「え?アー坊達取り上げたの雨宮先生じゃないの?」
「うん。看護婦さんたちが何度連絡しても電話に出なくて、代理の先生が来たんだよね」
アイが宮崎から東京に戻って来て数日が経ち、タイガとアイ、養父母である斉藤夫妻と一緒に鍋を囲って夕食を食べている中、アイの出産時の状況が夕食の話題になっていた。
ちなみにアー坊とは『
「アイが産気づく少し前までは病院に居たらしいが家に一旦帰ってから連絡が取れなくなったんだ」
「なにかあったのかしら?」
ビールを呑みながら説明する壱護に同じようにビールを呑むミヤコは思案顔をする。
「女か借金……けど先生真面目そうな人だったし、なんか女も借金ってのも腑に落ちねぇんだよな」
「看護婦さん、せんせの事、ドルオタでロリコンって言ってたけどすごいモテるって言ってたよ」
アイの担当で担当医のゴローといつも一緒に居た看護婦との世間話の中で聞いたゴローの話を思い返しながら話す。
「ドルオタでロリコンなのにモテるってスゴく違和感あるわね。まぁ医者だからモテるのもあるんだろうけど……」
「せんせ、けっこうイケメンだったしねぇ」
鍋を掬いながらボヤくミヤコにアイは麦茶を飲みながらゴローの顔を思い返す。
「何か理由があって居なくなった……別の病院に入院してた家族の容態が急変してそっちに行ったとかしら?」
「それなら病院に連絡するだろ」
ミヤコの考えに壱護はビールを一口呑みながら否定する。
「熊に襲われたとか?」
「九州に熊はいないぞ」
「そうなの?隣の県、熊本なのに?」
アイの考えを今度はタイガが一蹴する。確かに隣県名が熊本なら熊が居てもおかしくないとは思うが、九州地方に熊が居ない事を知らないアイはタイガの言葉に意外そうな顔をする。
「言いたいことは分かる……あ〜そうだな……居なくなった理由ねぇ……」
「別に先生の失踪原因を考えなくていいんだぞ」
思案顔で考えるタイガにビールを飲み切った壱護は宮崎で買ってきた
「なにか事件に巻き込まれたとかか?崖から突き落とされたとか?」
深妙な顔つきのタイガの言葉に食卓が一瞬沈黙が走るが、その沈黙はアイの笑い声で破られた。
「アッハハ!ナイナイ!ドラマじゃないんだよ!」
「この前の現場がサスペンス物だったからって飛躍させすぎだ」
「真剣な顔で言うから少し驚いちゃったわよ」
「まぁだよな。さすがに」
三人の反応に流石に突拍子もない事を口にしたタイガも自分が言ったこととは言え、思わず失笑を浮かべる。そんな四人の声で起きたのかルビーはいきなり大きな泣き声をあげる。
「ふぁぁぁあ!!あぁぁぁ‼」
「はいはい!おっぱい飲みたいの?オムツ?」
ルビーの泣き声にアイはどこか嬉しそうな顔をしながらルビー達のもとに駆け寄る。胸を触りまくるルビーに空腹で授乳を求めてる事を察したアイはこの場で服の肩部をはだけさせようとする。
「アイさんアイさん。思春期真っ只中の男子が居る場で授乳しようとするは止めてくれませんかね?」
「エッチだなぁタイガは。あっちでおっぱい飲もうねアクア」
「その子はルビーだ」
「おっと!そうだったそうだった。アハハッ!おにいちゃんも行こうねぇ」
「「「はぁぁぁ~……」」」
ルビーとルビーの泣き声で起きたアクアを抱きながら客間の方に引っ込むアイに三人は大きなため息をつく。
「まじかアイツ……」
「まぁ双子だし……間違える事はあるのかも」
「なんの為に髪結ったり、服を色違いで揃えたんだよ……もうすぐ復帰だぞ」
頭を抱えながら壱護はお湯で割った焼酎を一口呑んでからタイガの方を見る。
「
「さすがのバイタリティと言うか、体力面は妊娠前とそう変わってないって感じでしたよ」
ここ数日アイのリハビリも兼ねた自主練に出来るだけ付き合っていたタイガはアイのフィジカル面の強靭さには思わず脱帽していた。
