見ていて」
自信ありげな返答が返ってくる。屋上から見ていると、路上で一人立ち尽くしている彼女の姿が光と共にオーキッドマンティス・オルフェノクへ変化した。当然のように周りの人間達は驚愕し逃げだそうとするが、その前に再び、オーキッドマンティスは姿を変えた。
『……っ! あれは!』
距離の離れた、しかもオリジナルのオルフェノクである僕ですら軽く意識が揺らぎかけた。
これまで見てきた様々な変異態とは違い、オーキッドマンティス・オルフェノクのソレは人型のままだ。だが、その体からは花弁のような翅飾りが形成されており、そこを中心に力場のようなものが形成されていた。
(魅了態……。いや、それよりも!)
オーキッドマンティスのまわりを注視するが、ほとんど全ての人間達が腑抜けとなってしまっていた。かなりの強力な能力だ。これなら、人を襲うことも容易だろう。
『……っ!』
だが同時に問題でもある。今回の課題は「魅了から逃れた者」だ。比較的外縁部にいた一人を見つけ狙撃したが、かなり効率は悪い。
『さて、数をこなすしかないか。下手な鉄砲もなんとやら、だ』
*
「あ……あ……」
「うう……」
「……な、何なんだ……、お前は……! ……うわあ!」
『これでまた一人、か。やっと十二人……。くそ、もう時間が無いってのに……!』
焦燥感を募らせつつ、僕は標的を探す。
だがこの場には他に正気の者はいない。そもそも一度の魅了で一人見つかるのすら運が良いくらいなのだ。この三日でオーキッドマンティスは体力の限り、何十度も魅了態への変身を行ったが、まだあと一人足りない。
『……ん?』
ふと、視界の端に動くものが映る。そちらを見やると、そこには一人の少年の姿があった。その姿は、先日見覚えのある、今回も出くわすのではと危惧していた──。
『あいつは……!』
こちらに気付いた少年はオーキッドマンティスへと一目散に向かってくる。疲弊した彼女に──ハーミットクラブ・オルフェノクの脅威が迫っていた。