宮崎県の高千穂にある総合病院、そこに勤務している産科医である『雨宮吾郎』は職場の受付ロビーを通り掛かった際、ロビーの天井から吊るされている大型テレビに写っている朝ドラに視線が向く。
『あなたは優しい子ね誠司くん』
『美咲さん……ありがとうございます……』
涙を流す高校生を未亡人然とした女性が涙を拭う場面、今放送している朝ドラはたまにテレビに映っている時に脇見程度でしか見ていないので話の内容は分からないが看護婦達の間では人気が高く、特に『誠司』を演じている役者が全員のお気に入りらしい。
(確かにかなりのイケメンだな。それに声もカッコいい)
『誠司』を演じている役者は女性陣が絶賛するのも納得のイケメンで声もかなりの美声だった。
(それにしてもこの俳優のセリフ、いやに耳に残るな)
滑舌が悪いと言うわけでも無いのに何処か
「先生、アイドルの次は人妻ですか?業が深いですね」
「違う」
テレビに見入っているといつの間にか後ろに立っていた看護婦が表情には出していないが内心引いてる声で貶してくるのを否定する。
「違うんですか?」
「なにちょっと意外そうな顔してんだよ!こっちとらバリバッリのドルオタだ!」
「外来の患者さんも居る場所でドルオタを大声で公言するのは止めてください」
自分の声で外来患者達や周囲の従業員の視線を集めてしまう中、表情を変えず淡々と注意する看護婦に吾郎はため息を付きながら、ロビー横の廊下に移動し他の看護師達や患者達に聞こえないよう看護婦に耳打ちする。
「……分かってると思うけど、
「……分かっていますよ。先生じゃないんですから……」
少し自分に棘のある言い方だが、信頼出来る人物で彼女の口の固さは吾郎も知っているのでその言葉に安堵する。
吾郎達が隠している問題、現役アイドルグループである『B小町』のセンターであるアイドル『アイ』が16歳という若さで妊娠しており、この病院で未成年でありながら秘密裏に
病院内でも担当医である吾郎を含めた限られた人間しか知らず、内外部にアイの存在が知られないよう徹底している。
「なら良いけど……てか、姫川愛梨って結婚してたのか?」
「えぇ、旦那さんの方も役者らしいですよ。ドラマとかで見たこと無いですけど。確か子供も居たはず」
「へぇ〜そうだったんだ」
ドラマやニュースはそれなりに見ている方ではあるが、先程の朝ドラで重要人物を演じていた女優『姫川愛梨』が結婚して子供も居る事を初めて知った吾郎は意外そうな声を上げる。
「てか、なんでそれで僕が人妻好きになるんだよ」
「だって食い入るようにテレビに夢中になっていたのでアイドルの尻を追っかけるのは止めて、姫川愛梨に乗り換えたのかと」
「違うわ。僕が見ていたのはあの高校生役の俳優だ」
他のドラマに出ていた姫川愛梨は知っていたが、『誠司』を演じている俳優は初めて見る役者だったで興味があったので画面に映っている役者を指差しながら教えると看護婦は納得したように頷く。
「なるほど、ロリコンでも人妻好きでもなくショタコンだと。そう仰っしゃりたいんですね」
「もっと違うわ!なんで君はそう僕の事を変態扱いするんだ」
思わず叫ぶ吾郎は眼の前の看護婦に頭を抱えると看護婦はテレビの方に視線を向ける。
「あの俳優、宮藤タイガって高校生俳優ですね。演技もスゴい上手くて顔も声もいいって最近話題ですよ。女性スタッフの間でも人気ありますし、私も彼の出てるドラマよく見てます」
「……君のほうがよっぽどショタコンじゃないか」
吾郎は眼鏡の位置を直しながらタメ息をつくと看護婦は表情一つ変えず淡々と話す。
「というか意外ですね。先生が知らないなんて」
「最近あんまドラマ見てなくてな。最近有名になった役者はそんな知らないんだよ」
「いえそこじゃなくて、彼、先生がファンのアイさんと同じ事務所の所属なんですよ」
「へぇ~……って、それって⁉」
看護婦はあえてアイと面識の無い体で話すのにタイガとアイの接点に驚く吾郎に呆れてタメ息を吐きながら、彼の耳元で囁く。
「……お察しの通り、おそらくですけど彼がアイさんの相手かも知れないって事ですよ……」
◇◇◇◇
先程の看護婦の言葉に五郎は、昼休みに自身のスマホでタイガの情報を調べながらアイがいる病院の中庭に向かっていた。
(宮藤タイガ、16歳、アイ達『B小町』と同じ『苺プロダクション』に12歳の頃から所属。苺プロには彼以外の役者はいないか)
同い年で同じ事務所に所属する男性俳優、アイとの接点も充分にあるタイガがアイを妊娠させた相手ではないかと吾郎は睨んでいる。
(とはいえ斎藤社長がまだ父親が誰なのかを知らないのかが引っ掛かる。身近に居る男なら真っ先に疑うだろうに)
先日、壱護が折れて出産に同意したときも父親が誰なのかを聞いていたのを思い出す。吾郎も壱護も出産に同意した時点でアイは父親の事を話すのではと思っていたが結局彼女は話さなかった。
例え部外者である吾郎が居た場だから言わなかったにしても、壱護が仕事の為東京に戻る際に父親が誰なのかとアイにぼやいていたのを思い出すに結局壱護にも教えていない事は容易に分かる。
(宮藤タイガが父親だった場合、社長から制裁されかねないから彼を庇っているのか?それとも彼から何か弱みを?)
