嘘つき2人   作:ヤエルマーク3

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第2話 妊娠

 「ねぇタイガ、最近彼女さんとはどうなの?」

 「ぼちぼちだなぁ」

 

 あるマンションの一室、ポテチを食べながらソファーで寝転び借主のタイガ以上にリラックスしているアイの質問に麦茶を飲みながらそれとなく答える。

 

 「ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃん。ケチはモテないよ〜。もしかしてまだドーテイ?私襲われちゃう?」

 「襲わねぇよ。もうとっくに卒業したわこのクソ女め。襲われると思うなら自分の部屋帰れよ」

 「だって暇だしさー」

 

 ソファーに仰向けになり、ポテチを食べながら間の抜けた声で答える。

 アイの借りている部屋はタイガの部屋の隣であり、マンションの階数が高く、手すり壁も高い為、週刊誌やパパラッチの盗撮に警戒すること無く互いの部屋を行き来している。

 

 「そういえばこうして二人でお休みの日過ごすのなんだか久しぶりだね」

 「……そうだな。前は三人で(・・・)つるんだり、どっちかがデートだったしな。それより前だなこうゆうのって……」

 

 少し前までアイと交際(・・)していた少年『ヒカル』はタイガですら彼ほど演技の上手い人間は滅多にいない思う程の実力の持ち主だった。

 タイガとアイは、ヒカルと三人で遊んだり、買い物をしたり美味し物を食べたりして過ごす、どこにでもいる子供のような在り来りな時間が好きだったがアイとヒカルが破局してからは二人の関わりは殆ど無くなり、タイガ自身はヒカルと友人関係は続いているが、最近は多忙であり休日もなかなか合わなくなって会えないでいる。

 

 「……あ〜そうだ、録り溜めてるドラマとか見るけどなんか見るか?」

 「あ、じゃあタイガの出てるドラマ見たい。収録あってリアタイで見れてないんだぁ」

 「はいはい。しっかり目に焼き付けやがれ」

 

 別れた男の話などいくら頭のネジが数本飛んでいるアイでも気分の良いものではないだろうと思ったタイガはリモコンで録画している番組の中からタイガの出演しているドラマを探す中、タイガはここ最近アイに感じていた違和感を口にした。

 

 「そういえば、なんでお前最近そんなダボダボな服着てるの?」

 

 タイガがアイに対して感じている違和感は彼女が着ている服だった。ここ最近アイはサイズが大きいパーカーや着古して布の伸びている服ばかり着ている。

 出会った当初は似合っていない安いだけの服や身体が成長しても長く使えるよう自身のサイズより大きい服ばかり着ていたが、恋人が出来てからお洒落や身だしなみにも気を使うようになっていた。別れてからも年相応のお洒落はしており、彼女が突然昔のように芋臭い服装をするようになったのが不思議で仕方なかった。

 

 「最近太ってさぁ。運動量増やしても全然お腹へっこまないんだよねぇ。お腹が出てるからお腹隠しにダボダボな服着てるの」

 「お前……あれだけ壱護さんが体型維持には気を付けろって言ってただろ……太ったならポテチ食うな、置けそれ」

 

 服を張って太ったお腹のラインを見せ、アイは事情を説明しながら空いた手でポテチを食べるので、ポテチを指差しながら注意をするとインターホンが鳴った。インターホンを鳴らした相手は出なくても分かる。自分達の雇用主である壱護だ。

 二人の後見人でもある彼はタイガやアイの様子を見に定期的に二人の住むマンションに来るようになっており、今日がその日である。

 

 「ほーれ壱護さんが来たぞ。デブはドラマの前に説教されろ」

 「え〜」

 

 (それにしてもなんか急に太ったな……そんなに間食してるよくに見えなかったけど)

 

 アイの太り方に違和感を感じたタイガはリモコンをカウンターに置き、玄関の扉を開けるとそこには壱護と彼の妻のミヤコが立っていた。

 

