「……」
僕が座っているのは、とある大学内のベンチだ。高校生の僕がなぜ大学にいるのかと言えば、それは視線の先を歩いてくる一人の女子大生──赤沢恵理に用があるからだ。もっとも、つい昨日、スマートブレインから仕事の依頼が来るまで彼女のことは覚えてもいなかったが。
僕は彼女に話しかけるべく立ち上がると、歩み寄っていく。すると彼女は僕の方を見て、「あ、どうも」と言いながら会釈をし、通り過ぎようとした。だが。
「待て。話は聞いているはずだろう?僕が灰村だ」
「えっ」
彼女は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに笑顔を取り戻し、こちらへ向き直る。
「あら、あなたがそうなのね。私の名前は赤沢恵理。よろしくね、灰村くん…?」
そう言いながら手を差し出してきたので、握手に応じた。
「それで、一体どんな用件なのかしら?悪いけど、私は講義があるのであまり時間がないんだけど……」
「そうか。では単刀直入に言う。君は『オルフェノク』について既に聞いているな?なのに未だ人間を襲おうとしない、と」
僕の場合は初日から命令されたが、彼女の場合はそうではなかったらしい。加えて精神面での影響が少ないためにオルフェノクとしての行動を全く取っていない。…それでは困るのだ。
「ええ、そうだけど……」
「オルフェノクは人を襲うことを義務とされているはずだ。だが君はまだそうしていない。それは何故だ?」
「それは……」
彼女は少し躊躇う様子を見せた後、口を開いた。
「……怖いのよ。自分が怪物であることを認めるのが。それに、私は誰かを傷つけるようなことなんてできない。だから……」
僕は彼女の言葉を遮り、語調を強めて続ける。
「そんなことで良いと思っているのか!?もし他のオルフェノクに知られたら、間違いなく殺されるぞ!」
「そ、それは嫌!でも、やっぱり無理よ……!」
「……そうか。ならば仕方ない」
「え……?」
「すぐにまた会いに行く。ここでは人目につきすぎるからな…」
「さて、始めるか」
一人、呟く。そして例によって翼竜の紋様を顔に浮かべ、全身を灰色の異形──ケツァルコアトルス・オルフェノクへと変貌させる。
角を曲がった先からは数人の女子大生達が話している声がはっきりと聞こえていた。
その中には赤沢のものもあった。
「ねえねえ、知ってる?この前噂になってた怪物のこと。何でも夜中に現れて人を襲って殺すんだって」
「…マジで!?こわーい」
「あ、その話なら──」
そこまで聞くと、僕は彼女らの前へ飛び出し、赤沢の脇を歩いていた二人の心臓を撃ち抜く。そしてその身体を灰へと変えた。
「な、何!?…あ、あなたは!」
『へえ?この姿でも会ったことがあるのか?…まあ、どうでもいい。ここで終わりたくないなら抵抗してみろ!』
あえて傷を負わせないよう、足下を何発か穿つ。これで意地を張るならばもう少し乱暴な手を使わなければいけなかったが、幸い彼女は震えながら姿を異形──ジェリーフィッシュ・オルフェノクへと変え、つかみかかって来た。僕は彼女を振り払い、そして、壁に押さえつけつつ首を一気に締め上げた。
『く……苦しい……助け……て』
その声を発するのは床に投影された全裸の影。その表情には人間だった頃のままの──オルフェノクへの恐怖が未だ残っていた。
『お前は殺さないさ。だがいい加減その生き方は変えて貰うぞ。…まあ、そう難しくはない。一度やればすぐに慣れる。…ちょうど良い、やってみろ!』