頭の中で思考を回していると中庭のベンチに腰掛けながら誰かと楽しそうに電話で喋っているアイの姿があった。
「
「あ、せんせ。タイガちょっと待ってて」
病院に芸能人が入院していると騒ぎになるのでアイが院内で名乗っている偽名の苗字で吾郎が彼女を呼ぶとアイは電話をするのを止めて、身籠ったお腹を庇いながらこちらに駆け寄ってきた。
「体調はどうですか斎藤さん?」
「絶好調だよ!せんせや看護婦さんのおかげだよ!」
吾郎の質問にアイは笑顔でサムズアップをして見せる。
(かわえぇぇ!!癒やされるぅぅ!!)
推しのアイドルの笑顔を目の前で見れて、日々の激務の疲れが溶けるように消えていく吾郎は舞い上がってる内心とは裏腹になんとか普段通りの表情を保ちながら体調の確認すると、彼女の右手に持っている通話中のスマホに視線が向く。
スマホの画面の名前の所には『タイガ』と書いてあり、電話の相手が同じ事務所の『宮藤タイガ』なのは容易に想像が付く。
「ん?せんせ、どうしたの?」
「あ、いや、電話中に呼んで悪かったなと……」
「大丈夫だよ。事情を知ってる友達だし。あ、そうだ、タイガ。私の担当の先生と変わるね」
電話先の相手が誰であれ通話中の人間、それも重大な秘密を隠しており、本名とは違う偽名で呼ぶのは流石に不味かったと思った吾郎は歯切れの悪そうに言うと、アイはまったく気にしてないように言って何か思いついたらしいアイは電話の相手にそれだけ言ってスマホを吾郎に渡してきた。
『は?』
電話の相手もアイのいきなりの提案に意味が分からずに間の抜けた声をあげる。
アイからスマホを受け取った吾郎は一旦咳払いしてから電話の相手に挨拶のする。
「もしもし。担当医の雨宮です」
『え、は、初めまして。宮藤タイガです』
分かってはいたがスマホから聞こえてきたのは先程テレビで聞いた宮藤タイガの声だった。
『お話は斎藤やアイから聞いております。弊社のアイがお世話になっております』
「いえ、まぁ担当医ですから……」
「せんせ、もしかして緊張してる?」
「いやまぁ、テレビに出てる俳優と電話するのは初めてだからね」
覗き込んでくるアイに吾郎は緊張した面持ちで答えるとアイは笑いながら励ます。
「ダイジョーブだよ。タイガ、テレビだとスゴいって言われてるけど素はちょっと変わってるけど普通の高校生だから」
『お前にだけは言われたく無いって言ってもらえますか?』
アイの言葉が聞こえてたらしいタイガから少し刺刺しい声が返って来た。あまり怒気の含まれいなかったがタイガの声には不思議と迫力があり、少し産毛が逆立つ。
「そういえば宮藤さんは今日は平日だけど、学校じゃないですか?」
『タイガでいいですし敬語じゃなくて大丈夫ですよ。今日はこの後からドラマの撮影があるので学校は休んでるです』
高校生であるタイガが昼時とはいえ平日から電話していることに疑問を持って聞いてみると彼は丁寧な口調で教えてくれた。
「大変だね。ドラマって朝ドラのかい?姫川愛梨が出てるやつの?」
『えぇ、まぁ……姫川愛梨さんの出てるドラマです』
タイガに言われたように敬語は止めてアイと同じように普段通り話すと姫川愛梨の名前を出すのが少し嫌そうな声が返ってきたのが少し意外ではあった。
『そういえば雨宮先生。アイの出産は帝王切開になるかもって聞いたんですが』
「あぁそこは社長さんや彼女とも話して自然分娩でって事になったよ」
『よかった……双子の出産には帝王切開が多いとも聞いていたので、てっきり』
「アイさんの場合、胎盤も二つ確認できてるし、今の所逆子にもなってないからね。当日の体調次第にもなるけどこのままなら自然分娩も大丈夫だよ」
不安がる妊婦親族に説明するように吾郎はタイガにアイやお腹の中の子供達の状態やそれに伴って今後の出産手術の内容を丁寧に説明する。途中で前に同じ内容を壱護と一緒に聞いている筈のアイが「そうなんだ~」と初知り顔みたいに漏らすのが不安になる。
「……そういえばタイガ君は彼女の妊娠の事を知ってるって事はもしかして君が……」
『いえ違いますよ』
「タイガじゃないよ」
