凶星夢幻劇   作:七草青菜

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二節 凶星夢幻劇
第一幕


 波涛は全てを飲み込んだ。

 が、その波涛には意思がある。メナイサは精密なコントロールによって木々を縫うようにアレカを導き、そして山の中腹程に吐き出した。

 地に降りたったアレカは、一切呼吸を乱すこともなく、どころか衣服が濡れてすらいない。メナイサは自身の身体の一部分に空気を行き渡らせ、アレカが溺れるのを防いでいた。

 そして、波涛は全てメナイサの一部であるため、彼女が意識して回収すれば、衣服に水が残るようなことは無い。

 

「ふぅ……始めるか」

 

 衣服の乱れを直し、アレカが動き始める。その左目は、まるで初めから何も無かったかのように消失してしまっており、眼窩すら塞がってしまっている。確かめようの無い事だが、恐らくは視神経すらも消え去っているのだろう。

 アレカがヒジリに願い、そしてその代償がもたらしたものだ。

 アレカはゆっくりと動き出す。「二度目のアレカ」を調整しなおさなくてはならない。

 

「俺は生まれた時から左目が無かった。先天的な疾患であり、治療は不可能だった。しかし、そのお陰か、俺には空間認知に対する才能が開花した。頭を振ることによる擬似的な両眼視差、そして音や振動によって距離を読む力。これらに目覚めた俺は、片眼であるにも関わらず両眼である者と同様の活動が出来るまでに至った。全ては努力の結果であり、それは生きていくために必要なものだった……こうだな」

 

 アレカは逸脱の脚本家であると同時に、優秀な役者でもある。

 そも、アレカは右利きであった。しかし、ヒジリに凶星を落とさせるという願いの代償として自らの右手を失っている。通常、利き腕を失ったものが、もう片方の手を十全に動かすようになるには数年程の時間を要する。

 だが、アレカはヒジリに願った大一ヶ月前から今に至るまでに、左腕による精密動作が可能な程にまで至っている。

 アレカは、自らを物語の登場人物として定義し直すことで、自身の在り方を弄ることができる。

 本来なら、片眼を失った影響で、走るどころかバランスを取ることすらままならないはずだ。だが、アレカは「最初から片眼が無かった人」としての活動が出来ている。

 脚本家は、既に書き終えた即興劇の台本に従い、盤上を歩んでいく。

 

 ◆

 

 波涛は全てを飲み込んだ。

 星守りのミナギは山の中腹、アレカとは反対側に位置する場所に吐き出された。地面は偶然にも柔らかい草の上だったようで、さしたる問題も無く降りたつことが出来た。衣服にも一切の乱れはない。

 メナイサはアレカにのみ神経を尖らせていた。ミナギの存在は認識にすら無かった。しかし、ミナギが木々にその身体を打ち付けるようなことは無かった。奇跡的に木々の隙間を縫っていったのだ。

 身体の力を抜いていた影響か、定期的に水上に顔を出すことができ、息つぎに困ることもなかった。

 星守りのミナギは津波に巻き込まれたにもひとしい波涛の暴威に対して、ただ、服が濡れるという代償のみを負った。

 

「いや、寒いね。それに、動き辛くてかなわない。【ミナギよりハティノの風へ。淀み。道標。後引き。掃け】」

 

 その代償は今、ハティノの風によって拭いさられた。その身体にも、装飾品にも、傷一つない。いっそ不可解なほどの豪運は、しかしてミナギにとってはただの日常に過ぎなかった。

 

「さて、と。これからどうするかね」

 

 ミナギは思案する。

 ハティノは既に戦場と化している。ミナギがこの村に留まっていても、宿が無いだろう。住民が無事であるかも分からない。そもそも、村自体が水没して無くなってしまう可能性すらあった。

 

「オレが留まれば、村は無事に済むだろうね」

 

