凶星夢幻劇   作:七草青菜

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神籬のヒジリ

 ハティノはアリモ列村と山をひとつ挟んだ隣にある小さな村だ。琥珀茶の産地であるカイディヘイからも程近く、商人達の中継地点としてよく用いられ、小さいながらも賑わいを見せていた。

 どれも、昔の話である。

 

 魔王の斃れた地、クタ白銀街にアリモの次に近かったこの村にかつての面影はほとんどない。常に陰鬱とした空気が蔓延し、寒空に震えることしか出来ない村人達がほぞぼそと暮らすばかりであった。

 商人達も村出身であった重ね葉のリオーラなど、数人が偶に寄るくらいであり、旅人など、ここ最近はとんと見ていなかった。

 

「はぁっ、はぁ、はぁ」

 

 ハティノとアリモを繋ぐ山を駆ける少女が居た。湯治のレイテという。

 

 ハティノに奇怪な生物が降り注いで、もう丸一日になる。それは、見るものが見れば、人ほどの大きさの巨大なヤドカリやカニ、フナムシだと分かっただろう。だが、海を見たことない彼らにとって、それは完全に未知の生物だった。

 村人達とて愚図ではない。応戦を試みた結果、斧で思い切りに打ちつければ、その甲殻は軋み、それが二、三度続けば泡を吹いて絶命する。それだけの生物だった。

 倒せないことは無い。その事実が判断を鈍らせた。

 いっそ殺せないほどに強い生物だったなら、村を捨てて逃げる選択肢もあっただろう。だが、なまじ倒せてしまったが為に、彼らは立ち向かってしまった。

 今では、村を囲むように生物達が犇めき合っている。理由は分からない。ともあれ、逃げ出すのは、難しい。

 

 最初こそ抵抗を見せていた村人達だったが、限界は近い。

 魔王軍に一瞥された時のように、根源から湧き出る恐怖ではない。もっと浅い、奇妙な生物に対する、疑問にも近い恐怖だ。

 ギチギチ、ギチギチと音を立て、ただひたすらに村へと侵攻を、進行を続けるその生物達は、何を目的としているのか。

 分からない。それもまたひとつの恐怖となる。

 

 レイテは唯一人、そこから逃げ出すことが出来た。数人の大人が犠牲となった。霜走りのイーラに並ぶ健脚だった彼女は、村の運命を背負って、走っていた。みんなが、イーラが、戦っている。急がなければ、みんな死ぬ。

 

 しばらく走っていた。生物達は、どこか一点に向かって進んでいる。まるで、その進行上に村があっただけに過ぎないかのような……いや、事実、そうだった。

 生物達はアリモの方角へと進行していた。その中継地点にハティノがあっただけだった。

 

 やがて、小さな洞窟へとたどり着く。小さな頃はよく仲間たちで秘密基地だなんて言って遊んでいた洞窟だった。

 

 噂があった。この山には、“彼方”より来訪した“客人”が住み着いて居るのだという。奇妙な出で立ちをしたその“客人”は、山に存在する小さな洞窟の奥に、魔王が斃される何年も前からずっと眠っているらしいと。

 

 洞窟の奥に足を進める。奥に入ったことは無い。何故か、無いのだ。村一番のお調子者、カイナルでさえ、入ってみようと言ったことすらない。

 まるで、それが常識であったかのような……。

 

 壁も何も無いただの空間を通った。何かに、入ったような感覚があった。

 見えない膜を破ったような感覚が。何かがぷちん、と弾ける音が、耳の奥に響いた。

 

「ひっ」

 

 目の前に男がいた。唐突に、それは現れた。

 

 男は、固くてでこぼことした洞窟の地面に正座をしていた。

 襤褸布(ぼろぬの)のような袈裟を着込み、祈る様に右の手を構えている。左手には丸い石の連なった道具……数珠が握られていた。

 頭は毛が一本も無く、そこには記号が……貴族文字のようなものがびっちりと刻まれていた。見れば、頭だけでなく、体全体にそれらが刻まれていることが分かる。

 目は開かない。が、男に見られていることが、何故かレイテには分かった。

 

『隱ー縺?縲∝錐繧貞錐荵励l』

 

 頭の中に直接、声が響いた。だが、なんと言っているのか分からない。

 詞術による会話を前提としているレイテにとって、それは初めての事だった。

 

「な、何これ……」

 

 困惑するレイテに対応することなく、頭に声が響き続ける。その全てが、レイテには分からない。

 しばらくして、男が口を開く。

 

「……そうか、しねんは、つうじないのだったな」

 

 拙い。呂律が定まっていない。が、しかし、それは確かにレイテにも通じる言葉(詞術)だった。

 

「わたしはひじり……ひもろぎのひじり(神籬のヒジリ)だ」

「わ、私は湯治のレイ「そちらの、ことばは、きこえない」

 

 遮るように……いや、本当に聞こえていないのだろう。意図せず遮られる形にはなったが、聞こえないのであれば当然そうなる。

 

 ヒジリが自身の耳を指す。その後、目、鼻、口へと指が動く。その仕草はどこか定まっておらず、自身の感覚が掴みきれてないように感じた。

 

()も、はな()も、した()も、ひふ(皮膚)もだ。すべて、すてた」

 

 捨てた、とはどういう状態なのか。疑問は尽きないが、レイテには悠長に時を過ごす時間は無かった。

 

「なにかつたえたいのであれば、いのれ。いのりは、とどく」

「……村が襲われてるんです! 助けてください!!」

 

