ゲットオーバーデモンズ。
その緋色の戦士は煌めく翅をたなびかせ、標的の元へと駆け出していく。
握りしめた拳で、クワガタアマゾンの頬を穿つ。反撃を貰う前に蹴りを叩き込み、蹌踉めいた敵のがら空きになった顎へ強烈なアッパーを叩き込んだ。
クワガタアマゾンは手も足も出ず、怒り狂って彼に喰らいつこうとした。
しかし、ゲットオーバーデモンズは回し蹴りによってそれを制し、カウンターの左ストレートを喰らわせる。
壁に激突したクワガタアマゾン。甲高い声を上げながら、一心不乱に頭の角を突き出して、彼を串刺しにせんと突撃する。
巡りゆく橙の粒子によって巨大化したマントで、その攻撃を受け流す。
そしてベルトのホルダーから、真紅のスタンプを手に取った。
『アッド……』
『カジキ!!』
『ドミネートアップ! カジキ! ゲノミクス!』
ゲットオーバーデモンズの右腕に集まる、紅の粒子。実体化したそれは、一本角のように鋭く、細長いブレード。
『モア……』
『カジキ! デモンズレクイエム!』
ぶん、と振るえば、纏わりついた赤いエネルギーが波状になって飛んでいき、クワガタアマゾンを真っ二つに切り裂いた。
ドロドロと溶けていくアマゾンと、宙に舞い散るゲヘナ学園の制服。
それを見ながら、ヒナは微かに瞳を細めた。
「無事ですか!? お二方!!」
装甲が消えて、無駄に大きな声で近づいてくる先程の青年。
ヒナとアコは無傷だが、この状況を整理できずにいた。
「えぇと……あなたは誰?」
「俺は玉置豪。ブルーバード所属の、仮面ライダーです!」
「ブルー……バード? そんな学校あったかしら……それにあなた、ヘイローが……」
アコはタブレット端末をスライドしながら、顔を歪めていた。
男の頭を見れば、生徒の証たるヘイローが浮かんでいない。
「ここはどこですか? 知らず知らずのうちに来てしまったのですが……」
「……ここはキヴォトスのゲヘナ学園。もしかして、あなたはキヴォトスの外から来たの?」
「……? 僕はこんな街知りませんし……そういうことになりますね。すいません。何せ、ほんと知らずのうちに来たものですから――」
豪はヒナとアコの頭を見て、大袈裟に飛び跳ねながら後退りする。
「ててて、天使!? 悪魔!? お、俺ついにあの世に来ちゃったの!?」
「俺、改心したから天国かな……いや、きっと地獄だ……地獄行きなんだ」
ヒナは何となしに理解しながら、ふと、左側の階段に目をやった。
そこには、怪我をしたイオリを抱えたチナツと、アビドスの二人、見知らぬ青年がおり、丁度上がってきた最中であった。
「小鳥遊ホシノ……」
「久しぶり〜委員長」
彼女らの元へ歩み寄り、まずは怪我をしたイオリを気にかけた。頬を撫でて、その温もりを確認してから、安堵の息を漏らす。
「チナツ。イオリを頼める?」
「任せてください」
チナツは一礼し、イオリを抱えたまま何処か別の場所へと去っていった。
続いて、ホシノと目を合わせたヒナだったが、その隣にいた青年に、どうしても目がいった。
「……あなたは?」
「僕は水澤悠。シャーレの先生に呼ばれて、この都市に来た」
「先生が?」
ヒナは目を大きく開いた。
「先生が呼んだってことは、この騒動に関係しているの?」
「あぁ。僕は、この騒ぎをどうにかするために来たんだ」
「……詳しく聞かせて。――今日はキヴォトスの外から来る人が多いわね」
その言葉に、悠は眉をひそめた。
奥の方を見てみると、アコとつるむ豪の姿が彼の目に入る。
「て、天使様! 俺は天国ですか? 地獄ですか?」
「は、離れなさい! 私に触れて良いのはヒナ委員長だけです!」
縋り付くように、彼女の服を掴む豪。
悠は彼を、不思議そうに眺めた。
◇
赤いカーペットが敷かれた、高貴な雰囲気漂う風紀委員室。
ヒナたちにアマゾンの事を話し、それをどうすれば解決できるかまで説明した。アコや豪も、理解に戸惑っている様子だったが、ヒナだけは頷きながら聞いていた。
「小鳥遊ホシノ……その……」
「いいよ、気にしなくて。それより、私たちに協力、してくれる?」
「ええもちろん。風紀委員長として、この騒動を見過ごすわけにはいかないからね」