 ミナギには豪運がある。全てはミナギの都合のいいように運ばれる。運命を味方につける逸脱の旅人は、(ドラゴン)の咆哮が轟き、波が荒れ狂うような状況下にあっても、気負いなく人助けを選択することができる。

 

「残ろうか。どうせ長い旅だ。トラブルも楽しむのが、いい旅人ってもんさね」

 

 ミナギは歩き出した。まずは村に戻らなければならない。

 

 ◆

 

 戦術を立てる能力とは、選択肢を作り出す能力と言い換えても良い。

 故にこそ、ひとつの選択肢しか取り扱わない彼は、やはり脚本家なのだ。

 

「リグノスは13本目の木の影だ、サエルムは14本目の木の上に。クラウナは引き続きミナギを追跡」

 

 異様な光景だった。

 アレカが呟くその名前は、ユーテライの所有する従鬼のものだ。つまり従鬼(アレカ)従鬼(コープス)に指令を出している。

 更に言えば、アレカの視界には誰も居ない。入念なロケーションリサーチによって、ハティノ周辺の地形は砂粒ひとつまで全てアレカの頭の中に入っている。そして、アレカはこの地に居る従鬼の位置を全て把握している。

 そうして、脚本通りにミナギを導いていく。

 

 一般的に従鬼(コープス)は、血鬼(ヴァンパイア)の親個体が近くに居合わせない限りは本来の自我を保ち、高度な司令を実行することは不可能とされている。

 “黒曜の瞳”のみが、その軛を解き放つことが出来ていた。

 

 ユーテライは“黒曜の瞳”のような精神破壊の技術を持ち合わせていない。だが、ユーテライにのみ使うことのできる技術もまた、存在していた。

 手駒を操る力ではなく、手駒に手駒を操らせる力。

 すなわち、指揮権の一時的な讓渡と、指揮権をもつ従鬼との五感の共有。

 捲りのユーテライは、自身の手を離れた舞台をこそ、渇望し続けていた。

 

「ノイレス、クラウナと交代。クラウナはヒュリカ、ミスティナと合流しろ。仕掛けるぞ」

 

 細かいニュアンスを声で伝えることは不可能だ。アレカはユーテライから授かったフェロモンを介して直接脳に指令を与えている。

 声を発する必要などないのに、どころかすでに全てを命令し終わっているはずであるのに、アレカはわざわざ声に出す。

 その方が、物語として映えるからだ。

 

 アレカは、ハティノに潜ませた五十二人の従鬼(エキストラ)を、己の手足のように(脚本通りに)動かすことができる。

 

 ◆

 

 ミナギはふと、足を止める。さしたる理由は無い。ただ少し、疲れただけだ。

 白い息を吐き出すと、その吐息が風にさらわれた。

 その眼前をナイフが横切った。ミナギには目で追うことすら出来なかった。

 立て続けに三度、ナイフが投擲される。前、後ろ、そして上の三方向から同時に放たれたそれらは、ミナギが立ち止まったその位置から、心臓を正確に捉えていた。

 しかし、頭上の枝に積もった雪の塊が、ふいに落ちてきた。

 雪を払おうと重心がずれ、半歩引いたミナギの動きに合わせるように、三本の刃はほんのわずかに軌道を外れる。

 一本は落ちてきた雪の塊に埋もれて失われ、一本は樹皮に弾かれて逸れ、一本は足元の根に突き立っただけだった。

 

 だが、止まらない。次なる一手は死角から。

 吹雪の切れ間を縫うように放たれた弾丸は、視界に捉えられぬ角度から心臓を撃ち抜くはずだった。

 

 その瞬間、梢を渡った小動物が枝を蹴った。

 枝から雪がまとまって崩れ落ち、凍った雪塊が弾丸の軌道を逸らす。

 ミナギが何をしたわけでもない。ただ、生き残るだけの偶然が、またひとつ重なっただけに過ぎない。

 

「おっと、危ない危ない。何事だい?」

 

 どこかにいるのであろう下手人へと話しかけるも、返答は帰ってこない。ミナギは肩を竦め、再び歩みを進めた。

 

