今日、新しいアルバイト従業員が入って来た。
内山という女性。26歳とのこと。
バックルームで初対面。私が仕事を教えるのだ。
「26!? 若いですね〜」
私はこれまでの経験から、《普通の》人間を演じ、擬態している。
前の店舗で一緒だった泉さん、菅原さん、店長の言動や話題、身振り手振りをコピーし、学習しているのだ。
感性でその人達の気持ちは理解できないが、理屈では理解したつもりだ。さすがに40年近く生きていれば学ぶ。それまでの経験、学習から武装している私は、周囲から普通の人間に見えるはずだ。
「内山さんはなんでこの仕事選んだんですか〜?」
語尾を伸ばすのは泉さんの特徴だ。
「接客好きなんですよ」
内山さんは愛想よく答える。癖のある人ではなさそうだ。コミュニケーションはとりやすい。
しかしいくら経験武装しているからといって、喋りすぎるとボロが出る可能性があるので、ひとつひとつの発言は意識的に短くしている。
ボロが出ていることが自覚できれば修正可能なのだが、いかんせん私は自分のどのあたりが正常で、どのあたりが狂っているのかは分からない。だから怖い。ボロが出て《普通》でないことがバレれば、たちまち村八分にされてしまうだろう。
最近ネットニュースがきっかけで、発達障害なるものを知った。これまで《普通》でなく、違和感を感じていた私は、もしやと思い詳しく調べてみた。
発達障害には二種類あり、ADHDというものと、ASDというものだ。
ADHDは当てはまらなかったが、ASDが完全に当てはまった。
凝り固まったルール通りにしかできない…。
感情の表現が上手くできない…。
文面通りに受け取ってしまう…。
嫌なほど思い当たる節がある。
今でも度々思い出すが、小学生の時は本当にこの症状が大きく出ていた。
喧嘩をしている児童がいて「誰か止めて!」という周囲の言動を文面通り解釈して、スコップで殴ってしまった。
他にも色々ある。
悪気はないが、明らかに浮いていた。
今でも周囲と会話が噛み合わない時がある。だから話し過ぎないようにしているのだ。他人の発言が、冗談かどうかが分からない。
この店に来てから戸惑った言動としては、大学生のアルバイトである長谷川くんの言動だった。
どういう経緯でそういう会話になったかは忘れたが、「店の前でブレイクダンスしてきてくださいよ〜」みたいなことをが長谷川くんが言ったのだ。
それが本気なのか冗談なのか判別するのにかなり長い時間を要してしまった。
私がとった解決策としては、とりあえず保留にした。本気ならば何度も要求されると思ったからだ。
その結果、10分経っても30分経っても1時間経っても同じ要求をされることはなかったので、冗談だったと結論を出すことができた。
…いや、要求を忘れただけで、本気だったのかもしれない。
それでもコンビニのマニュアルには書いていなかったので、冗談だったのだろう。
このように、私は特性により、人と会話するのも一苦労なのだ。人狼ゲームのような駆け引きをいちいちすることになるので疲れる。ちなみに《普通》じゃないという意味でならば、人狼は私だ。
自分がマイノリティであるということの答えは
《環境を変えて、少しでも向いている職種に就こう!》というものしかなかった。ADHDはコンサータやストラテラといった、注意欠陥や多動易怒性を抑える薬があるらしいが、ASDは性格のようなものなので、一生治らないらしい。
家族には報告した。妹は気付いていたらしい。
まあそうだろうな。妹がいちばん気味悪がっていたから。
そして最近、ワーカーホリックという言葉も知った。仕事中毒になった人間、とのこと。
私はコンビニを家だと思っている。なので他の店員たちも家族のようなものだろう、と、周りの店員たちにも発達障害であることをカミングアウトしている。
しかし私の擬態武装が巧妙になり過ぎて「気にし過ぎ」と一蹴された。店前でブレイクダンスをした方がいいのだろうか。
ある日、内山さんと退勤時間が被った。
その流れで一緒に帰ることとなった。横に広がって共に歩く。
その時も、話題は自然と自分の少数性について話す流れへ移行する。
「…私って、なんか変な感じに見えますか?」
この切り出し方が正解かどうかは分からないが、これ以外聞き方が分からなかった。
「え?」
内山さんは困惑しているように見えた。悪手か。
「いや別に! なんでもないです!」
ASDは擬態しようとした結果、過剰に適応をしてしまい、かえって不自然になるフェーズがあるらしい。たしか大仰型といったか。
今の発言で大仰型だと見抜かれたか。
それとも最初からASDだと分かっていたから、今更回答に困っているのか…。
私は内山さんの思考の、ありとあらゆるケースを裏の裏まで予想した。
「どういう意味ですかね…。別に変な感じはしなかったですけど…?」
これは……
《自然に見えたがいきなり変な事を言い出した》という感じ方。表だ。
私は自分がした擬態武装の完成度に自信を持つと共に、直後プライバシーを開示する覚悟も持った。
「発達障害ってご存知ですか? あの……実は私、それなんです」
下を向いたまま、私は早口で放った。まるで子供がイタズラの告白をするように。
「そ、そうなんですか? そういう風には感じなかった」
内山さんはそう言ったが、社交辞令なのか本音なのか、私には分からない。普通の人が内山さんの反応を見れば、社交辞令なのか、本音なのかを見抜けるのだろうか。
家族に言う時は、元々私のことを病人扱いしていたから、緊張しなかった。原因が分かってむしろ早く言って納得させたかった。
コンビニのメンバーに言う時は緊張した。
