事の始まりはこうだ。
ダイダンガに襲撃されたモナドは、ソライソを犠牲にすることで、なんとかその命を永らえることができた。
モナドの目標は依然変わらない。
竜を殺し、勇者になる。
そのためだったらなんでもする。
ダイダンガは規格外だった。
仲間が必要だ。
ソライソやメナイサのような“個”ではない。モナドが動かせる“軍”が。
「ふぅー……」
細く息を吐く。特筆すべき所も見当たらない、村人のような出で立ちの彼こそが、開闢のモナドである。
場所は定かではない。
ひとつわかるのは、そこが崖の先端だということだ。
崖下には、昼間であるというのに深淵と勘違いしそうな程に、深い闇が広がっている。
「あぁ……
一言。
村人然としたその見た目とは裏腹に、彼の立ち振る舞いは洗練された役者のそれだった。背筋はぴんと張られ、頭からつま先まで、全てが計算され尽くされたように整っている。
息の仕方、視線の動かし方、流れる汗の一粒さえもが、自身を際立たせるものだと理解している。
「今日が一世一代。開闢のモナドじゃねぇ。
それはまさしく、絢爛の舞台に立つ花形役者の如く。
周りを見渡したとしても、観客など何処にも居ないというのに。どこに言葉を届けているというのか。
「見逃し厳禁だぜ」
そして確かに、
◆
地平が血鬼の脅威に脅かされたのは、過去の話だ。
人に巣食うことでしか生きられない彼の種族は、争いをもたらす火種に他ならなかった。
全て、過去の話だ。
「……侵入者は?」
「依然、侵攻を続けています。感知から外れる術に長けているらしく、目標を捉えられません」
一人の血鬼がいる。
捲りのユーテライ。この血鬼の軍に、“黒曜の瞳”のような名は無い。裏社会に溶け込む事さえ不要だと断じた名前の無い軍は、闇の中で静かに生きながらえることによって、人族国家による粛清を逃れることが出来ていた。
ただ、見つかることなく、世界を裏から眺める観客のように、ユーテライは地下深くに根を張り続けている。
その血鬼の城が、何者かに露見した。
侵入者を捕えなければならない。ここで見聞きした情報を、外に流出させてはならない。
侵入者は一人。逸脱の身体能力を持っているわけでも、理外の詞術を操る訳でもない、ただの
だが、ただの人間相手に手こずる程、ユーテライの従鬼は弱くない。
そのほとんどが戦場にて散ったとされていた騎士や傭兵で構成されており、訓練を怠ることのない彼らは、全盛期の強さをそのまま維持している。
それなのに。
「報告します!」
ユーテライの根城には、灯りが存在しない。
闇に潜む彼らは、とにかく夜目が効く。夜襲に特化した軍には、光というものはむしろ邪魔であるとすら言えた。
さらに言えば、彼らは耳もいい。壁や床を叩く音と数によって情報の伝達をすることすら可能であった。
だというのに。
「……見失った?」
「申し訳ありません」
侵入者は忽然と姿を消してしまった。
まるで初めからそんなもの居なかったというかのように、舞台から消えてしまったのだ。
血鬼の根城、その最深部。
捲りのユーテライは簡素な椅子に座り、配下からの報告を受けている。やせ細った身体に似つかわしくなく、ギラギラと野心に満ちた目をしている血鬼だった。
「突然足音が消えたかと思えば、そのまま感知から抜け出しました」
「……いや、仕方ない。“我々”の目と耳を持ってして逃したというなら、それは敵が上手だよ」
しかし、闇夜に潜む従鬼の眼光から逃れ、ただの1人ですべてをくぐり抜けることが、本当に可能であるのか。
「──可能だから、ここに居るんだよ」
「っ貴様! どこから!」
開け放たれた扉から現れたのは、忽然と姿を消したはずの侵入者であった。
配下の従鬼が数人、ユーテライを護衛するように立ちはだかり、得物を構える。
侵入者は、簡素な布服に何も持たない無手の状態で、ひらひらと手を振るばかりであった。その立ち姿は一本筋が通ったようであり、まるで役者の様な立ち振る舞いをしている。
ユーテライが侵入者を値踏みする。
格闘家だろうか。違う。その体運びは洗練されておらず、戦場に生きるものとしては不合格だ。
では、詞術士か。これも違う。詞術士が近接の間合いに入ることそれ自体が既に弱い。