 その後も、一定間隔で攻撃は続いた。もっとも、ミナギに傷一つ付けることの叶わないそれを、彼が攻撃と認識していたかは怪しいところだが。

 

 ミナギは歩きながら、何気なく落ちていた小枝を拾った。特に意味は無い。ただ、そこにあったからだ。

 その刹那、背後の茂みから殺気が迸る。潜んでいたのはクラウナだ。無数の投擲刃が放たれ、木々の間を抜けて一直線にミナギを貫かんとする。

 

 だが、木々を割った瞬間、突風が吹いた。山の向こうから吹き下ろす予想外の突風が、刃の軌道をわずかに逸らす。刃は互いに弾き合い、クラウナの胸元に跳ね返った。

 何が起こったかを理解する前に、クラウナは血を噴き、息絶える。

 

 ミナギにクラウナの絶命など知る由もない。ただ、偶然が味方しただけだった。

 

 同じ頃、木立の陰ではヒュリカが歩兵銃(マスケット)を構えた。銃身は雪に覆われ、冷気で金属が軋む。

 彼女は息を潜めて引き金を引いた。狙いは完璧だった。が、奇跡的な確率によって銃が暴発した。火薬が湿気に負け、逆流した爆発がヒュリカの顎を吹き飛ばす。木々に血が散り、残骸が雪を赤く染めた。

 

 遠くから様子を伺っていたミスティナは冷や汗を垂らしながら短剣を握り直す。だが、足元の根が凍結していたことに気づかない。踏み出した足が滑り、全身が傾いだ瞬間、運悪く枝に突き刺さった刃の切っ先がミスティナの喉を裂いた。声すら出ないまま、その体は雪に沈んだ。

 

 破滅の連鎖。その全ては偶然であり、必然だった。

 

 ミナギは、どこまでも無防備に木々の間を歩く。すべての災厄が彼を遠ざけ、すべての幸運が彼の盾となる。星が、彼を、星守りのミナギを守っているのだ。

 誰へともなく、ミナギが呟く。

 

「悪いね。オレという存在は、お星様に守られているのさ」

 

 それは、創世の時──詞神が数多の“客人”を集めて、この世界を始めた時、世界の法則を定めるものとして、詞神から分かたれた存在だったのだという。

 

 死を司る者がいる。ただ一人の男を除いて、誰も知らない、知覚することの叶わない存在だ。

 

 星は、運を司る。

 

 ◆

 

 ミナギは星が何なのかを理解してはいない。ただ何となく、自身が嫌に運がいいことだけを理解していた。

 世界の全ては彼の都合のいいように周り、何もかもが彼に味方をした。

 

 たとえば、崖から転げ落ちたことがあった。

 普通なら骨の一本でも折れて当然の高さだったが、落下の最中に絡まった蔦と、偶然積もっていた朽ち葉の山が彼を受け止めた。

 怪我一つなく立ち上がったとき、ミナギはただ笑ってこう言っただけだ。

 

「葉っぱの布団か。たまにはこういうのも悪くないさね」

 

 旅の最中に、盗賊に襲われたこともあった。

 目の前に刃を突きつけられたその時、背後の洞窟から大型獣が飛び出して盗賊を追い払った。

 助かったと言いながら洞窟に逃げ込めば、そこには盗賊が奪い集めた金品がそのまま残されていた。

 

 飢えて食べ物に困った夜もあった。

 仕方なく山に分け入った矢先、枝の先に引っかかった籠の中から林檎が一つ転がり落ちてきた。

 誰が残したのかは分からない。けれどそれが毒でないことも、虫食い一つないことも、ミナギは疑わずに口にして生き延びた。

 

「あぁ、世界ってのはどうしてこうも、オレに良くしてくれるのかねぇ」

 