患者のプライベートに踏み込むのは医者としてタブーではあると分かってはいるが吾郎は固唾を呑みながら聞くがタイガとアイに否定されてしまった。
『まぁ事情を知らない人から見たら疑われてもしょうがないか……』
「タイガは赤ちゃんが作れない身体なんだよ」
電話越しに聞こえてきたため息混じりのタイガの言葉に吾郎は少し困惑するが横にいるアイが説明してくれた。
『自分は生まれつき精子を精製する事が出来ない体質らしいんです。それが4歳なったあたりに分かってそこからは施設育ちで』
「……そう、だったのか……すまない、言い辛い事を言わせてしまったね……」
産まれた子供が何かしらの障害を持っていて、親が育児放棄をしたり家庭崩壊してしまったりするケースがある事は吾郎も知っている。自身の体質を語りだした声色で、その事がタイガにとって触れたくない過去だった事が容易に分かった吾郎は電話の向こうにいる謝罪の言葉を口にする事しか出来なかった。
『いえ、雨宮先生の疑問も最もですから気にしないでください。自分はアイが子供を産んで元気に帰って来てくれたらそれだけで充分ですから』
「ありがとう。そこはもちろんだよ」
「うん!元気な赤ちゃん達産んで帰って来るよ!」
電話越しに自信満々に親指を立てるアイに吾郎は思わず笑ってしまう。
『アイドルとしてのお前を応援してくれてる人達も早くお前の復帰を待ってるんだ頑張れよ。俺もお前のライブ観たいし』
「タイガ君も
『ファンと言うかアイや初期メン達は自分と同期ですし、それにB小町のファン達もアイの帰りを待ってますからね』
「そうな風に言うけどタイガ、お仕事の無いときはライブよく来てくれてるんだよ」
『うるせぇ』
からかうように教えてくれるアイに電話越しに言い返すタイガのやり取りを見ていると普段は見れないアイの年相応の姿を見れてファンとしては嬉しかった。
『それに病院関連ですけど、3、4年前のライブに車椅子の子が来てましてね、その子が言ってたんですよ『アイちゃんのライブに来れて幸せ』『これだけで病気も治るよ』って。アイのアイドル姿に元気付けられたりする人もいるんですよ』
「あ、タイガが前に言ってた私のキーホルダー当てたって子だよね。せんせの職員証に付いてるのと同じやつの」
タイガとアイの言葉に吾郎は自身が首から掛けている職員証に入れている『アイ無限恒久永遠推し!!!』のキーホルダーに視線を向け、吾郎の頭に
「車椅子の子、かい……その子、もしかしてアイさんのシンボルのうさぎを付けたハート柄のニット帽を被ってなかったかな?」
『えぇ被ってましたよ。たしか『さりな』って親御さんが呼んでましたけど……もしかして先生のお知り合いでしたか?』
タイガの言葉に吾郎の予感は的中した。タイガの言った子がさりなだったのだと。
「……研修医の頃受け持っていた患者の子だよ。この病院で入院してたんだ」
『えっ⁉そうなんですか⁉』
「へーすごいぐうぜん!あ、前にせんせが言ってた私のファンが居たって言ってた人と一緒の人?」
自身が昔会った少女が吾郎の患者だったことにタイガは思わず大きな声で驚き、アイも驚きの声を上げるながら聞くと吾郎は頷く。
「ずっと病室に居て、外出許可が出てライブに行けるってあの子はとても喜んでたよ」
『そうだったんですか』
「入院
自身のファンがもうこの病院に居ない理由に
「……さりなちゃんもアイさんの活躍を楽しみにしている筈だしそれは僕も同じだからね。彼女を元気に退院させられるよう全力を尽くすよ」
「うん!おねがいねせんせ‼」
『僕からも彼女をお願いします』
嬉しそうに自分を信頼してくれるアイやタイガにどこか罪悪感を感じてしまう。タイガとの通話を終えアイにスマホを返した吾郎は上機嫌に歌いながら散歩をするアイに付いて歩く。
タイガと通話している最中に近くに来ていた看護婦が吾郎の後ろに付いてアイに聞こえないくらいの小さな声で聞く。
「……いいですか先生。アイさんにそのさりなちゃんの事を言わなくて?……」
「……いいんだ。彼女がさりなちゃんの事を知って、気を悪くして体調に触れたら元も子もないからね……」
「……そうですね……」
もうすぐ出産を控えるアイがさりなが
『アイちゃんならきっとドームにだって行けるよ‼』