村八分にされる危険があったからだ。結果肩透かしをくらったが、全員がそういうわけではないだろう。そもそもコンビニの同僚たちは、私のことをアスペルガーだとは認定していない。この先ボロが出るようになって認定されたら、村の掟で排除されるのだろうか。
私はまだ、皆のなかでは《自称》人狼なのだ。
人狼だと言い張っている人間なのだ。
本当に人狼なのだけど…。
「その、私も詳しいワケじゃないんでどのへんがハンデなのか分からないんですけど…。深く聞いても大丈夫なやつですか?」
どうやら本音らしい。それとも社交辞令のレベルが高いだけだろうか。
「自閉症スペクトラムっていう障害ですね。対人コミュニケーションに難があるっていう。同じ名称でも十人十色なんですが」
「全然分からなかった…。え、でも診断されるってことは、病院に行ったってことで、病院に行ったってことは、何か問題行動があったってことですよね? キッカケは何だったんですか?」
内山さんは質問攻めしてきた。コンビニのスタッフたちはここまで踏み込んで聞いてこなかったので、私は驚いた。
しかしここで、内山さんは本当に私のことを障害者だとは思っていなかったのだと解釈できた。
ここで退勤後初めてまともに内山さんへ顔を向けた。
内山さんは私の顔をガン見している。そんなに興味があるのだろうか。家族以外にカミングアウトしない方がよかったのだろうかと、私は今更ながら不安になった。
「キッカケは…まあ、色々ですね。他の人とのズレというか、なんか言葉の解釈がおかしいみたいです。私はどこがおかしいのか自覚できないんですけど、色んな人に言われるので、やっぱりどっかおかしいんでしょう。おかしいと言われる部分は猫被って隠してます」
そう。隠している。ロボットが人間のフリをしているだけだ。
「今も猫被ってるんですか?」
内山さん進行方向も見ずに聞いてくる。
「ええ。…あ、内山さん。電柱」
「ああ。すいませんありがとうございます」
「え、はあ」
謝罪した直後に感謝の言葉を発する人は多いが、謝っているのかお礼をしているのかどっちなのだろうとよく思う。どういう返しをするのが正解なのか。言われる度、私は返答に困る。
「素で話してみてくださいよ! 古倉さん!」
内山さんの距離は更に近くなっている。
人狼を暴くチャンスだと、躍起になっているのだろうか。
まあいい。
「…こんな感じですかね」
これまでのコピーを全て外した。小学生の時から変わらないありのままな私を、内山さんに晒した。
「周囲からはおかしいと言われますが、どこがおかしいのかを私自身自覚できていません。」
私は無表情になった。無表情は他者に威圧的な印象を与えると知ってからは、なるべく笑顔でいるようにしている。声のトーンもいつも通りにした。妹曰く「一定で感情の起伏が分からない」とのこと。だからコンビニスタッフたちのトーンをコピーしたのだ。
自分の障害についてカミングアウトするのは、例えるなら裸になっているような気分だ。
家族の前ならそこまで抵抗は無いが、赤の他人に見せるのはとても恥ずかしい。
「どうですか? 内山さん」
私がそう聞くとほぼ同時に、内山さんは足を止めた。
「実は………私も障害者なんです」
「はあ」
どんな返答が返ってくるのか全く予想できなかったが、返ってきたとて理解すらできなかった。これも社交辞令だろうか。
「私………レズなんです」
予想外の返答で私は何も言えなかった。というか認識ができなかった。
「え? なんですか?」
内山さんはそう言った直後、顔をそらし、競歩の選手のように足取りが速くなった。
「え、あちょっと。レズ? 同性愛者ってことですか?」
私は内山さんの後ろから、必死に事実確認をした。
「そうです」
どんどんスピードアップして歩いていく内山さんだったが、赤信号でひっかかって止まる。
「ですが内山さん。同性愛は確かにマイノリティかもしれませんが、障害ではないと思いますよ。」
私は少し息を乱しながら言う。
「…」
内山さんは何も喋らない。アプローチの仕方を間違えてしまったのだろうか。
「…扱われ方は一緒ですよ」
信号が青になった。
それと共に、内山さんは再び競歩選手になる。
「ちょ、ちょっと内山さん」
横断歩道を渡り終わったが、私が内山さんの後ろについて行く形は変わらなかった。まるでスキャンダル疑惑のある芸能人と、マイクを持ってしつこく質問攻めをする報道記者のようだ。
「あだっ」
私は転んでしまった。速く歩くのは慣れていないし、もう中年と呼ばれる年齢だ。さすがに身体がついていかない。
「あっ!」
私が転んだことに気付いて内山さんが振り向く。
「古倉さん! 大丈夫ですか!?」
内山さんは私に駆け寄ってきた。
「少し落ち着いて…」
私は這う形になりながらそう言う。
「すいません私、勝手に自己開示して勝手に拒絶して…何やってんだか」
ゾンビのように這っている姿勢から、私は内山さんに抱き起こされた。将来介護される時はこんな感じなのだろう。
「あっ! 古倉さん。顎!」
転んだ際に擦ってしまったようで、私の顎からは血が出ていた。
ちなみにだがASDの特性として、感覚鈍麻がある。痛みや寒さを感じにくいのだ。
これも小さい頃からある症状で、私だけ真冬でもTシャツ短パンという格好で平気だったり、骨折しても気付かなかったという経験が多々あった。
「すいません! 私のせいで!」
内山さんは私を起こしたあと、ペコペコ平謝りした。
別にいいのに、と思ったが、内山さんの家で手当てするという流れになった。内山さんが一方的にそういう流れにしたのだ。
応急セットなら私の家にあるのに、とは言わなかった。余計なことを言わないようにする癖は抜けない。