妊娠出産後数ヶ月は母体は体力はかなり落ち、妊娠前のように動けないと聞くが、若さもあるのかアイの体力は妊娠前よりも上がっているとすら思える程だった。
「他のメンバー達も探って来ることも無くなってたし、大丈夫かと……むしろ復帰後の人間関係の方が心配なんですよね」
初期メンバー達やアイと比較的仲の良いメンバーのように心配する者も居れば、アイの活動休止を機にセンターの座を奪い取ろうと虎視眈々と狙う者、アイの事を妬み嫌い、このまま事務所を去ってほしいと思っている者もいる。
元々メンバー間同士の仲は良いものではないB小町だが、アイは取り分けメンバー内で目の敵にされている。ただでさえ嫌われてるのに長い事現場を離れていたのに戻ってきてグループの顔であるセンターの座に戻るのはメンバーもいい顔をしないのは分かりきっている。
「……やっぱり飲んでくれないなぁ……」
三人がアイの復帰後の事を考えている中、アイは難しい顔をしながら客間から戻ってきた。
「どっした。珍しく考え込んで?お前の顔に考え事なんて似合わないぞ?」
「それ言うなら悩み事でしょ。アクアがおっぱい飲んでくれないんだよね。どうしたら良いかな?」
「……アイさん、もうちょい思春期の女子らしい恥じらいを持ってくれませんかね?」
同い年の男友達の前で授乳の話題を当たり前のように話すアイに少し気恥ずかしくなりながら呆れるタイガは、アイの腕の中で少し顔を強張らせているアクアの方を見る。
「お前の母乳が不味いんじゃねぇの?」
「え〜ルビーは美味しそうに飲むよ」
「タイガ、お前も少しはデリカシーを持て。アイもだ」
二人のやり取りのタメ息をつく壱護は立ち上がり、キッチンの方に置いてある哺乳瓶を取って粉ミルクの缶に書いてある作り方を読みながら不慣れな手付きでミルクを作る。
「ほれ、ちゃんと飲ませた後はゲップさせるんだぞ」
「分かってるよ〜ありがとう社長」
哺乳瓶が受け取ったアイは授乳口を近付けるとアクアは授乳口に吸い付き、ミルクを元気よく吸う。
「いい飲みっぷりだねアクア。将来は飲兵衛さんかな?」
「その将来は母親としてどうなんだ?」
息子の将来に対して不安な予想を立てるアイだが、アクアをどこまでも愛おしそうに見つめるその顔は母親の物なのだろう。
◇◇◇◇
「四宮!昨日のNステ見たか⁉」
「高木……来てそうそうに目の前ででかい声出すなよ」
教室に着くなり、友人である高木が興奮気味に詰めようって来るのでタメ息を付きながら自分の席に座る。
「昨日のNステなら俺もリアタイで見たよ」
高木が興奮する理由は簡単だった。昨日はアイの復帰日であり生放送の音楽番組に出演し、新曲をテレビで初披露した日だ。アイのファンである高木が狂喜乱舞するのも無理は無い。タイガは番組内でアイが『うちの子が』と口にした時は、心臓が止まる思いをして冷や汗をかいた。
「いやぁ~本当元気に復帰してくれてマジで良かった!」
「なに?高木ぃ~そんなキモい顔して?そんなにアイの復帰が嬉しいの〜?」
「高木がアイの事でキショくなんのはいつもの事じゃね」
キショい高木を罵りながらやって来る二人の男女、姉の『松杉恵子』と弟『松杉恵也』声優志望の元子役の双子の姉弟でタイガと同じ部活に所属している友人でもある。
「キモいとかキショいとか言うな!ドルオタに対する偏見だ!四宮もそう思うだろ!?」
「ドルオタは関係ないけどお前はキショいぞ高木」
「ひど!」
まさかの裏切りに声を上げる高木だが、タイガは別にドルオタではない。アイドルよりグラドルの方が好きだし、B小町も友人で妹分のアイや同期のような関係の初期メンバー達がいるからライブに出来るだけ足を運んでいるだけである。
「タイガはボインの女の子じゃなきゃ靡かないわよ。彼女も巨乳だし」
「おい、朝っぱらから人の性癖バラすんじゃねぇ」