そも、彼には戦意というものが全く感じられない。いっそ異質なまでに、侵入者には何も無い。ただ、自然体で。外界から隔絶されたこの空間にいながらそうあり続けることは、それ故に一般人から逸脱していると言えるだろう。
その場の誰もが、一呼吸のうちに獲物を侵入者の心臓に突き立てることができた。
だけど、そうはならなかった。
「……待て」
静止の言葉に、場の緊張は一層高まる。
いつでも殺せるからこそ、彼は殺されない。
侵入者は、その事実を分かっている。
「……どうやって最深部までたどり着いた」
「そうだな……簡単に言えば、
芝居がかった仕草。よく通る声。
侵入者の一挙手一投足を眺めていると、まるで自身が舞台に乗せられているような錯覚を覚える。
「……ただ注意を逸らすだけで、私の配下全員から逃げおおせた、と?」
「そうだ。じゃあ、次はこっちの番だな。ここは血鬼の城であってるよな。黒曜無き今、現存する最後の血鬼の軍だ」
それは、質問というよりは断定的だった。
侵入者は全てを知っているという前提で、あえてこちらに語らせるような口調をとっている。
こっちの番という身勝手な論法に委ねる必要はユーテライには無い。だが、興味が湧いた。
そして、会話という戦場を選択した時点で、ユーテライは既に侵入者の手中にあった。
「……
血鬼は人に紛れるべきではなかった。昏い闇の中でのみ、生き続けるべきだった。だからこそ、ユーテライは生き残った。
誰にも知られることなく、ゆっくりと自身の勢力を拡大し続けた。
そう、
「……どうやって、知った?」
「その問いに正確に答えるならば、
「……」
意味が分からない。
説明をしろと無言で促す。
「ここ数十年分の戦の記録を見た。戦の規模と戦死傷者の数が釣り合わないことがあった。歴史の影に、紛れる者が居る。居るんだ。居ないと、全てに説明がつかない」
記録なんて、それこそ国家機密だ。
言語に精通するのなら、軍の暗部か? ならば情報を開示する意味がわからない。
ここでユーテライを抹消できる手筈があるのなら……やはり、顔を見せる意味がない。
やること全てがちぐはぐだ。
理解が、できない。
「そう思って、探り続けた。そしたら、あんた達が居たんだ」
「……偶然とは思わなかったのか?」
「まさか。それじゃあ、物語として筋が通らないだろ。偶発的な事象に流れがあるなら、偶然を作り出す者がいる。それらを起こしたのは、ひとつの集団であると考えるのが自然だ」
自然ではない。侵入者の言うそれは、現実離れした論理立てがなされており、結論を元に辻褄を合わせるだけに用意した言い訳だと断じる方がまだ理解できた。
「なら、血鬼だ。道理だろ」
問題は、その結論が間違っていないことだ。
「……貴様の論理は、全てが的を射ているようで、その実飛躍が過ぎている。推論と呼ぶにも値しない妄論だろう」
侵入者の口元から、にやり、と。笑みが零れる。
「だが、真実だ」
「……そうだ。それだ。なぜ言いきれる。根拠となる情報も無しに確固たる自信を持てるのは、ああ、狂人の弁だ」
ただのハッタリを通すためにここまで乗り込む? ふざけている。
ふざけている。
「狂ってなんかないさ。ただ、俺が脚本を作るなら、偶然だなんてつまらない展開にはしないと、そう断言できる」
「……脚本?」
「世界は物語だ。俺はそれを知っている」
狂人に道理を説くのはナンセンスだ。ユーテライはため息をひとつ落とした。
「……貴様が主人公だと、そう言いたいのか?」
「いいや。この物語に主人公は居ない。そのはずだ。だが、俺は主人公になりたい」
狂っている。が、それだけじゃない。
事実、彼はこの血鬼の城に、その最深部にたどり着いているではないか。
これ以上会話を続けるべきではない。相手のペースに飲まれてはいけない。
会話を戦場に選んだのは、ユーテライの犯したミスだった。
しかし、会話による時間稼ぎは、むしろユーテライの望むものでもあった。
「……喋りすぎたな。我々の前で口を開けることがどれほど愚かな行為か、貴様は知ることになる」
ユーテライが手を前に突き出す。袖口から伸びるのは、鋼糸が巻きついた短剣だ。
ただ無為に話を聞いていただけでは無い。無臭の弱性神経毒を散布し、普段の調子を狂わせるのがユーテライのやり方だ。それは達人でも気づかない程度に身体を蝕み、一瞬、動作が遅れる。
その一瞬に、短剣が滑り込む。ユーテライの必殺だ。
