芸能界は嘘で出来ている。この世界は歪で笑顔の裏には打算が、賞賛の声は妬みの本心を隠す。
「世知辛い世の中だよなぁ芸能界って……」
「アッハッハ、いまさらそんな分かりきった事でボヤくなんてタイガも焼きが回ったね」
テレビを眺める若い男女、男の方は男性としては少し長め黒髪を軽いオールバックに整え、美しい琥珀色の瞳は少し鋭い目つき。女の方は癖のない紫ががった艶のある黒髪を腰辺りまで伸ばし、紫の両目は美しく光る宝石とも暗闇でも妖しく光る星と形容出来る程に美しい。
仲良くテレビを眺める高校生程のこの少年少女の共通点が3つある。二人共、見た相手を老若男女問わず魅了し惹き込む程の美貌と存在感の持ち主。二人は芸能事務所『苺プロダクション』通称『苺プロ』に所属する芸能人と云う事、そして
「だってなぁ……このお笑いコンビ、昔は人気あってどの番組でも引っ張りだこだったのに、今じゃほとんどテレビ出ないのに偶に出たと思えば、世話してた後輩芸人に笑われてる。世知辛いにも程があるだろ」
『宮藤タイガ』の芸名で活動している今話題の天才役者『四宮大河』はテレビに映っているバラエティーに出ている芸人達のトークにウンザリしている。
「お笑いって飽きられて実力の無い人はどんどん落ちぶれていくからしょうがないんじゃない」
「お前ホント遠慮無いよな」
タイガの横で美味しそうに
「お笑い芸人だろがアイドルだろうが役者だろうが、一回落ちぶれたら後輩や若いやつから舐められるもんだ。お前らも気を付けろよ」
「社長、ミヤコさん」
短い金髪にサングラスを掛けた強面の壮年男性、苺プロ創設者で社長の『斎藤壱護』は自身の妻の『斎藤ミヤコ』を引き連れながら二人がテレビを見ている部屋に入ってるなり警告する。
「私達はこれから人気が出てくるからだいじょーぶだよ佐藤社長」
「明日は我が身って言うだろうが。あと俺の名前は斎藤だ!いい加減覚えろクソアイドル!」
「社長、一応このアホもアイドルだから『クソ』は止めたほうがいいですよ」
タイガは二人のいつも通りのやり取りに呆れながら半笑いを浮かべ、自身のマグカップに入っているカフェオレを飲み干す。
「アホって失礼だなぁ。私、高校生のタイガと違ってもう社会人なんだよ」
「ただ単にお前が高校行かなかっただけだろ……社長、そろそろ時間ですよね」
備え付けの時計の時刻を見るとタイガはもうすぐ自身の
「ああそうだった。そろそろ行くぞタイガ」
「はいはいっと……そういえばアイ、お前少し太ったんじゃないか?」
台本の入ったショルダーバッグを背負いながら、現場に向かう準備をするタイガはふとアイに視線を向けると彼女の体型に少し
「え?そうかな?」
タイガの指摘にアイは自身の腹回りを確認すると壱護はタメ息をつく。
「アイドルは体型も大事だからな、カロリー摂取量や体型維持には気を付けろよ」
「お前も
「む~二人とも女の子の身体をジロジロ見て太ったとか肥えたとかデリカシー無いよ。ミヤコさんもそう思わない?」
「体型維持は大事だけど確かに二人ともデリカシーが無いわね。特にタイガ」
頬を膨らませながら可愛くむくれるアイは同性のミヤコに同意を求めるとミヤコもデリカシーの無い男二人を注意する。
「ハイハイデリカシーガナイデスヨー」
「ハァ……俺はアイドルを雇用する社長として言ってるんだがな」
心の篭ってないカタコト口調で部屋を出るタイガにタメ息を付きながら送迎車の鍵をポケットから出しながら部屋を出る壱護。
二人が部屋を出るを見送るとミヤコはアイに視線を向ける。
「けどあなたも少し食べ過ぎよ。冷たい物ばっかり食べてると太る前にお腹壊すわよ」
「は〜い」
「まったく……」
アイの間延びした返事にミヤコも頭を抱えるが彼女の能天気さは今に始まったことでは無いのでいちいち悩んでたとて時間の無駄だと分かっている。自分も事務所の経理の仕事があるのでノートPCを開いて作業を始める。
作業を始めるミヤコを横目にアイは自分のお腹に視線を落とす。
(けど確かにお腹が少し出てきたかな……そんなに食べてないはずなんだけどなぁ)
ここ最近あまり食欲も無く食べる量も減っているはずなのだが、自身のお腹はそれに反して
(ま、自主練の量増やせばお腹も減っ込んでくるだろうし大丈夫か)
呑気に考えるアイはまた一口アイスを頬張る。刻々と始まってきている自身の
◇◇◇◇
「苺プロダクション所属の宮藤タイガです。『加賀亮司』役を演じさせていただきます。本日はよろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします!」」」
今回のドラマ撮影の舞台である廃工場、何人ものスタッフがカメラや照明を準備している中、礼儀正しく頭を下げ現場入りするタイガに共演者達や撮影スタッフ達は皆、返事を返す。
「宮藤さん、こっちで衣装に着替えましょうか」
「分かりました」
