「カイザーか……どんな会社なの?」
「キヴォトスでも指折りの有名企業だよ。……まぁ、評判はあんまり良くないけどね」
もし、そんな大きな会社の清涼飲料水工場に溶原性細胞が混入しているのだとすれば、キヴォトスという大きな都市で、瞬く間に感染が広まっている今の状況に説明がつく。
「よし、じゃあ早速そこへ突撃しに行こうか」
「ん。賛成」
銃をリロードし直し、既にやる気満々な二人を、悠と豪はまん丸な目で見つめた。
「そ、そんな大きい会社なら、侵入なんて簡単じゃないんじゃ……」
「簡単簡単。おじさんとシロコちゃんなら、余裕だよ」
「警備を突破するつもり?! そういう問題じゃなくてですね!?」
悠は暫く考えてから、二人にこう告げる。
「二人共。荒っぽいことはよそう。きちんと行ってから、中を確認してもらうように頼み込むんだ。面倒を起こしたら、君たちの大切な物が守れなくなるかもしれない」
「……大切な物……か」
ホシノが銃を下ろしながら、マンションを見上げた。
カイザー社と対策委員会には、何かと因縁があるのだろう。彼女らは、心なしかそれを恨んでいるに違いない。
けれど、今の敵はアマゾンだ。
恨む対象を謝れば、多くの物を失い、後戻りできなくなる。
「ヘリに戻ろう。その工場を突き止めて、早いところオリジナルの存在を掴まないと、手遅れになる」
◇
ディエンドとゾウアマゾンの戦いの場は、部屋の中から外へと変わり、狭く細長い廊下で、ディエンドが有利な戦況が続いていた。
ジュウガの拳が、ゾウアマゾンの顔面を砕く。
激しく吹っ飛んだゾウアマゾン。反撃せんと睨んだ先にジュウガはおらず、銃を構えるディエンドがいるばかりだった。
『ファイナルアタックライド』
『ディディディ ディエンド!』
カードで作られたアーチのビジョンが形成され、その中心を通るように光線の軌跡が浮かび上がってくる。
やがて、極太のレーザーが照射され、ゾウアマゾンを塵一つ残さずに焼き尽くした。
「……この世界は、常にきな臭くて嫌だね。お宝は惜しいが、帰らせてもらおうか」
ディエンドの背後に炭色のオーロラが出現し、それが彼を覆い尽くそうとした。
しかしそれは赤くなり、散り散りになって消滅する。
「……?」
変身を解除した大樹は、不思議がりながら振り返る。
「お宝探しを強制されたのは、初めてだね」
ディエンドライバーをくるくる回しながら、焦げた臭いが充満する通路を後にした。
そして、闇に包まれた階段に立つと、俯きながらこう呟いた。
「士。僕は君で空いた穴を埋めるのに精一杯だよ」
◇
天雨アコと連絡を取り、キヴォトスのとある地域に点在する、カイザーコンビニの工場を特定してもらった。
かなり都心部に近い。こういう場所にアマゾンが出現すれば、混乱は他の場所よりも大きくなる。
何事もないことを願っていたが、ヘリで上空に来た時、その望みは途絶える。
街は人っ子一人おらず、自動車やバスが転倒したり、あらぬ方向を向いて停車しており、至るところから狼煙が昇っている。
アマゾンが見えない所を見ると、既に一悶着終わったあとらしい。
「誰か……戦ったんでしょうか」
「酷い爆発の跡。トラップや爆弾をふんだんに使ってる」
シロコは冷静な分析する。
ヘリが地上に近づいていくうちに、火薬や血の匂いがきつくなってきた。
「工場は確か……ここから少し進んだところだったね」
「この様子だと、警備なんて機能してなさそうですね……」
悠と豪が辺りを見渡しながら言う。
運転席から降りてきたホシノは、数歩歩いてから、道路にある何かを見るべく、その場にしゃがみこんだ。
「血だ……まだ温かい」
ホシノが手を翳す血痕は、赤く、清らかであった。アマゾンの物では無いことは確かである。
「まだ人が近くにいるんでしょうか」
「残念だけど……全員は救えない。僕たちが今目指すのは工場だ」
「……救えない……ですか」
豪は悠の言葉を受けて、眉を中央に寄せ、小さく呟いた。
車が一台も通っていない、だだっ広い道路の真ん中を歩いていく。
暫く歩き、左折した先で彼らを待ち受けていた建物こそ、カイザーコンビニの製造工場であった。
鋼の壁で囲われたそこは、彼らに人の気配を全く感じさせない、寂れた印象を与えてくる。
「警備もいないのか……」
「アマゾンって、オートマタも襲うの?」
「オートマタ?」
ホシノの視線の先に、壊れた人型の機械兵器が力無く横たわっていた。
「……攻撃すれば襲うだろうけど……」
その機械兵器の壊れ方は、アマゾンにしては丁寧すぎるものだった。銃痕らしき穴が空いており、アマゾンの仕業とは思えない。
「誰かいるね。どこかの生徒が」
ホシノとシロコが銃を構えて息を呑んだ。