 「おうタイガ、アイもいるか?」

 「いますよ太ったのに呑気にポテチ食ってるアホが。二人からもあのアホに言ってやってくださいよ」

 「ったく……だからあれほ―――」

 「―――オッエェ!!ボッホ!ゴホッ!!……」

 

 リビングの方からいきなり聞こえて来たアイの嗚咽と咳込む声、そして何かを流し台に吐いた音。急な異変に三人は一度顔を見あせてから急いでリビングに走った。

 

 「アイ!どうし……た……」

 「タイガ……社長、ミヤコさん……」

 

 一番最初にリビングに入ったタイガの目に入った光景。流し台に吐き出されたそれ(・・)を目にして言葉を失い、壱護とミヤコもすぐにリビングに入るとそこには、通常のそれとは違う血の混じった黄褐色の吐瀉物にさっきまでとは打って変わって気持ち悪そうに口元を抑えながら流し台にうずくまっているアイの姿だった。

 

 「アイ!おい大丈夫か!?」

 「あはは……最近の食中毒って……すごいね。血も出るんだ……」

 

 駆け寄った壱護の言葉にきつそうな表情をなんとか笑みを作って誤魔化そうとするアイ。タイガは彼女の嘔吐に通常の物では無い吐瀉物、急に膨らみ始めたお腹(・・)に、一つの言葉が頭を過ぎり、壱護に支えられるアイの上着を勢い良く捲った。

 

 「お、おい⁉タイガって、アイこれ……」

 「……タイガ、いきなり服捲るなんてエッチだね」

 「お前、これ……」

 「アイ、あなた……」

 

 いきなり服を捲られて少し恥ずかしそうにするアイに目をくれず、三人はアイの膨らんだお腹に言葉を失ってしまった。

 張るように大きく膨らんでいるお腹にはいくつかの血管も薄く浮かんでおり、この膨らみが太って出来た物では無いのは容易に分かる。アイは妊娠(・・)しているのだ。

 

◇◇◇◇

 

 「妊娠って……いやいや待て待て。頭が追いつかん……」

 「すいません、俺もです……」

 

 ソファーに並んで座る壱護とタイガはアイが妊娠しているという現実に、顔を青ざめながら頭を抱えていた。

 

 「相手はタイガ……なワケないよな」

 「当たり前じゃないですか。あいつとヤルどころか裸すら見た事無いし。そもそも俺が親に捨てられた理由(・・・・・・・・・)は壱護さんだって知ってるでしょ」

 

 タイガの言葉に「……だよなぁ」とタメ息を付きながら項垂れる壱護。項垂れたくなる気持ちも分かるタイガもタメ息を付くとミヤコとアイがリビングに入ってきた。

 

 「で、結果は……?」

 

 壱護の言葉にアイは先程ミヤコが急いで近くのドラッグストアから買ってきた妊娠検査薬の検査結果を指差しながら見せる。結果は陽性。アイは本当に妊娠している。その結果に壱護は「あぁぁぁ……」とうめき声を上げ、ミヤコも頭を痛そうに抱え、タイガも深いタメ息をつく。

 

 「……漫画かコラ画像でしか見た事ないぞそんな光景……」

 

 何をどう言えばいいのか分からず、タイガはアイの妊娠検査薬の見せ方にツッコミを入れるしか無かった。

 

 「……なぁミヤコ。男の俺には分からない部分があるんだが妊娠検査薬ってのは100パー当たるものなのか……?」

 「たぶん……」

 

 これは何かの悪い夢だと言いたげな顔で聞く壱護にミヤコはどう答えたらいいのか分からず言葉を濁らす。

 

 「たぶんって事は絶対じゃないんだな。いや、もしかしたらもの凄い便秘って可能性もある!それで何らかの作用で検査薬も陽性が出たって可能性もある!」

 「社長、現実逃避に必死だねぇ。今日はもう2回出てるから便秘は無いよ」

 「お前の糞事情なんて聞いてねぇ!!だいたいなんで当事者のお前が一番落ち着いてんだ!!」

 