若い衣装係のスタッフに連れられて更衣場に向かうタイガを見送る今回の撮影スタッフの数人は彼の印象に意外そうな顔をしながら小さな声で話す。
「なんか思ってたより礼儀正しい役者ですね。若い役者ってけっこう偉そうにしてるっていうか、自分の実力鼻に掛けてる子多いって感じなのに」
「お前がそういう役者ばかりの現場にしか当たらなかってのもあるけど、苺プロの社長は結構礼儀作法をしっかり教育する人らしいからな。そういうところは叩き込まれてるんだろ」
慣れた手付きで照明を準備しながら視線をプロデューサーや監督と話をしている壱護に向けながらこの業界に入って日の浅い後輩に説明すると後輩はまたも意外そうな顔をする。
「あのヤクザみたいな社長ですか?苺プロってあんま聞いた事ない事務所ですけど、あの社長ってすごいんですか?鏑木プロデューサー達と話してますけど」
「けっこうやり手らしいぞ。苺プロは出来たばかりの弱小だけどあの社長は大手とかにデカいコネを幅広く持ってるらしいし、何より人の才能を見抜く才能がスゴいって聞くぞ。さっきの宮藤とかな」
「あの俳優ですか?」
「ああ。前に一度知り合いのいる劇団の練習に参加してた宮藤の演技を見たことあってな。宮藤ともう一人の中坊の演技は今まで見たどの実力派俳優達よりも
後輩の問いに頷きながら淡々と答えながら作業をしていると、衣装に着替えたタイガが現場に出てきた。着崩した学ランに派手目のシャツ、ズボンには鈍く光るチェーン。事前にオールバックにしていた黒髪は整えられ、耳にはいくつものノンホールピアスが付けられている、今作品のラスボスである不良『加賀亮司』に見事に扮している。
「宮藤です。今日はよろしくお願いします」
「よろしく〜」
「よろしくお願いしま〜す」
見た目の凶悪さとは真逆の礼儀正しく人の良さそうな笑みを浮かべながら共演者達と台本合わせをするタイガに後輩は不安の声を漏らす。
「……あの役者の役って極悪非道の不良って役ですよね。めっちゃイメージ真逆なんですけど」
「演じる役と役者の性格が違うのは当たり前だろ」
「それでは撮影始めまーす!」
見た目と態度のギャップに驚いている後輩に一瞥もせずに自分の作業を終えるとスタッフの言葉とともに役者、スタッフ一同は全員持ち場に着いた。
「よーい!」
カンッ!!とカチンコの乾いた音が響き、現場の空気は真剣な物と変わった。
「加賀さん!」
タイガの演じる『加賀』の下っ端を演じる役者が主人公『佐藤』に喧嘩に負けてボロボロの姿で廃工場に入ってきた。
「どうしたよ、そんなボロボロになって」
パイプ椅子に座りながら仲間とポーカーをしていた『加賀』は手札をテーブルに捨て、音を立てながら椅子から立ち上がり、一歩、一歩と砂利を割れたガラスを踏みながら真っ直ぐと下っ端のもとに歩く。
「ハデにやられたなぁ。佐藤一人にか?他の連中はどうした?置いてきたのか?」
「は、はい……他のやつらはそのまま……」
「そうかそうか!置いてきたか!」
下っ端役は顔を俯向けながらそう答えると『加賀』を演じるタイガはまるで面白い話を聞いた子供のような顔を浮かべながら下っ端の肩を叩く。
その姿を写しているカメラの彼の表情は次の瞬間、一瞬で変わった。
「この役立たずがッ!!」
「ッグガ!!」
『加賀』の拳が下っ端の頬をカメラの角度で見れば
「5人も居てたった一人も潰せねぇのか!!」
「す、すいませ」
下っ端役の謝罪の言葉を遮るように彼の髪の毛を台本通りに乱雑に掴みながら睨む。下っ端を睨む『加賀』、タイガの瞳は鋭く、獲物を食い殺さんとする猛獣のような視線、両目の奥に宿る
「『すいません』ですむと思ってんのか!」
怒号を響かせる『加賀』。それを演じるタイガの存在感、訴えかける眼力、台詞を現実と思わせる言葉全てがその場にいる全員を魅了し、役者、スタッフを引き込み始めている。
「すげぇ……」
先程までタイガの実力を軽んじていた新人スタッフは思わず声を漏らす。
スタジオの隅、撮影スタッフ達の邪魔にならない場所から見ている壱護は満足そうに笑みを浮かべる。
(アイもそうだが、タイガもとんでもないダイヤの原石だ)
苺プロを立ち上げる前からマネージャー、スカウトマンとして多種多様な才能を持った様々な人間を見てきたが壱護の経験上、タイガとアイ程の才能を持つ人間を見たことが無かったし、今後この二人を越えるような人材が現れるかも分からない。そんな二人が事務所を立ち上げて立て続けに自分のスカウトで自分の事務所に所属してくれた、これ程の幸運は無かった。
「まぁいい、佐藤を潰すにはあの手が一番最適だなぁ」
ドン!と強い音を立てながらヒロインの写真にナイフを深く刺した『加賀』は台本で求められる以上の悪辣な笑みを浮かべる。
どこまでも邪悪で歪な笑み。その笑顔に壱護は思わず全身に悪寒が走り固唾を飲み、一瞬、タイガと初めて出会った時の事を思い出した。
『俺みたいな何も持ってない
(お前はたった四年でなってみせたじゃねぇか。今のお前は