彼女は快く、こちらの協力を受け入れてくれた。ゲヘナは現在、とても大変な状況に見えるのにも関わらず、だ。
風紀委員長、という立場だ。頭が切れる筈。それ故、根本を潰さないと終わらないという溶原性細胞の脅威を瞬間的に理解したのだろう。
「……君は、玉置豪だったかな」
「お、俺は天国に行くんですか!? 地獄ですか!?」
「さっきも説明しましたよね!? ここは学園都市キヴォトス! 私達は天使ではなく生徒です!」
悠の話も聞かず、ずっとあたふたしている豪。何とも、頼りなさそうな、青年であった。
暫くして、豪の気分が落ち着き、彼の話を聞くことにした。
「あなたは、どうして
「分かりません。寝て起きたら、このゲヘナ学園? って所にいて……」
「――先生って知らない?」
「……? 知りませんね。狩崎さんなら分かるんですが……あ、先生とは呼ばせないか」
豪とシロコの話が、絶妙に噛み合わない。
寝て起きたらゲヘナに。彼からすれば、理解の追いつかぬ出来事だろう。
「それで、その“オリジナル”の検討はついているの?」
ヒナにそう聞かれて、悠は首を振った。
前回は4Cという大きな組織が動き、小さな町の中だけで調査した為にすぐ原因は掴めたが、今回は違う。
キヴォトスは広い。もうキヴォトス全域で溶原性細胞が蔓延しているのだとすれば、たとえ一箇所だとしてもオリジナルの場所を特定するのは困難。アマゾンのせいで、混乱に陥った状況では尚更である。
「ヒナ委員長。お紅茶でも」
「それどころじゃないわ」
アコの提案を冷たく断る。
たしかに今は、お茶など飲んでる場合ではない。
「感染源を見つけるには、感染者達の共通点を見つけるのが最適解。アコ、うちの学園でアマゾン化した生徒の、数時間前までの活動記録、探せる?」
「お安い御用……とまでは言いませんが、承知しました」
「じゃああなた達は……黒見セリカの行動、それを調べてみて」
悠は頷いたが、ホシノとシロコは俯いたまま、何も言わなかった。
「二人共。立ち止まってる場合じゃない」
「分かってる……けど」
白銀の耳がつん、と立ってから垂れ下がる。
「シロコちゃん。その通りだよ。大変かもしれない、辛いかもしれない。けれど、これ以上被害が広がるほうが、もっと辛いよ」
彼女の柔らかながらも芯のある声に、シロコは勇気づけられたのか耳を立てて目尻をきりりとさせる。
「一度アビドスに戻ろう」
悠の提案に、二人は頷いた。
ノノミやアヤネ。彼女らにも、まだ守るべきものがある。それを奪われないために、こうして素性の分からぬ悠に着いてきている。
――なら、僕は?
悠は自分に問う。
キヴォトスに悠が守るものなど何も無い。ただ、自分と深い関わりのある、狩るべきものが蔓延るだけ……。
――何のために戦っているのだろう。
「あの! よければ、俺も一緒に行きましょうか!」
豪が駆け寄ってきて、そう言ってきた。
「君……戦えるの?」
「はい! なんてって俺は、仮面ライダーですから!」
“仮面ライダー”。
見知らぬ単語に、悠は違和感を覚えた。
彼が見せてくる、バックル型のデバイス。
それは、自分のベルトとは見た目が違えど、似通ったものであることは分かった。
「……仮面ライダー……」
そう呟いてから、悠は深く、深く頷いた。
◇
ゲヘナの保健室。怪我をした生徒が、次々に運ばれてくる。アマゾンがたった二体出現しただけで、こんなにも被害が出るとは。
チナツは、アマゾンという存在の恐ろしさに震えていた。
「イオリ……! 目が覚めたようですね」
「……チナツか……私は……化け物に襲われて」
天井を向き、少し息を吐くイオリ。
「何か飲みますか?」
「あぁ……頼む」
チナツは保健室に急遽設置された箱に入った、氷水に浸る大量の飲み物の中のうちの一本を取り出し、急いでイオリに渡す。
イオリは相当喉が乾いていたらしく、すぐさま起き上がって、そのコーヒーをぐびぐび飲み始めた。
「……手も足も出なかった」
「無理もないです。私も……混乱しましたから」
「人があんな化け物になるなんて……恐ろしいな」
そう言ってから、イオリは残ったコーヒーを一気に飲み干した。