 そんな考えが頭を過ぎることの無くなるほどに、気の遠くなるほどの間ずっと、彼の豪運は日常に過ぎなかった。

 星が、ミナギを守っていたからだ。ミナギはそれを知らない。

 

 ◆

 

 アレカは星が何なのかを理解していた。

 

「ミナギの後ろに()()が無いと、辻褄が合わないんだ」

 

 アレカは世界を物語として捉えている。

 始まりがあり、筋があり、理由があり、伏線があり、回収がある。

 理由の無い幸運など、物語においてあってはならない。

 読者の目を誤魔化すための偶然でさえ、必ずそれを支える理屈が裏に伏せられていなければならない。

 

 どうしてミナギは知りえないはずの事柄でさえ、都合よく運ばれるのか。

 どうして命を落とすはずの場面で、必ず奇跡のように生還するのか。

 

 アレカは徹底的にミナギを調べ尽くした。

 詞術による守護ではないと分かった時点で、明確な異物の存在を確信した。

 あれは個人の才覚ではない。技でも血統でもない。

 もし何の裏付けも無く、あれだけの幸運が積み重なるのだとしたら……物語として破綻する。

 

 世の中の全てには理由が無ければならない。

 でなければ、この()()という物語を読む誰かが、納得しないだろう。

 

 だからこそ、ミナギの後ろには居るのだ。

 彼の不都合の一切を払い、全てを整合させる、万知にして万能の()()が。

 

 それを理解できたのは、世界を物語として視る目を持つ逸脱の脚本家、アレカただ一人だった。

 

 ならば、どうするか。

 

 物語は、理由の無い奇跡を許さない。

 だとすれば、理由のある奇跡はどうか?

 それを知っているのが自分だけなら。

 自分だけがその()を物語の一部として扱えるのだとしたら。

 

「星ごと台本に組み込めばいい。結末を、都合よく()()してやる」

 

 ヒジリを、ダイダンガを舞台に引き入れたように。

 星すらも舞台装置として取り込み、旅人を導く脚本に変える。

 理由のない幸運を、理由のある必然へと書き換えてみせる。

 

 星が旅人を守るなら、脚本家はその運命ごと舞台に載せて、結末を自分の掌の上に載せてみせる。

 

 どこまでも逸脱の脚本家は、物語の外側の存在すら、自分の台本に引き寄せてゆく。

 

 第一幕。星守りのミナギ、対、二度目のアレカ。

 

 ◆

 

 雪が小さく舞う林道で、アレカは衣服の裾を払って一歩前に出る。

 その顔に刻まれた左目の無い眼窩は、まるで最初から何も無かったように滑らかで、無機質で、そしておぞましかった。

 目の前には、波涛に攫われる前と全く姿を同じくするミナギがそこに居た。いっそ理不尽な程に整ったその顔には、傷ひとつ存在しない。

 

「よう、星守りのミナギ。さっきぶりだな」

「おや……アレカだったか。どうしたんだい、その目は。どっかに落っことしたとか?」

 

 ミナギは小さく片眉を上げる。流石のミナギも、このような状態を見るのは初めてだった。

 

「まさか、俺の目は元から片方だけしか存在しないぜ? あんたの目が狂ったんじゃないのか?」

「なるほど、面白い仮説だ。となると、オレの顔もいずれそうなるのかね」

「そうかもな。その時は是非とも拝ませてくれや」

 

 ミナギが隻眼になり、その二枚目が台無しになるところを想像して、アレカに笑みが零れる。その笑みすらも、脚本通りだ。

 

「で、一体これはなんなんだい? オレの認識が正しければ、どうやらオレは襲われているらしい」

「衣服一つ乱れてないその様でか? と言いたいところだが、違いないよ。なんせ首謀者は俺なんだからな」

「物騒な話だね。理由を問いただす必要がありそうだ」

 

 アレカは、問いを問いのままに受け取らなかった。

 その目に宿るのは答えではない。

 まるで既に書き終えた脚本の続きを、読み上げるように口を開く。

 