「巨乳好きなのは認めんのかよ」
「確かに神楽坂、胸デケェよな。何カップ?」
「「死ね」」
「ひどっ‼」
彼女と友人のバストサイズを聞かれたタイガと恵子は間髪入れずにその美声で罵倒の言葉を口にする。
「みんなおはよう」
「ヒナ」
教室に入るなりたむろっているタイガ達に近寄って来る女学生、彼女の挨拶にタイガは思わず頬を緩めながら彼女の名前を呼ぶ。
四大財閥の一角である『四条グループ』の経営幹部の令嬢で少しウェーブかかったきれいな茶髪に歩き方と姿勢だけで育ちの良さが分かる佇まい。制服を着込んでいても分かる豊かな胸の膨らみを持つタイガの彼女『神楽坂日菜子』は優しい微笑みを浮かべながらタイガ達の前まで歩み寄る
「タイガくん、みんなおはよう。なんの話したの?」
「高木がうちの事務所のアイドルに鼻の下を伸ばしてたって話」
「高木くん、B小町本当に好きだよね」
「おう。特にセンターのアイが一番の推しだぞ!」
親指を立てる高木を見て日菜子はタイガの方に少し不安そうな視線を戻す。
「タイガくんもB小町って好きなの?アイさんも居るし」
「いや、俺はあまりB小町はな……ぶっちゃけモー娘とかAKBの方が好きかな。AKB誰が誰だか分からんけど」
「そうなんだ。アイさんがいるからてっきり……」
日菜子はタイガとアイが友人関係であり、戸籍だけとはいえ二人が義兄妹である事や、アイがタイガの隣に住んでいる事を以前、タイガの部屋に招待されたときに隣の部屋から出てきたアイに鉢合わせて知っている。
アイの美貌とその美貌を引き立てるおしゃれな服装を間近で見た日菜子は、タイガをアイに取られるのではと不安になるらしい。
「大丈夫だって。アイツは色恋沙汰より食い意地張ってるだけの女だから。そういう気を起こさないよ。安心しろよヒナ」
「あらやだかっこいい」
「女誑しみたいな言葉だな。さすが役者」
「アイの好きな食べ物ってなんだ四宮!?」
「やかましいわボケ共」
茶化す松杉姉弟に食い気味にアイの好きな食べ物を聞いてくる高木を一蹴するタイガの言葉と同時に朝の予鈴が教室に鳴りひびく。
日菜子はタイガの言葉に嬉しそうな微笑みを浮かべながら自分の席に戻る。
彼女が不安になる気持ちも男ながら分からんでもないタイガだが、日菜子が初めてアイに会った時も、アイはヒカルと付き合っていた時期でタイガの事は友人として見てはいたが、恋愛対象としては見ていなかった。
(アイとヒカル、なんで別れたんだろうなぁ……)
アイとヒカル、頭おかしい変わり者同士だったがなんだかんだ言ってお似合いだった二人。タイガも二人が付き合い出してからは二人の事を応援していたが、唐突に別れた事をアイから聞かされたタイガは当時驚きを隠せなかった。
最初は
(二人が別れて、アイは2児の母。ヒカルは正体不明の父親か……また三人で連みたかったんだけどなぁ……)
別れた男女を会わせるのは気まずいし、アイは双子の世話もある。ヒカルの存在が壱護にバレたら修羅場は確実。三人で馬鹿みたいにはしゃいでたあの頃を不意に懐かしむタイガはタメ息を付くことしか出来なかった。
◇◇◇◇
恵子が創設したタイガの所属する部活は基本自由参加のかなりゆるい部である為、タイガは学校が終わるとまっすぐに事務所に帰り、『B小町』メンバーももう帰っている時間なので次のドラマの練習をしようと事務所のトレーニング ルームに入るとそこには何処か
「……どうしたそんな考え込んで?お前に考え事は似合わないって言っただろ」
「それ言うなら悩み事でしょ?これなんだけど」
アイはスマホをタイガに渡し、見ていたサイトを見せる。
『アイの笑顔って良くも悪くもプロの笑顔なんだよな。なんか人間味がないっていうか。。。イマイチ推しきれない』
