水澤悠――仮面ライダー アマゾンニューオメガは、荒れ狂うヒョウアマゾンを赤き眼に捉え、その全てを葬らんと駆け出した。
獣の如く、跳躍し奴の身体へと飛びかかると、腕部から伸びる黒い刃でヒョウアマゾンの首筋を引き裂いた。
ヒョウアマゾンの甲高い悲痛な叫びが、辺り一帯に響き渡る。
溶原性細胞によって生まれたアマゾンは、元々の人間の姿にかすかに酷似している点が見られる。このアマゾンの場合、青いネクタイとビリビリに破れた黒いブレザーなど。
遠くから眺める彼女らからすれば、友達が泣き叫んでいるように、聞こえなくもないだろう。
ニューオメガの猛攻は止まらない。
首筋に刺さった刃を強引に引き抜いて、ヒョウアマゾンの頭を鷲掴みにしたまま、建物の壁に打ち付ける。何度も、何度も。硬い果実を、やけになって割るように。
頭がぱっくりと割れて、血が溢れ出てきたとき、敵の反撃が始まった。
力を振り絞って飛び跳ねたヒョウアマゾン。人間では到底真似できない芸当を披露しながら、ニューオメガの背中に張り付き、鋭い爪で乱れ裂く。
ニューオメガは奴を潰さんと、大きく体を仰け反らせ、地面へ背中を打ち付ける。
されど離れないヒョウアマゾン。ニューオメガの強烈な肘打ちが数回ヒットしてから、ようやくのた打ち回りながら離れる。
ニューオメガの腕部の刃が鈍く光り輝いて、ヒョウアマゾンの喉仏へと突き刺さった。
飛び散る漆黒の体液、瞬く間に充満する腐った臭いに、ホシノは口を手で覆う。
フックの要領で奴を空中に打ち上げる。
雄叫びと共に、バックルへ突き刺さった注射器型デバイスが掌によって押し込まれた。
『アマゾンパニッシュ』
朱く染まりゆく腕部カッター。身体を折れそうになるほど捻りながら、落ちてくるヒョウアマゾンを灼熱の刃で切り裂く。
そして、一度切り裂いてから素早く、もう一撃。
ヒョウアマゾンの首が飛び、ホシノの足元まで転がったところで、灰と化して消えてゆく。
ニューオメガの変身が解かれ、悠が再び姿を現す。
「あ……はは……これって、夢かな」
悠はホシノの元に近づき、彼女を見据えながら冷たく言い放った。
「悪夢みたいな、現実だよ」
背中から血を流す悠は、小さなホシノに視線を合わせた。
ホシノはその場に崩れ落ちて、顔面を手で覆い尽くした。
彼女の絶叫が木霊する。
血と砂と、悪夢の匂いが蔓延した、キヴォトスの一画で。
◇
その後、アビドス高校の校舎内にある保健室でアヤネの治療を終えた。あの出血量で、命に別条はないとは……と悠は驚きながらも、放心状態のホシノにどう声を掛けていいか分からずにいた。
彼女らは、対策委員会。廃校を防ぐべく奮闘している生徒たちだと、先生から聞いてはいたが、この状況では役に立ちそうにない情報だった。
「あなたは、誰ですか」
「僕は水澤悠。――先生に呼ばれて、この都市の外からやってきた」
「先生が……?」
先生の名前を出すと、ホシノは反応を示した。
どれだけ顔が広いんだろう、あの人は。
「この都市――キヴォトスは今、さっきような生き物“アマゾン”の危機に晒されている」
「アマゾン……?」
「たんぱく質を求めて、人間を食べる存在だ。奴らの持つ細胞はある発生源を中心に、次から次へ広がって、人に感染し、その人をアマゾンにしてしまう」
悠が淡々と説明しても、ホシノの顔色は悪くなる一方であった。
「じゃあ……セリカちゃんはそれに……」
気の毒で、何も言えなかった。
暫くすると保健室の扉が勢いよく開かれて、他の対策委員会のメンバーが入ってくる。
「ホシノ先輩!! 今外が大変なことに……」
白カーディガンを羽織った少女 ノノミが叫びながら入ってきて、その後ろから狼のような少女 シロコも続いた。