「理由は……そうだな。()()()()()()()()()さ」

 

 アレカは乱れもないはずの襟元を指で整え、小さく息を吐いた。

 

「刺客を何度も差し向けたのは、殺すためじゃない。あんたを襲わせることで、あんたの“偶然”を引き寄せたんだ」

 

 雪を踏む足音がやけに乾いて響いた。

 背後では倒木や崩れた山道が、まるで舞台の書き割りのように静かに存在している。

 

「道を塞ぎ、枝道を潰し、山道を封鎖し、時には配下に直接襲わせてあんたの歩みを遅延させた。あんたを何度も何度も遠回りさせたのは、あんたが竜に喰われないためだ。海に呑まれないためだ。そして、俺があんたに追いつけるようにするためだ」

 

 アレカの言葉には、寒気じみた確信だけがあった。

 ミナギは、それを静かに聞いている。

 

「簡単だ。全部、あんたに都合のいいように動けばいい。あんたはそれを選ぶはずだ。あんたにとって都合の悪いことは絶対に起きない。だから……“俺がここでお前に追いつけた”この状況こそが、ミナギ、あんたにとって最も都合がいいんだよ」

 

 星は、ミナギにとってもっとも都合のいい状況を導き出す。それは逆を言えば、人為的に作り出されたそれが、ミナギにとってより都合のいいものであれば、その通りに動くということだ。

 

「いいか? あんたの後ろにいる“お星様”って奴は……あんたを守るためなら、どんな不自然でも選ぶんだ」

 

 ミナギの辿った道には、ミナギの偶然によって散った従鬼の死体が転がっている。その誰もが、ミナギなど到底及ばないほどの強者であった。

 だが、死んだ。ミナギは生きている。

 

「だから俺は、舞台を用意した。ミナギの物語が“脚本”から逸れないように。あんたが死なず、星が満足し、俺がこうして舞台袖から現れて、そして、今ここで次の選択肢を見せてやる」

 

 その声はミナギに向けているようでいて、本当は、ミナギを守る“星”に語りかけていた。

 

()()は、世界の運命を決定づけることは出来ても、人の心までは変えられない。それはすなわち、詞神のものだからだ」

 

 アレカが講釈を垂れる時、断定という形を取るのは、自身の綴る推測(ものがたり)が絶対であると確信しているからだ。それが最も面白い推理(てんかい)なのであれば、世界はそれを正しいものとする。その必然性に置いて、アレカは絶対の自信を持っていた。

 

「今ここで俺の心臓の鼓動を止めることだって可能なはずだ。ここで俺が原因不明の心臓マヒに犯される可能性は、少なからず存在するから」

 

 可能性が僅かでもあれば、それを起こせる。それが星の持つ運命を定める権能だ。だが、それを行使しない理由があるとするなら、それは。

 

「だが、それはミナギにとって(・・・・・・・)都合が悪い」

 

 星は最も最善である選択肢を選ぶのではない。最もミナギにとって都合のいい選択肢のみを選び取る。ミナギが肯定できないような現象は、この場では起こりえない。

 

「ここで俺を始末すれば、俺の話はもう聞けない。(ものがたり)の続きを見ることは、今後叶わない」

 

 それが損失であることを、数多の土地を渡り、様々な文化、物語に触れたミナギにはわかる。

 そんなミナギの心を変えることは、星には出来ない。

 

「だから、それは行われない。少なくとも、それをやらなきゃならないくらいには、俺はミナギにとっての危険たりえない」

 

 アレカはミナギに視線を合わせてはいない。どこか遠くの、明後日の方向に目を向けている。ミナギではなく、星に語りかけているからだ。

 星は視認できるものではないが、どの道見えないのならどこに目を合わせても構わない。

 

「さっきからどこに向かって喋っているのか検討もつかないんだが、その言葉には賛同を示すね。キミはオレが見た事の無い人種だ。夜通し語り明かしたところで足りはしないだろうね、もっとも、キミとオレは既に一夜を語り明かしてるけど」

