OVERLORD ハワード戦記   作:寝武多

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3話 小鬼討伐

 

 森は僅かな起伏があるものの概ねは平地に等しい。この森はカッツェ平野とは異なり強力な魔物は余りいない。今回の様な低位の魔物が流れ込んで来るのみだ。ひたすらに足を進めていたハワードが、分隊長が静止するのを見て全員が足を止めた。

 

「おし、よく聞け、もう半刻もすれば、奴らの巣だ。足跡や獣道も増えている。油断するんじゃねぇぞ」

 

 ラグーン分隊長は戦闘面の気配りは良く出来ており、戦闘技術でも他の分隊長をも凌駕すると言われているが、何故それほどまでに強いのかというとラグーン分隊長にはタレントと呼ばれる力があるかららしい。

 

 人型で背は低く子供と変わらない高さ。耳は人間よりも尖って、つぶれた顔に平べったい鼻をつけ、大きく裂けた口に小さな牙が上向きに生えていて、肌の色は明るい茶色、油で固まったようなぼさぼさに伸びた髪をしているハワードが見慣れたゴブリンで間違いなかった。手には原始的な石槍、棍棒、盗んできたのであろう農具も入り混じっている。知能のある魔物は数が揃うと厄介なのは、ハワードは経験則で学んでいる。

 

 偵察や残党のゴブリンと遭遇する事なく、目的の場所へと辿り着いた。ゴブリンの歩哨から数十mの場所がゴブリンの住処であった。

 

 小規模の崖下がゴブリンの住処であり、枝と土で住居が築かれ、崖の洞窟にも巣が続いている。自然に形成された物とは考え辛く、恐らくは人工の洞穴に違いない。

 

 姿勢を低く保っていたハワードはゆっくりと両眼を草木の隙間から覗かせる。見える範囲で30体は視認できた。火がくべられた近くには骨が散乱している。家畜である水牛やヤギ、その中に混じり、人間の頭蓋骨が見えた。

 

 拐われた村人に違いない。ハワードには驚きは無かった。魔物に拐われた人間が辿る末路の一つ、殺す犯す食すが奴らの基本行動であった。

 

「バラン、やれ」

 

 分隊長は、部下の一人に命じた。事前のやり取りは何も無かったが、これから何が起こるかは、ハワードを含めた全員が理解できた。

 

 返事が無いまバランは前に出る。バランは無口だが分隊内では一芸を持って、一目置かれている。

 

「《魔法三重化・魔法の矢》(トリプレットマジック・マジック・アロー)

 

 バランが手に魔力を集中させ、詠唱すると魔法陣が3つ出現し光弾を体現させる。分隊唯一の第二位階まで行使可能な魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)は、戦闘から炊事まで幅広い面で頼りにされていた。

 

 崖上に打ち込んだ光弾により崖が崩れ中心地にいたゴブリンは岩に押しつぶされ四散。周囲にいたゴブリンまでもが重篤な負傷を負っている。

 

 突然の出来事にゴブリン達は、硬直していた。対してラグーン分隊は為すべきことを理解しており、分隊の仲間は声も上げずに一挙に間合いを詰め、得物を振っていく。

 

 放心していたゴブリンの腹部を二度切り、倒れ込んだ頭を足で踏み潰す。逃走、抵抗、右往左往するゴブリンの一匹が無防備に背を向けていた。背中側から腹部まで刀身が一直線に通り抜ける。

 

「武技 斬刃」

 

 刀を逆手で持ち、頭目掛けて気合いを入れて振り下ろす。ゴブリンの身体は真っ二つに別れ一瞬の痙攣の後に動かなくなった。ハワードの視界の端に影が映る。その場を飛び跳ねると、棍棒を持ったゴブリンが勢い余って同族の亡骸を叩いた。反射的に頭部を目掛けて横なぎに振った刀は、両眼を切断させ、ゴブリンを死に追いやった。

 

 そうして処理する間に、他の分隊員も同数程度仕留めて回った。ラグーン分隊長は得意の武技である《剛撃》でゴブリンを纏めて三匹吹き飛ばした。餌食となったゴブリンは胴体が二つに分かれ、頭部そのものが吹き飛んだ個体も居る。