「……先輩。これ、どういう状況?」
シロコは包帯を巻かれ横たわるアヤネを見て、声音を鋭くしながら言った。
悠が虫の居所が悪くなり、アビドスを去ろうと立ち上がった時だった。
「待ってください。お茶も飲まず帰るなんて、うちではあり得ませんよ」
ノノミに手を引かれて、悠はその足を止めた。
「とてもお茶なんて飲める状況じゃ、ないと思うけどな」
「じゃあ説明して。この状況を」
シロコに迫られ、悠は渋々元の位置へ戻った。
できる事ならば、一人で解決したかったのだが。こうやって話せば、誰か一人くらい、着いてくる人間が出てきてしまうだろうに。
「……どう、話せば良いのか」
悠は言われた通り、今の状況を説明した。
友達がアマゾンになって、友達を食べようとしたことも。何から何まで全部だ。
シロコとノノミは、文字通り絶句していた。それと同時に、その瞳の奥には微かな希望が見えた。
これは夢だ。こんな事はあり得ない――とでも言いたげな。
「セリカちゃんが……嘘ですよ」
「本当だ。ホシノやアヤネは、その目で確かに見た」
心休まる保健室に、心臓が凍てつくかのような空気が張り詰める。
「……アマゾンって何。そもそも、あなたはどうして
「僕は先生に呼ばれて――」
「違う。その呼ばれた理由」
シロコに問い詰められて、悠は言い淀んだ。女子高生かと思って侮っていたが、今までの常識を彼女らに当てはめてはいけないことを思い出す。
「……僕はアマゾンだ。アマゾンを狩るアマゾン。キヴォトスに巣食うアマゾンを、皆殺しにするために来た」
蒼穹の瞳が縮み、彼女は二、三歩引き下がる。
「心配しなくても、僕は純粋な人間を食べたことは無い。君たちを食べようとも思わないよ」
「そんなの……信じられるわけ」
シロコはベッドに横たわる後輩を一瞥してから、背負っていたアサルトライフルを彼に向けた。
張り詰めていた空気が、一気に殺伐としたものへと変貌する。
それを破るように、ホシノが立ち上がりながら言い放った。
「戦おうよ。みんな。これ以上放置してると、また、またセリカちゃんみたいな犠牲者が出るかもしれない」
全員、黙ってホシノを見る。
「水澤悠。あなたは先生が選んだ人だから、私はあなたを信用するよ。手助けするから、だから……」
拳を握り締めながら、ホシノは枯れた声を漏らし、必死に訴えた。オレンジと青の、綺麗なオッドアイに、いっぱいの涙を抱えながら。
「これ以上、私の大切な物が奪われないように……協力して……」
◇
ゲヘナ学園はエデン条約の騒動後、徐々にいつも通りの落ち着きを取り戻しつつあった。
かと言って、風紀委員会は平凡で暇な日々を送る事なぞ叶わず、多忙な毎日を過ごしていた。
「ヒナ委員長。何やら、自治区の外では良くない噂が広まっているようです」
「噂?」
小さい身体に似合わぬ、大きなヘイローを浮かばせた空崎ヒナは、清廉とした顔の天雨アコに声を掛けられ、かったるそうに返事をした。
「何にも、“人を喰う化け物”……がいるとか」
「そんな噂を信じる子だったかしら」
「いえ。私もすこーーし気になった程度ですので」
何かを誤魔化すように、アコはわざとらしい大声でそう言った。
ヒナはため息を吐きながら、溜まりに溜まった資料整理を再開する。その紙の量は、吐き気を催すほどだ。
彼女らにとっては、それが何気ない日常であった。
そんな日常も、良からぬ影が迫れば一瞬にして曇るものである。
ヒナの電話が鳴り、面倒事か、と悪態をつきながら受話器を耳に当てた。
「チナツ、どうしたの」
『い、委員長……イオリが……イオリが……!』
彼女が聞いた、仲間のチナツの声。
それは、日常から掛け離れた、枯れかけていて切羽詰まった声であった。