それぞれの目ざめ
・赤沢恵理の場合
「はあ…」
某日。深夜といってもいい時間帯、とあるアパートの一室で、一人の女性が溜め息をつく。彼女は「赤沢 恵里」。名門私立大学に通う女子大生だ。
彼女は現在一人暮らしをしており、今日もバイトを終えて帰宅したところだった。「ただいまー」、彼女がそう言って玄関の扉を開ける。しかし、部屋の中から返事はない。いつものことだが、やはり寂しいものだ。彼女は、今日の晩御飯を作るべく台所へ向かう。冷蔵庫から食材を取り出して調理を始める。料理ができる頃には、もうすぐ日付が変わる頃になっていた。彼女は食事を終え、食器を流し台へ運ぶ。
(あとはシャワーでも浴びて寝るだけかな…?)
そこまで考えたとき、寝ぼけかけた頭に突如飛来する。
「あ、そうだ!定期券!」
うっすらとした記憶を思い出し確認すると、やはり鞄の中には無かった。帰ってきたときにはぼんやりしていたために放ったままになっていたが、部屋の鍵を取り出そうとしたときに、アパートの前で取り落としたのを覚えていたのだ。慌てて外へ出る。すぐに見つけることができたが、しかしそのときだった。
突然、何かがそこに降り立った。大きさは人のようで、形もほぼ同じに見える。しかしソレの額からは長大な突起が飛び出し、両腕はそれぞれ一枚の膜のようになっていた。そして鎧のような全身は一色の灰色。それはまさに怪物と呼ぶにふさわしい姿であった。そしてその怪物が、こちらに向かって歩いてくる。
「え?ちょっと待ってよ……」
彼女は恐怖に駆られ、必死に逃げようとする。しかし、足がもつれて転んでしまう。振り返った時にはその怪物が細長い棒──手にした銃を自身の胸に突き立て、引き金を引こうとしていたところだった。
「あ──!」
彼女の意識はそこで途絶え──翌朝、自室のベッドにて目を覚ました。
しかしその日の晩には、夢では無かったことに気付かされる。謎の女によって。
・宮田士郎の場合
「うわあああっ!?」
某日の深夜、一人の男性がブレーキを必死に踏みながら大きな叫び声を上げる。彼の名は「宮田 士郎」。今年で25歳になる会社員である。
彼は先程まで、仕事で疲れた身体を引きずりながら帰宅していたところだった。しかし自宅を目前にして、突然車のフロントガラス越しに現れた存在に驚き、思わず叫んでしまったのである。
その影は、体格だけなら人間のそれと酷似しているが、服にあたる部分から素肌のはずの部分まで、全身が灰色。おまけに、急ブレーキを踏んでいたとはいえ多少なりとも衝撃が加わっていたはずなのにも関わらず、ソレは何事もなかったかのように平然と立っていた。
「な、何なんだ!く、来るなぁ!」
咄嗟にアクセルペダルを踏み、轢き倒すのもいとわず逃げようとするが、タイヤが擦れるばかりで車は全く動こうとしない。その間にも、ソイツはゆっくりと片腕を持ち上げた。形だけは人間のものに似たその手に持っているのは細長い銃──!
「うわああ!!」
「……?」
目を覚ますと、怪物はいなくなっており、自分の身体にも傷一つ残っていなかった。時計を見ればあれから数分も経っていない。
彼はハンドルを握ったまま気を失っていたようだった。おそらく気絶していたのだろうが、あの光景はいったい……。彼は首を振って気持ちを整理しようとしたが、しかし再び襲ってきた睡魔に負けかけ、急いで帰宅する。
帰るなり、彼はまた眠ってしまった。
──彼の身に何が起こったのか、それを知らせたのは謎の女が乗った一台の車だった…。