病室のテレビに向かってサイリウム両手にアイを応援しているさりなの太陽のような笑顔を思い出す。死んださりなもきっと天国でアイの活躍を心待ちにしているだろうし、自分もアイの幸せを望んでいる。
(絶対に成功させる。この出産は絶対に)
吾郎は改めて自身の心の中で誓った。アイに双子を生ませてやり元気に東京に子供達と帰れるように、またアイドルとしてあの舞台に立てるようにと。
◇◇◇◇
アイの担当医である雨宮吾郎と話した一週間後、アイが産気付いたと壱護から電話があったタイガはヒカルに連絡を入れていた。
「ヒカル、アイの出産が始まったらしい」
『……そうか、アイの出産が……』
「大丈夫か?」
電話越しのヒカルの覇気の籠もっていない声に違和感を感じたタイガが心配そうに聞く。
『大丈夫だよ……ただ自分の子供が生まれるっていうのが、まだ実感もてなくてさ……』
「そう……だよな。すまん。簡単な事じゃないもんな……」
今のは自分に配慮が無かったとタイガは反省する。15歳という若さで父親になるというのは精神的にもキツいだろうし、納得出来ない事の方が多い物だろう。
『いやタイガは悪くないよ。少し緊張してるだよ……初めて舞台に立った時より……緊張してる』
「そっか……そういえばなんか動物の鳴き声みたいなのが聞こえるんだけどお前ん家ってなんか動物飼ってんのか?」
先程から電話越しから聞こえる何かの動物の鳴き声が気になったタイガはヒカルに聞いてみるとヒカルから返ってきた言葉が意外だった。
『いや、今家族で出かけてて出先だからさ、その辺の動物の鳴き声だよ』
「出先ってお前なぁ……」
「こんな時に」と言いたかったがヒカルは両親にアイを妊娠させた事を言っていないらしいし、アイもタイガもそれで納得したのでこんな大変な時に出かけるなよとは言えなかった。
「大丈夫なのか?お前、親御さんには言ってないんだろ?」
『うん大丈夫だよ。今二人は居ないし、それに――』
『――おい‼大変だ!!マズい事になった!!』
ヒカルが何かを言い掛けた瞬間、誰かの慌てた声で遮られた。
「何かあったのか?大丈夫か?」
『うん大丈夫。またあとで掛け直すから』
「ヒカル⁉おい――」
誰かの慌てた声にタイガが状況を聞こうとしたが、ヒカルは何も言わず電話を切ってしまった。電話から聞こえてきた男の声の慌てっぷりからして相当の大事が起こったのが容易に想像出来たタイガが再度ヒカルに電話するも繋がらず、しばらく掛け続けても電話には出なかったがメールが返ってきた。
『大丈夫。親戚が大事な物を暗いところに落としただけだから心配しないで』
「なんだよ、オーバーな親戚だな……」
タメ息を付きながら見たことも無いヒカルの親戚に呆れながら、ソファーに寝転びながら『鋼の錬金術師』の単行本を手にとって読み始め、『結界師』『家庭教師ヒットマンREBORN』『キングダム』など次々と呼んでいくが内容が一向に頭に入ってこず、ふと部屋の時計を見るとヒカルのメールを受け取ってからまだ10分しか経って居なかった。
(まだ連絡貰って15分くらいしか経ってないのか……長いな……)
時間の流れが一気に遅くなったような感覚にタイガはまたタメ息を付きながら頭を掻く。産気付いてすぐに産まれるものではないとは分かっていても待っているというのは中々にキツいものだった。
「……アイは頑張ってんだよなぁ……」
出産中のアイはこの長い時間の中痛みに耐えながら頑張っているのに自分が何も出来ないというのは歯痒いものがあった。
「頑張れよアイ……」
タイガはただアイとお腹の子供達の無事を祈ることしか出来なかった。
アイの出産が始まって数時間が経ったある時、壱護から着信
が入った。
『生まれたぞタイガ!!元気な双子だ……アイは本当にがんばったぞ……!!』
「よっしゃ!」
壱護からの報告にタイガは嬉しさの余り思わずガッツポーズを取り、あれだけアイの出産に反対していた壱護も電話から聞こえて来る声はその場に居なくても分かる嬉し涙と感動の籠もった涙声だった。
タイガはまだ知らなかった、生まれてきた双子が壮絶な運命に巻き回れる事も、自身やアイ、ヒカルもその渦中に身を晒す事も……