 手を合わせ、必死に祈る。

 こうしている間にも、村は危機に晒されているのだ。レイテの大切な者たちが、イーラが死んでしまう。

 

「……うけたまわった。だいしょうは、()だ」

 

 すう、と。ヒジリが左手を前に出す。

 それは何かを探るように二、三度宙を泳ぎ、見えても感じてもないはずなのに、レイテの右目を正確に捉えた。

 

「あ、がっ!?」

 

 熱い。

 熱い熱い熱い。右目が熱い。

 とっさに手で抑えて気づく。

 

 無い。さっきまであったはずの右目が、まるで最初から無かったかのように消失していた。

 出血は無い。本当に、何も無いのだ。

 

 本来目を取ったらそこに存在するはずの眼窩さえも、無かった。

 

「むかう、ぞ」

 

 ヒジリが、正座のまま宙に浮く。そのまま、川にでも流されるかのように、滑るように移動した。

 

 レイテに、困惑の時間は残されていない。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

「イーラ! まだ生きてる!?」

 

 村に辿り着いて直ぐに声を張り上げた。幸いにも、死者はまだ居ない。

 建物内を見渡す。子供や老人も、無事だ。

 霜走りのイーラがこちらへと駆けてくる。

 

「レ、レイテ! どうしたんだよその、右目が無い!」

「いいの! 今はそれより! みんな村の中心まで逃げて! 巻き込まれる(・・・・・・)!」

「隨ャ蜈ォ髫惹ス坂楳笏?蜈画ァ」

 

 詞術ではない言葉が、響いた。その場の誰にも、声ははっきり聞こえた。奇怪な生物のうち数体が内側から爆発する。

 ずざざ、と、生物達が距離を取った。生存本能だろう。

 

 その後は、早かった。

 

 ヒジリは、ただただ奇妙な言葉を呟き、蹂躙を繰り返すのみだった。

 あんなに恐ろしかった生物達が、豆でも潰すかのようにぐちゃ、ぐちゃ、と殺されていく。

 その光景を、村の人達は呆然と見ていた。

 

「隨ャ蜊∝屁髫惹ス坂楳笏?遨コ譁ュ」

 

 スパッと、音がすることも無かった。ヒジリの目の前、直線上の全てが2つに割れた。生物達から、どちゃ、と臓腑が零れる。

 

「あれは……詞術なのか?」

「あんなもの、知らない」

 

 やがて、ここは戦場では無くなった。生臭い、磯の香りが辺りに充満する。

 

 唐突に、ヒジリがふっ、と消えた。

 

「え、ど、どこに」

「ここだ」

「ひぃっ!?」

 

 半分になった怪生物……カニが、言葉を発した。イーラがレイテの前に立ち、斧を構える。

 

「い、生き、生きてる!」

「まて、ヒジリだ。死体を乗っ取った。状態が悪い。持って数分だろう」

 

 カサカサと鋏を動かし、ギチギチと言葉を紡ぐ。形容しがたい気持ち悪さに襲われるレイテだったが、眼前のそれは命の恩人だ。大丈夫だと言うようにイーラの肩を掴む。

 

「苦行の為に全てを捨てたが、悟った(・・・)あとの事を考えていなかった。中々に不便だぞ」

「あの、ヒジリ様、村を救ってくれてありがとうございました」

「不要だ。私は祈りに答え、貴方は代償を差し出した。それだけだ」

 

 確かに、レイテは右目を失くした。まだ感覚が上手く掴めない。違和感の残るまま、イーラの肩を掴んでいる。

 

「あの、さっきのあれって何なんですか? その、とても凄まじかった」

「あれは魔術だ。魔力があれば誰でも使える。これは秘術だ。私しか使えない」

「誰でも……」

 

 イーラが唾を飲む。あのような破壊的な詞術……魔術が使えたら……が、続く言葉でその想像は潰える。

 

「先の言葉を理解出来たのなら、使える、が正しいか。この世界の者は会話を別の法則に頼っている。あれにしばられているうちは不可能だ」

 

 肩を落とした。上手い話は無い。続いてレイテが口を開く。

 

「なんで死体を……」

「人と話したかった、という理由だけじゃダメだろうか。思念での会話は味気ない」

 

 それが最後だった。レイテの隣に再び、ヒジリが出現した。

 

「ひぇっ」

「ねがいは、かなえた」

 

 こうなってしまっては、ヒジリに言葉は届かない。祈り以外を、彼は受け取ることが出来ない。

 

「隨ャ蜊∽ク蛾嚴菴坂楳笏?霆「遘サ」

 

 生物達の死体が一瞬にして消える。

 

「では、もどる」

 

 再びふわりと浮かび上がったヒジリの袖を、レイテが掴む。

 

「この村にずっといてください……この村を守ってください……!」

「ちょ、レイテ!」

 

 レイテが必死に祈る。それはどんな代償を払ってでも、欲しいものだった。

 果たして、その祈りはヒジリへと届けられた。

 が、返答はにべもない。

 

「それは、むりだ」

「っ! どうして!」

 

 ヒジリが、遙か上空を指差す。ちょうど真上には、微かに、されど怪しく煌めく星があった。

 

 

 

「おとせと、いわれている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは詞術とは全く異なる、“彼方”よりの魔術形態を擁している。

 それは“彼方”よりの魔術形態とは全く異なる、独自の秘術を擁している。

 それは五感の全てを封じることで、常人とは異なる感覚を有している。

 死の呪詛をその身に刻む、人を捨てた報復術式である。

 

呪術師(シャーマン)人間(ミニア)

神籬のヒジリ。

 

 

 

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