 

 洞窟から残りのゴブリンが溢れ出てくるが、出てきた端から刃や鈍器の餌食となって行く。既にハワードが相手取るゴブリンの姿は消えていた。

 

「ディルック、ガラン、テスターク半分連れて外の後始末しろ。後は俺と来い。槍は役に立たん。剣で行くぞ。バラン、明かりを出せ」

 

 ハワードは洞窟の突入組に選ばれた。外の指揮は戦闘経験の長い3人に任せられた。

 

「《魔法持続時間延長化・光》(エクステンドマジック・ライト)

 

 ラグーン分隊長は悩む事なく洞窟の奥へと進んでいく。2番手に付いたバランが第一位階魔法の《(ライト)》を使用すると、洞窟内が明かりによって照らされる。驚いたのはゴブリンの方だった。暗闇に慣れたゴブリン達はふらふらと武器を振るが、待っているのはラグーン分隊長による鉄の暴風だった。

 

 結局ハワードがやる事と言ったら、窪みに隠れていたゴブリンと死んだフリ…尤も瀕死ではあったが―をしていたゴブリンにロングソードを喰らわせるくらいだった。奥は開けていて、平民の家程度の空間が広がっていた。

 

 換気が悪くハワードの鼻腔は直ぐに臭気に音を上げそうになる。ぐだぐだと文句も言ってられなかった。まだゴブリンに加えて、リーダー格が残っている。人間と同等の大きさのゴブリン――ホブゴブリンは何処かで拾ったであろう錆びた剣を勇ましく掲げた。なんと勇ましい姿であろうとも、ハワードはかの魔物に同情した。

 

 相手はラグーン分隊長なのだ。斬りかかるホブゴブリンだが、ぶつ斬りにされるまでの時間は他のゴブリンと変わらなかった。血溜まりに倒れるゴブリンを念のために刺していくが、案の定、一体が擬死していた。

 

 そこにいたのはゴブリンではなく女性だった。全身に引っ掻き傷が刻まれており、肩と背中が特に酷い。男が食われたにも関わらず、彼女が生き延びている理由をハワードは察した。ゴブリンは他の生物の腹を借りて繁殖する事ができる。

 

「生きているか、助けに来た」

 

 倒れ込んで動かない彼女にハワードは呼びかけるが、帰ってきた返答は短かった。

 

「こ、ろし、て」

 

 投げ掛けられた言葉を咀嚼するのにハワードは時間が掛かった。再度呼びかけて肩を揺するが、返答は同じだった。周りを見渡すが、誰も喋らない。

 

「お、ねがい殺し、て」

 

 ラグーン分隊長だけがゆっくりと頷いた。殺す必要があるのか、本能や心が同族殺しを懸命に避けようとするが、同時に理性が懸命に働く。ゴブリンの産み袋として潰された手足は自然治癒は勿論、並の回復魔法では治らない。

 

 意を決したハワードは、剣先を心臓に当てると、彼女が静かに呟いた。剣先が肋骨の隙間から入り込み、心臓まで一挙に達する。完全に動かなくなった彼女を見詰める。皮肉にも顔は穏やかなままだった。女を殺したのは初めてだ。それも死ぬ間際、当人に感謝されるとは―ハワードは汚れた剣に目を落とし、続いて事切れた彼女に視線を移す。いつの間にかラグーン分隊長が横に立っていた。

 

「突っ立ってられたら邪魔だ。外で飲んで休憩していろ」

 

 差し出されたのは、スキットルに入った高価な蒸留酒だった。

 

「ウルーゼの連中から分捕ったヤツだ。俺には合なかった」

 

 ふらつきながら外に出たハワードは、大木の根本に背中を預けて座り込む。異変を察してか、誰も何も言ってこない。

 

 鼻から酒精が抜け、一気に喉と胃が熱くなる。ほのかに甘味の余韻を残し、味が消えて行く。燻んだ心とは裏腹に、樹々で切り取られた空は、雲一つ無い青色が広がっていた。悪態を一つ吐き、ハワードはまた酒を煽った。




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