OVERLORD ハワード戦記   作:寝武多

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1話 戦争

 目一杯鼻から肺、心臓へと酸素を送ることですえた臭いがハワードの鼻腔いっぱいに広がる。嗅ぎ慣れたそれは死体から垂れ流れる糞尿と臓物の臭いであった。両軍同士の全面衝突は今だに始まっていないというのに少数ではあるが既に両軍の先頭に配置された部隊や他の部隊でも被害が出ている。

 

 斥候同士の潰し合いは勿論、遠距離からの矢や魔法による攻撃で、先頭に位置する哀れな兵士の臓腑を大気へと拡散させる。全面衝突を予期したハワードの心臓は既に張り裂けんとばかりに激しく鼓動を上げる。少しすると両陣営から大地が震えるかの様な騒音と粗末な胸当てや刀、小手が自己主張する様に揺れ、擦れることで喧しく金属音が鳴る。

 

 息苦しさや緊張を紛らわす為に口を大きく開け身体中に酸素を回すことで耐えようとし、両軍が衝突する目前で決壊しそうになる心を守ろうと雄叫びを上げた。両隣も吊られるかの様に上げる。

 

 「うお゛おおぁーーー!!」

 

 雄叫びにそれほど大された意味はない。あるとすれば己を鼓舞し、相手を威嚇する原始的な意味合い。ハワードの片手にはマジックアイテムと呼ばれる耐久力と切れ味を上昇させる魔法が付与された刀が握られ、胴と頭は凹んだ軽装鎧で守られている。

 

 周囲を観ればそれぞれバラバラな武器を所持している。ここではそれがフォーマルな格好であり、正装だった。自身の防具に付着した取れない赤黒い汚れはワンポイントのお洒落の様でもあったが、実体は前任者の悲劇の証だ。何が起きたかは染みついた汚れがはに対し、雄弁に語ってくれる。

 

 軍部の中でもある程度の地位にいる両親から生まれたハワードは幼少期から剣術の修行をかされ簡単なものではあるが《武技》を習得していた。そのためか初の戦争に参加した際は、功績を上げる自身の姿を妄想していた。つまりは自惚れていたのだ。だが、現実は甘くなく《魔法》や乱戦に加えて強者との戦闘など経験のないことに直面し、困惑と過度な緊張により本来の実力を発揮できずにいた。当然戦争中にその様な状態に陥れば陣形も崩れ周りにも影響を与え、ハワード自身も何度も死にかける経験をした。

 

 ハワードの産まれ落ちたガテンバーグでは「伝言メッセージ」の魔法を重要視し都市間に魔法詠唱者を主軸とした「伝言メッセージ」による情報網を構築し張り巡らせている。十数年間もウルーゼ王国が領土を拡げようと戦争をしかけてくることによる兵士の人員不足から年に一度徴兵を行う徴兵制が採用された。ハワードの両親は国への忠誠が厚く息子に対してはとても厳しく容赦のない人だった。唯一の施しといえば耐久力と切れ味を上昇させる魔法が付与された刀の譲渡のみ。その影響あり進んで徴兵に参加した。それから1ヶ月間基本的陣形や剣術などの調練を課された果てに、最前線に投入され続けている。

 

 国家に余力があれば何年も訓練を積んだ常備兵が戦争に駆り出されるだろう。それは年中戦争を繰り返しているガテンバーグやその民であるハワードには無縁の話であり、頭数の必要な歩兵には一ヶ月の訓練で十分だと判断されていた。残りの教育は現場教育に任せる方針だった。即時投入は魔法の付与された武器の価値や死んでほしくないが為に厳しく教育してきた親の気持ちを知らないハワードから言わせれば失敗すれば失うものは己の命のみの戦争は最高であった。

 

 ばたばた死んでいく同期を尻目に、ハワードは兵役に就いてから約1年、初戦は無様な姿を晒しながらも生き延び、戦闘は既に二十一度目だ。同じ兵役組の顔馴染みはすっかり居なくなった。臓器を晒し頭を潰され《魔法》で全身を焼かれる。死に方はバリエーション豊かで、実に多種多様だ。