二人もベルトを装着し、臨戦体勢を整える。
ホシノが先頭に立ち、工場の中へ足を踏み入れていった。
工場内はしん、としており、荒らされた形跡が至る所に見受けられた。自動化されているであろう生産プラントは停止していて、ベルトコンベアには、作りかけの商品が均等に置かれてあった。
ホシノはクリアリングを欠かさず、悠たちを導いてくれた。小さな少女の小さな背中が、なぜだかとても大きく見える。
「悠。これ、ジュースの生産プラントじゃないかな」
シロコの呼びかけに、悠らは踵を返す。
強化ガラスで遮られた先。そこには、ベルトコンベアにペットボトルが並ぶ、清涼飲料水の生産プラントがあった。
「あぁ、間違いない」
悠はきょろきょろと首を回し、どこか入れる場所を模索する。
「こっから入りなよ」
横から割り込んできたホシノが、収納してあった盾を展開し、その角で強化ガラスにヒビを入れて、二撃目には叩き割ってしまった。
ぱりん、と大きな音が響き渡り、透明な壁の明度が一部分だけ下がる。
後退りした悠は、驚いた様子でホシノを見つめた。
「へへ。どうぞ。道、開いたよ」
その微笑みを見て、悠は小刻みに頷くことしかできなかった。
割れた箇所から生産プラントに侵入。ベルトコンベアを辿って、水や液体が入っているであろう機械に駆け寄る。
「……これ簡単に開けられる」
「まぁ、自動化されてて、これだけ厳重に管理されてるもんね」
侵入された時のことを考えていない――という事だろう。さぞかし、この建物に自信があったらしい。
機械の蓋を開けば、甘い匂いが漂ってくる。タンクには甘味料入りの液体がたっぷり入っていた。しかし、何も異常は見られない。
悠は更にベルトコンベアを辿っていき、太いパイプが、壁を跨いで別の場所に続いているのを発見する。
「水源か……」
水を貯め込むタンク。このパイプの先には、それがあるのだろう、と悠は推測した。あるとすれば、オリジナルの手がかりはそこにある。
生産プラントから出て、貯水タンクのある場所を目指し、工場の奥へと進んでいく。
今度もホシノを先頭にして、次々、次々と。
色々な生産プラントがあったが、いずれも稼働はしておらず、ベルトコンベアの上へ均等に製品が並んであるのみであった。
「ここ……生存者はいないんでしょうか」
「みんな、逃げてると思う。キヴォトスの避難経路は、豊富だから」
豪とシロコの会話が響く。こうも広いと、小さな喋り声も、何度も反響して大きくなる。アマゾンは音であれ何であれ、人らしき反応を捉えると向かってくる。無駄な会話を控えるよう、悠は後ろへ目配せをした。
「シロコちゃん、静かにしないと駄目だよ。悠さんを怒らせたら、怖いよ〜?」
「ん。それはよく分かってる。でもきっと、悠はそんな事しない」
目配せが伝わっていなかったのか、と悠は呆れる。そうすると同時に、彼の口角が微かにつり上がった。
突然、先頭にいたホシノが足を止めた。
しん、と一気に静まり返る。
「どうしたの、ホシノ」
「人がいる。静かに」
盾から目を光らせるホシノ。
その視線の先から、一人の青年が歩いてくる。
それは、制服を着ていて、死んだ目をしている青年だった。生徒……のように見えなくもないが、頭にはヘイローが浮かんでいない。
「ここはどこだ……? 願いが叶っても、あいつらがいないと意味が無いだろ」
その腰には、中央に円盤が嵌め込まれたバックルが巻かれてあった。
「あんたら、誰だ?」
「それはこっちの台詞なんだけどねぇ」
ホシノの問いに、青年は顔を歪ませる。
「何か、幸せそうだな……幸せな人間を見ると、壊したくなる……!!」
頬が痺れるような声音で、青年は吐き捨てる。ただならぬ憎悪が、その口からは感じられた。
「あんたらの幸せ、僕が壊してやるよ」
青年は懐から二つのバックルを新たに取り出す。
片方は白く、銃を彷彿とさせるもの。
もう片方は黄金で、スロットに酷似したもの。
青年は勢いよく、両方のバックルを腰方の左右へ装填した。
『セット!』
『セット! フィーバー!』
軽快な音楽と共に、青年は手の甲へ血管を浮かび上がらせながら呟く。
「変身」
バックルのトリガーを引き、レバーを下ろす。
『マグナム!』
『ヒット!』
青年の背後に二つの『MAGNUM』という文字が展開され、赤いラインの入った白いアーマーが彼を包み込んだ。
『フィーバー! マグナム!』
白い光が蔓延すると、パンダを模したその戦士の首に黄金のスカーフが巻かれ、背中では内側が燃え盛っているかのような黒きマントがたなびく。
黒き衣が頭部を覆えば、影に隠れた複眼がぎらりと赫く輝いた。
仮面ライダーダパーン。
他人の幸せを妬む戦士が、彼らの前に立ち塞がった。