「──
侵入者が短剣の柄を掴んだ。赤い雫の滴る、奇妙な短剣だった。
反射神経などというものでは無い。未来を読んだかのような動きで、ユーテライが短剣を投げるより先に手を置いていた。
確かに、全ての動きを読めていたのなら。ユーテライがこのタイミングで動くと分かっていたのなら、それは可能だ。
だが、それは目の前の男が達人だったら、の話だ。
ユーテライは達人だ。血鬼としての身体能力に加え、日々経験と研鑽を積んでいる。
そんな自分から見て、今の侵入者の動きはあきらかに一般人のそれとは違った。
だとしたら。
最初から全てが、
その男の一挙手一投足は、全て信用出来ないものなのだとしたら。
会話なんてしている暇はなかった。早急に始末しなければならない。その結果にたどり着いた時には、既に侵入者の行動は終わっていた。
「“繋がり”が欲しかったんだ。これで俺は貴方の縛りから逃れられない。都合がいいだろ?」
握りこんだ短剣を自身に突き立て、深く傷を入れる。ユーテライの短剣は特別製であり、滴る赤い雫とは全てが自身の血液で構成されていた。
短剣から流れ込む血液を、全身に巡らせるように体内に留める。
それは、血鬼が他者を感染させる際に行う行為そのものだった。それを、自身に行使する。
「……わざと入れたか?」
侵入者は大きく頷く。
今この時より、侵入者は血鬼の病に感染した、
「わかる。わかるぜ。貴方はこれから「面白い輩だ」って言うんだ」
「……そうだな。うん。面白い輩だ。しかし言葉が過ぎるな。少し黙れ」
フェロモンを介した親個体からの命令に、侵入者の口が閉じられる。だが、それすらも見越していたかのように、その手のひらからひとつのメモ書きが落ちる。
『もっと面白いものを見せてやる、って言ったら、貴方はどうする?』
「……はぁ。ここで私が憤慨する可能性だって、0じゃあないんだぞ?」
ユーテライが指を鳴らすと、侵入者の口が解放される。
「ふぅ……貴方はそんなことをしない。俺の目に狂いは無いんだ。貴方は退屈だ。何よりも面白さを優先する」
だからこうして思考の全てを説明してるんだ、と続ける。自身の全てを、ぴたりと言い当てられる。怖気が立つ程の造形理解。
それは、ユーテライの在り方の全てを知悉している。
「……名乗れ」
「俺の名は、開闢のモナド……だった」
開闢のモナド。竜に敗れし、死したはずの魔王自称者。
目の前の男がそうであるというのか。
「……だった?」
「開闢のモナドは死んだ。そういうことになっている。今、俺の名はアレカだ。二つ目の名は……まだない。貴方に付けて欲しい」
「……二つ目の名ならともかく、一つ目を変えるやつなんてそうは……はぁ。良い。わかった」
なぜ生きているのか、なぜ配下になろうとしたのか。尽きない疑問を、ユーテライは深くは聞かない。開闢のモナドの物語を、いずれ語ってもらうことにはなる。
他者の人生を物語の様に捲ることこそが、ユーテライの唯一の生きる意味だからである。
「……“二度目の”アレカ。貴様をそう名付ける。私の為にペンを取り、私を退屈させない
「承った!」
◆
竜に敗れ、友を失ったモナドは、自身が変わらなければ、再び竜に挑んでも無駄であると理解していた。
故にこそ、モナドは自身という存在を脱ぎ捨て、逸脱せねばならなかった。
今この時点より、モナド──否、アレカは自身の終着点である最後のピースを手に入れる。
それは、
この日、真に逸脱した
そして、遂に役者は揃った。
飛来せしラロウド。
星守りのミナギ。
神籬のヒジリ。
湧き出るメナイサ。
巨星、ダイダンガ。
二度目のアレカ。
──これより行われるは、星を彩る夢幻劇。
それは因果を見通し、世界を上位から捉える目を持つ。
それは知悉した者の未来を、思い通りの筋書きに起こすことが出来る。
それは誰も存在を知らないはずの、名も無き血鬼の軍を味方につけている。
支配者すらをも支配する、手繰る糸を編む編纂者である。
二度目のアレカ。
蒼氓さんは一問一答で言及されていた血鬼の方です。
ちなみに、修羅紹介の時系列は以下の順番になっています。要は投稿順の逆です。
二度目のアレカ
↓
巨星、ダイダンガ(+過去編)
↓
湧き出るメナイサ
↓
神籬のヒジリ
↓
星守りのミナギ
↓
飛来せしラロウド