 

 有難いことに火葬も土葬も生きたまま敵が施してくれる。まるで死のアミューズメントパークに来たようだ。退屈しないとハワードは唾を吐く。初戦で自惚れ、困惑し勝手に陣形から外れるなど無様な姿を晒したハワードは初戦すら生きられるとは思えなかったが、皮肉にもハワードだけが生き続けていた。尤も数十秒後は定かではないが――もはや笑うしかなかった。

 

 ハワードが殺した数も、数人どころか数十人を優に越える。腰が引け、手が震え、足が竦んでいても敵兵は消えない。初めて奪った命に嘔吐していても、待ってくれる人間など存在していなかった。余裕があれば戦友が横合から敵兵を葬ってくれる事もあったが、幾度も戦場を経験したハワードは期待する事を止めた。信用できるのは自身がこれまで積んできた剣術と《武技》のみ。

 

 そんな彼を救ってくれたのはハワードの祖国であるガテンバーグや神の道標でもなく、約95cmの刀と戦地跡で拾った何の装飾もない鉄製の円形の盾。所謂ラウンド・シールドだった。戦場は平等だ。ハワードは心の底からそう信じている。事実、身を投じる戦地では、老若男女誰しも公平に死が訪れる。

 

 ごちゃごちゃと無駄に考え込んだお陰で、相手の顔まではっきり見える距離までハワードは辿り着く。もはや見飽きたウルーゼ王国の軽歩兵だ。敵国ながらハワードと同じ徴兵組の民兵だろう。皆顔色が悪いのは、経験不足による不安からだろうとハワードは推測した。

 

 必殺の距離まで近づいた両軍は、合図もなく剣先を交える。敵の剣がハワードの胴に迫るが胸当て部分だ。擦れながらも半身で受け流し、剣は逸れていく。共倒れなどハワードは御免であった。腰で構えた刀に気を纏わせ敵兵の首目掛けて、斬り出して行く。狙われた敵兵は引き戻した剣先で逸らそうとするが、狙いは防具の無い下半身。

 

「武技 斬撃!!」

 

 それから幾度と剣を交え斬り殺していき、少しづつではあるがこちらが優勢になりつつある。何人殺したのかも、どのくらい経ったのかも分からない中ハワードが待ち望んでいた戦況を決定付ける声が遠方から轟ぐ。

 

「友軍が側面を押し切ったぞッぉお!!」

 

 正面で歩兵が持ちこたえている間に、軽装歩兵が敵の側面部隊を抜き、本隊を横から強襲したのだ。劣勢で阻止戦力たる予備部隊か側面部隊を正面に回したウルーゼ王国の指揮官の悪手を「伝言」を使うことで即座に報告し、命令を受け迅速に行動することで側面を押し切ることに成功した。

 

「畳み掛けろ。敵は崩れたぞぉおお!!」

 

 血に濡れた剣を天に捧げた分隊長の声が響くと、兵が有らん限りの咆哮で応えた。正面と側面から猛攻を浴び、浮き足立った敵は立て直しを懸命に図るが、崩壊した部隊が敗走を始め、陣形がズタズタに裂かれていく。

 

 ハワードが何度も経験した片翼突破からの半包囲が完成しつつあった。ガテンバーグが得意とする戦法だった。敵の左半分は指揮系統が正常に作用せず、抗戦を続ける兵と逃走を優先する兵で、軍としての機能を喪失、兵の半数を失い潰走する部隊への追撃が始まった。

 

 武器も盾も投げ捨て逃亡する兵を矢や投げ槍が襲い、追いついた歩兵が後頭部に戦鎚を突き立てる。一部の古強者が幾人かの友兵を返り討ちにするが、鎧の上から全身を殴打され、撲殺されるか、五、六本の纏まった槍衾を受け、抵抗虚しく散っていく。二時間の戦闘でウルーゼ王国は4割の兵を失い、争っていた国境部は大きくガテンバーグへと傾いた。




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