僕が示したのは一人の男子学生だった。たまたま通りがかったらしき彼は、僕たちの姿を目にした途端に叫び声を上げながら逃げ出そうとした。だが僕は彼を逃さず、彼の背中にジェリーフィッシュを放り出す。そして倒れたところへ、
『さあ!やれ!』
使徒再生を行うよう催促する。だが──
「うわあああああっ!!?」
絶叫と共に、彼もまた人間の姿から怪物へと変わり、無茶苦茶に腕を振り回しながらこちらへ向かってきた。
『うわっ!!』
予想外の逆襲に、思わず声を漏らして転倒してしまう。数度転がって立ち上がるが、その頃には二体のオルフェノクは背を向けて駆け出していた。
『チッ、待て!──』
僕も走り出し、追いすがる。少なくともジェリーフィッシュの方は使徒再生により覚醒したタイプだ。オリジナルの僕から逃げられる訳がない。だがその前に逃げ切れないと悟ったか、後ろ側だった男──ラクーンオルフェノクの方が振り返り、武器を取り出した。
やや大型の、四枚刃の手裏剣だ。ラクーンオルフェノクがそれを投げると、回転しながら僕の放った銃弾を弾きながら衰えることない速度で首元を切り裂こうと飛び込んできた。
『ちっ!』
やむを得ず、身体を傾けてかわす。そのままラクーンへ接近し掴みかかるが、揉み合っている内に見せた妙な動きに脇へ飛び退くと先ほど飛んでいった手裏剣が主の手元へと戻って来ていた。
(なら、叩き落とせば…)
そう思いながら身構える。が、動いたのは僕でも彼でもなかった。
突如左腕に何かが巻き付いた感触があった、と感じた次の瞬間。わずかな時間ではあったが全身が硬直し動けるようになったときにはラクーンの振りかぶった手裏剣が深く胸を切り裂いていた。
『がっ…!!』
ここまでの深手を負ったのは初めてだったとすら思える一撃。自身よりは格下であろうラクーンオルフェノクから攻撃を受けた原因である窓の触手を見ると、やはりというべきかそこから入って来たのは逃げたと思っていたジェリーフィッシュ・オルフェノクだった。
『もういいでしょ…。私達は他人を傷つけたくは無いの…!だから帰って!』
震えながらもそれぞれの武器を構え、戦いを止めるよう訴える二人。しかしこちらにもそういうわけにはいかない事情がある。
『僕が帰って…それで済むと思っているのか?…代わりが来るだけだ。これは上からの指示なんだからな』
『上…それってスマートブレイン…?なんでそんなことを…!』
『さあな。聞いたところによるとつい最近の方針変更らしいが』
その時だった。じっと話を聞いているように見えたラクーンが何かを僕たちの間に投げた、かと思うと辺りに煙幕が立ちこめる。即座に両手の銃を何発も撃ち込むが、苦痛の声が聞こえることはなく──煙が晴れたときには弾痕だけを残し、すでに二人の姿は消え去っていた。
「……逃げられたか」
変身を解き、壁に寄りかかる。この場では、地の利は彼女らの側にあるのだ。追ってもすぐには見つからないだろう。ここは一旦別の方を片付ける方が得策のようだった。