「あれは重ね葉のリオーラという登場人物(キャラクター)だ。俺じゃない」

 

 アレカは星からミナギへと視線を変えて返した。事実、ミナギにリオーラとして接触していたあの夜は、アレカとしての趣味嗜好は挟んでいない。優秀な役者であるアレカにとって、自分自身を騙すのは簡単だ。

 

「この先に待ち受けるものの話をしようか」

 

 唐突に、アレカが話を変える。

 時間が迫っているからだ。物語は次の展開へと移らなければならない。故にまず、この一幕の結末を、彩る。

 

「へぇ、そりゃあ気になるね。竜に、星に、海まで連れてきたアレカが、次は一体何をつれてくるってんだい?」

「怪物だよ」

 

 この先には、星を殺せる怪物がいる。絶対的な運命を覆せる化け物が。アレカはそれを知っている。

 

「お前はただ、為す術もなくやられるんだ」

 

 それは、ミナギと同時に、星に向けて突きつけた言葉だった。

 星は理解していた。自身の権能が届かぬ相手が、ミナギの旅路に存在することを。

 ミナギは旅人だ。その旅路は、世界が始まったその時から、決められている。ミナギが歩みを止めない限り、それは星にさえねじ曲げることのできない運命だ。

 

 この先(アリモ)には怪物が居る。星を砕きかねない、怪物が。

 

 星は、ずっと、ミナギにとって都合のいい結果をもたらし続けていた。

 それは、自身の身に危険が迫ることが無かったからだ。

 

「にわかには信じがたいね」

「だが、真実だ。あんたは信じなくても、実証できる存在がいる。あんたを守っている“お星様”には、それが分かるんだ」

 

 星に知覚出来ない存在が居る。その正体が分からないことが分かっている。だが、アレカの言葉によって想像出来てしまった。

 星は、この先に進むことを恐れている。

 

「実の所、あんたは一番優秀な役者(キャスト)だったよ。あんた程筋書きに起こしやすい役者(キャスト)は……そうだな。誰一人として居なかった」

 

 いかなる場合にも幸運に守られ、運命を我がものにする、逸脱の旅人だった。だからこそ、やりやすかった。

 

「なんせ、ぜーんぶあんたの都合のいいようにすればいいだけなんだからな」

 

 だからこそ、一戦目にミナギを選んだ。相性の問題だ。

 絶対に覆すことのできない具現した運命こそ、アレカと最も相性のいい相手であった。

 

 アレカは支配者すらをも支配する、手繰る糸を編む編纂者だ。

 運命を支配する者でさえも、支配する。

 

 可能性を示唆するだけでいい。逃れようのないデッドエンド(いきどまり)を、ただ星の思考に挟むだけで、全ては無に帰す。

 アレカは星が何なのかを理解していた。星の造詣(キャラクター)を、完璧に捉えることが出来ていた。

 星はミナギから離れることはできない。

 星はミナギとは別の、独立した存在である。

 星は心を持っている。

 

 星は、死を恐怖する。

 

「あんたの命題、答えは出たか?」

 

 凶星降る夜の前夜。

 あの夜語り合ったことだ。ミナギにはひとつの命題があった。すなわち、幸運たる自身の死は、一体どのように彩られるのか。

 その答えが、今。

 

「そうか。つまり、この戦いにて死ぬことこそ、オレの最大の幸運だったか」

 

 そう呟いた瞬間、ミナギが糸の切れたようにその意識を手放し、制御を失った身体は緩やかに地面へと倒れ込む。

 静寂が辺りを支配した。

 

 ミナギの都合を一切無視するのであれば、星はただ、その鼓動(運命)を乱すだけで全てを完結させることが出来る。

 

 生き残ったのはただ一人、二度目のアレカ、ただ一人だ。

 

 死因、心臓マヒ。

 

 突然死。

 

 

 第一幕。勝者は、二度目のアレカ。

 

 

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