 能天気なアイに叫ぶ壱護は一度ソファーに腰掛け深いタメ息をつく。

 

 「とは言え、一度病院で診てもらわないと便秘か妊娠かも分からんからな……もしかしたらまじで何かのヤバい病気かもしれんし……」

 「……けど、近くの病院で診てもらうのは週刊誌やファンに見つかるリスクもありますよ」

 

 未だ妊娠を認めようとしない壱護の言い分も分かるが、ミヤコの言葉はもっともだ。アイドルで未婚どころか未成年であるアイが大きくしたお腹を抱えて病院に出入りしているところを週刊誌の記者に写真を撮られたら大問題である。

 

 「あぁ、だから東京や関東地方の圏内じゃなくて九州や沖縄、北海道みたいな遠方、それも地方の病院で見てもらう。『B小町』は地下アイドルに毛が2、3本生えたくらいのそこそこの知名度のアイドルグループだ。地方なら週刊誌もそこまで金掛けては追ってこないし、地方の病院なら医者もじいさんやおっさんだろうからアイの事なんて知らんはずだ!」

 

 自虐と偏見の混じった言い分だが、週刊誌も地下アイドル上がりの女一人に地方までの旅費を払ってまで記者に追わせるとはタイガも思えないので壱護の案も理解できる。

 

 「壱護さん、地方の病院で診てもらうって事は明日の朝イチですか?」

 「いや、もし妊娠だったら飛行機じゃ行けないから、今から夕方の新幹線のチケットを買って途中で一泊してから病院に向かう。俺とミヤコは今から病院と新幹線の席を探す。タイガはアイの荷物の準備を手伝え。行くぞミヤコ」

 「は、はい!」

 

 壱護はミヤコを連れて部屋から駆け足で出ていく。リビングに取り越されたタイガとアイは隣のアイの部屋に行き、アイの荷物の準備を始めた。

 

 「とりあえず数日分の着替えをバッグに詰め込め。あと出来るだけ腹を隠せる大きめの服も何着か用意しろ」

 「はーい」

 

 急いで準備を始めようとするタイガにアイは呑気な返事を返す。準備を進める中、タイガは手を一度止め、アイにある質問をする。

 

 「……お腹の子供の父親はヒカルか?」

 

 タイガの質問にアイも反応し、バッグに荷物を詰め込んでいた手が止まった。

 

 「……うん。ヒカルとしかしたこと無いからヒカルとの子だよ」

 「避妊はしなかったのか?」

 「ちゃんとしたよ。けど、一度ゴムが破けた時があったからたぶんその時だと思う」

 「そうか……事情が事情だ。壱護さん達にはヒカルとの事は伝えたほうが―――」

 「―――それはダメ」

 

 アイはタイガの言葉を遮った。

 

 「ヒカルはまだ中学生だよ。勝手に妊娠したのは私だし、社長はきっとヒカルの事怒って殴るでしょ」

 「当たり前だ。壱護さんからしたら、まだ16歳の()を孕まされたんだぞ。お前を妊娠させた責任は取らせるべきだ」

 「責任って言ってもヒカルはまだ結婚出来る年じゃないし、ララライはうち(苺プロ)よりお給料少ないし、責任なんて取れないよ」

 

 ヒカルの在席する『劇団ララライ』は実力のある役者は多いがそこまで有名な劇団ではなく給料面は渋い。特に未成年の学生役者はそれこそ雀の涙と言ってもいい程しか無く、アイがお腹の子供を産むにしろ、堕ろすにせよ養育費も治療費も払えるようなものではない。

 

 「あいつは俺達と違ってちゃんとした(・・・・・・)親御さんのいる家庭だ。そこから治療費なり出して貰える筈だ」

 「ヒカルの親は関係無いよ。それにもしヒカルの親が妊娠の事を週刊誌に言ったらそれこそ社長達が危ないよ」

 