エゴサをしていて見つけたファンの書き込み。慣れない手付きで画面をスライドさせると似たような書き込みがいくつか見受けられる。アイの暗い理由に納得がついたタイガは頭を掻きながら少し考える。
「……別にこんなネットの書き込みなんて参考程度でそんな気にしなくて良いと思うぞ……俺もたまに『素でも不良そう』とか書かれてるし」
「タイガが不良なのは見たまんまじゃん。中学の頃も『目黒川の暴れ虎』って呼ばれてたじゃん」
「しょうがないだろ。いきなりイチャモンつけられて殴り掛かってくるんだぞ、顔を殴らせる訳にもいかないしな」
タイガは俳優の中でも顔が良く、運動も勉強も出来、面倒見の良い方だったので中学時代からモテており、その事で男子、特にガラの悪い生徒から目の敵にされ、喧嘩を吹っ掛けられていた。
「社長もタイガの喧嘩には頭抱えてたよ。『俺もここまでやらなかったぞ』って」
「はいはい反省してますよ」
何回かアイ絡みでの喧嘩もあったので、アイにその事を言われると少し腹が立つが、本題に戻す事にする。
「で、話戻すけど笑顔が人間味が無いってあるけど、まぁ確かにステージのお前の笑顔って作り物感があるな」
「タイガもそう思う?」
「まぁな。お前が鏡やビデオ見ながら笑顔の作り方を勉強してるのは知ってるけど自然な笑みでは無いな」
アイはステージ場で歌って踊りながら、目の細め方、口角をmm単位で調節し、要所要所でファンが一番喜ぶ笑顔を
「そんな事言われてもなぁ。私、
「普通な笑顔をどうやってって言われてもな。俺もそれこそ、何人かの笑顔を見て、その時の声のトーンとか真似てかな……けど」
タイガも昔は笑顔を作っているに過ぎず、笑顔の時の声のトーン、余韻、所作を見て自分の顔に
「壱護さんに拾われて、お前やヒカルに出会えてから自然に笑えるようになったんだと思う」
親に捨てられ、施設では喧嘩ばかりだった自分を拾ってくれた壱護。彼に出会い、似た境遇で話が合い初めて友達と言える存在になったアイ、年が近く得意の演技で絶対に負けたくないと思ったヒカルに出会い、二人と交流するようになってタイガは人並みに笑えるようになったと思っている。
「そっか……そう言われると私もちょっとうれしいな」
少し誇らしそうに微笑むアイにタイガは苦笑する。
「ちょっとだけかよ。てか、三人で連るんでた時、普通に笑ってたぞお前。あの時みたいな顔でやってみたら?」
「う〜ん。こんな感じ?」
アイは三人で遊んでた時の笑顔を作ってみるが、どこかぎこちなく、あの時の笑顔とはまた違った物だった。
「……違うなぁ。これなら前の方がいいかも」
「むぅ……写真とか無いと難しいなぁ」
「写真ねぇ……」
アイドルであるアイに男がいる事がバレないようにプリクラ等は取っておらず、一度だけ三人で取った写真はあるがその時のアイの顔は微笑んではいるがファンが喜びそうな笑顔ではない。
「そうだ。タイガ、その時の私の演技を演ってみてよ。それなら分かるかも」
「お前の演技ねぇ……『あはは!もう2人共、本当に頭可笑しね!』」
以前、タイガがヒカルと口論になったときに良くわからない所でツボに入ったらしいアイの表情をできるだけ再現しながら演じて見るとアイは引き顔になっている。
「なんか男子が女子の演技やると気色悪いね」
「おいコラ」
気色悪い事をやらせて申し訳無さそうな顔をするアイに若干腹を立てるタイガ。
「やっぱり私の可愛さは私じゃなきゃ引き出せないかぁ〜」
「……はいはいそうですか。自然な笑顔出来そうか?」
「出来るかな?分かんないけど次のライブまでにはなんとかしたいな。私が売れなきゃあの子達を良い学校にも入れられないし、習い事もさせてあげられないから」
アイのその言葉には明確に強い意志が感じられた。双子に良い暮らしをさせてやりたい。自分のような貧しい思いをさせたくないと。
「……頑張れよ。今度の販促イベント見に行くよ」
「ありがとうタイガ」