 アイの言い分も分かる。未成年アイドルの妊娠などというスキャンダルが公表されたら監督不行き届きで責任を問われるのは壱護であり、タイガとしても恩人である壱護を危険な目に合わせたく無いし、普段ぞんざいに扱っているがなんだかんだで壱護の事を大切に思っているアイとてその気持ちは同じだ。

 もしヒカルに責任を追求して、ヒカルの両親が報復として妊娠の事実を記者に売らないとも限らない。アイの事を娘の様に思ってる壱護がヒカルの存在を知ればそれこそララライまで殴り込み行きかねない。ヒカルの情報を知らせるのはリスクが多い。

 

 「……分かった。ヒカルの事は壱護さん達には教えない。で、根本的な話お腹の子産むつもりなのか?」

 「うん。産みたい、産んであげたい……」

 「人一人産んで育てるってのは簡単じゃないんだぞ……ましてやお前は母親に捨てたられてるだぞ」

 

 幼少期アイは実母から虐待を受けていた。親から愛情を受けずに育った子供が赤ん坊を育てられるとはアイと同じ境遇(・・・・)で育ったタイガには思えなかった。

 

 「だからだよ。私はお母さんから愛情を向けられないで捨てられた。もしこの子を堕ろして死なせたら私はお母さんと同じになっちゃうよ……それに、母親から愛情を貰えないのがとってもツラい事なのはタイガも知ってるでしょ」

 

 『この役立たず!お前なんか産まなきゃよかった!』

 

 アイの言葉で頭を過るあの言葉。もう10年以上顔も見ていない母に掛けられた最も記憶に残ってるいる言葉。

 とある資産家一族の分家の当主だったタイガの父親は自身の妻との間に出来た長子が病弱な子供だったらしく、本妻の子に見切りを付け、愛人との子供だったタイガに白羽の矢を立てるがタイガは生まれつき精子を精製出来ない(・・・・・・・・・)先天性の不妊体質であった為、愛人だった母親共々捨てられた。

 母親は父親に対するせめてもの意趣返しつもりだったのか、自分を捨てた男の姓である『四宮』を勝手に名乗る様になり、タイガに虐待をするようになっていった。

 

 「……ああ、そうだな……」

 

 自分を捨てた母親に未練など無いと言ったら嘘になる。母親に対して憎しみや怒りは確かに存在する。だけど心の何処かで母親に愛されたいと思っている自分がいる事をタイガは自覚している。割り切れない事も人並みの家族が欲しかった事も。

 目の前にいるアイもそうなのだろう。だからこそお腹の子を産みたいと思うのだろう。

 

 「私はさぁ人の愛し方が分からない。ウソで『愛してる』って言っても私自身が愛せて無い。けど、もしこの子なら私は本当に誰かを愛せるかもって思ったんだ。そんな打算まみれで産んだらこの子は悲しむかな……」

 「……不安になる(・・・・・)のは分かる。けど、お前の不器用っぷりもその子は分かってくれる筈だ」

 

 思いもしなかったタイガの言葉にアイは豆鉄砲を食らったかのような意表を突かれた顔になり、思わず吹き出してしまう。

 

 「励ましてるつもりなのそれ?フフッ……」 

 「知るかこのソシオパス女……産むんだったら頑張って来い。壱護さん説得するのは協力してやる……けど、もしお前が母親から受けたような事をその子にした時は殴り倒すからな」 

 「怖ぁ〜それは絶対しないから安心してよ」

 

 アイは笑いながらそう言うと下着を準備するからと言ってタイガを部屋から出ていくよう言い、タイガも流石に同い年の美少女の下着は緊張するため部屋から出ようとすると一度呼び止められる

 

 「タイガ、ありがとう」

 「あぁ」

 

 アイの言葉がタイガは一言答え部屋の戸を閉めた。アイとはもう4年の付き合いになるが彼女の心の底から安心したような微笑みは初めて見た。

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